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第百十一話 呪いの意味と希望の理由

 前回のあらすじ。


 ユニコーンはみんなイケメンボイス。ヒヒーンも。ブルルルも。


 リブンフォートの森に吹く風は、ここが高台(たかだい)のせいか少し冷たいけれど心地好(ここちよ)い。


 だけれど、今、わたしたちの上に吹く風は、生温(なまあたたか)くて不快に思える。


 〝人形病(にんぎょうびょう)は病気ではなくって(のろ)い〟


 ユニコーンの長老様よりもたらされた情報は、わたしたちの上に重くのしかかる物だった。


 特に、アルバートへの打撃は計り知れないと思われる。


 だって、病気だと思ってたからユニコーンを頼ってここまで来たのに。

 なのに、〝人形病は実は呪いで、ユニコーンの(いや)しは効きません!〟なんて。


 不意に、わたしの頭の中に『クエスト失敗』と言う文字が浮かび上がって、思わずハッとする。


 ゲームだった頃、キーアイテムを使い切ったりパーティの全滅なんかで、クエストが続行不能に(おちい)る事は珍しくなかった。


 そう言う場合、メニュー画面のクエストの項目(こうもく)から『リタイア』を選択すると、現在(げんざい)遂行中(すいこうちゅう)のクエストから離脱(りだつ)する事が出来て、もう1度、そのクエストを最初から((ある)いは途中から)やり直す事が可能だった。


 当時は、費やした時間や資金。イベントモンスターの強さにちょっぴりばかりイライラして、チームのみんなで「運営のバカーッ!!」なんて(さけ)んでおしまいだったけれど。


 でも、今のこの世界はゲームじゃあない!


 もし失敗したとしたら、そのクエストはもう、2度とやり直しが出来ないかも知れない不具(ふぐ)……恐怖です。


 解っていた事だけれど、改めて目の前に事実を突きつけられると、背筋がゾクッとするのを感じずにはいられなかったり。


 ならば、どうしましょう??


 呪いならば、解呪(かいじゅ)を行えば良いのでは? ……と思う所なのだけれど。


 以前に、第2図書室で読んだ本によると、人形病は50年位前までは呪いに分類されていたッポイ。


 呪いなのに、高位(こうい)司祭(しさい)にも解けなかったし、解呪の魔法も効果は無かったらしい。


 一部、エリクサー等の稀少(きしょう)な薬が、完治には(いた)らなかったけれど、その進行を遅らせる効果があった事から、分類を呪いから病気に変更されたと書かれていた。……と思う。たぶん。


 わたしは、顔を上げてアルバートの方を見る。


 アルバートは、長老様の前で(うつむ)いたまま、動こうとしない。


 そのすぐ後ろでは、エセルとニードルスが、そんなアルバートに声をかけられず、困った様にモゾモゾとしているアリサマだ。


 実際には、ほんの数分だけれど。

 誰も何も言えないまま、重苦しい静寂(せいじゃく)が何時間も続いている様な気がした。


 その不気味な静寂を破ったのは、誰でもないアルバート本人だった。


「……ならば」


「む?」


 (のど)の奥から(しぼ)り出した様な声に、長老様が反応する。もちろん、わたしたちも。


「……助けられないのならば、母を苦しみから救う事は出来ないだろうか?」


 アルバートのこの言葉に、わたしの中で不安がブワッと広がった。


 いつだったか、アルバートがわたしに言った「魂を召喚(しょうかん)する」って言葉を思い出す。それってつまり……。


 わたしの不安を他所(よそ)に、長老様は静かに首を左右に振った。


「それはつまり、〝死〟じゃな?

