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第百三話 痕跡を求めて

 前回のあらすじ。


 森の中でのひどい目に遭う率が異常!! 呪われてる説。あるいは単に運が悪い説。さあ、どっち??


 ニードルスの手にしている小瓶は、わずかに残った紫色の液体が陽の光を受けて美しく輝いて見えた。


 ……これがワインか葡萄ジュースだったなら、どんなに良かった事だろう?


 まあ、そんな事は絶対に無いのでしょうけれどね。


「ウロさん。ユニコーンの角を奪った犯人は、もしかしたら3人では無いかも知れませんよ?」


 わたしの視線に気づいたニードルスが、静かに口を開いた。


「どゆ事、ニードルスくん? 何か解ったの??」


「いえ、確信がある訳ではありませんが……」


 そう言って、ニードルスは持っていた小瓶を軽く振って見せた。


 むう。

 やはし、その小瓶がアレな感じなのですか。


「これなんですが……」


 ニードルスが何かを言いかけた瞬間、それをかき消す様にドスの効いた声が辺りに響く。


「そいつは聞き捨てならねえな?」


 声を上げたのは、腕組みをしてわたしたちのやり取りを見ていたダムドだった。……表情から、明らかに不機嫌なのが解る。


「俺の見立てじゃあ、侵入者は3人で間違いねえ。悪いが、追跡に関しちゃあ自信があるぜ?」


「ちょっ、落ち着けダムド!」


 眉間に深いシワを寄せて、ダムドがニードルスへとにじり寄る。それを、ヘンニーが慌てて押さえる形になった。


「は、はい。も、森に入ったのは、さ、3人だと思います。

 ですが、そ、その3人を手引きした者がいると考えられます!」


 表情は平然としている様で、実はかなり動揺しているニードルス。解りやすく、耳がヘニャッてなってるし。

 それでも、声の震えを押さえて、無理矢理に言葉を繋いだ。立派です。


「手引き、だと!?

 協力者がいるってのか!?」


「……恐らく」


 ダムドににらまれながら、ニードルスが絞り出す様に答えた。


 ぬぬぬ。

 実に興味深い話だけれど、このままじゃあ、ニードルスのMPがガリガリ削れちゃう不具合だよ。


 まだ、敵と出会ってもいないのにポンコツになられては困ります!


 わたしは、ニードルスとダムドの間に割って入る。それはもう、ウリャッとね。


「ちょっと離れて、ダムドさん。そんなに凄んだら、ニードルスくんが死んじゃうよ!?」


「そうだぜ、ダムド。

 目で殺すのは、女だけだったろ!?」


 わたしに合わせて、ヘンニーがダムドを引き離してくれた。


「……」


 何やら、肩の力が抜けたみたいになったダムド。無言のまま、近くの木に寄りかかると、再び腕組みをしてため息を吐いた。


 うしうし。

 次は、ニードルスだね!


 白い顔を、いつも以上に青白くさせているニードルス。

 ちょっとの時間とは言え、暗殺者(アサシン)に近距離でにらまれてたんだもん。メンタルブロウは否めますまい。


 わたしは、ニードルスの手を軽く握る。

 うむ、当たり前だけれど硬直から全く回復してませんね。


「大丈夫、ニードルスくん? 喋れるかな?? 詳しく説明してくれるかな???」


「は、はい!」


 わたしの言葉に、ニードルスは少しだけ硬直が(とか)れたみたいだった。

 深呼吸を1度したニードルスは、耳の角度を少しだけ上げてから口を開いた。


「まず、この柵を見てください。

 この柵には、許可されていない者を拒む(まじな)いがかかっているそうです。

 しかも、この呪いは内側からは破れない。ですよね、アルバート? カーソンさん?」


 壊れていない鉄柵を指差しながら、ニードルスがアルバートたちの方へ視線を送る。

 それに答えて、アルバートは1度、小さくうなずいた。


「ああ、そうだ。

 入る者に制限は必要だが、出る者には必要は無いからな」


「森への入口が開くのは、1年に1度。豊穣祭の時だけです。

 入る者も選定されますし、入口は1ヵ所しかありません。ですが……」


 アルバートとカーソンが、ニードルスの促しにそれぞれ続いた。

 カーソンは、言葉の最後を濁しながら柵をにらむ様に見詰める。


 カーソンの視線の先にあるのは、当然、グンニャリと変形した柵の姿だった。


「柵の呪いは、全ては解りませんが、術式的に〝外側から柵を越えると発動〟すると考えられます。

 それは、触れなくても発動するみたいです。でなければ、飛び越えれば済む話ですから」


 カーソンの視線を解説するみたいに、ニードルスが再び口を開く。さっきよりも、少しだけ元気になってきたみたいだよ。


「ちょっと待てよ、エルフの。いくら何でも、こんな高い柵、飛び越えられやしないぞ!?」


 困惑した表情で、ヘンニーが言った。

 同時に、ダムドが盛大なため息を吐く。


「ヘンニー。お前はいい加減、筋肉で物を考えるのを止めろ! 侵入方法は、いくらでもあるだろう?

