第百一話 闘う乙女たち
前回のあらすじ。
ユニコーンは角を光らせたり折れると石化したりしてスゴいと思った。あと、スゲー口が悪いのは新発見だけれど、言わないが吉だと思った。
リブンフォートの森にそびえ立つ、巨大な樫の古木。
その下に広がる、根っこによって作られた大きな地下空間。わたしたちは今、そこに来ております。
わたしたちの前には、3頭のユニコーンと、彼らが〝長老〟と呼ぶ、2メートルは優に超えるだろう巨大な馬の石像があった。
さっきまで、昼間みたいに辺りを照らしていたユニコーンたちの角は、魔力の消耗が激しいとかで、今は間接照明位の明るさに保たれている。その光に照らし出された根っこが、影を複雑に伸ばしていて少しだけ怖い。
「良し。もう1度、改めて説明してくれるかな?」
長椅子みたいに張り出した木の根っこに腰かけながら、アルバートがパンッと手を打った。
先程、少し興奮気味なユニコーンたちからザックリとした説明はあったものの、ザックリし過ぎていて、正直、あんまし良くは解りませんでしたさ。
アルバートの言葉に、3頭の内で1番背の高い『マディ』と名乗ったユニコーンは、明らかに不快な表情をしたけれど。
わたしやジーナ、カーソンの視線に気づいたみたいで、小さくため息を吐くに留まった。
「……始まりは、少し前の事だ。
誰も入れないはずのこの森に、いつ頃からか人の気配がする様になったのだ」
マディはそう言って、もう1度ため息を吐いた。
マディの話によると、大体、1ヵ月位前から森の中に〝人〟の気配がする様になったらしい。
森は、わたしたちも体験したみたいに植物の精霊に守られている為、村人はもちろん並の冒険者では奥に進むのは相当に難しいと思われる。
だけれど、その気配は日増しに森の中央へと接近しつつあった。
そして、マディたちはとうとう侵入者と遭遇してしまう。
「侵入者は、やはり人……人間だった。しかし、私たちには何も出来なかった。
何故ならば、侵入者が乙女たちだったからだ!」
そう言って、マディはブルルと首を振った。
マディたちの前に現れたのは、ジーナやカーソンと同じ位の歳の、3人の少女たちだったらしい。
少女たちは、剣や弓矢で武装しており、マディたちを見るなり攻撃して来たのだとか。
成す術の無かったマディたちは、逃げるしかなかった。
長老は、若い3頭を地下へ逃がす為に自ら囮となった。
しばらくして、森が静かになった事に気づいたマディたちが地下から出て来た時には、長老の角は奪われており、身体は石化していたのだと言う。
「……なあ、ユニコーンってのは強いんだろう?
人間の小娘の2、3人、何て事は無いんじゃないのか?」
大きな根っこに背中を預けながら、ヘンニーが口を開いた。
それを聞いたマディは、不敵な笑みを浮かべながら左右に首を振る。
「ふんッ! これだから、人の雄は野蛮だと言うのだ。
我々ユニコーンが、どうして乙女たちを傷つける事が出来ると言うのか?」
マディの言葉に、双子だと言う少しだけ小さなユニコーン、『ラト』と『ルト』は、ジーナとカーソンを背中に乗せたままにウンウンとうなずいている。
「じゃあ、何か?
女子供に手を出す位なら、死んだ方がマシって事か!?」
「そうだ。それがユニコーンと言うものだ!」
ダムドが呆れた様に上げた声に、マディは短くハッキリと答えた。
おおう。
恐るべし、ユニコーン魂!!
