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第百七話 アルバートの選択

 前回のあらすじ。


 怪しい薬、ダメ絶対!!


 静かな森にひっそりと残る、狩人の小屋だっただろう廃屋(はいおく)

 その中が、まさかこの様な事になっているなんて、神様だって気づかないとか思うのですがどうでしょう?


 わたしたちの近くには、縛られて怯えた様な表情になっている少女が2人。

 ジーナと同じ位だろう歳の少女たちは、さっきまでのバタバタで気づかなかったのだけれど、良く見れば似た様な顔立ちをしている。


 お世辞にも綺麗とは言えない茶色の髪と、日焼けと泥で浅黒くなった肌。身に付けている服もボロボロで、かなり着古しているみたいに見える。

 それとは対照的に、淡い緑色の目は、ランタンの灯りを受けてユラユラと輝いていた。


 これだけだと、とてもユニコーンを襲って巨大猪を倒した盗賊には見えないのですが。


 ……問題なのは、こっちなのですがなあ。


 廃屋の中央には、縛られて転がるプリムと言う名前の少女が。

 ただし、その見た目は一見するとオーガを思わせる異形ップリである。

 だけれど、髪の色は2人の少女たちと同じだったり。……もしかして、3姉妹的なナニか!?


「彼女は、深刻な『ポーション中毒』だと思われます!」


 ニードルスは、プリムを見てそう言い放った。


『ポーション中毒』、またの名を『ヤガー・タッチ』とも言うらしい。


 常に毒草や、様々な魔力を有する物を扱っている山姥(やまんば)、『ヤガー』に触れられると、体内の魔力バランスが崩れてイロイロな病にかかってしまう。……みたいな感じのスラングらしいのだけれど。


 実際は、ポーション。特に、マジックポーションの乱用によって起こるオーバードーズの事みたいだよ。


 症状としては、発汗・発熱・目眩(めまい)嘔吐(おうと)等で、特別な治療をしなくっても2、3日。長くても、1週間位安静にしていれば治ってしまう物なのだとか。カゼかしら?


 だけれど、今回のそれは違うのだと、ニードルスは力説する。


「『剛力(ごうりき)の薬』は、錬金術によって錬成されるのですが、その材料も錬成法も、かなり特殊な物なんです。……私にも作れないでしょう。

 そう言った高級魔法薬は、使用すれば高い効果を得られますが、引き換えに寿命を数年分失ってしまうのです!」


 そこで、ニードルスは大きなため息を吐いた。


「では、彼女たちは? 特にあの(むすめ)はどうなるのだ?」


 アルバートの問いに、ニードルスは小さく首を横に振った。


「2人には目立った症状は出ていませんが、彼女は深刻です。

 (すで)に薬の効果は切れているでしょうに、身体が元に戻っていません。しかも、良く見てください」


 アルバートに答えたニードルスは、横たわるプリムを指差した。


 むう。

 気絶して縛られているプリムが、時おり、荒く呼吸をしているだけに見えるのだけれど……?


「待って。あの子、変だよ!?」


 わたしたちの中で、最初にプリムの異変に気づいたのは、ジーナだった。

 ジーナは、震える声でそれを指摘する。


「……おかしいよ、血が凄いよ!?」


 ジーナの声に、わたしたちはプリムを凝視する。


 部屋の暗さと黒っぽい床板で気づかなかったけれど、プリムの身体から血が流れ出て、血溜(ちだま)りが出来ていたのだ。


 ギニャーッ!!

 これはマズイでしょ。だいぶ。かなり。


 出血は、小さな傷はもちろん、鼻や口、目の端からも流れ出ているみたいだった。……この分だと、髪の毛で見えていない耳からも出てるかも知れない。ぬうう。


「薬の効果が暴走して、身体が強化されている所とそうでない所がある様です。

 恐らく、強化された心臓に彼女の身体が内側から破壊されているのだと思います。

 このまま放っておけば……」


 冷静なニードルスの言葉に、静かに聞いていた2人の少女が悲鳴を上げた。


「イヤッ、プリムお姉ちゃん!!」


「お願い、お姉ちゃんを助けて!!」


 少女たちの、悲痛な叫びが廃屋に響き渡る。


 そりゃそうだよ。

 いきなり、死亡宣告されたみたいな物だしね。


 その叫びに、いち早く反応したのはエセルだった。……と言っても、決して友好的ではないのだけれど。


 エセルは、少女たちを見下ろしながら、静かだけれど(すご)みのある低い声を発した。


「黙れ、盗人。

 貴様ら、自分たちのした事を理解しているのか?

 ローウェル伯爵家の敷地に無断で入り込み、柵を壊し、木々を傷付け、その上、伯爵家の保護している幻獣を襲ったのだぞ!?

