第九十七話 王子様の依頼
前回のあらすじ。
エセルに「顔貸せ!」とか言われて連行され中。選択の余地は無し。強制イベント気味!
知らない建物の知らない廊下程、長く感じられる物は無い気がする。ダンジョンは除いて。
そんな事を考えながら、わたしたちはエセルの後ろを付いて行った。
いくつかの階段を登った先。
壁や天井の造りが何やら豪華になったり、照明がロウソクから魔力の明るさに変わったりした廊下の端っこに、アルバートの部屋はあった。正確には、客室らしいのだけれど。
「アルバート様、皆様をお連れ致しました」
「ご苦労、入ってもらってくれ」
エセルが声をかけると、扉の向こうからアルバートの声が返って来る。
「どうぞ、お入りください」
扉を内側に開いて、エセルがわたしたちに入室を勧めてくれた。
「お邪魔しまーす」
挨拶して入ろうとしたわたしは、思わずギョッとして固まった。それは、ニードルスとジーナも同じみたいだった。
……何にも無い??
アルバートの部屋は、およそ王子様の使う部屋とは思えない造りだった。
基本的には、わたしの部屋と同じで広いのだけれど。
絵や装飾品と言った類いがほとんど無い!
まるで、引っ越して来て間がない部屋みたいな? 段ボール箱は無いけれど。
辛うじてあったのは、深い赤色の絨毯と大きくて立派な円卓。夕食会で見た様な、背の高い椅子が数脚だけだった。
わたしを始め、ニードルスとジーナも、もっとセレブ感溢れるゴージャスでロイヤルでだいぶアレな部屋を想像してたのに。逆の意味でビックリしちゃったよ。
「夜分に済まないな。さあ、楽にしてくれ」
そう言って、わたしたちを迎えてくれたアルバート。
ハッとして、わたしたちは部屋の中へと進んだ。
エセルと、部屋の中に待機していただろう若いメイドさんが、静かに椅子を引いてくれた。
「あ、ありがとうございます」
お礼を言いつつ、わたしはメイドさんを目で追った。
黒のワンピースに、白のエプロンとカチューシャと言う解りやすいメイド服の女性。
魔法の灯りに照らされて、後ろでお団子にまとめられたピンクベージュの髪が柔らかく光っている。
歳や背格好は、わたしと変わらないくらいかな? 細くて薄い。何故か共感する不思議。
いや、そうじゃなくってさ!
これから秘密の悪巧みなのに、良いのかしら? みたいな。
「彼女は良いのだ。
ヨランダは、普段は従弟付きの1人なのだが、私が来た時には私の世話をしてくれる。
そうだな、ヨランダ?」
わたしの視線に気づいたアルバートが、メイドさんに向かって言った。
「はい、アルバート様。
申し遅れました、ヨランダでございます。
ご用向きがございましたら、私めにお申し付けくださいませ」
ヨランダと呼ばれたメイドさんは、ハッキリとした口調で答えながら軽く腰を落とした。
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします。
……って、アルバートくんは大丈夫だったの?」
「〝大丈夫〟とは、何の事だ?」
椅子に座りながら問うわたしに、アルバートはキョトンとした表情になった。
「ウロさんが言っているのは、さっきの夕食会での事ですよアルバート。
君は、自分では気づいていなかったかも知れませんが、明確に怒りで顔を歪めている風に見えましたよ?」
わたしより先に、アルバートに答えたニードルス。
いつもより、少しだけ早口になっているみたいだよ。
ニードルスの言葉に、アルバートは小さくため息を吐いた。
「……ああ、そうだな。
私とした事が、あの時は冷静ではなかったな」
独り言の様にボソボソと呟いたアルバートは、1呼吸置いてから、わたしたちが退室した後の事をゆっくりと話してくれた。
アルバートに噛みついた叔父のウィルバーは、わたしたちがいなくなった後もアルバートのお母さんであるラヴィニアの事をずいぶんと罵っていたらしい。
と言うのも、ウィルバーは王家に嫁いだ姉、ラヴィニアを利用して王都進出を目論んでいたのだとか。
なのに、ラヴィニアは全くそれに応じず、いくら手紙や使者を送っても相手にされなかった。
その後、アルバートを取り込もうとしたのだけれど、それも失敗。
しかたなく、王都の上級貴族に〝贈り物〟をしていたらしいのだけれど……。
「今回の事で、それも水の泡だろうな。
見ろ、この部屋を。
ここは元々、大事な来客用の部屋だったのに。設えた装飾品が、ほとんど無くなってしまっている!」
そう言って、アルバートは両手を広げて見せた。
……なるほど。
それで、部屋の中がサッパリとしていたのですな。
装飾品なんかを売って、そのお金とかで賄賂的なサムシング?
だけれど、アルバートが人形病を患っているお母さんを連れて来ちゃったから、王都の貴族はローウェル家に関わりたくなくなっちゃっただろうし。貢いだお金も、全て無駄って事ですわなあ。たぶんだけれどね。
んん?
でも、それってローウェル家も危ないんじゃね!?
