第九十六話 ローウェル伯爵邸の長い夜
お風呂はゆっくりまったり。そんな願いも叶わなくてビビる。ウロです。
……お腹、空いたな。
どの位、眠ってたのだろう?
わたしの目覚めは、スゴい空腹感と共にやって参りました。
暗闇の中で、魔力時計だろうコチコチと言う乾いた音が耳についた。
「……どこだろ、ここ?」
ゆっくりと目を開くと、ボンヤリした視界にロウソクの灯りに照らされた薄暗い部屋が浮かび上がった。
暗くて解りにくいけれど、暖かみのある天幕と調度品の飾られた壁。
同時に、背中がフカフカするからベッド的なナニかに寝かされているのだな。とか思った。
「ウロさん、気がついた?」
「……ジーナちゃん!?」
ベッド脇の椅子に座っていたジーナが、わたしに気づいたらしく声をかけてくれた。
「ジーナちゃん。
ここ、ドコ?」
「ここは、ローウェル伯爵のお屋敷だよ。
ウロさん、覚えてる?」
ジーナの答えで、わたしの頭の中に少しずつだけれど記憶が戻って来た。
……そうだ。
わたしたちは、ローウェル伯爵のお屋敷に着いたんだ。
それから、えと。……おお、そうじゃ!
わたし、お風呂でゴシゴシ洗われたんだった。
んで、夕食会用のドレスアップするのにコルセットで締められて……。あれ??
お腹がキツくない!?
急激に覚醒したわたしは、そのままガバッと起き上がった。
かかっていた毛布を跳ね退けると、麻のクロースを着ている自分の身体が目に入る。
……良かった、真っ裸じゃなかった。
あまりの解放感に、そんな事が気になってりして。溢れ出る女子力気味なナニか。
「大変だったんだよ?
お風呂で急に倒れて、慌てて運んだんだから。
お風呂、熱かった?」
……どうやら、わたしってば、また倒れたみたいだよ。
ジーナには、わたしがお風呂でのぼせた様に見えたみたいだけれど。
言えない!
コルセットがキツくて失神しましたなんて、口が裂けても言えない!!
「う、うん。
ちょっと、のぼせちゃったかな?」
「もう、ウロさんったら!」
わたしが答えると、ジーナは小さくクスクスと笑った。
そんなジーナ越しに、壁際にある柱時計が目に入った。
魔力時計特有の淡い光が、暗闇に文字盤を浮かび上がらせており、その針は、もうすぐ6時を指そうとしている。
わたしたちがお屋敷に到着した時って、まだ夕方前くらいだった。
て事は、お風呂なんかの時間を差し引いても1時間位しか寝てなかったのかも知れない。
コンコンコンッ
扉をノックする音が、薄暗い部屋に響く。
「は、はい、どうぞ!」
急なノックに驚いたのか、ガタッと椅子から立ち上がったジーナが扉に向かって返事をした。
「失礼します。
ウロ様のお加減はいかがでしょうか?」
若いメイドさんが、ロウソクの灯った燭台を手にやって来た。
「あ、えと、大丈夫です。
ご迷惑をおかけしました」
ベッドの上で、思わず正座状態になったわたしは、そのままペコリと頭を下げた。
「それは良うございました。
旦那様より、夕食会の招待がございます。
ですが、体調が優れないのであれば、そのままお休みになっても構わないとの事ですが……?」
そう言って、軽く目を伏せたメイドさん。
その様子を見て、ジーナがこちらに向き直った。
「ウロさん、どう?
夕食会に出られそう?」
心配そうに、わたしの顔を見詰めるジーナ。
最初は〝心配してくれてるジーナ可愛いな〟などと考えていたのだけれど、その目が、かなり真剣なのに気づいてギョッとする。
……ぬぬぬ。
メイドさんの言う旦那様って、ローウェル伯爵の事ですわなあ。
その伯爵が、夕食会にお招き下さっている事実。
それを、アルバートの友人とは言え平民のわたしが体調不良を理由に断るって、だいぶ無礼になるのかな? たぶんだけれど。
「ご、ご厚意に感謝致します。
お借りしたベッドのお陰で、すっかり体調も良くなりました。お夕食会、是非、出席させて頂きたく思います!」
ど、どや!?
お脳、フル回転の必死な返答!!