 盗人には、荒縄こそ相応しい。助ける? 笑わせるな!」


 部屋中の空気が、ビリビリと震動するみたいなエセルの咆哮(ほうこう)に、少女たちはもちろんだけれど、わたしたちまで戦慄(せんりつ)した。


 てゆーか、少女たちはこれに加えて、エセルの氷みたいな視線がプラスされてる訳で。恐ろしい。あと、荒縄って?? 何に使うつもりですか??


「そ、そんな、あたしたちは……」


「動くな!」


 慌てて立ち上がろうとした少女たちに、エセルは牽制する様に剣を抜き放った。


 ちょっ、エセル!?

 相手は、どう見たってお子ちゃまですよ!?


 甘い考えなのかも知れないけれど、いくら盗賊でも、さすがに可哀想だと思ってしまった。

 それに、このままだと1人は確実に死んでしまう不具合ですよ。たぶん。


「ちょっと待……」


 わたしが声を上げるよりも早く、わたしの横を2人がすり抜けて行った。


「待て、エセル!」


「待ってください、エセル!」


 前に出たのは、アルバートとカーソンだった。

 アルバートはともかく、カーソンまで動いたのは意外だったけれど。

 エセルは、驚くどころか口元に笑みを浮かべている様に思えてビビッた。


「アルバート様。カーソン様」


 剣をそのままに、2人へと視線を向けたエセルだったけれど。アルバートが手をゆっくり振るのを見て、剣を(さや)に納めた。


「エセル、私とカーソンはこの者に話がある。構わんな?」


「はい、アルバート様。しかし、もしもの時は排除しますので……」


 そう答えたエセルに、アルバートは1つうなずいた。


 エセルが1歩後ろに下がると、アルバートは1つだけ深呼吸をする。


「ニードルス。あの娘を救うには、どうすれば良いのだ?」


 ハッキリと通るアルバートの声が、エセルの作った緊張を解く様に響く。


 それに答えて、ニードルスが続いた。


解毒薬(げどくやく)を飲ませるか、解毒魔法(キュアポイズン)を用いるか。(ある)いは、司祭による祈りが有効ですが。

 解毒薬作成にも高度な錬金術が必要ですし、私たちの誰も解毒魔法を習得していません。神殿まで彼女を連れて行くのでは、とても間に合わないでしょう」


 そこまで言ったニードルスは、腕組みをして首を左右に振った。


 それってつまり、どうしようも無いって事!?


 わたしは、プリムの状態を確認する。





 名前 プリム (状態異常 ポーション中毒 強 残り時間 31分)


 種族 人間 女


 職業 狩人 Lv35/1


 HP 47/8

 MP 9/6





 ぬう、明らかに弱ってるし時間も残り少なくなってるよ。


 メインキャラの鞄なら入ってたのだけれど、今のわたしの鞄の中には、エリクサーや万能薬みたいな貴重なアイテムは入っていない。あるのは、普通の毒消し位の物だし。……絶対に効かないと思うしなあ。などと。


「あ、ニードルスさん!」


 不意に、ジーナが声をあげた。


「何でしょうか、ジーナさん?」


「あの()たち、ユニコーンの角を持ってるんじゃないかな?」


「あっ!」


「あっ!」


 わたしとニードルスの声が重なった。


 そうじゃそうじゃ。

 ユニコーンの角があったじゃないですか!!