 そこ行くと、この森は良く出来てやがるぜ。なあ、エルフ?」


「は、はい。ダムドさんの仰る通りです!」


 ダムドに答えたニードルスが、一瞬だけ肩をビクッとさせた。


 てゆーか、2人だけで解ってる感じなのにプチ敗北感。


「あの、ニードルスさん。それってどう言う事ですか?」


 いつの間にか、ラトにまとわり付かれていたジーナがわたしの疑問を口にしてくれた。


「ジーナさん、周りを良く見てください。

 この場に着いた時、何か気づきませんでしたか?」


 ジーナの問いに、ニードルスは両手を広げて左右に首を動かして見せた。


「……謎かけは勘弁してもらえねえかな?」


 今度はヘンニーが、少しだけイライラした声で抗議する。


「森を抜けた時、私たちはこの明るく拓けた場所に出ました。

 柵から森の木々まで、結構な距離があると思いませんか?」


「……あ!」


 ニードルスの言葉に、ヘンニーが大きく口を開けた。


「そうです。柵から森の木まで距離があるんです。

 これでは、ロープ等でも侵入は困難だと思います。……いかがですか、ダムドさん?」


「ああ、出来なくはないだろうが難しいな。少なくとも、こんなに証拠を残す様な連中にゃ無理だろうな!」


 ニードルスに答えて、ダムドは地面に残されたの足跡に触れた。


 な、なるほど。

 言われるまで気づかなかったけれど、柵から森の木々まで数メートルはある。

 ロープでヒャッホー的な侵入を試みるには、距離がありすぎるのかも知れない。


「で、でも、それじゃあ小鳥とかも柵を越えられないんじゃあ……」


 困惑に顔を歪ませるジーナ。優しい()じゃ。

 そんなジーナを見て、ニードルスは口の端を上げてニヤリと笑って見せた。少し怖いよ。


「大丈夫です。その為に〝許可〟が要るのです。ですね、マディさん?」


「ああ、そうだ。

 このエルフの言う通り、この森に入る許可は長老がお決めになった。


『森や、森に住む全てに(あだ)()す者の侵入を許さず』


 これが、この森を守る呪いだ」


 ニードルスの問いに、マディが淡々と答えた。


 フムフム、なるほど。

 つまり、この条件に当てはまってしまうと、柵に触れなくてもセキュリティが発動しちゃうのですね。

 ジャンプやロープ、魔法なんかで越えようとしてもダメダメな感じかな。


 じゃあ、どうやって入ったの!?


