第百十話 長老様の言う事には
前回のあらすじ。
ユニコーンの角は熱でくっつくアイロン接着式。しかも自発熱。ご飯粒いらず。
わたしたちの目の前には今、石化から解き放たれたユニコーンの長老様がおられます。
そのお姿に、わたしたちは正に、「目を奪われた」状態だったり。
真っ白い身体に銀の鬣、同じ色の髭は、山羊を思わせる程に蓄えられている。
金色の瞳は、心の奥まで見透かされるかの様に美しくって。そのすぐ上の額には、ユニコーンの象徴とも言うべき角があるのだけれど。
長老様の角は、さっきまで折れていた事がウソみたいにヒビも継ぎ目も無く、マディたちの角が放つ光を受けて、まるで大理石で出来た彫刻の様に、ボンヤリとした淡い光を纏って、角の表面にある螺旋模様をより立体的に浮き立たせていた。
「……やれやれ、急な石化は応えるわい」
首をふるふるさせながら、ユニコーンの長老様は呟いた。
「お帰りなさいませ、長老」
「ああ、マディ。留守をして済まなかったな。大体の事は、角を通して聞いておったよ」
マディに答えた長老様だったけれど。
その声は、お馬様の姿からはとても想像出来ない位に優しげで、低音の心地良いバリトンボイスでビビッた。
ううむ。
マディの時も思ったのだけれど、ユニコーンの声って洋画の吹替えみたいで、何やらザワザワする。声優さんドコ?? などと。
「さて、乙女たちよ。
まずは、この老骨の声に応え、助けてくれた事に感謝する」
そう言って、長老様はわたしたちに頭を下げた。
……アレ?
〝声〟って、なんの事じゃろ??
見ての通り、長老様の声は今さっき初めて聞いた訳で。
しかも、わたしたちってば、欲望全開下心アリアリで角の奪還に向かった訳で。
なもんで、長老様の〝声〟なんて、これっぽっちも聞いていない不具合ですがどうでしょう?
周りを見れば、わたしだけじゃあなくってみんなキョトンとした顔になってるし。
……。
少しだけ、沈黙が地下空間を支配する。
それに気がついたのか、長老様は不思議そうな顔をしてから口を開いた。
「はて、話が見えぬか?
其方、カーソンと言ったな。其方はローウェルの血を引く者、儂の声も聞こえたじゃろう? 」
突然の名指しに、わたしたちの視線が集中。同時に、カーソンの肩が跳ね上がる。
「わ、私!? 私は何も聞いておりません!!」
明らかに困惑して、首が取れるんじゃないかって程、横にブンブンと振るカーソン。それを見て、長老様は小首を傾げながら唸る。
「カーソンよ。声と言っても、音に聞こえる声ではない。其方の頭に、直接問いかけた物だ」
そう言ってうなずく長老様だったけれど、カーソンはますます困惑しているみたいだった。
「カーソン。お前、本当に何も聞こえなかったのか? 忘れているだけではないのか?」
腕組みをして、珍しく眉間にシワを寄せたアルバートが問う。
それを聞いたカーソンは、今度はゆっくりと首を横に振りながら答えた。
「いいえ、兄上。やはり、私には覚えがございません。
それに、頭の中に問いかけられるなど、今日が初めての事です。もし、以前にも経験があったのなら、これ程驚いたりはいたしません!」
動揺しつつもハッキリと答えたカーソンに、アルバートも「……そうか」と小さく呟いて納得したみたいだった。……ならば。
解らない事は、ご本人に何と言ったのか聞いてみましょうそうしましょう!
わたしは、1歩前に踏み出すと軽く頭を下げる。
「初めまして、長老様。ウロと申します。
長老様のお言葉、もう1度お聞かせ頂けませんでしょうか? もしかしたら、本当に忘れてしまっているのかも知れませんから。
ですので、改めてお聞きしたいのです。
それは、いつ頃の話でどういった内容だったのでしょうか?」
1歩前に出た瞬間から、金色の瞳でわたしを捉え続けたた長老様に、緊張からか少しだけドキドキする。
長老様は、その瞳を細めると優しげな口調で話し始めた。
「ウロ。ああ、知っているぞ。……ふむ、其方は変わった魂をしておるな。ならば、其方にも届いているかも知れん。
いつ頃も何も、昨夜の話じゃ。
昨夜、角が儂の身を離れる前に、儂の願いを込めた思念を送ったのじゃよ」
わたしの問いに、少しだけ困った様に長老様は答えてくれた。
どうやら長老様は、自ら石化する直前に、救援信号的なナニかを発信していたらしい。
内容は、角を奪われそうになっていた当時の状況と、盗賊とは言え、相手が乙女たちの為にユニコーンである自分たちでは撃退も追跡も不可能である事。
そして、角の奪還を強く願った事だった。
「……誰も、受け取ってはおらなんだか。儂も年を取ったのう」
長老様は、最後に少しだけ寂しそうに呟いた。
むう、昨夜かあ。
昨夜って、月明かりの綺麗な静かな夜で、特別な何かは聞こえなかった気がするけれど。
「お許しください、長老様。
昨夜は皆、夢も見ずに今日に備えていたのです!」
そう言って、その場に跪いたカーソン。
「構わんよ、カーソン。
結果的には、其方らは儂の声に応えてくれたのだからな。感謝しておるよ」
そんなカーソンに、長老様はゆっくりと近づくと、頭を鼻先で軽く撫でた。
そう言えばそうでしたっけ。
夜は静かだったけれど、お湯に浸けられたり締め上げられたり気を失ったりと忙しかったんでしたっけ。
お陰で、バッチリ悪夢を見……。あれ?