 ゲームだった頃のユニコーンの角には、呪い以外の全ての状態異常を回復させる万能効果があった。

 蘇生(そせい)直後の衰弱も無く、すぐに戦線復帰が可能だったから、一部の廃じ……ヘビープレイヤーからは重宝されていた。


 ただし、1度使うと無くなってしまう上にストックが出来ず、やたらとアイテムスペースを圧迫してしまって大量に持つのは難しかった。

 入手するにしても、ちゃんと闘うにはユニコーンは強敵で、高い攻撃力と強力な魔法。加えて、数秒毎(ごと)にHPが自動回復してしまう鬼畜仕様。


 それなのに、角のドロップ率は恐ろしく低くって努力に見合わない。


 いくつかのクエストや錬金術の素材として必要になるから常に品薄で、(まれ)にバザーで見かけても、法外な値段が設定されていてとても手が出せないアリサマだったっけ。


 一応、他のクエストで何本か入手可能なので、角が必要なクエストはクリア出来るのだけれど。


 こんな状態だったから、みんな、それぞれの状態異常に対応した、ストック可能で安価なアイテムを用意するのが一般的だった思い出。


 なもんで、わたしもユニコーンの角を実際に使った事は無かったり。


 ニードルスの反応から、この世界のユニコーンの角にも近い効果はあるみたいだけれど。むう。


「確かに、ユニコーンの角には高い治癒力(ちゆりょく)があります。噂では、死者すらも復活させる事が出来るとか。ですが……」


 そう呟いたニードルスは、チラリとアルバートの方を見る。


 アルバートは、難しい表情で何やら考えているみたいだった。


 それを見たエセルが軽く顎をしゃくると、黙って状況を見ていたヘンニーとダムドがのそりと動き出した。


「おい。ユニコーンの角を出しな。

 おとなしく渡せば、命までは取らねえぜ?」


 ヘンニーの言葉に、2人の少女は顔を見合わせる。


「ゆ、ユニコーンって?」


 少女の1人が、震える声で質問する。ランタンの灯りに照らされた顔は、もう1人が泣き顔なのに対して、恐怖と困惑の入り()じった様な物に思えた。

 それを聞いたダムドは、ガシガシと頭をかいた。


「お前らの襲った、〝角の生えた馬〟の事だ。

 さっさと出せ。こっちは、死体を(あさ)ったって(かま)いやしねえんだぜ?」


 ダムドの言葉に、2人の表情が恐怖に歪む。……恐怖だけじゃあないみたいだけれど。


 てゆーか、この娘たちってば、自分たちが奪った物が何かも知らなかった訳!? だいぶやばいね。


「お姉ちゃん!」


「うん!」


 少女たちは、少しだけ何かを話していたけれど。

 縛られた手で、窮屈そうに部屋の隅を指差した。


「……そこに隠してあるよ」


 部屋の隅には、言われてみればゴミが不自然な程に高く積まれている。

 ヘンニーが、言われるままにゴミを探ると、中からボロ布に包まれた棒状の何かが現れた。


「旦那!」


 ヘンニーの声に、エセルが1つうなずく。

 それを合図に、ヘンニーはボロ布をスルスルと外して行く。


「おお……」


 ヘンニーの口から、ため息が漏れる。


 それは、とても不思議な光景だった。


 暗いハズの廃屋の中なのに、それは、白く淡く光って、まるで浮かび上がっているみたいに見えた。


 ユニコーンの。それも、長老の角だ。

 遠目でも、さっき見たユニコーンの角よりも明らかに大きいのが解る。


「アルバート様!」


 ヘンニーが角を回収すると、エセルがアルバートに声をかける。

 だけれど、アルバートは何かを考えているのか、エセルの声に反応しなかった。

「兄上?」


「あ? ああ、スマン!」


 カーソンに促されて、ハッとした様に顔を上げたアルバートは、1度だけ目を閉じて深呼吸すると、カッと目を見開いて声を発した。


「ニードルス。角を使って、娘を癒してくれ!」


 その言葉を聞いて、喜びに表情を変えたのは少女たちだけだった。

 わたしたちは、みんな〝アルバートなら、きっとそう言う〟とか思ってたからね。


「本当に良いのですか、アルバート。私たちは、ユニコーンたちと角を無事に持ち帰る約束をしています。

 角の力を使えば、彼女を癒す事は可能でしょう。

 ですが、もし角に何かあれば、君の願いは……」


 心配そうに、ニードルスがアルバートの顔を覗き込む。


 まあ、そうなるよね。


 この世界のユニコーンの角が、どう言う仕様かは解らないけれど。もし、1回使い切りだったら大変な事になっちゃう訳で……。


 ニードルスの言葉に、アルバートはカーソンを見る。

 アルバートの隣に立っていたカーソンは、アルバートの手を取ってから、小さくコクンとうなずいた。


 アルバートは、それに応える様に笑顔を作る。


「勝手に角を使うのは、確かに不味いな。

 だが、目の前で苦しむ者を助けずに置くなど、ローウゥル家の名を汚す事になる。……それに、乙女を救うために角を使ったのならば、ユニコーンとて文句はあるまい?」


 そう言って、アルバートは首をすくめた。


 おお、アルバート。

 ちょっとカッコイイんじゃね? あと、長老さまにごめんなさい。


 アルバートの言葉を聞いたエセルが、ヘンニーに視線を送る。それを受けて、ヘンニーが笑顔でニードルスの元へやって来た。


「さあ、頼んだぜエルフの!」


「えっ!? は、はい」


 ヘンニーから渡された角を、重そうに受け取るニードルス。

 それを、プリムの元まで運んでから、フウと息を吐き出した。


「プリムお姉ちゃん!」


「お姉ちゃん……」


 2人の少女から、ニードルスに声援が送られる。

 わたしたちも、その瞬間を静かに見守った。


 沈黙が、辺りを支配する。

 聞こえるのは、プリムの荒い呼吸音だけになった。


「……」


 ん?


 みんなが固唾(かたず)を飲んで見守る中、何か聞こえた気がした。


「……ロさん、ウロさん!」


 んん?

 ニードルスが呼んでる!?


