第百九話 復活の長老様
前回のあらすじ。
ユニコーンの角(長老バージョン)、搬送中。壊れ物注意。不在時は没収。
角の奪還に成功したわたしたちが、件の崖下にたどり着いた頃。森を包む空は、うっすらとだけれど、暮れ始めのオレンジ色に染まりつつあった。
内通者がいるかも解らない現状、崖を迂回して正面に向かうのは危険だし、さっきみたいに巨大化した獣に出会うかも知れない。何より、角をユニコーンたちに返すのが遅くなってしまう。
なもんで、来た時とは逆に、切り立った崖をよじ登る事になった不具合です。
皆さん、ご存知無いかも知れないけれど、崖って降りるのも登るのも超絶疲れるし、ハイパー怖いのですよ!!
崖の上を眺めながら、恐怖と懸命に闘っているわたしをよそに、ロープを担いだダムドはスルスルと崖を登って行ってしまった。
……スゲェ。
キモい方向にスゲェ。
あの、蜘蛛気味男みたいな動きは、登攀スキルの成せる技なのですが。
何となくだけれど、手がベタベタしている様な印象を受けたのはナイショです。
わたしたちが崖を登ると言っても、実際にはダムドの後に登ったヘンニーが、わたしたちの掴んだロープを引き上げてくれる訳で。
それでも、ロープを1回だけ縛って出来た握り拳大の結び目だけが頼りの足場って言うのは、だいぶアレな感じがして怖かった。主に握力がピンチだった。……あと、レプスがわたしの頭の上に乗って、崖を登ってる間ずっと、軽快にステップを踏んでいるのがイラッとした。ぐぬぬ。
わたしが登った後は、喚び出したゴーレムちゃんにロープを引っ張る手伝いをしてもらったり。
ジーナやカーソンが、揺れる度にキャーキャー言うのが楽しかったので、ちょっぴりばかり余計に揺らしてみたり。
ニードルスには、先の2人よりほんの少しだけサービスしてみる心遣い。……ダムドとヘンニーも加担したから、かなりヤバ目だったのはナイショだ。
崖を登りきって(主にニードルスが)グッタリしているのも束の間、その鎧と長剣で、いつの間にどうやって崖を登ったのか不明のエセルが、わたしたちの前に跪く。
「ご休憩は後、お迎えが参りました」
〝お迎え〟の言葉にギョッとしたけれど、エセルの視線を追う事で理解した。
森の奥から、1頭のユニコーンがゆっくりとこちらに歩み寄って来ている。
マディだ。
マディは、森のギリギリの所で歩みを止めると、1回だけ頭を下げながらブルルと唸った。
「良くぞ、無事に戻られた、乙女たちよ。
さあ、長老の元へ急ごう!」
それだけ言うと、マディはくるりと踵返して森の奥へと歩き始めてしまった。
むう。
柵とか、壊れたままだけれど??
「ちょっと待って、マディさん。あの、柵が……」
慌てるわたしに、マディはもう1度、ブルルと小さく首を振る。
「乙女よ、それは人の技だ。我らに鉄は操れない。
柵が直るまで、森の結界を強める事位は出来るが。より強固な物とするには、長老のお力が必要になるのだ」
ほほう。
なるほど理解!
