第百八話 げっと・ばっく・ほーん
前回のあらすじ。
前にも言ったかも知れないけれど、若いって素晴らしい。
幼じ……少女にしか扱えない謎設定のユニコーンの角(長老仕様)のお陰で、ポーション中毒によりオーガみたいな姿になっていた盗賊の1人、プリムは無事、元の姿である少女に戻る事が出来た。
角の使用について、ジーナかカーソンのどちらかが使えるかな? とか思ったのだけれど。
カーソンには魔力のコントロールが出来なかったので、ジーナ一択になったのは気のせいってトコで。ドンマイ。
腐っても、さすがはユニコーンの長老さまの角。
ジーナが魔力を角に流して行くと、角は白い優しい光を放ち始めた。
光が、ゆっくりとプリムを包んで行くと、ポーション中毒はもちろん、身体中の傷や日焼け、髪のダメージに至るまで全て綺麗に治っちゃったし。
光が消えて再び廃屋の中が暗闇に戻った時には、ボロボロの服の中に、艶やかな茶髪と透き通る様に白い肌の美少女が倒れていてビビッた。
「へえ、こりゃすげえ!」
「貴族共が大金を積む訳だぜ……」
ヘンニーとダムドが、目の前の出来事に素直な感想をもらす。
……確かに。
これ1本で、大体の怪我や病気は治っちゃうんだもん。
見た目にも何だかカッコイイし、床の間に飾ってあっても違和感は無い仕上がり具合。
稀少動物だとか、幻獣だとか。そんな情報さえ知らなければ、高級インテリア感満載の健康素敵アイテムにしか思えない。……まあ、今回はそんなレベルの話じゃあないかも知れないけれどなあ。
「お姉ちゃん!!」
2人の少女たちが、目に涙をいっぱいにしながらプリムに駆け寄ろうとしたのだけれど。
それは、エセルと言う巨大な壁によって阻まれてしまう。
「誰が動いて良いと言ったのだ?
貴様らはまだ、許された訳では無いのだぞ? 解ったら、黙って座れ!」
「ひっ!?」
エセルの威圧に、少女たちは小さく悲鳴を上げてへたり込んだ。
怯える少女たちを尻目に、エセルが軽く頭を下げる。
それに促される様に、アルバートとカーソンが少女たちの前に進み出て腰を下ろした。
「私はアルバート・ローウェル。こっちは、従弟……ではなく従妹のカーソンだ。
君らは一体、何者だ? 何故、こんな危険を犯してまでユニコーンの角を狙ったのか? さあ、話してくれ」
そう言って、警戒する少女たちにアルバートの輝く様な笑顔が放たれ、それにカーソンのハニカミ笑顔が続く。……恐るべしローウェルの系譜。
恐怖と不安の上、だいぶ疲労状態になっていた少女たちの目に、物腰柔らかなアルバートとカーソンは、どんな風に写ったのかな?
最初の内、様子を窺っていた少女たちは、輝く笑顔が効いたのか、やがて、ポツリポツリとだけれど自分たちの事を話し始めた。
「あ、あたしはセリム。こっちは妹のテリム。お姉ちゃんを、プリムを助けてくれてありがとう!」
セリムと名乗った少女は、自分たちが、ポーション中毒になってしまったプリムを長女とする、3姉妹なのだと語った。
北の山間にある集落に、母親と4人で住んでいるらしい。
2年前、母親が病に倒れてしまい、集落の薬師ではどうする事も出来なかった。
街で薬を買いたいのだけれど、狩りによるほぼ自給自足の生活の為、毛皮や干し肉を売った程度の収入では、高価な薬を買う事なんてとても出来なかったらしい。
どうする事も出来ず途方に暮れていた時、彼女たちの前に集落では見た事の無い男性が現れたのだと言う。
「それは、どんな男だったか覚えているか?」
アルバートの問いに、セリムとテリムはウンウンとうなずいた。
「身なりが良くて、若い感じの人だった。目深にフードを被ってて、覆面までしてて顔は解らなかったけど、声は男の人だった」
「それで、すっごく気前が良いの! 食べ物もくれたし、毛皮も干し肉も倍の値段で買ってくれたの!!」
セリムに続いて、テリムが興奮した様に声を上げた。
……ううむ。
話を聞く分には、セリムたちの出会った男性と思われる人物は、困っている彼女たちに優しく手を差し伸べてくれる〝良い人〟の様に思えるのだけれど。
食料を与えてくたり、毛皮等を相場より高く買い取ってくれたり。……でもなあ。
何か、スッゴイ違和感があるのは何でなんだぜ??