わたしってば、夢見てんじゃね?
しかも、何やらウンニョリした夢だった気がする。
もしかして、あのウンニョリ悪夢が長老様の思念による物だったりしたのかしら!?
などと考えたりもしたけれど、結果オーライ的な雰囲気なので黙っておく事に大決定です。沈黙は吉。たぶん。
「立ちなさいカーソン。
其方らには恩がある。
儂の声に応えて、ここに参った訳では無い事も承知した。
さあ、本当の目的を言うが良い」
先程とは違って、不思議な緊張感のある長老様の声が森に低く響いた。
同時に、辺りの空気がピンと張り詰めた様な気がした。
「兄上?」
「うむ!」
立ち上がりながら振り返ったカーソンに、アルバートはうなずきながら歩み出た。その顔には、緊張よりもむしろ、決意みたいな物が感じられる。
長老様の少しだけ手前まで歩み出たアルバートは、腰を折って頭を下げてから声を上げた。
「お初にお目にかかる、ユニコーンの長よ。アルバート・ローウェルである。
我が母の病魔を払うべく、この地へ馳せ参じた。どうか、力を貸して欲しい!」
「アルバート……ローウェル?」
力強く言葉を発したアルバートを、長老様は金色の瞳で静かに見据える。
「アルバート様……」
変わっていく空気に、心配になっただろうエセルが声をかけたのだけれど。
それを、アルバートは長老様から視線を外さないまま、手を上げて制止した。
誰も何も出来ず、時折、木々を揺らす風の音だけが頭の上を通り過ぎて行く。
沈黙が続いたせいか、やけに長く時間がたった気がしたのだけれど。
実際には、ほんの数分位のものだったかも知れない。
やがて、いつ終わるか解らなかった静寂は、長老様のため息の様な鼻息によって破られる事になった。
「……ふむ、そうか。
お前は、ラヴィニアの子であったか。どおりで懐かしい匂いがした」
長老様の言葉に、アルバートの目がカッと見開かれた。
「は、母を知っているのか!?」
飛びかからんばかりのアルバートの勢いにも、長老様は全く動じる気配すら無かった。
ゆっくりとうなずいた長老様は、アルバートに落ち着くよう促すと、再び口を開いた。
「ああ、良く知っておるとも。ラヴィニアは、儂の友だからな。
それだけでは無いぞ? 儂は、お前の事も知っておる。
幼き日のお前を、彼女に頼まれて死の淵から救ったのは、この儂じゃ!」
「!!」
長老様の言葉に、アルバートは目を丸くして絶句した。
小さい頃、怪我をしたアルバートを助けてくれたお母様の友人って言うのが、実はユニコーンの長老様だったって訳ですね。
アルバートの記憶にあった〝光る杖〟は、ユニコーンの角だったって訳ですね。
あと、〝初めまして〟じゃあなかったじゃん。などと。
「し、知っているなら話は早い。我が母の病を……」
ドンッ
早口に話し始めたアルバートを、長老様は足を鳴らして制止する。
「落ち着け、ラヴィニアの子アルバートよ。
残念だが、儂にはラヴィニアを癒す事は出来ぬ」
で、出来ないですと!?
まさかの長老様の答えに、その場の全員が絶句する。それは、マディたちも含まれていたりした。
「長老、それは何故でございますか? 我らユニコーンの角に、ヒトの病が癒せないなどと言う事があるのでしょうか?」
マディの言葉は、わたしたちの言葉でもある。
超絶万能健康アイテム『ユニコーンの角』に、治せない病があるなんて。異世界、恐るべし!! ……なの?
長老様は、慌てるマディを少しだけ呆れた様に見詰めてから、ゆっくりと話してくれた。
「マディ、お前まで取り乱すとは何事だ!
確かに、儂らユニコーンの角には万物を癒す力が与えられておる。
しかし、今回は勝手が違うのだ。見よ!」
そう言った長老様は、スッと頭を下げて見せる。
「儂の角は、先端が折れているじゃろう?