わたしやジーナ、カーソンがうなずくのを見て、マディは得意気に鼻を鳴らす。
そんな感じで、マディを先頭にわたしたちは森の中を進んで行った。
マディが、ゴーレムちゃんをあまり良く思っていないみたいだったので帰還。レプスは、マディの背中に乗って楽しそうに揺れててビビる。
その他、何故か干物みたいになったニードルスを、ヘンニーが2回落とした以外は、特別な事のない森の中。
ふと振り返ると、森の木々が音もなく枝を伸ばしたり、下草がわたしたちの足跡をかき消す様にザワザワと蠢いていて、改めてユニコーンの棲む森に驚いたりした。
程無くして、わたしたちはリブンフォートの森の中央にある巨大な樫の木の元までやって来た。
夕陽に染まる樫の巨木は、昼間とは違った雄大さに圧倒されたりしたけれど。
マディの合図で、樫の巨木は同じく巨大な根っこをうねらせる。震動と共に根っこが移動すると、地下への秘密の入口が現れた。
「乙女たちよ、地下へ。早く長老の元へ!」
マディに促され、わたしたちは、ゆっくりと地下へ降りて行った。
緩やかな坂道を下りながら、光る苔の明るさに目が慣れていくのが解る。
坂道の終わりにある広い空間では、まだ子供のユニコーンであるラトとレトが、つぶらな瞳を苔の光にキラキラと輝かさせながら待っていた。
〝おかえり、みんな〟
〝無事で良かった〟
ラトとレトが、それぞれジーナとカーソンの元へとやって来て、そっと寄り添う様に頭を預けた。
微笑ましい。……のよね? などと。
「ラト、レト。再会を喜ぶのは、長老が戻られてからでも遅くはない」
マディの言葉で、ラトとレトは小さく頭を振って後ろへと下がった。
「ヘンニー!」
「おう、旦那!」
エセルの号で、ヘンニーが背負い袋から角を取り出した。
それを見たマディが、一瞬だけ目に殺気を宿した様に見えたのだけれど。気のせいって事で。
「さて、角をどうすりゃ良いんだ?」
角を手にヘンニーが問うと、マディはやれやれと言った様にため息を吐いて首を振った。
「人の雄よ、角を乙女に渡すのだ。
長老の復活には、乙女の魔力が必要になる。……さあ、ウロ。角を頼む」
「は、はい!」
マディの言葉で、わたしはヘンニーから角を受け取った。
ズッシリと重い、長老の角。
光の加減か、何かの化石みたいに見える。
「私の背に乗りなさい」
マディが、石化した長老の前で身を屈め、それに従ってわたしが上に乗る。
「おととっ!!」
ゆっくりと立ち上がったマディの背の上で、わたしは重い角を抱えてバランスを取った。
……ここで落っことして壊しちゃったら、クエスト失敗、バッドエンド!?
なんて考えも頭を過ったのだけれど、たぶん、冗談じゃあ済まなくなると思うので真剣です。ちゃんとします。
手を伸ばして、角の断面を長老の額のそれに合わせて……どうするんだろ?
これって、どうやってくっ付けるの?? ご飯粒とか持ってないよ!?
「これ、どうやって……」
わたしが言いかけた瞬間、持っていた角が急激に熱くなった様に感じた。
「熱っ!?」
思わず手を引っ込めたわたしは、バランスを崩して倒れそうになったけれど。
それを見越していただろうマディは、上手にわたしを背中に跨がる様に動いてくれた。
「あ、ありがとう」
「こちらこそ済まない、乙女よ。先に話しておくべきだったな」
ホントだよ。
熱くなるなんて、予想外過ぎでしょ!?
マディに乗ったまま、わたしは石化した長老を見上げる。
角は、外れる事無くそこに固定されているみたいだった。
「さあ、我らが長がお帰りになる!!」
マディの声に呼応する様に、ラトとレトがヒヒンと嘶いた。
ついに、長老ユニコーンが!!
ワクワク。
ツルツル。
……って、アレ?
しかし、何も起こらない??
一瞬の沈黙が、辺りを支配する。
「……何も起きない様ですが?」
沈黙を破ったのは、ニードルスだった。
あんなにクタクタだったニードルスだけれど、好奇心が勝ったみたいだよ。
長老の角とマディを交互に眺めながら、困惑の表情をしているニードルス。
「何故だ? 何故、長老はお帰りにならない!?」
動揺するマディと、同調する様にラトとレトも不安を隠しきれなくなっているみたいだった。
時間がかかり過ぎちゃった?
もしくは、長老様はすでに!?
「はっ!?」
わたしが不謹慎極まりない事を考え始めた時、マディが目をカッと見開いて声を上げた。
「ウロよ、乙女よ。
まさかとは思うが、角の魔力を使ったのではないか!?」
ギニャー!!
バレちゃったー!!
どうしよう?
これで復活出来なかったとしたら、やはしクエスト失敗じゃん!!