「お母様のお薬は、買ってくれなかったんですか?」
不意に、ジーナの声が響いた。
ジーナは、まだ目の覚めないプリムに毛布をかけている最中だったけれど。
それだ!!
ジーナの言葉で、わたしの中の違和感が何なのか気づいたテイタラク。
「確かにそうだ。
食料や毛皮の買い取りより、薬代を貰った方が1番の近道だろう?」
ジーナの言葉に反応したアルバートが、目を見開いて声を上げる。
それに対して、セリムとテリムは頭を振る。
「お母さんのお薬は、とても高価で……」
「あの人にも買えないから、あたしたちが……」
「いや、それはおかしいでしょう!?」
2人の言葉を遮って、ニードルスが大きな声を上げた。
ニードルスは、眉間にシワを寄せながらセリムたちの前までやって来ると、彼女たちを見下ろしながら続ける。
「貴女方の母は、何と言う病ですか?」
「……せ、石皮病です」
「!!」
ニードルスの問いに、再び怯えた様に答えたセリム。
それを聞いたニードルスは、切れ長の目を真ん丸に見開いて絶句した。
「……あの、ニードルスくん。石皮病って、何?」
わたしの小声の質問に、ニードルスの首が恐ろしいスピードでこっちを向いてビビッた。目とか。クワッてしてるし。
「ウロさん、冗談なら後にしてください!」
むう、冗談じゃないんだけれど。
だって、初めて聞く病名だし。うぬう。
わたしの反応に気づいたのか、ニードルスは小さくため息を吐いた。
「……石皮病と言うのは、その名の通り、皮膚が石の様に硬くなってしまう病です。
身体の中の、水の精霊力が弱まって土の精霊力が強くなる事で発症する病で、放置すれば死に至りますが治療薬で完治可能です。
拳闘士や傭兵の中には、自らこの病にかかる者もいると聞きますが……」
そう言って、ニードルスはチラリとヘンニーたちの方を見る。
ヘンニーとダムドは、「ああ~」と納得した様にうなり声を上げた。
「そう言や、たまに見かけたなあ。
確かに、上手く利用すりゃあ矢も剣も通さなくなるが。肌が灰色になっちまうからなあ……」
「禿げるわ、女も抱けねえわで、俺にはやってる奴の気が知れなかったな!」
そこまで言って、ヘンニーとダムドはゲラゲラと笑い出した。
エセルが、咳払い1つでそれを制すると、ニードルスも小さく咳払いをした。
「とにかく、石皮病は治る病です。
治療薬が高いとは言っても、金貨10枚。払えない金額では無いと思いますが?」
ニードルスの言葉に、今度はセリムとテリムが目を丸くする。
「き、金貨10枚なんて!!」
「そんな大金、とても無理だよ!」
困惑する2人だったけれど、ニードルスは小首をかしげた。
「何を言っているんですか?
貴女方が森で放った矢、あれ1本で金貨10枚の価値があるんですよ?」
その瞬間、セリムとテリムの2人は「えっ!?」と言う吐息の様な声と共に硬直してしまう。
「それだけではありません。
貴女方の姉が中毒症になった、あの薬。あれは、完成度にもよりますが、1本で金貨500枚はする代物です。
これが、どう言う事か解りますか?」
追撃の様なニードルスの言葉に、セリムとテリムは抱き合いながらガクガクと震え始めてしまった。
「セリムさん、テリムさん。貴女方は、何と言われてここにやって来たのですか? 詳しく話してください」
カーソンの優しい声に2人は、震えながら顔を上げる。その目には、恐怖や困惑などで訳の解らなくなった光と涙かたっぷりだった。
「あ、あたしたち、な、何も知らなくて……」
泣き声みたいな、しゃくる様な声でセリムが話し始める。
ある時、食料や毛皮を買い取ってくれていた男性に、セリムたちは母親の病気の事を打ち明けた。
男性は少しだけ考えた様子だったけれど、こう提案したらしい。
〝残念ながら、私にそこまでのお金は無い。だが、私の頼みを聞いてくれるなら、きっと報酬を支払う事が出来るだろう。どうかな?〟
「あたしたちに、その提案を断る事なんて出来ない。
プリムお姉ちゃんは、最後まであんまり乗り気じゃなかったけど……」
そう呟きつつ、セリムは話を続ける。
男性の頼みは、〝リヴンフォートの森に棲む馬を狩る〟と言う物だった。
額に角のある変わった馬を、出来るなら生け捕り。無理なら、角だけでも入手して来いと語ったらしい。
「その角を売れば、お母さんのお薬を買えるだけのお金をくれるって。だから、あたしたち……」
そこまで話すと、セリムとテリムは大粒の涙をボロボロとこぼしながら押し黙ってしまった。
ぬうう。
何と言うベタな詐欺だろう?