 傀儡(くぐつ)の呪いは、その魂を魔石化(ませきか)し、人形と化した身体に()()く呪いじゃ。

 魔石化した魂は、破壊(はかい)か魔力を使い果たさぬ限り半永久的に存在する事になる。

 たとえ、(わし)らの角が人形と化した身体は元に戻せたとしても、魔石化した魂を元に戻す事は出来ん。

 完全に魔石化した魂は、もはや魂では無い。つまり、死ぬ事が出来ぬのじゃ」


 長老様の低い声が、より低い音で森に響く。耳に残るやたら良い声が、説得力を何割増しにもしている気がした。


 〝死なない〟じゃあなくって〝死ねない〟。


 何と言う、恐ろしい事だろうか!?


 ある意味では、『不老不死(ふろうふし)』になるって事なのだけれど。


 親しかった人も解らなくなって、誰彼(だれかれ)(かま)わず攻撃してしまう症例(しょうれい)から、人形病にかかった者は意識(いしき)記憶(きおく)も無くなっちゃうと思われる。

 だとしたら、不老不死になってもあんまし意味無いよなあ。


 ……うんにゃ。

 実は、意識も記憶もしっかりとあったりしたら。だけれど、自分で自分をコントロール出来ないだけだったりしたら。


 ギニャーッ!!

 そんな、その内に考えるのを止めてしまいそうな不老不死、全っ然うれしくないよ!!


「……そうか。やはり、無理なのか」


 下を向いたまま、アルバートが消え入りそうな声で呟いた。

 同時に、アルバートの顔色が、みるみる真っ青になって行くのが解る。


 これ(すなわ)ち、〝絶望〟ってヤツですよ!!


「兄上!」


「アルバートさん!」


 状況を(さっ)したカーソンとジーナが、アルバートの元へと駆け寄った。


 何をするって訳ではないのだけれど、右手をカーソンが。左手をジーナがそっと握った。


「ああ、ありがとう。カーソン。ジーナくん」


 アルバートは、ニコッと微笑(ほほえ)んでそう言ったけれど。それでも、アルバートの顔色は青くって笑顔も硬い。


「長老様、1つよろしいでしょうか?」


 静かに話を聞きながら、何かを考えていたニードルスが声を上げる。


「何かな? 若いエルフよ」


 長老様は、男性であるニードルスにも声を(あら)らげる事は無いみたいだった。マディとは違うって感じ? などと。


 ニードルスは、自己紹介をしつつ軽く頭を下げると1度だけ深呼吸をしてから話し始めた口を開いた。


「長老様。この病……いや呪い、解く方法は無いのでしょうか?

 呪いを受けたのであるならば、呪いをかけた者がいるのは必然(ひつぜん)であると考えます。

 また、私は王都(おうと)錬金術(れんきんじゅつ)生業(なりわい)としていた事がございます。

 人形病の治療(ちりょう)には、秘薬(ひやく)の中でもエリクサーを用いた場合、治癒(ちゆ)しないまでもその進行を(やわ)らげる効果があり、その為に呪いから病になった経緯(けいい)があったと言う(しる)しもございました。

 これは、どう言う事だと思われますでしょうか? よろしければ、ご考察を(たまわ)れれば(さいわ)いです!」


 ここまで言い切って、プハッと息をするニードルス。


 その表情は、友人を気遣(きづか)(おも)いと知的好奇心の混在(こんざい)する複雑な物に思えた。耳とか。真横だし。


 (まく)し立てる様なニードルスの質問を、長老様は目を閉じてジッと聞いていたけれど。

 やや間を置いてから、大きく息を吐きながら金色の目をゆっくりと見開いた。


「……フム、なるほど。

 人が何故、あの呪いを病と言い出したかが解った。

 ニードルスとやら、呪いとは、第三者より受ける物だけでは無い。或いは、(みずか)らが自らを呪う場合もあるのだ」


 一瞬、空気がざわつくのを肌で感じた。その出所(でどころ)は、もちろんアルバートである。


「あ、兄上!?」


「アルバートさん、痛いです!」


 カーソンとジーナの声に、ハッとした表情になったアルバートは、両手をパッと離して顔に充てる。


「す、済まない、2人共……」


 小さく、そう呟いたアルバート。

 いつの間にか、カーソンとジーナの手を強く握り締めてしまったみたいだった。


「で、ですが長老様。自らが……」


「話は最後まで聞くのだ、エルフよ!」


 気を取り直す様なニードルスの言葉を、長老様は静かに、だけれど力強く(さえぎ)った。

 それに、ニードルスは続く言葉を飲み込む様にして黙る。


「……良いかな?