「ああ、角を使わせてもらった!」
突然、後ろから大きな声が上がった。
声の主は、アルバートだった。
アルバートは、ゆっくりと歩み出ながらもう1度口を開く。
「角は使わせてもらった。
だが、それは女性たちを救うのにどうしても必要な事だったのだ。許されよ!」
「……!?」
口を開きかけたマディより先に、アルバートがそう声を上げる。
アルバートの言葉を受けて、怒りと困惑の入り混じった様な、お馬さんの顔からは想像も出来ない様な複雑な表情になったマディだったけれど。
大きなため息を吐いて、左右にゆっくりと首を振った。
「……それならば、仕方あるまい。長老も、文句は無いだろう。
だが、それならば魔力を補充せねばならない。乙女たちよ、頼まれてくれるか?」
そう言ったマディは、スッと頭を下げる。それに、ラトとレトも続いた。
「わ、わたしたちは構わないけれど。ねえ?」
「う、うん!」
「は、はい!」
わたしの言葉に、ジーナとカーソンがうなずいた。
……まあね。
わたしたちの都合で使っちゃったのは、紛れもない事実な訳で。
それに、長老様に蘇って頂かなくては、事が始まらない不具合ですよ。
「ありがとう、乙女たちよ。
では、こちらに」
マディに言われるままに、わたしたちは、石化した長老様の前に集まった。
「石化を解くには、長老自らのお力が必要だ。
その為には、十分な魔力が必要になって来る。乙女たちには、角へ必要なだけの魔力を補充して欲しいのだ」
マディの説明で、わたしたちは手を長老の身体に当てながら魔力を流す事になった。
身体に魔力を流せば、勝手に角へと集まるそうなのだけれど。
「マディさん。魔力ならユニコーンの方が高いし人よりも良いのではないですか?」
「……長老は、特別なのだよ」
わたしの疑問に、マディはため息混じりに答えてくれた。……勉強になります。
んん!?
だとすると、わたしの魔力はダメなんじゃね?
確か、長老様の角は『少女仕様』だったハズ。大人の魅力満載のわたしの魔力では、長老様のお気に召さないかも知れない。
それに、カーソンは魔力のコントロールが出来てないッポイのだけれど??
再びのわたしの疑問に、マディは少しだけ考えていたけれど。
「ならば、こうしよう!」
と言う訳で、ジーナは直接。
わたしは、カーソンの背中に手を当てて魔力を〝カーソンごと〟コントロールする超絶アクロバットです。
「そんな事が出来るのか!?」
アルバートは、そう言って驚いていたけれど。
要は、魔力巡回の応用だし。散々、マーシュさんにやられた事だしね。
それでも、魔力を扱った事の無いカーソンでは対応出来ないので、ちょっぴりばかり練習です。
カーソンの手を握って、片方の手からわたしの魔力をカーソンに流しつつ、もう片方の手から魔力を回収する。
これを左右グルグルすれば、手から魔力が出て行く感覚は掴めると言う物です。
てゆーか、カーソンはかなり優秀だった。
30分も経たない内にコツを掴んだらしく、吸い出さなくっても自分からわたしに魔力を送り出せる様になったのだから。ただし、かなり弱いけれど。
「大丈夫ですか、カーソンさん?」
「は、はい。長老様の為にも急ぎましょう!」
カーソン、ええ娘じゃ。
もちろん、『魔力酔い』についても説明してあるのに。
「では、始めましょう。ジーナちゃん、行くよ?」
「はい、ウロさん!」
わたしの合図で、ジーナとカーソンが長老に魔力を注いで行く。
わたしも、カーソンの背中に手を当てて魔力放出の補助を行う。
長老様の石像は、それ自体が『魔法の杖』みたいな魔力伝導体の様に思える。
魔力は、順調に流れているみたいで、角に魔力が集まって行くのがハッキリと解った。
順調は順調、なのだけれど。
問題は、わたしたちの魔力残量なのですがなあ。
廃屋で、角を使う為にジーナは魔力を半分位消費しているし、カーソンは、元々の魔力が低い。
わたしも、召喚魔法で魔力を消費している状態だ。
もし、大量に魔力が必要だったとしたら、わたしたち3人とも昏倒しちゃうのですがどうしましょう??
