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第九十八話 朝食は賑やかに

 前回のあらすじ。


 裏の森に何かいる。野生のヒーラー的な何か。


 空腹のせいか、別の何かか。

 原因不明の腹痛が、わたしから微睡(まどろ)みと安息の時間を奪っております。なう。


 そんな物だから、部屋の隅っこにある柱時計はイヤな呪文を唱えたりするし、布団の中の羽毛たちも抜け毛を気にしてヒソヒソ話をするのです。


 羽毛たちの情報によると、明日にはデッサン用の丸太が届くらしくって、その為に年輪が同じ切り株を用意して、ピカピカに磨かなきゃいけないのだとか。


 しかもそれが、今月はわたしの当番だって言うし!?


 ……むう。

 やたらと名前を呼ばれている様な気がするのは、そう言う理由だったのですね。


 ああ、もう解った、解りました!

 当番を忘れていた事は謝ります。

 だから、そんなに名前を連呼しないでください。

 あと、わたしの名前はウロじゃなくって……。


「……様。ウロ様!」


「ふなッ!?」


 ……目が覚めた。


 いつの間に眠ってしまったのか?

 まだ開ききらない目に、薄暗闇な部屋の中で、灯りを持って立つヨランダの姿が浮かんで見えた。


 てゆーか、何だこの夢??


「おはようございます、ウロ様。良くお休みになられましたでしょうか?」


「あ、は、はい。おはようございます。

 とっても良……」


 ぐきゅるるるるぅ


 認めたくはないのですが、わたしにしか解らない震動と共に盛大にお腹が鳴りました。


「……あ、えと」


 起き抜けのぐやんぐやんな頭が、自動的に何かを回避しようとするのだけれど、何故か空回りしている。


「すでに朝食の用意が整っております。

 お着替えが済みましたら、廊下を右に進みました食堂までおいでくださいませ」


 軽く頭を下げたヨランダは、特に何のリアクションも無いまま、静かに部屋から出て行った。


 ふ、ふぉおおおおっ!!


 シェイムフル!!

 是、即ち激しく乙女の恥!!


 お陰様で、超絶目は覚めたけれど。


 ああ、誰かわたしにミョウガをこれでもかって程ください!! 記憶を消す為に。などと。


 そんな感じに、ひとしきりベッドの上で悶えたわたしは、テーブルの上にあった、ヨランダが用意してくれただろう水差しと洗面器と清潔なタオルのセットで、神妙に顔を洗ったりしてやっと落ち着いたのでありました。


 顔を洗って普段着に着替えたわたしは、ヨランダの指示通りに食堂へと向かいました。……念の為、鞄は持って行く。


 食堂までの長い廊下は、白み始めた空のせいでボンヤリと浮かび上がっている様に見えた。


 何となくフワフワした感覚でその上を歩くと、前後不覚に(おちい)りそうになって少しだけ怖くなってみたり。


「おはようございます、ウロ様。

 皆様、お待ちでございます」


 廊下の先に立っていた年配のメイドさんが、そう言いながら食堂の扉を開いてくれる。


「お、おはようございます。ありがとうございます」


 そう挨拶を返しながら、そのまま食堂へと入って行く。


 食堂は、昨夜の夕食会とは違ってだいぶこぢんまりとしていた。

 こぢんまりと言っても、10人は同時に食事できそうなテーブルがあるし、暖炉も絨毯も小さめのシャンデリアもある。


 部屋の奥にも両開きの扉があって、料理はそこから運ばれて来ている。

 扉が開く度、中から聞こえる物音が、その先に厨房がある事を予感させている。……気がした。


 すでにアルバートを始め、ニードルスとジーナ。カーソンの姿があった。……エセルだけいない不思議。


「遅いぞ、ウロくん。

 さあ、早く席に着きたまえ。朝食にしよう!」


 早朝からテンション高めなアルバートに促されて、空いていたニードルスの隣にストンと腰を下ろす。


「みんな、早起きだね?」


「……空腹で、あまり眠れなかったんですよ」


「……あたしもです」


 わたしの問いに、力無く答えるニードルスと、アクビ混じりに答えるジーナ。


 ……クククッ。

 お腹が鳴ったのは、わたしだけではありますまい!


 口元を押さえて、小さく笑うわたし。

 と、そんなわたしたちを見てクスクスと笑うカーソン。


 ……ナニ、この海外ドラマみたいなの??