「何、ニードルスくん?」


 わたしが答えると、ニードルスがかなり困惑した表情で小さく呟いた。


「……ウロさん。すみませんが、手伝ってください!」


「うえっ!?」


 戸惑いつつ、わたしが慌てて駆け寄ると、ニードルスは消え入りそうな声を発した。


「使い方が解りません!」


 ……は?


 何言ってんだ、このエルフ。

 さっきまで、自信満々だったじゃない。



「どゆ事、ニードルスくん??」


「解りません。魔力が、全く反応しないんです!」


 ニードルスは、(あせ)りからか、額に汗を浮かばせながら懸命に角へと魔力を送っている。


 ふむ?

 確かに、ニードルスの手から角へと魔力は流れているみたいだけれど。

 ユニコーンの角は、ニードルスの魔力に全く反応を示そうとしていなかった。


「角の使い方って、魔力を流せば良いの?」


「はい。私もユニコーンの角には1度しか触れた事がありませんが。

 角の先端を使用対象に当てながら、魔力を流せば対象の状態に応じた治癒が発動するはずです。はずなんですが……」


 そう言って、ニードルスは首を(かし)げた。


 ふむふむ?


 わたしは、ニードルスの横から覗き込む。


 乳白色のユニコーンの角は、若いユニコーンであるマディたちの物に比べて2周りは大きく見えた。

 螺旋模様も複雑で、一流細工職人の技みたいで美しい。


 ……と、あれ?


 ふと、目で追った角に、わたしは違和感を覚えた。


 少しだけ、欠けてる?


 違和感の正体は、角の先端部分だった。

 良く見ると、角の先端部分が小指の先位だけれど欠けているみたいだった。


「ニードルスくん。角の先端が欠けてるけど?」


 わたしの問いに、ニードルスは角の先端を確認して、ため息混じりに首を振った。


「これは、かなり古い物みたいですから、魔力とは関係無いと思われます。

 それよりも、今度はウロさんが試してみてください」


 まあ、そうなりますわな。


 わたしは、ニードルスの代わりにプリムの前に(ひざま)付いた。


 角に両手を置き、魔力を集中させてみる。


 むむ!?


 不思議な違和感が、わたしの(てのひら)に広がった。

 なんて言うか、磁石の同じ極を合わせた時の反発みたいな? もしくは、角の表面に見えない空気の溝があって、グネグネしてちゃんと触れないみたいな?


 とにかく、わたしの魔力もダメみたいだよ。


「……ウロさんでも駄目でしたか」


 わたしが自分の手を見詰めているのを見て、ニードルスがため息を吐く。


 むう。

 この角、壊れてんじゃないの!?


 わたしは、『博識』で角をジッと見詰めた。


『エルダー・ユニコーンの角 (……)


 長く生きたユニコーンから採取された、螺旋状に伸びた乳白色の角。

 強い生命の精霊力に満ちており、呪詛(じゅそ)以外の全ての状態異常を回復させる事が出来る。


 通常の角と比べて保有魔力が高いく、魔力を完全に失うまで壊れる事は無い。

 また、採取した個体の意思によって使用出来る種族が限定される場合がある』


 ほうほう。

 そんな新設定があるのですね。


 だとすると、この角は人間とエルフには使えないのかな?

 てゆーか、名称の横が良く見えない??


 わたしは、意識を集中してもう1度、角をジッと見詰めた。


 あ、見えそう!?


 意識を集中させる事で、見えなかった部分が少しずつハッキリと浮かび上がって来た。


『エルダー・ユニコーンの角 (残りMP 89%)

 使用者条件:少女


 長く生きたユニコーンから……』


 ファッ!?

 何、コレ!?


『使用者条件:少女』ってなんじゃ??

『乙女』でなく『少女』!?


 ニードルスは、男性だからダメ。

 わたしは、女性だけれど〝少女〟じゃないからダメって事!?


 ふるぁあああ!!

 何、その鉄の意思!?


 まさか、ユニコーンの長老さまがそんな趣味だったなんて。


 すっごいかなり超絶ガッカリだよ!!


「ど、どうしたんですか、ウロさん!?」


「な、何でもないよ。

 それより、コレが使えない理由が解ったよ!」


 動揺とガッカリ感で、頭がグワングワン状態のわたしに、ニードルスは何か言ってたけれど。もう、何だかゲンナリしちゃったので放置。


「ジーナちゃーん、カーソンさーん。こっち来てくださーい!」


 突然、わたしに呼ばれたジーナとカーソンは戸惑っていたけれど。

 数分後、2人の活躍により、プリムは無事、少女の姿に戻す事が出来たのでありました。


 プリムが意識を取り戻して、詳しい話を聞く事が出来たのは、それから30分ばかり後の事でありましたとさ。はふう。

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