 傀儡の呪いとは、本来、大切な者を守る目的で自らを不死の戦士とする物じゃ。

 とは言え、誰にでも簡単に行える物では無い。

 魂魄(こんぱく)を見極めた者にのみ許された秘術じゃ。……しかし、例外もある。

 (きわ)みに達していない者でも、2つある方法のどちらかを用いれば可能じゃ。しかし、どちらも決して容易(たやす)くは無い」


 そこで、長老様は小さく鼻から息を吐いた。


「例外……ですか?」


 ほんの一息なのに、ニードルスが間を置かずに声を上げる。

 そんなニードルスに、長老様は小さくうなずいてから続けた。


「そうじゃ。

 1つは、意図的に魔力を暴走させる方法じゃ。

 だが、これを行うには緻密(ちみつ)な魔力制御が必要になる。……儂の知るラヴィニアには無理じゃろうな」


 こんなシリアスな場面で、アルバートのお母さんを軽くディスる長老様。恐るべし。


「もう1つは、自らの魔力で『生命の精霊』を自らの内に閉じ込めてしまう方法じゃ。

 これなら、魔力がある程度高い者なら緻密な制御など出来なくとも可能じゃろう。

 しかし、この方法を用いるには、精霊の存在を強く感じる事が出来なくてはならん。並みの人間には不可能じゃ。が、ラヴィニアなら可能じゃろうな」


 そう言って、長老様はスッと夕闇迫る空を見上げた。


 何か、遠い所を見ているみたいな。

 お馬さんの顔なのに、長老様はとても悲しそうな表情をしている気がしてならない不思議。


「……人形病の正体が解っても、母を救う事は出来ないのだな」


 下を向いたまま話を聞いていたアルバートが、ボソリと呟く。


 瞬間、その悲しみにじむ声とは真逆の声が森に響いた。


「そんな事はありませんよ、アルバート!」


 声の主は、ニードルス。

 アルバートを見詰める目は、もう、友人を心配しているそれじゃあない。明らかに、知的好奇心満載の目だった。


「ど、どう言う事だ、ニードルス?」


「ちょっと待ってください、アルバート」


 圧倒されつつも質問するアルバートを制止して、ニードルスがブツブツ呟きながら何やら考え始めた。

 数分後、耳をピコピコさせながら考え込んでいたニードルスは、考えがまとまったのか耳の動きを止めて顔を上げた。


「長老様。人形病には、病が治らないまでもエリクサーが効果を上げました。

 それは、エリクサーが生命の精霊に何らかの力を与えたからだと考えますが、いかがでしょうか?」


 ニードルスの突然の質問にも、長老様はウンウンとうなずいて見せる。


「良い所に気がついた、若いエルフよ。

 エリクサーは生命の精霊に力を与え、その精霊力によって傷を癒す秘薬。効果があったのもうなずける。

 しかし、魔力に閉じ込められ、結晶化してしまった精霊には届くまい」


「では、長老様。

 完全に結晶化する前の精霊なら、力が及ぶと言う事ですね?