心無しか、ジーナの顔にも安堵が浮かんでいる気がする。
「かしこまりました。
それでは、お召し物をお持ち致します」
そう言って、メイドさんが軽く頭を下げる。
お召し物って……。
良く見たら、ジーナはエメラルドグリーン基調の豪奢な刺繍のドレスを着ている。
ウエストがキューッ、ふんわりスカートなお姫様ドレスだ。
……ウエストがキューッ!?
ヤバイ。
悪夢、再びの予感!!
「あ、すみません!」
「はい?」
わたしの裏返りそうな声に、メイドさんが驚いた様に立ち止まった。
「わ、わたしの鞄はドコですか?
服なら、その中にあるんです!」
「か、かしこまりました。
只今、お持ち致します」
そう言ったメイドさんは、今度こそ扉を開けて出て行った。
「良かった、ウロさん。
あたし、断ってしまうんじゃないかって心配で心配で……」
ジーナが、ホッとした表情で胸をなで下ろす。
や、やはし、返答に間違いは無かったッポイ?
こう言う場合の立ち回り方は、ジーナの方が場数を踏んでるのかな? などと考えてましたら。
「だって、ウロさんがお誘いを断ってローウェル伯爵が機嫌を損ねたら、商談が切り出し難くなるもの!」
うおう。
商魂たくましいご意見、さすがはティモシー商会の娘だわよ。
そんなやり取りをしておりますと、程無く、再びのノック音と共にさっきのメイドさんが戻って来ました。
手には、わたしの鞄があってホッとする。
「こちらでよろしいのでしょうか?
ですが、こちらにお荷物は……」
「ありがとうございます。
この鞄は特別なので、わたしにしか使えないんです!」
鞄自体の重さしかないからか、明らかに不審そうな顔のメイドさん。
そんなメイドさんから鞄を受け取ったわたしは、さっそく中に手を突っ込んだ。
とたんに、わたしの頭の中に鞄の中身が羅列されて行く。
……ドレス、ドレスかあ。
鞄の中身を探りながら、少しだけ遠い目をしてみるわたし。
と言うのも、メインキャラクターが男性だったわたしには、ウロの着られる女性用素敵オシャレ装備をあんまし持って無い。
あるとしたら、イベントで配布された物とか、チームの先輩方のプレゼント位な物だし。
しかも、それらの多くはセーフルームのクローゼットの中だよ。
普段、アイテム合成の為の職人装備ばかり着回していたツケがこんな所で来るなんて。……いつの時も、オシャレに手を抜いてはいけないと言う事ですね。ぐぬぬ。
そんな事を考えながら、わたしは頭に浮かんだアイテム名称からドレスを探してみた。
あった。あったよ!!
メイド服とか割烹着に紛れて、2着だけ。
1着は、ハロウィン・イベントの時のゴスロリドレス。
黒一色に、細やかなレースとフリル。リボンや刺繍でクラデーションを出した物で、ほとんど肌の露出が無くってわたしは好き。
ふんわりスカートだけれど、丈が膝下位までしか無いから、ジーナの着ているつま先まで見えないお姫様ドレスと比べると、ちょっぴりばかり変かも?
てゆーか、夕食会に完全真っ黒はヤバイかな? 赤ちゃん仕様のヘッドドレスをリボンとかに代えればイケそうじゃね?
もう1着は、チームの先輩方が、ゲーム内でキャラクター同士の結婚式をした時のドレス。
まさか、倉庫キャラにまで招待状が来ると思ってなくって、慌てて仕立ててもらったっけ。
薄い水色基調のビクトリア風ドレスで、波状の白いレースが幾つも重なりあって全体的に施されている。
袖口が大きく広がっていて、手首に近づくにつれてレースの目が大きくなる事で出来るシースルー感が素敵仕様になっている。
ゴスロリドレスに比べると、スカートのふんわり感が少し乏し目。その分、つま先まで隠れる丈ではあるのだけれど。
ただし、こちらは鎖骨と背中が肩甲骨辺りまで、割りと容赦無く丸見えだ! し、しぇくしー?
真っ黒ゴスロリ(露出ゼロ) VS 水色ビクトリア(鎖骨と背中開放中)。
さあ、どっち!?
……数瞬、悩んだけれど。
水色ビクトリアなドレスで決定。
上から、同系色のボレロで鎖骨と背中は隠してやや良しってトコで。
ドレスが決まったなら、早速、装備しちゃいましょう。
装備変更、ポチッとな!