 みんなの注目の中、ニードルスは話を続ける。


「可能性はいくつか考えられますが、1番手っ取り早いのは、呪いを無効化する事です。

 ご覧の様に、柵は大きく形を歪めています。

 ウロさん、魔力で柵を良く見てください」


「お、オス!」


 促されるままに、わたしは目に魔力を集める。

 魔力によって、柵にかけられた呪いが、まるで放電しているみたいに浮かび上がって見えた。

 そんな中、グンニャリと変形した柵には、呪いの〝ま〟の字も見当たらなかった。


「ニードルスくん、呪いが!?」


「そうなんです。

 柵の、この変形した部分だけ呪いが解かれているんです。

 呪いを解くには、周りに魔法陣を築き、術式を破壊しなくてはなりませんが。

 柵の反対側は、すぐ崖になっていて不可能です。

 では、どうするのか? カーソンさん、先程の話をして頂けますか?」


「……はい」


 先程って言うのは、アルバートたちと鉄柵を調べていた時の事だろう。

 ニードルスに答えて、カーソンが小さくうなずいた。

 心なしか、その表情は暗い。


「皆さんご覧になった様に、森の入口は門番によって守られています。

 門は、その門番によって開かれる訳ですが。門番の身に付けているグローブには、呪いを一時的に無効化する力があるのです」


 そう語ったカーソンは、小さくため息を吐く。

 逆に、わたしたちは息を飲んだ。


「まさか、ニードルス!?」


 アルバートのこぼれる様な声に、ニードルスはコクンと首を縦に振る。


「ええ、そのまさかです。

 私が言う協力者とは、ローウェル伯爵家の関係者だと考えています。

 そして、それを裏付けるのがこれです」


 そう言ったニードルスは、紫の液体が残った小瓶を示して見せた。小瓶に鼻に近づけて匂いを確認してから、うんうんとうなずく。


「やはり、これは『怪力の薬』と言う、一時的にですが筋力を強化するポーションの一種です!」


 そう言って、ニードルスは小瓶を(かか)げて見せた。


「……怪力の薬」


 気がついたら、そう呟いていた。だって、懐かしかったんだもん。


『怪力の薬』は、ゲームだった頃にもあったマジックポーションの1つだ。

 ニードルスの説明の通り、飲めば一時的に魔界魔法の『ストレングス』と同様、筋力を倍にする事が出来る。


 持続時間は30分で、魔法の倍の効果があってお得だけれど。その分、買うのも作るのもお金がかかるアイテムのジレンマだよ。


 でも、ボス戦の前にはみんなで飲んでから挑んだりしたっけ。などと。


「……つまり、どう言う事だ?」


 ヘンニーの間の抜けた呟きに、一瞬にして現実に戻されてみましたよ。

 その隣では、顔に手を当てたダムドが肩を落としている。


「つまり、何者かから呪いを無効化するグローブを提供された犯人たちが、怪力の薬を使って柵をこじ開けた。と言う事です。

 もちろん、これはあくまで推測ですし、呪い事態が消滅した明確な理由は解りませんけど……」


 ニードルスは、そう締めくくって深呼吸を1つした。


 え、えと。どうしよう、この空気。


 明らかに顔の曇る、アルバートとカーソン。

 2人はローウェル家の関係者だけれど、当然、この事を知ってたとは思えない。


 ならば、今回の件は誰かが仕組んだ的な可能性がある訳で。……ぐぬぬぬ、考えるだけでお腹痛くなりそうだよ。


「皆様、お話はお済みになりましたか?」


 どこからか、やけに通る男性の声が聞こえた。


「え、エセル。お前、何をしているんだ!?」


 アルバートの声に、その視線を追ったわたしは、思わず吹き出しそうになった。


 崖の縁から、エセルの顔がニョキッと生えていたのである。

 その生真面目な表情が、異常な程シュールに見える。


「皆様のお話中に、下までロープを降ろしておきました。

 協力者が誰であろうと、まずは角を取り戻さねば始まりません。

 それに、ここで悩むより、角を盗んだ奴らに直接聞けば事は早いではありませんか?」


 そう言って、いつの間にか鉄柵の一部に結ばれたロープを手繰(たぐ)るエセル。その口元には、邪悪な笑みが浮かんでてかなり怖い。


 てゆーか、どこにもいないと思ったら、人知れず崖下まで降りてたエセル。

 あと、革鎧とは言え、板金打ちされた物を着たまま往復したんですね。おっかねい。


「ウロ様!」


「ギャッ!! な、何も言ってませんよ!?」


 エセルに、急に呼ばれて心臓が口から飛び出そうな程ビビッた。


「何を訳の解らない事を。

 それよりも、ハーピィを喚び出してください。

 貴女(あなた)はともかく、カーソン様やジーナ様にロープを伝ってこの崖は降りられません。ハーピィに運ばせるのが良いでしょう!」


「えっ!? は、はい」


 何か、物凄く失礼極まる事を言われた気がしたのですがどうでしょう?


 言われるままに、わたしはハーピィのフリッカを喚び出した。


「おいでませ、フリッカ!」


 集中した魔力が円を作り、淡い光を放つと同時に、中から両手が翼の少女が現れる。


「……ウロ? ここ、どこ??」


 陽の光に目をパチパチさせながら、ハーピィのフリッカがキョロキョロと辺りを見回している。


「お久しぶり、フリッカ。

 早速なのだけれど、お願いがあるの!」


「んん? 美味しそうなセンパイはどこ?」


「レプスくんの事? ここにはいないよ。って、美味しそう言うな!!」


 どこまでもマイペースなフリッカに、わたしまで気が抜けそうになるけれど。

 後ろには、エセルの鋭い眼光があるので気を抜くと死にます。余裕で。


「フリッカ。わたしたち、あまり時間が無いの。

 あの2人を崖下まで安全に運んでくれたら、レプスくんはダメだけれど、何か食べる物をあげるよ。どう?」


 ジーナとカーソンを示しすわたしに、フリッカはフルフルと首を振る。


「先に欲しい! あたい、お腹空いてると力が出てこないよ」


 おのれはどこかのヒーローか!? うぬぅ。


 しかたがないので、わたしは今朝、たくさん失敬して来たパンとソーセージを鞄から取り出した。

 それで簡単ホットドッグを作って、フリッカの口にシュート! ケチャップやマスタードは無いけれどね。


「何これ、美味しい! あたい、初めて食べた!!」


「それは良かった。さあ、食べたら、2人をお願いね!」


 エセルの刺す様な視線に、わたしの心がそろそろ限界です。


「解った。2人共、しっかり掴まっててね! ゲフッ」


 ソーセージの薫り深い息を吐き出したフリッカは、ようやく、ジーナとカーソンを崖の下まで運んでくれましたよ。


 こうして、やっと移動を開始したわたしたち。


「頼むぞ、長老の角を取り戻してくれ!!」


 マディの悲痛な想いが、崖を降りるわたしたちに降りかかって来る様な気がした。


 フリッカは、「重い!!」とか「やっぱり美味しそうなセンパイは??」とか言ってたけれど。


 わたしは、それどころじゃあ無かったし。


「こいつら、素手でここをよじ登ったってのか!?」


「いくら薬で強化してるとは言え、無茶苦茶だな。

 本当に犯人は小娘なのか!?」


 ヘンニーとダムドが、そう小さく呟いた。


 わたしも、同じ事を考えて不安に押し潰されそうになっていた。


 だって、崖を降りている途中、その岩肌に打ち込まれたいくつもの(くさび)みたいな鉄の杭あったから。


 そして、崖下にあった微量の紫色の液体の残った小瓶を見てしまったからだった。

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