だって、法律違反とかそんな感じでしょ?
「大丈夫なんですか、アルバートさん?
いくらお母様とは言っても、人形病の方を連れ出したりしたら……」
わたしよりも早く、疑問を口にしたのはジーナだった。
少しだけ言いづらそうに、でも、ハッキリとした口調で言葉を発したジーナは、困った様な表情になって語尾を濁した。
反対にアルバートは、ジーナの質問にウンウンとうなずいて見せた。
「確かに、ジーナくんの言う通りだ。
もし、この事が明るみになったのなら、私だけではなくローウェル伯爵家とてただでは済まないだろう。
幸い、母の病を明確に知る者は極少数だ。
祖父や祖母は、家の事より母の事を想い受け入れてくれたから問題は無い。
……まあ、噂程度は流れるだろうがな」
そう言って、アルバートはお茶を1口飲んだ。
……ううむ。
要は、バレなきゃイロイロ大丈夫! って事なのかな?
ラヴィニアが人形病である事を知っているのは、恐らくは、信用のある極少数の人たちだけ。
万が一に情報が外に漏れて、王都から追っ手がかかったとしても、ローウェル伯爵家はラヴィニアを守る考えみたい。
叔父であるウィルバーも、悪態は吐いても、実の姉を追い出す事まではしないだろうしね。
そんな風に考えているわたしの隣で、眉間にシワを寄せたニードルスが口を開いた。
「しかし、大丈夫なんですか?
君の叔父は、私たちや君の母にも、あまり好意的とは言い難い様ですが?」
それに対して、アルバートは小さく首を横に振る。
「大丈夫だ。
少なくとも、叔父上が爵位を継承するまでの間はな」
おおう。
わたしの考え、だいぶ甘かったみたいだよ。
姉の心配より、爵位の心配。
恐るべし、貴族。
その血は、水よりも薄い。みたいな?
ざわつくわたしたちに、アルバートは軽く咳払いをして沈黙を促した。
「ンンッ。
そこで、諸君には明日の朝、私と一緒に屋敷の裏にある森へ入って欲しいのだ!」
先程と違って、上気した様な表情のアルバート。
すかさず、ニードルスが手を挙げる。
「……アルバート、もう少し詳しく説明して貰えませんか?」
まあ、そうだよね。
馬車の中で、何となく話は聞いていたから森に入るのは解ってはいたのだけれど。
「済まない、少し急ぎ過ぎたな。
これは、私が幼少の頃に母から聞いた事なのだが……」
ニードルスに答える形で、アルバートは記憶をたどる様に話し始めた。
アルバートがまだ、ずっと小さかった頃。
ラヴィニアに連れられ、初めてローウェル家へとやって来た時の事である。
かなり行動的だったアルバートは、その日、過って階段から落ちてしまったらしい。
覚えているのは、身体中が痛かった事と、ひたすら怖かった事だと言うアルバートは、薄れ行く意識の中で、ラヴィニアの声を聞いたのだとか。
それから、どの位の時が経ったのか?
暗かった視界が、急に明るくなって行くと同時に、暖かな何かに身体が包まれるのを感じた。
するとどうだろう。
あれ程までに苦しかった身体の痛みが、みるみる消えて行ったのだと言う。
「気がついた時、私は屋敷の中でベッドに寝かされていた。
詳しい事は何も覚えていないのだが、あの時、森の中で確かに母は誰かと会っていたし、その誰かが私の怪我を治してくれたのは間違い無い。
辛うじて記憶に残っているのは、光る杖を持ち、まるで心に直接語りかけて来る様な男の声だけだ」
そこまで話してから、アルバートはふうと息を吐き出した。
う、ううむ。
それ、本当に現実??
わたし同様、ニードルスとジーナも眉をハの字にして困惑の表情ですよ。
「アルバートくん、それは夢じゃなかったの?」
我慢出来ずに、言葉がわたしの口を突いて出た。
エセルがそれに反応して、眉間に深いシワを刻む。……怖い。
「ああ、紛れもなく現実だった。
後日、私はこの事を母に訊ねたのだが、母は一言〝旧い友人です〟とだけ答えてくれたのだ」
む、むう。
聞いたままを信じるならば、森の中に誰かが住んでいる事になるのだけれど。
隠者的な誰かでもいるのかな?