「きゃっ!?」
「ひっ!?」
瞬間、わたしの背後で2つの悲鳴が上がった。
慌てて振り返ると、ひきつった表情のジーナとメイドさんの姿が。
うひゃあ。
久々で、忘れてた。
目の前で、寝間着クロースからノーモーションでドレス姿にチェンジしたら、そりゃあ、誰だって驚きますわなあ。
気まずい沈黙が、その場を支配しようとした瞬間。
ボーン ボーン ボーン……
けたたましい時計の音が響き渡り、わたしたち3人の肩が跳ね上がった。
「コホンッ。
そ、それでは、ご案内いたします」
小さく咳払いをしたメイドさんが、扉を開けてわたしたちを外へと促した。
「はい、行こうジーナちゃん?」
「えっ? う、うん……」
わたしがジーナの手を取ると、腑に落ちない様子のジーナはそれに従った。
さ、サンキュー柱時計。
後で、魔力おごってあげる!
長い廊下を、メイドさんを先頭にわたし、ジーナの順に並んで歩いて行く。
廊下の幅は広いのだけれど、何となくね。
魔法学院の生活に慣れてしまっていたせいか、薄暗い廊下に違和感を覚えた。
余計な物の無い殺風景な廊下は、所々にあるロウソクの灯り以外に照明は無い。
大理石だろう柱や床が、恐ろしくピカピカに磨かれているのは、暗い灯りを少しでも明るくする為だったっけな? 本で読んだいつかの記憶。
「こちらでございます」
押し黙って歩いていたわたしたちに、メイドさんが小さく声をかける。
廊下の終りは、少しだけ広めの待機場所みたいな所だった。
その奥には、両開きの扉。扉の前には、別のメイドさんが2人立っている。
わたしたちを案内してくれたメイドさんが、その場で軽く頭を下げると、同時に扉の前のメイドさんが左右に分かれて扉を開いてくれた。
「むっ!?」
「眩しい!」
わたしとジーナが小さく声を上げる。
暗い所に目が慣れたせいか、扉の向こうから射し込む光がやたらと眩しく思えた。
「うわあ……」
「綺麗……」
わたしとジーナが、今度は感嘆の声を上げる。
明らかに魔法の光源だろう明るい室内は、どこかの映画で観た様な貴族の晩餐そのものだった。
広間の高い天井には、大きくてきらびやかなシャンデリア。そこから放たれている魔法の光が、お互いに反射し合う様に輝いて柔らかく室内を照らしている。
壁には、何枚もの絵画と立派な暖炉。調度品の間には、控え目だけれど魔法の照明も点在していた。
床には豪華でフカフカの絨毯が敷かれており、その中央には、美しい細工の施された長いテーブルと豪華な椅子。
そして、沢山の料理たち。
お、お腹が空きました!!
「ほほう、ご婦人方のお出ましだな」
広間の奥から、優し気な男性の声が響いた。
声の主は、1番奥のお誕生日席に座っていた人物。
白に近い銀髪と、同じ色の髭が凛々しい老紳士は、ゆっくりと席を立ってわたしたちの方へと歩み寄って来た。
「ローウェル家当主、ベリック・ローウェルである。
君らが、アルバ……殿下のご学友かな? 遠くから足労であった」
わたしよりも、少しだけ背の高いベリック伯爵は、そう言ってニッコリと微笑んだ。
「は、はい。ウロと申します。
この度は、お招きを頂きましてありがとうございます!」
突然の、ベリック伯爵本人の登場に慌てるわたし。
思い出した様に、ゲームだった頃のエモーションで見た〝淑女の挨拶〟を真似て、スカートを軽く摘まんで腰を落とす。
「ご挨拶が遅れまして、申し訳ございませんでした。
ジーナ・ティモシーでございます。
本日は、厚いおもてなしと会食の機を頂きました事、心から感謝致します」
そう言って、ジーナも〝淑女の挨拶〟をする。
違うのは、スカートを摘まむんじゃあなくって、手の平に乗せる感じで少しだけ広げた所だった。……てゆーか、挨拶がわたしなんかより圧倒的にしっかりしててビビッた。
「ハッハッハッ。
女の身支度は時間がかかると、昔から決まっている。
さあ、そうかしこまらず座りなさい」
わたしとジーナに席を促しながら、ベリック伯爵は楽しそうに笑った。
他にも、4人程いるのだけれどナゼか紹介してはくれない。……こちらからは聞けないけど。むう。
わたしとジーナの席は、ベリック伯爵の反対側に位置するお誕生日席の近く。
椅子の高い背もたれで気がつかなかったけれど、すでに、ニードルスが青い顔で着席していた。
「遅いですよ、2人共。
私1人で、生きた心地がしませんでしたよ!」
どの位1人だったのか、やや涙目のニードルスが小声で言った。
「ご、ごめんね、ニードルスくん。
わたしがお風呂でのぼせちゃって……」
「お、お風呂で!?」
眉間にシワを寄せるニードルス。怒んないでよう。悪かったよう。
「ニードルスさん1人なんですか?