お金に困っている平民の女の子たちを、貴族の、それも伯爵家保有の森に侵入させて、稀少な幻獣を襲わせる。
大金があるにも関わらず騙して、少女たちに必要な金額を遥かに超える値段のアイテムを大量に持たせて。
これを悪意100%と言わず、何としましょう!?
もし、ノコノコ角を持ち帰ろう物なら、あっと言う間に骨だよ骨!! などと。
「で、受け渡し場所はどこなんだ?」
不意に、ダムドが口を開いてビビッた。
てゆーか、受け渡し場所って。どゆ事??
「ダムドさん、受け渡し場所ってここじゃないんですか?」
わたしの聞きたい事を聞いてくれる。ジーナ、マジ大好き!
「最初はここかとも思ったんだが、ここじゃねえ。
これだけの品、こんなガキに運ばせるのは危険だからな」
「どうなんだ?」
ダムドに続く様に、アルバートが話しかける。
セリムもテリムも、最初は少しだけ口ごもっていたけれど。イロイロと観念したのか、コクンとうなずいて見せた。
「受け渡し場所は、あたしたちの集落のすぐ近く。歩いて、2日位先だよ」
それを聞いたとたん、エセル、ヘンニー、ダムドの3人が慌ただしく話し始めた。
な、何?
どしたの、いきなり??
動揺するわたしたちをよそに、手短に話し合いを終えた3人は、辺りを警戒する様に散らばる。
エセルだけ、アルバートの元へとやって来て口を開いた。
「アルバート様、カーソン様。どうか、ご決断下さい!」
エセルの言っている意味を、わたしやニードルス、ジーナは解らなかったんじゃないかと思う。もちろん、セリムとテリムもね。
アルバートは少しだけ悩んだみたいだったけれど、カーソンが首を横に振っているのを見て、小さくため息を吐いた。
「プリム、セリム、テリムの3人は、不問。
ただし、ユニコーンの角は森に返す為、没収。3人は、即刻ローウェル領より去るべし。
さもなくば、この場で骸を晒す事になるだろう!」
そう言って、アルバートはガシガシと頭をかいた。
つまり、角を返してさっさと逃げて良いって事ですね。……逃げないとアレになっちゃう不具合だけれど。
「で、でも、角が無いとお母さんが……」
状況の解っていないテリムの口を、セリムが慌てて塞いだ。
剣に手をかけるエセルを制しながら、アルバートがもう1度ため息を吐く。
アルバートが声を上げるより少しだけ早く、ジーナがススッと前に出た。
「なら、これならどうかしら?
貴女たちの落とした矢はあたしたちが回収しているけど、これをティモシー商会が買い取りましょう。
強くなるお薬も、余っているなら買い取りますよ。それで、お母様のお薬代には十分だと思いますよ?」
微笑みながら、自分の鞄の中を探るジーナ。何か怖い。
突然の事に、セリムとテリムは挙動不審に陥っている。
でも、これは素敵な申し出なんじゃないだろうか?
あんまり考えたくは無いけれど、彼女たちの扱いを見るに、素直に角を持ち帰っても悲惨な事が待ってるだけな気がするのですがなあ。
それに、角を無事に持ち帰る為には、エセルたち3人のアレな人々を潜り抜けなくちゃならないし。たぶん、無理だし。
ならば、お金持ってお母さんと逃げるが吉だと思うのですがどうでしょう?