 ええい、そんな事より朝ごはん!!


 今朝のメニューは、主にジャガイモな野菜のスープと茹でたソーセージ。

 そして、バケットみたいなパンがスゴいドッサリ。


 夕食会に比べたら、かなり質素な感じだし塩味しか無いけれど。とてもとても美味しゅうございます。うひひ。


「アルバート、少し良いですか?」


 朝食が始まってしばらくした頃、おもむろにニードルスが声を発した。


「何だ、ニードルス?」


 アルバートが、パンをちぎる手を止めて答える。


 それを確認してから、ニードルスが再び声を発した。


「私たちがこれから向かう森ですが、もう少し詳しい情報を話してくれませんか?

 昨夜の話では、具体的な事が解りませんでしたので」


 モグモグ、確かにそうだねモグモグ。

 今、解ってる事と言えば、屋敷の裏に森がある事と、その森にヒーラーがいると思われる事だけだモグモグ。


「……うむ」


 ニードルスの質問を受けて、さっきとはだいぶ違う落ち着いた声でアルバートがうなずいた。

 同時にアルバートが小さく手を振ると、ヨランダ以外のメイドさんたちが部屋から出て行く。


 カーソンも、持っていたスプーンをテーブルの上に置いて姿勢を正していた。


 何やら、食堂の中が少しだけ緊張感に包まれる。


「我々が、これから向かう〝リブンフォートの森〟だが。

 実は、私も詳しくは知らないのだ!」


 そう言って、アルバートは両手を広げて見せた。


 モグモ……何ですと!?



 思わず、動きが止まってしまったわたし。

 それは、ニードルスも同じみたいだった。


「アルバート。君はまた、勢いだけで物事を成そうと考えていませんか!?

 〝試練の塔〟の時だって君は……」


 そうだ!

 言っちゃえ言っちゃえ、ニードルス!!


「ま、待ってください!

 兄上が悪い訳ではありません!」


 わたしが、心の中で邪悪な念を唱えようと思った矢先、ニードルスの言葉を遮る様にカーソンが立ち上がった。


「それは、どう言う意味でしょうか。カーソン殿?」


 眉間にシワを寄せたニードルスが、その視線をゆっくりとカーソンへと巡らせる。

 その視線に、少しだけ怯えた様な表情になったカーソンだけれど、そのまま話を続ける。


「“リブンフォートの森”は、代々、ローウェル家がその管理を行って来ました。

 その為、この地に住む者でも滅多に入る事はありません。

 それに、ローウェル家の者であっても爵位を継いだ者だけが森について口伝される事になっていますから、兄上が知らないのもしかたの無い事なんです!」


 震える声でそれだけ言い切ったカーソンは、そのままゆっくりと椅子に腰を下ろした。


「……なるほど。

 では、カーソン殿。貴方も何も知らないのですね?」


 ニードルスの問いに、コクンとうなずくカーソン。


「解りました。

 それでは、お2人が森について知っている事を教えて頂けませんか?」


 眉間からシワを消し、眉毛をハの字にしたニードルスが、力無く呟いた。


「済まんな、ニードルス」


 ニードルスに謝りつつ、アルバートはテーブルの上にパンを1つ置く。

 その上に、スープの中から取り出したジャガイモの欠片と小さなブロッコリーを縦に並べた。


「パンが台地で、イモがこの屋敷。そして、奥の緑がこれから向かう森だ。

 簡単な位置関係は、こんな感じだ。来る時に解ったと思うが、ここは高台になっていて裏側は結構な高さの崖だ。おいそれとは登れはしない。

 登るにしても、そこまで行くのが……」


 アルバートの説明によると、この台地に登るには、わたしたちの通ってきた一本道以外には無いらしい。


 森の反対側は崖になっていて、簡単には登れない。

 また、台地の周囲も結構な広さの森になっていて、村の狩人でも単独では入らないのだとか。


 その理由は、この台地に近づくにつれ、森の獣が強く大きくなっていくからみたいだった。


「リブンフォートの森は、周辺の森に比べて木々や動物たちの成長が著しいのです。

 ここまで来る途中、森から飛び出した大きな樫の木をご覧になったでしょう?