アルバートさんとエセルさんは?」
目だけで周囲を窺っていたジーナが、小声でニードルスに問う。
「2人共、〝少し遅れる〟とだけ言って……」
ガコンッ
ニードルスがそう言いかけた所で、広間の扉が勢い良く開いた。
「諸君、遅くなって済まん!」
アルバートとエセルだ。
ヒーローは遅れてやって来る的な?
アルバートは、白を基調とした礼服の様な物を着用。
まるで、どこかの王子様みたいに見える。王子様なんだけれどね。
一方のエセルは、短めのチェインメイルとハイリム王国の紋章入りサーコート。
わたしの良く知る、『聖騎士』の姿で懐かしくなってみたりした。
2人が入って来ると同時に、ベリック伯爵を先頭に全員が立ち上がった。
わたしたち3人が、1テンポ遅れたのはナイショである。
「殿……」
「良い。
この3人は、私の友だ。
一緒に学び、旅をした仲間だ。
皆、いつも通り〝アルバート〟と呼んで頂きたい!」
口を開きかけたベリック伯爵を遮って、アルバートが宣言した。
この瞬間、場の緊張が少しだけ緩んだ様な気がした。
アルバートはお誕生日席に。その近くに、エセルが立つ。
「では、始めよう。
久し振りの孫の帰省と、その友人たちに!」
グラスを高く掲げたベリック伯爵の挨拶で、夕食会が始まった。
コース料理なんて無いらしく、メインの山鳥の丸焼きッポイ物が中央に置かれ、パンやスープ、野菜等が時おり追加されて行くみたいだった。基本、塩味。でも美味しい!
「さて、皆の紹介がまだだったな。
正面にいるのが私の祖父、ベリック・ローウェル。
隣が祖母のサーラ。
反対側にいるのが、叔父のウィルバー・ローウェルと叔母のテス。そして、2人の子で従弟のカーソンだ。
お祖父様、彼らが私の……」
「ああ、アルバート。
平民の紹介は必要無い。
それより、どうして厄介事を持ち込んだのか、釈明をして頂けるかな?」
アルバートの話を遮ったのは、アルバートの叔父であるウィルバーだった。
ベリック伯爵より濃い銀髪は長くて、後ろで束ねている。
顔立ちはベリック伯爵に似ているけれど、柔和なベリック伯爵とは違って険しい顔をしている。
せっかく和んだ空気が、一瞬にして凍りつく。
「……厄介事、ですか?」
「そうだ。
あんな物を連れ出すなど、正気の沙汰とは思えんよ!」
そう言ったウィルバーは、持っていたグラスをドンッとテーブルの上に置いた。
ううむ。
ちょっぴりばかり、不穏な雰囲気。
それに、〝あんな物〟って言うのはもしかして……。
ガタンッ
そう考えるが早いか、アルバートが椅子を倒す程に勢い良く立ち上がった。
同時に、エセルがアルバートの斜め後ろまで接近する。
「叔父上!
いくら叔父上と言えど、言葉か過ぎますぞ。
まして、実の姉を〝あんな物〟などと。取り消して頂きたい!」
見た事も無い様な、恐ろしい形相のアルバート。
だけれど、ウィルバーは全く動じる様子が無かった。
「フンッ。
もはや、あれを姉とは呼べんな。
アルバート、君はあれのせいでローウェル伯爵家を窮地に追いやっている事に気づいているのか?
このままでは、我がローウェル伯爵家は……」
カトラリーを握ったまま、固まるわたしたち。
だって、完全部外者ですよ?