これはな、アルバート。ラヴィニアがお前を連れて来た時、お守り代わりに彼女に譲ったのだ。
儂らの角には、その一部であっても所持しているだけであらゆる病を寄せ付けぬ加護が込められておるのだ。それが効かぬのなら、儂らの癒しも効果はあるまい」
意外、それはプレゼント!!
まさか、ユニコーンの長老様が、友人とは言え、幼女では無い子持ちの女性に大切な角の一部をプレゼントしてたなんて。……何やら素敵ですこと。
「アルバート様!!」
「うむ!」
長老様の話を聞いたエセルが、アルバートに声をかける。それに応えたアルバートは、胸元から首飾りを引っ張り出した。
取り出されたのは、銀の鎖をあしらったシンプルなペンダントだった。
アルバートは、それをおもむろに開くと、中から乳白色の何かを取り出した。
「長老、その角の先端とはこれではないか?」
アルバートの掌の上には、5百円玉より少しだけ大きな、鮫の歯みたいな物が乗っていた。
それを見た途端、長老様は興奮したみたいにブフウッと鼻から息を噴き出した。
「おお、確かにそれじゃ!
しかし、これは……」
アルバートの掌の上にある角の先端は、縦に断ち割る感じで半分になっている。長老様は、それに気づいたみたいだったけれど。その顔は、明らかに困惑している様に見えた。
「察しの通り、これは半分だ。もう半分は、母が持っている。
私が幼い頃、友人から貰ったお守りだと言って、半分を私にくれたのだ」
「そんなの無理よ!」
アルバートの言葉に、真っ先に反応したのはジーナだった。
その後ろでは、口を半開きにしたニードルスが、ゆっくりと自然体に戻る途中だった。
「乙女の言う通りじゃ。
ユニコーンの角は、そう簡単に割れる物では無い。
蓄えられた、膨大な魔力に阻まれてしまうのでな」
長老様の言葉に、ジーナとニードルスが首を縦に振る。
ユニコーンの角は、当たり前だけれどただの癒し系調度品等ではなくって、魔法の品、マジックアイテムである。
マジックアイテムは、魔力を有している為に破壊するのは難しい。それは、加工も同じである。
難しい事は解らないけれど、ゲームだった頃でも魔力付与されたアイテムは、基本的に強度がプラスされて壊れ難くなっていた事を思い出したりしたけれど。
つまり、魔力量がそのまま保護強度になるって事なのかな?
だとしたら、ユニコーンの角なんて超絶固いって事になるんじゃね?
……どうやって割ったんだろ??
この疑問は、直ぐに解決する。
ユニコーンの角を半分に割ったのは、アルバートのお母様その人だった。
アルバートの遠い記憶によれば、アルバートのお母様は、角を素手で簡単に割って見せたのだと言う。
「母は、パンを2つに割る様にパキッと割った様に思えたのだが……」
そう言って、小首を傾げるアルバートに、長老様は大声で笑い出した。
「ワハハハハッ。
なるほど、ラヴィニアならそれも可能だろうな。あの娘の魔力は、人のそれとは比べ物にならぬ!」
そうなんだ。アルバートのお母様、スゲェ!! てゆーか、本当に人間かしら?
豪快に笑う長老様の言葉は、アルバートには初耳だったらしくって。どう反応したものかと、困惑しているみたいだった。
「しかし、半分になったとは言え儂の角には変わり無い。
それを身に付けていながら、一体、どんな病を患ったと言うのだ?」
長老様の問いに、アルバートの顔が引き締まる。それに気づいたのか、長老様も軽く咳払いをした。
「母の病は、人形病だ。
もう、私が誰かも解らなくなってしまった。どうだろう、治せ……」
アルバートの答えを聞いて、長老様は天を仰いでいる。それに気づいて、アルバートは言葉を途切れさせてしまった。
やがて、長老様は大きくため息を1つ吐き出してから、アルバートを睨む様に見据えた。
「お前たち人は、あれを病だと思っているのか? あれは、古くからある呪いに他ならぬ。
なるほど、それでは儂の角も効果は無い!」
長老様の言葉に、アルバートは声を失ってしまう程にショックを受けているみたいだった。
もちろん、それはわたしたちもなのだけれど。
人形病は、病気じゃないですと!? しかも、古くからある呪いですと!?
図書室の本もだけれど、一体、いつの間に病気になってしまったのか?
ユニコーンの角に、呪いを解く力は無い。それは、この世界でも同じみたいだったけれど。プラス要素じゃあないし。
たった半日の行軍にも関わらず、次々と押し寄せて来る混乱と当惑に、わたしたちの中に絶望が過ったのだけれど。
続く長老様のお話は、もっともっと、わたしたちに重くのしかかる事になるのでありました。
ウロの見たウンニョリ悪夢は、第九十八話 『朝食は賑やかに』の冒頭部分になります。