 それに近ければ近い程、生き物に影響があるみたいなのです」


 アルバートに続けて、カーソンが口を開く。


 リブンフォートの森は、他の森と比べ物にならない程に豊かで、一年中、緑を絶やす事が無いらしい。


 リブンフォートの森で採れた植物の種は、雪の中でも発芽し、それこそ、人の手で枯らそうとしない限り枯れる事が無い位に生命力に溢れているのだとか。

 台地周辺の森は、上から落ちた植物の種で広がった物と思われる。たぶん。


「種は、残念ながらこの地を離れてしまうと弱ってしまうらしいのですが。

 それでも、リブンフォートに暮らす者には非常に重要です。

 年に1度の収穫祭の時には、森に恵みを感謝しながら畑で採れた収穫物を納めると同時に、森から種を頂くのが恒例となっています」


「そんな訳で、村人が上の森に来る事はほとんど無い。

 入ろうにも、入口はローウェル家が守っているし、崖をよじ登るにしても、ベテラン狩人が逃げ出す程の獣のうろつく下の森を踏破せねばならない。

 生きる糧は充分に得られるのだから、そこまでする必要は無いだろうがな」


 今度は、アルバートがカーソンに続けて口を開いた。


「確かに、リブンフォート産の木材は良い値が付くのよねえ」


 テーブルの縁を指先で撫でながら、ジーナがボソリと呟いた。さすがだと思った。


 ……ん?

 でも、待って。


 ふと疑問の浮かんだわたしは、急いで口の中のパンをスープで飲み込んだ。


「……ぷはっ。

 あの、アルバートくん。

 アルバートくんは王都生まれだから良いとして、カーソン殿は生まれも育ちも森のすぐ近くだよね?

 なのに、どうして生まれつき身体が弱いのかな??」


「!?」


 わたしの質問に、アルバートとカーソンはお互いに顔を見合わせる。

 その顔は、明らかに困惑に満ちている様に見える。


 ……あれ?

 何か、地雷踏んだかな!?

 でも、こんなアリーナ席だもん。気になっちゃうじゃん!? などと。


「それは……」


「それは、カーソンがローウェルの子だからだよ!」


 口ごもるカーソンに被せる様に、低い男性の声が響いた。


 食堂奥の扉が開いて、現れたのはベリック伯爵だった。

 ベリック伯爵は、まだ湯気の立っているソーセージの乗ったお皿を手に悠々と食堂に入ると、そのままカーソンの近くの椅子にドカッと腰を下ろした。


「お祖父様!?」


「お祖父様、立ち聞きとは人が悪い。

 聞いておられたのでしたら、同席くだされば良いのに……」


「まあ、良いではないか。

 年寄りは朝が早いのだ。それに、何やら旨そうだったのでな?」


 驚きに固まるカーソンと、戸惑いつつも、平静を装うアルバート。


 そんな2人を、ベリック伯爵は優しい眼差しで見詰めながら答えた。


「えと、ベリック様。それはどう言う意味でしょうか?」


「フム、それはだな……」


 わたしが恐る恐る質問すると、ベリック伯爵はグラスに注がれた湯冷ましをグッと飲み干してから話してくれた。


 ローウェルの名が、まだ、爵位を受けるずっと前。


 村には名前が無く、ローウェル家はそんな村の村長に過ぎなかった。


 ある時、村中を流行り病が襲った事があった。


 このままでは、村は全滅。

 そんな折り、森のほとりに1人の隠者が現れた。


 森の奥に住むと言う隠者は、ローウェルに代々森を守る誓いを立てさせ、代わりに村を病魔から救ってくれたのだと言う。


「森の恩恵によって、この地に住む者は力を取り戻していったが、誓いを立てた我が一族だけはそうはならなかった。……恐らく、ある種の呪いだったのかも知れん。

 しかし、そんな事は些細な事でしかない。

 村人は健やかであるし、例え身体が弱くとも、森の主は助けてくださるのだからな」


 そう言って、ベリック伯爵はウンウンとうなずいて見せた。


「ベリック様、森の主とは一体、何者でしょうか?

 ベリック様は、ご覧になった事がございますか?」


 話を聞いていたニードルスが、知識欲と好奇心に上気した表情で質問する。


 だけれど、ベリック伯爵はニードルスの質問に首を横に振って答えた。


「エルフの魔術師殿。申し訳無いが、その質問には答える事が出来ん。

 誓いを破る事になってしまうのでな」


「そ、そうですか。

 失礼な質問を、どうかお許しください!」


 慌てて椅子を降りて、テーブルの下にひざまづくニードルス。


 そんなニードルスの姿を見て、ベリック伯爵は笑って見せた。


「良いのだ、エルフの魔術師殿。

 それより、貴殿らはアルバートに無理矢理に森へ連れて行かれるのだろう?