聞いて良い話と、そうじゃない話があって。これは、間違いなく後者な訳で。
あと、やっぱり〝あんな物〟はアルバートのお母さんの事だった。
「いい加減にしないか!!」
広間に、ベリック伯爵の大声が轟いた。
それは、ウィルバーの声をかき消して余りある迫力だったし、わたしたちの呪縛を解くのに十分だった。
「……客人に無礼であるが、夕食会はこれまでとする。
さあ、皆を部屋へ案内してやってくれ」
1呼吸後に、先程の大声とは打って変わって静かな口調で話すベリック伯爵。
それに合わせて、メイドさんたちがわたしたちの椅子を引いて退室を促した。
「こちらでございます」
「は、はい。
ご、ご馳走様でした!」
むう。
まだ、食べ足りないけれど。これはしかたありますまい。
メイドさんに連れられて、広間を後にするわたしたち3人。
アルバートは、ウィルバーをにらみつけたまま、その場に留まった。
ニードルスが声をかけようとすると、エセルが小さく首を振った。
「はっ。
平民共にも聞いて貰ったら良いのだ!
もし、これが王の耳にでも……」
後ろではまだ、ウィルバーの声が響いていたけれど。
扉が閉まると、それも聞こえなくなった。
「大変、失礼を致しました。
どうか、お気を悪くなさらないでくださいまし。
ウィルバー様も、心根はお優しい方なのですが……」
誰も口を開かずに長い廊下を歩く途中、沈黙に堪えられなかったのか、若いメイドさんが振り返らずに呟いた。
「平気です。
平民であるのは事実ですから。
それよりも、アルバートが心配です!」
誰よりも早く、ニードルスが返事をした。
確かに、あんなアルバートは見た事がなかったから心配だわよ。
「殿下は、お強い方ですから平気ですわ。
それに……いえ、何でもありません。失礼しました」
そう言ったきり、若いメイドさんは口を閉じてしまった。
それに、何なんだろ?
イロイロと疑問だけれど、立ち位置が難しい不具合です。
友人を助けたいのだけれど、家族の話だし。
また、相手は貴族。
ヘタに首を突っ込むと、死にかねませんよ。余裕で。
そんなモヤモヤした状態で、わたしたちは各部屋へと案内されて行った。
ローウェル伯爵家は、思った以上に大きなお屋敷の様に思える。
だって、わたしたち1人に1部屋だもん。
しかも、魔法学院の寮の倍はある部屋を。ですし。広すぎて、落ち着かないアリサマですがなあ。
「じゃあね、また明日ね。ニードルスくん、ジーナちゃん」
そんな挨拶をしつつ、わたしたちは各々の部屋へと入って行った。
ちゃんと運んで貰っていた鞄から、パジャマ代わりの麻のシャツとズボンに着替える。
水差しの水を、少しだけコップに注いで口に含んだ。
「はふう」
ため息を吐いて、ベッドに腰かけながら考えを巡らせるけれど、まとまる訳がなかった。
まあ、詳しい事は明日。
直接、アルバートに聞いてみましょう。
明日からの予定とか、何も決まってないしね。
アルバートのお母さんも、まだお見舞いしてな……。
「ウロ様、ウロ様!」
突然、扉の向こうから声をかけられて、かなりビックリした。
「え、エセルさん!?」
声の主は、エセルだった。
てゆーか、もう、一族会議は終わったのですか!?
「エセルです。
アルバート様より、皆様を集める様にとの事で。
至急、私に付いて来て頂きたいのですが……」
少しだけ、エセルの慌てた様子が声から感じられた。
「わ、解りました。
着替えるので、ちょっぴりばかり待ってください!」
「……かしこまりました」
「……覗かないでよ?」
「馬鹿な事を言う暇に、少しでも急いで頂けますでしょうか?」
……へいへい。
冗談も通じやしない。本当に覗かれても、だいぶ困るけれどね。
取り合えず、街にお買い物に出ても平気な服にチェンジ! タイト目のローブと腰紐、麻のズボンはそのままで。
扉を開ける前に、少しだけ深呼吸をする。
さっきのアルバートが、そのままで終わる様には思えなかったからね。
また、トラブルが来る覚悟だけはしておく生活の知恵ですよ。
「お待たせしました!」
扉を開けながら、エセルに声をかける。
そんなわたしを見て、廊下の壁にもたれて腕組みしていたエセルが顔をしかめた。
「静かに。……と言うか、早すぎでしょう?」
む、むう。
急いだら、怒られちゃったよ。
「では、私に付いて来てください」
そう言ったエセルが、振り向き様に笑顔になった様な気がした。怖い。
その後、ニードルスとジーナを加えたわたしたちは、エセル先導の元、アルバートの部屋を目指して歩き出した。
エセルの背中を見詰めながら、わたしはもう1度、覚悟を決め直す。
わたしたちの夜は、そう簡単には終わりそうもありませんでしたとさ。