「わ、解りました。お願いします」
最初は混乱していたけれど、顔を見合わせてうなずき合った2人は、テリムのポーチの中から小瓶を1つ取り出した。
「もう、残ってるのはこれだけなの。残りは全部、プリムお姉ちゃんが飲んじゃったから……」
テリムのその言葉に、後ろでニードルスが盛大に吹き出した。
「あ、あれだけの数の薬を、彼女1人で飲んだと言うんですか!?」
慌てているのか、だいぶ早口のニードルスが捲し立てる。
それに、2人の少女はコクンとうなずいた。
「プリムお姉ちゃん、これは毒だからあたしたちは飲んじゃ駄目だって」
「お姉ちゃん、自分は長女だからあたしたちを守るって。お母さんと約束したんだって」
絶句して、耳が真横になっているニードルスをよそに、再び泣き出しそうな2人を、ジーナはギュッと抱き締めた。
年の頃は同じ位なのに、何だか少しだけ、ジーナが大人に見えた不思議。
ジーナは、伸ばしていた両腕をゆっくり閉じる。その手の中には、紫色の液体の入った小瓶が握られていた。
「では、こちらの薬1つと矢6本。合わせて、金貨230枚でいかがでしょう?
内訳は、薬が金貨200枚。矢が1本当り金貨5枚ですね」
お、おおう。
物凄い買い叩きじゃないですかヤダー。
薬は金貨500枚だったし、矢は1本金貨10枚だったと思うけれど。
「は、はい。そ、それでお願いします。良いよね?」
「う、うん。お願いします!!」
セリムとテリムは、かなり興奮気味にそう答えた。
「はい、ありがとうございます!」
満面の笑みでお辞儀するジーナ。
やっぱり、ジーナ。恐ろしい子。
ジーナは、鞄の中から掌サイズの麻袋を取り出した。
口紐を解くと、中にはキラキラ光る何かが入っていた。
何だろう。おはじき? みたいに見える。
その中から1粒を取り出したジーナは、灯りの中でそれを見せた。
「これは、水晶です。金貨だと重いですから、これでお支払いします。
これ1粒で、金貨10枚の価値がありますから。お支払は、水晶23粒ですね!」
小指の先より少しだけ大きい、透明な水晶の欠片は、ランタンの光を受けて今はオレンジ色に輝いている。
「ジーナさん、何でそんな物を?」
絶句から立ち直ったニードルスが、横から覗き込みつつ率直な疑問を投げかける。
「だって、沢山の金貨は重くて邪魔になっちゃうもん。宝石類にして持ち運ぶのは、割りと普通の事だよ?」
……スイマセン。
金貨のまま、およそ9万枚ほど鞄に入っててスイマセン。
ニードルスが、やらた見て来るけど無視で。コッチミンナ。
ニードルスに笑顔で答えたジーナは、素早く袋の口紐を縛ると、薬と共に鞄の中へとしまい込んだ。
「さあ、用件は済んだな。
ならば、さっさと消えろ! 2度とこの地に踏み込むな。次は無いと思え!」
「は、はい!!」
エセルの咆哮に、セリムとテリムは、まだ意識の戻らないプリムを両脇から担ぐと、ヘンニーの入って来た廃屋の裏口へと歩き出した。
って、忘れてた!!
「ちょっと待って!!」
「!?」
わたしの言葉に、2人は驚いた様な表情で振り返った。
「聞きたい事があるのだけれど?」
「は、はい?」
「崖上の森に入った時、鉄柵をどうやって壊したの?
触れない呪いがかけてあったでしょ?」
わたしの質問に、セリムが思い出した様にうなずく。
「崖の下に、指示通りミトンが隠してあったから。それで……」
「解った。ありがとう!」
そう答えて、わたしも出口を目指して歩き出した。
「やっぱり、内通者がいるな?」
「……だな。全く、めんどくせえ!」
ヘンニーとダムドが、やれやれと言った様に吐き出した。
やっぱり、かあ。
まあ、何となくそんな感じはしてましたがなあ。
誰がそうかは解らないけれど、無言で歩くアルバートとエセル、カーソンを見るに気づいてるッポイけれどね。
わたしたちが、崖の下へと帰り着いたのは、陽が傾き始めた頃だった。
改めて、周辺を探索したのだけれど、ミトンを発見出来なかったのが引っかかる事かも知れない。
そんな事より、いよいよ、角をユニコーンの長老さまに返すのですよ。
少しばかり使っちゃったけれど、長老さまは怒らないでくれるかな?
てゆーか、ジーナとカーソンがいれば大丈夫な様な気がした。
あと、ニードルスの崖登りの際、これほどフリッカを喚べない事が恨めしいとは思いもしなくビビッた。ギャフン。