 ならば、エリクサーより強力だと思われるユニコーンの角ならば、その効果は絶大だと思うのですが?」


「フム……」


 続けられたニードルスの言葉に、長老様は少しだけ考える様に目をふせる。


 再びの沈黙がわたしたちを包んだけれど、今度は、長老様の言葉を待つ緊張の方が遥かに大きい。


 呼吸すらも忘れてしまいそうな緊張は、長老様の目を開かれると同時に解放された。


「確かに、儂らの角はエリクサーよりも強く精霊に届くだろう。

 だが、その為にはまず、精霊にこちらの声を届け、目を覚まさねばならぬ。

 いかに儂らユニコーンとて、魔力に(はば)まれた精霊に語りかける力は無いぞ?」


 長老様の言葉に、ニードルスの顔はみるみる不気味な笑顔へと変わって行く。


 そして、わたしには凄まじいプレッシャーが降りかかってくるのが解った。


「大丈夫です、長老様。

 私たちには、優秀な召喚士がいるのです!」


 そう言ったニードルスの言葉で、全員の視線が一気にわたしへと集中する。


「彼女なら、きっと眠った生命の精霊にも声が届くはずです!」


 ニードルスが、わたしを見詰めながら元気にそう言った。

 それに合わせて、長老様の金色の目が強くわたしを捉えてくる。


「ウロ。其方(そなた)、精霊たちの姿が見えるか? 声が聞こえるか?」


 吸い込まれそうな金色の目が、ギロリと(にら)んでいるみたいでやや怖い。


「は、はい。姿はハッキリと。声は、聞こえますけれど、何を言っているのかまでは解りません」


 長老様の質問に、わたしはそう答えた。


 嘘は言ってない。

 姿はハッキリ見えるけれど、声は小さくってなかなか聞き取り(にく)い。聞こえたとしても、何故か翻訳機能が働いてくれなくって、フニョフニョフニャフニャ何を言ってるのかサッパリ解りません!!

 あと、優秀じゃあないし。ハードルをナゼ上げたし。


 そんなわたしの心なんて知らないだろう長老様は、目をカッと見開いて鼻息荒く立ち上がった。


「何と、人の身の召喚士でありながら、精霊の声が聞こえるのか!?

 にわかには信じられぬが……」


 長老様は、視線をわたしからツイとそらした。その先にはマディ……じゃあなくって、マディの背中の上にいるレプスへと向けられている。


 長老様の視線に気がついたレプスは、耳をピンと立ててピョンピョンとこちらへ走って来た。


「レプスくん?」


 わたしの声に、鼻をフンと1度鳴らしたレプスは、長老様の方を向いてから改めて鼻をフンフンと鳴らし始めた。


「……なるほど、解った。

 娘、お前の言葉を信じよう。

 ウロ。この娘と其方の(きずな)は特別な様じゃ。この力なら、魔力に閉ざされた魂の殻を破り、生命の精霊に声が届くやも知れぬ」


「うえっ!? は、はい、全力で頑張ります!!」


 長老様の圧力に、思わず答えちゃったけれど。

 てゆーかニードルス、勝手な事ばっかり言ってコンニャロ。


 そんなニードルスはと言えば、わたしに向かって満面の笑みでサムズアップしてるしなあ。


「ウロくん!」


 背後から声をかけられて、わたしの肩が跳ね上がる。


 アルバートだ。

 アルバートは、さっきまでの死にそうな顔色とはだいぶ違って、やや紅くって泣きそうなのを(こら)えている様に見えた。


「ウロくん。私の母の為に、済まない」


 顔色は戻ったけれど、その声は不安でいっぱいなのが解る。


 そうだよね。

 可能性が出て来たってだけで、不安は消えないし。

 お母さん、心配だよね。


 ……あ。

 わたしまで、お母さんに会いたくなってきちゃったよ。ヤバイヤバイ。


 わたしは、アルバートにガバッと抱き着いた。

 こうでもしなきゃ、わたしが泣いちゃいそうだったからだけれど。


「大丈夫。

 わたし、頑張るから。お母さんも、きっと助かるよ!」


「……ありがとう」


 わたしの声も震えてたけれど、アルバートの声も震えて聞こえた。

 ふと見ると、すぐそこでニードルスが面白い顔で固まっててビビッた。


 この後、アルバートが長老様に角で軽く突かれたり、それに反応してエセルが抜刀しそうになったりしたけれど。


 わたしたちはやっと、本来の目的の為に前進する事が出来たのでありました。

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