 森の主は、誰であろうと森へ入る事を(とが)めたりはしない。

 だが、会えるかどうかは解らんぞ?」


 そんな事はと、言いかけたアルバートを征して、ベリック伯爵は尚も続ける。


「皆。我が娘、ラヴィニアをどうか救ってくれ!

 どうか、どうか……」


 ベリック伯爵は、こちらの答えを聞く間も無く、静かに食堂を早足に出て行ってしまった。


「ああ見えて、お祖父様は涙もろいからな……。

 さあ、諸君。腹ごしらえも済んだし、いよいよ出発だ!

 用意が出来たら、屋敷の裏へ回ってくれ」


「あ、兄上、待ってください!」


 慌ただしく、今度はアルバートとカーソンが食堂を出て行った。


「わたしたちも、用意しよっか?」


「そうですね、急ぎましょう」


「はーい!」


 わたしに答えて、ニードルスとジーナが返事をしてくれた。


 ……と、その前に。


「ヨランダさん。残ったパンとソーセージ、貰って行っても良いですか?」


「え、ええ、構いませんけど。どうされるのですか?」


 急に声をかけられて、ビックリした様な表情のヨランダが、少しだけ眉をひそめた。


「せっかくなので、お弁当にしようかなって」


「それでしたら、今からお作りしますが?

 アルバート様からは、すぐにお帰りになるから必要無いと伺っておりましたもので……」


 おのれ、アルバート。

 迷ったら、どうすんのよ!?


「嬉しいけれど、あんまし時間が無いのです。

 だから、ある物で大丈夫です。大きめで綺麗な布を貰っても良いですか?」


「はあ……」


 わたしの答えに、釈然としない様だったヨランダ。


 わたしは、ヨランダからもらった布に、パンとソーセージをテキトーに包んで鞄の中にしまい込んだ。パン20個とソーセージ大皿いっぱいくらい。入れるまでは重い。


「えっ!? そんな量、今、どうや……」


「ありがとうご馳走様で行ってきまーす!」


 目の前で起こった出来事に、唖然としているヨランダにお礼を捲し立ててながら、わたしは食堂を後にした。


 そのままの足で、屋敷の裏口を目指す。

 廊下の窓から見える外は、もうすっかり明るくなって、青空が木々の間から確認出来た。


 屋敷の裏口から外へ出ると、ここがずいぶんと高い所にあったのだと初めて気がついた。


 高さ的には、ビルの5、6階くらいかな?

 村の様子が、遠くまで確認出来る。


 低めのフェンスで仕切られているから、崖っぷちを真下に見る事は出来ないけれどね。


「ウロくん、そんな所で遊んでるんじゃない。出発するぞ!」


「あいあい!」


 アルバートの声に振り返ると、そこにはニードルスとジーナ。カーソン。

 アルバートの後ろには、エセル。その隣には、ヘンニーとダムドの姿があった。


 合流したわたしたちは、挨拶など交わしつつゾロゾロと歩いて行く。


 屋敷の後ろと言っても、森の入口までは歩いて10分位の距離があった。


 転落防止用フェンスが、内側に直角に折れて高い格子へと変わる。

 それが、左右から交わった所で門へと形を変えた頃、その向こう側には大きな森の入口が姿を現した。


「旦那様より伺っております。

 どうぞ、お通りください!」


 門を守護する2人の兵士が、鍵を外して門を開いてくれた。


「ベリック卿には内密ではありませんでしたか?」


「気づかれてしまったよ。

 お陰で、こうして大手を振って入れる訳だがな!」


 アルバートの答えを聞いて、質問したエセルがヤレヤレと言った様にため息を吐いた。


 てゆーか、バレない訳が無いと思うのですがどうでしょう?


「では、行くぞ。

 危険は無いだろが、各位、注意は怠るな!」


 アルバートの言葉に、返事や悪態が沸き上がる。


 かくして、わたしたちはリブンフォートの森へと足を踏み入れるのでありました。……アルバートの言葉がフラグに聞こえたのは、わたしだけなのでしょうけれどね。

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