確かに、ゲームだった頃も女性キャラクターから攻撃されたユニコーンは、逃げるだけで反撃しては来なかったっけ。
だから、金策等でユニコーンの角を集める時には、低レベルでも女性キャラだけでパーティを組むし、そう言うチームが存在するって聞いた事があった。
「つまり、貴方たちユニコーンでは手の出せない案件を私たちに依頼したい。と言う訳ですね?」
根っこに座って、体育座り気味に膝を抱えながら話を聞いていたニードルスが声を上げる。
「そうだ。
本来、この森に人の侵入を許す事自体がおかしいのだ。
人の不始末は、人が片付けるべきだろう」
ニードルスに答えたマディは、そう言ってフンッと鼻を鳴らした。
うおう。
何と言う上から目線!?
いくら対話相手が男性だからって、ちょっと酷くね?
だけれど、これに対してアルバートは腕組みして目を閉じてしまっている不思議だよ。
ちょっぴりばかり気になったわたしは、おもむろに手を上げてみた。
「あの、マディさん?」
「何かな、乙女よ?」
……むう、〝乙女〟って呼び方が何やらくすぐったい不具合です。
「わたしはウロです、マディさん。
それはそうと、何で、森に侵入者が出ると人のせいになるのですか?
わたしたちより、マディさんたちの方が見つけるのも追い出すのも、優れているのではないですか?」
わたしの言葉に、マディの目が丸くなる。
「……それは違うのだ、ウロくん」
わたしの問いに答えたのは、マディではなくアルバートだった。
「違うって、どゆ事ですか?」
再びのわたしの問いに、アルバートは髪をクシャクシャとかき上げる。
「リブンフォートの森は、代々ローウェル家が守護している。
森に入る時、周りを囲む鉄柵を見ただろう?
あれは、ただの鉄柵ではない。侵入を防ぐ為の〝呪い〟が施されている。そうだな、カーソン?」
アルバートの声に、カーソンの肩がビクッと跳ね上がった。
「は、はい。
詳しい事までは解りませんが、ローウェル家が森の守護に当たっているのは本当です。
鉄柵の件も、儀式を見た事はありませんが本当です。
私が幼い頃、侵入を試みた冒険者たちが捕まったのを見た事があります。彼らは皆、身体をひきつらせて固まっていて、恐ろしかったのを覚えています。
ですが、まさかユニコーンを保護していたなんて……」
何かを思い出したらしく、自分の肩を抱いてカーソンが小さく震えた。
それに気がついたルトが、首をもたげてカーソンを慰めている。
……ぬう、なるほど。
と言う事は、この侵入者とおぼしき娘共は、
1 呪いのかかった鉄柵を乗り越え。
2 森の精霊たちの惑わしにも動じず。
3 体長2メートル以上ある巨躯のユニコーンを襲って額から角を剥ぎ取った。と。
これの、どこが乙女じゃ!?
どうやったって、手練れの古兵じゃないですかヤダー!!
そ、それはさておき、問題です。
わたしたちには、そんなに時間や体力の余裕があるのでしょうか?
たぶんだけれど、わたしを含め、みんなの頭の中には同じ疑問が浮かんでるのだと思う。
ユニコーンたちにアルバートのお母さんの病を治癒して貰いたいのだけれど、その為にはユニコーンたちの問題を解決しなくちゃなりません。
しかも、相手は並みの強さとはとても思えない不具合ですよ。
いつもなら強引なアルバートが、否応無く即決しているタイミングなのに。
そうしないのは、さすがにイロイロ考えてしまうのかも知れない。
もちろん、わたし個人としては、全然協力するのにやぶさかではありませんけれどね。
ニードルスは……まあ良いとして、ジーナとカーソンはどうだろう?