その不安は、思ったよりも早く的中する。
魔力を注ぎ始めてすぐ、ジーナの身体がユラユラと揺れ始めた。
額に汗をビッシリと浮かべながら、懸命に魔力を注ぐジーナ。
わたしは、ジーナの魔力を確認する。
名前 ジーナ・ティモシー
種族 人間 女
職業 商人 Lv5 / 妖術師Lv2
HP 21/23
MP 4/51
これはマズいぜ!
「ジーナちゃん、無理しちゃダメだよ!? 魔力切れになったら、数日は動けなくなっちゃうからね?」
「はい。……もう、ダメ……です」
そう言うと、ジーナはその場にヘロヘロとしゃがみ込んだ。
「ジーナ君!!」
慌てて駆け寄ったアルバートに、取り合えずジーナはお任せで。
ジーナ脱落。
だけれど、何とか昏倒前に切り上げる事が出来て良かったと思われる。
問題は、わたしとカーソンだよ。
カーソンは、慣れない魔力の流動に、かなりの疲労があるだろうに。
唇を紫色にしつつ、懸命に耐えていた。
魔力自体は、わたしの魔力が供給されているから減ってはいないのだけれど。
そして、わたしの魔力もピンチだったのだけれど。
フリッカ、レプス、ゴーレムちゃん。
短時間に、3体もの召喚獣を出してるんだっけ。
「おお、あと少しだ。頑張ってくれ、乙女たちよ!!」
マディの声が、わたしたちに止める事を許さない雰囲気でツライ。
この時点でのわたしとカーソンはこんな感じだし。
名前 カーソン・ローウェル
種族 人間 女
職業 貴族 Lv0
HP 9/10
MP 7/16
名前 ウロ
種族 人間 女
職業 召喚士 Lv11 / 妖術師Lv2
HP 39/42
MP 11/73
カーソンはともかく、間も無く、わたしの魔力が1桁になっちゃうエンプティ。
ならば、これしか無いよね?
「ニードルスくん、お願い!」
「はい、ウロさん!」
わたしの声に、ニードルスが素早く反応してくれた。
途端に、わたしの中に魔力がみなぎって来るのが解った。
わたしの背中から、ニードルスがわたしに魔力を供給してくれているのである。
女性の、それも少女の魔力が必要らしい長老の角だけれど。
男性であるニードルスの魔力は、わたしと言う『女性フィルター』を通り、その魔力は、カーソンと言う『少女フィルター』を通り長老に注がれる。
なんと言う画期的、かつ、力業なフォーメーションだろうか!?
振り返ると、ニードルスも必死なのか耳を起立させて顔を真っ赤に染めていた。
バチッ
「きゃっ!?」
「うおっ!?」
「なっ!?」
突然、手に静電気みたいな衝撃を受けて、わたしたちは弾かれる様に後ろに倒れ込んだ。ニードルス、グッジョブ!
……って、まさか、魔力供給失敗!? アーバンエルフの魔力は、お気に召しませんでしたか!?
「おお、長老がお帰りになる!!」
マディが叫び、ラトとレトが蹄を打ち鳴らした。
どうやら、角の魔力が上限に達したみたい。本来なら、ホッとする所だけれど。
わたしたちの目は、前方から離せなかった。
わたしたちの目の前では、巨大な魔力の塊が。
角を中心に、馬の石像の中を激しく混ざって物凄い速さで巡っていたのだから。
陽やロウソク等の光ではなく、当たり前だけれど電灯でもない不思議な光が、地下空間を眩いばかりに包んで行く。
「んっ、あぁ参った参った!」
光は、いつの間にか煙の様な物に変わっていた。
その中から、しゃがれた老人の声が辺りに響く。
「お帰りなさいませ、長老!」
マディが角を光らせると、ラトとレトも角を光らせた。
煙が消えて、光が照し出すそのただ中。
真っ白な鬣と長い顎髭を蓄えた、金色の瞳を持つ巨大なユニコーンが姿を現したのでありました。