まあ、ここまで来たら行く以外の選択肢は無いんですけれどね。
コンコンコンッ
みんなが押し黙って、一時の静寂が部屋を包もうとした瞬間。
それを阻止するみたいに、扉をノックする音が鳴り響いた。
「誰だ?」
「兄上、カーソンです。
少し、よろしいでしょうか?」
アルバートの声に、扉の向こうからか細い声が返って来る。
同時に、ヨランダが目を丸くして振り返った。
「カーソン!? 良し、ヨランダ、入れてやってくれ」
アルバートが、そう言いながらうなずく。
それに合わせて、ヨランダがゆっくりと扉を開けた。
「夜分に申し訳ありません、兄上」
そう言いながら入って来たのは、アルバートと同じ暗めの金髪を肩口まで伸ばした、線の細い美少年だった。
中性的な見た目と相まって、アルバートの従弟とは思えない程弱々しく感じられる。
「カーソンだ。私の従弟で、歳は15になる。
さっきは、ちゃんと紹介出来なかったからな。
カーソン、彼らは私の魔法学院の仲間だ」
「か、カーソン・ローウェルです。
先程は、私の父が失礼を致しました。代わってお詫び致します」
声変わりしていない、少しだけ高い少年の声で、たどたどしく挨拶と謝罪をしてくれたカーソン。
わたしたちも、慌てて挨拶を返した。
一通りの挨拶が済むのを待って、再びアルバートが口を開く。
「どうしたのだ、カーソン。
何か、急ぎの用か?」
「……はい、その。
明日の朝、私も森へ連れて行って欲しいのです!」
震える声に力を込めて、カーソンが答えた。
アルバートは、ハアとため息を吐く。
「カーソン、立ち聞きとは行儀が悪いぞ?
しかし、どうしてお前が森に行きたいのだ?」
「申し訳ありません、兄上。
立ち聞きするつもりは無かったのですが……」
少しだけ戸惑いながら、カーソンは訳を話てくれた。
生まれつき身体の弱かったカーソンは、病気がちな幼少期を送っていたらしい。
ある日、高熱に生死の境をさ迷っていたカーソンは、奇妙な夢を観た。
それは、誰かに呼ばれる夢だった。
頭の中に直接語りかけて来る声は、カーソンを森の中へと誘う物だった。
聞き覚えの無い男性の様な声だったけれど、不思議と恐怖を感じなかったカーソンは、声に呼ばれるまま、森の中へと入って行った。
どの位歩いたのか?
気がつくと、カーソンは切り株の上に座っていた。
月も星も見えない、真っ暗な森の中で心細くなり始めた頃。
光る杖を掲げた何者かが、カーソンに近づいて来た。
暗闇に目が慣れ始めていたせいか、光る杖が眩しすぎて、持ち主がどんな人物かは解らなかったのだけれど。
光は、とても心地よくて暖かかった。
やがて光が消えて、再び真っ暗になった時。もう1度、男性の声が頭の中に響いて来た。
〝もうお帰り、ローウェルの子。
いつか、逢いまみえるまで。健やかに……〟
「気がつくと、私は自分のベッドに寝ていました。
その日以来、私は病魔に怯える事が無くなったのです。
それでも両親は、私を気づかってか士官学校へは行かせてくれませんでしたが……。
ともかく、先程の兄上の話を聞いて、あの声の主と兄上の探している方は同じと考えました。
私も森へ行き、声の主に会ってお礼を言いたいのです!!」
声は可愛らしいけれど、力のこもった言葉だった。……だったけれど。
屋敷の裏の森なのに、何がいるか解らないって怖くね?
でも、わたしたちの師匠であるマーシュさんみたいに、隠れて住んでるヒーラー系魔術師とか、森司祭って線もあるよねえ。などと。
わたし的には、行くのは全然構わないのだけれど。
もしもの時、誰が彼を守れるのか!? って事ですわなあ。
考えを巡らせながら、アルバートの顔を見る。
ニードルスとジーナも、同じ様にアルバートを見詰めていた。
「カーソン。私は、その話を聞くのは初めてだぞ。
何故、今まで黙っていた?」
おもむろに、口を開いたアルバート。
カーソンは、それに小首を傾げて見せた。
「私も、兄上のお話を初めて聞きました。
兄上は、何故、今まで黙っておられたのですか?」
「……それは、言っても誰も信じないだろうから」
「私も同じです、兄上!」
困った様な表情で答えたアルバートに、カーソンは満面の笑顔で返した。
「良し、解った。ならば一緒に行こう。
但し、自分の身は自分で守るのだぞ?」
「ありがとうございます、兄上!!」
そんな2人のやり取りを、何か、ボーッと見ていたわたしたち。
くるり、わたしたちの方を向いたアルバートとカーソンは、2人共、笑顔になっていた。
「そう言う訳で、仲間が1人増えたぞ!」
「カーソン・ローウェルです。
改めて、よろしくお願いいたします!!」
この時、わたしは一体、どんな顔をしていたのかな?
と言うのは、アルバートとカーソンの後ろで、目が全く笑っていないエセルの姿があったからだけれど。
わたしの背後では、ヨランダも絶句してるしね。
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
ゴニョゴニョと挨拶を返したわたしたちは、明日に備えて休む事になったのですが。
アルバートの部屋を出る間際、スッと近寄って来たエセルが。
「護衛、よろしくお願いいたします。ウロ様」
と、耳打ちして行った恐怖。
そして、扉が閉まる刹那。ヨランダが。
「アルバート様と……カーソン様を、よろしくお願いいたします!!」
と、やたら低い声で語尾に力を込め気味に呟いたのが印象的でありました。
夜、お腹が痛くて良く眠れなかったのは、空腹のせいだけじゃあない気がしてならないのでありましたとさ。ぎゃふん。