また、わたしたちを守るヘンニーとダムドは? ……むう。
少しの間、耳が痛い程の沈黙がわたしたちの上に降りかかった。
その沈黙を破ったのは、誰あろう、エセルだった。
エセルは、ゆっくりとわたしたちの前に歩み出ると、静かに話し始めた。
「皆様、無理を承知でお願いします。
どうか、我が主であるアルバート様をお助けください。
アルバート様は、皆様がご一緒下さらなくても、例えお1人でも角の奪還に向かわれるでしょう。
私は、アルバート様の母君であるラヴィニア様と約束をしたのです。
必ず、アルバート様をお守りすると。
しかし、馬車の中で話した様に力だけでは及ばない相手かも知れません。
もう1度、申します。
無理を承知で、皆様のご同行をお願いします!!」
そう言いつつ、その場にひざまずくエセル。
やはし、エセルってばアルバート想いの良いヤツですなあ。顔は怖いけれど。
「改めて頼む、母を救ってくれ!!」
エセルに続いて、アルバート自身もひざまずいた。
「私からも、お願いします!!」
ルトから飛び降りて、カーソンも2人に習った。
おおう、何だコレ。
王子様と次期伯爵令嬢と近衛騎士が、異世界人とエルフと商人の娘にひざまずくの図とか。
ニードルスもジーナも、目を真ん丸にして固まっちゃったじゃんか!?
あと、その後の沈黙がやたら痛いし。
スウと息を吸い込んだわたしは、吐く息のままに言葉を発した。
「や、やめてよアルバートくん!!
わたしたちは友達でしょ? 頼まれなくたって、一緒に行くよ。ね、ニードルスくん。ジーナちゃん??」
わたしの声に、硬直から開放されたニードルスとジーナ。
一瞬の間の後、2人共カクカクと首を縦に振った。
「も、もちろんだよ、アルバート。私もウロさんと同じ気持ちだ!」
「あ、あたしだって! その、あんまり役には立たないけど……」
わたしたちの返答に、アルバートたちはゆっくりと立ち上がった。
「……ありがとう」
アルバートから、小さいけれど力強いお礼の言葉が紡がれる。
それは、わたしたちだけじゃあなくって、エセルやカーソンにも宛ててたんだと思う。
きつく閉じた瞳には、きっと涙とか浮かんでるに違いありますまい。などと。
「お前たちはどうするのだ?
出来れば、このまま……」
エセルの言葉を手で遮って、ヘンニーがため息を吐く。
「俺たちは付いて行くさ。なあ?」
「ああ。そう言う約束だからな。
但し、報酬ははずんで貰うぜ。旦那?」
ヘンニーに合わせて、ダムドが首を振る。
気まずい様な緊張の空気が、一瞬にして和むのが解った。
もちろん、和んだ後は気を引き締めなきゃならないのだけれどね。
「そう言う訳だ。
我々は、長老の角奪還を請け負おう。
その代わりと言っては何だが、角を持ち帰った際には私の母を癒して欲しい!」
いつもの表情に戻ったアルバートが、マディに問いかける。
それを聞いたマディは、ブルルと鼻を鳴らした。
「それは出来ない!」
にゃにっ!?
全員の時が止まった気がした。
今、何て!?
わたしの耳には、〝出来ない〟とか聞こえた気がしたけれど??
「い……、今、何と!?」
戸惑いを隠せないアルバートが、改めてマディに問いかける。
マディは、極めて冷静に言葉を返した。
「〝それは出来ない〟と言ったのだ。人の雄よ。
そもそもが、人間によって引き起こされた事ではないか。それなのに、代わりとは? 意味が解らん!」
お、おおう。
そうだけれど、そうじゃねえし。
何と言う辛辣なご意見。
これには、さすがのアルバートも遠い目だよ。
てゆーか、何でそんなに上から物が言えるの??
幻獣だから? ユニコーンだから?? 角はえてるから??
それこそ、意味が解んないんですけれどマジで。
「き、貴様、言わせておけば!」
「なんだ? やんのか、コラ!?」
剣に手をかけるエセルに、鼻息荒く凄むマディ。
ダメだ、これじゃあ繰り返しだよ。
わたしは、とっさにマディの前へと駆け寄った。
「やめて、マディさん。
わたしたちの話を聞いてください!」
そう言ったわたしは、再びあの体勢に入る。
くらえっ!
美少女によるお願いのポーズ!! さっきよりも、もっとえぐる様な角度で。
一瞬、マディの動きが止まる。だけれど、マディは小さく首を左右に振った。
「ウロよ、乙女よ。悪いが願いは叶えられない!」
わたしにそう言うと、マディは再びエセルに視線を戻してしまう。
何でじゃ!?
何が足りない?
若さ? ガッツ??
とにかく、渾身の一撃は失敗に……と、その時。
「待って!!」
わたしの背後から、叫び声が上がった。
「ジ、ジーナちゃん!?」
声の主は、ジーナだった。
ジーナは、カーソンの手を握ったまま、わたしの方へと駆け寄って来たのである。
そして、おもむろにわたしと同じポーズを取ったジーナ。
「お願いします、マディさん。どうか、あたしたちの願いを!!」
それを見ていたカーソンも、ハッとした表情を見せた後、ジーナに続く。
「お、お願いします!!」
ナイスよ、ジーナちゃん。
そして、これを逃したら後が無い!!
そう思ったわたしも、もう1度、同じポーズに入る。
ここに、3人の美少女によるトライアングル・オネダリが完成したのでありました。
目をカッと見開いたマディは、その視線を数秒程、宙にさ迷わせていたけれど。
やがてそれは、花を愛でるみたいに柔らかい物へと変わっていった。
「わ、解った。乙女たちよ。
あの雄の母を癒す件、了解しよう。
但し、それには長老のお力が必要になる。何としてもお救いしてくれ!!」
「ありがとう、マディさん!!」
喜びのあまり、わたしたちがマディに抱きつくと、マディは「ヒヒンッ」と大きく嘶いた。
……ふっ。
男なんて、可愛いモノよね。などと。
この後、ヘンニーとダムドに爆笑されたけれど。それはナイショですがなあ。
「ありがとう、マディ殿。心から感謝する!」
アルバートの言葉に、マディは小さく鼻を鳴らした。
「礼を言うのは早いぞ、人の雄よ。
さあ、長老の襲われた場所へ案内しよう。付いて来るが良い」
マディが歩き始めると、その後ろをラトとルトが付いて行く。
2頭共、1度だけ振り返ってみせて、わたしたちに付いて来る様に促している。
「良し、行こう!」
アルバートの声に、わたしたちも歩き始めた。
一応、隊列的なものは組んだものの、あまり意味は無かったみたいだった。
それは、不思議な光景だった。
あんなに険しかった森が、今はウソの様に歩きやすくなっている。
下草は足に絡まなくなり、暗く影を作っていた木々の枝は、空が見える位に開いていて、陽の光で道を明るく浮かび上がらせてくれていた。
わたしたちを迷わせる為に、どんだけ頑張ってたのよ精霊ちゃんたち!?
樫の巨木を後にしてから、大体30分位は歩いただろうか?
不意に、マディたちが立ち止まる。
「……ここだ」
マディたちが足を止めたそこは、視界が白く感じられる程に明るい場所だった。
「何だ、これは!?」
わたしの前を歩いていたダムドが、驚いた様に声を上げた。
やがて、光に慣れたわたしの目にも、ダムドが見た光景が映し出される。
「……何、これ!?」
気がつけば、わたしもダムドと同じ言葉が口をついていた。
だって、だいぶ異常な光景だったから。
辺りの木々は、刃物で斬りつけた様な傷がいくつも見られた。
枝は何本も落とされているし、それの転がる足下は、下草が枯れて茶色く変色している。
そして、1番の脅威は、目の前にあった。
どうやらここは、森の突き当たりらしくって、周りを鉄柵がぐるりと囲んでいた。
その鉄柵が、わたしたちの正面だけ、まるで飴細工みたいにグンニャリと曲がってたのである。
しばらくの間、誰も何も言わなかった。
理由はもちろん、わたしたちの追っている相手が、鉄柵をグンニャリと曲げられる程の奴らだと気がついてしまったからなのでありましたさ。




