第九十五話 馬車を降りる時
前回のあらすじ。
馬車揺れて 内臓揺れて 胸揺れぬ
自虐的なナニか。ウロです。
駅宿の度に馬を代えると言う信じられない様な無茶な旅は、通常、10日はかかるとされる道程を、半分の5日で走破すると言うアホ……偉業を成して見せたのでありました。
……その陰には、馬車酔いで死にかけているわたしたちの姿があるのですがなあ。
5日の内、駅宿に泊まる事が出来たのはたったの2日。
泊まったと言っても、夜更けに到着して夜明け前に出発の強行軍。世界は、ずっと揺れてましたが何か?
そんな状態だから、せっかくの食事は身体が全く受けつけてくれないし、無理矢理に食べてもすぐに大地へとお返ししちゃうアリサマ。
お腹の中がカラッポで、エクトプラズムでも出てきちゃいそうになった頃、馬車の外は、長く続いていた森を抜けて広大な農地へと姿を変えたのでありました。
「……やっとか。
さあ諸君、もう少しだぞ!」
荷台の後ろから外の様子を伺っていたアルバートが、疲れた笑顔でそう言った。
だけれど、それにちゃんと反応出来たのはエセルだけだったりですよ。
わたしはもちろんだけれど、ニードルスとジーナも、この時点では土気色の顔で荷台に転がっている様な状態。
元気に見えるアルバートでさえ、目を閉じて大きくため息を吐く事が多くなっている。
完全に元気なのは、御者のヘンニーとダムド。そして、エセルの3人だけですよ。
何なの、この人たち!?
変態? 変態なの!? などと。
それからしばらく、小走り位の速度を維持していた馬車は、いくつかの角を緩やかに曲がった所でゴトゴトと大きめの震動を立てながら停車した。
「それじゃあ旦那、俺たちはここで待ってるからな?」
「何かあったら、早目に報せてくれ。急には御免だぜ!?」
そう言ったヘンニーとダムドが、荷台から自分たちの荷物を下ろし始める。
「つ、着いたのですか?」
ゴワゴワの身体を起こしながら尋ねるわたしに、ヘンニーは軽く首を振った。
「まだだよ、嬢ちゃん。
嬢ちゃんたちの目的地は、あの丘の向こうだ」
「うわっ!」
ヘンニーが、わたしの手を取って引き起こしてくれた。
そのまま荷台から身を乗り出して、陽の光に目を細めながら馬車の外を確認する。
馬車は、どこかの村の中に入ったらしい。
ここは、宿屋さんの前かな? 2階建ての、それらしい建物が近くにある。
わたしは、改めてヘンニーの示してくれた方を見詰めた。
「……木?」
宿屋さんの前から伸びる土の道は、いくつかの建物の間を抜けて小高い丘へと続いている。
更にその先に、やたら大きな木の頭らしき物が見えた。
「あの木の下が、お前たちの目的地。ローウェル伯爵のお屋敷だ!」
一方の手を腰に、もう一方で手庇を作る伝統的なポーズのダムドが、ヘンニーの説明を補足した。
「……お2人は、一緒に行かないんですか?」
わたしがそう言うと、ヘンニーとダムドは顔を見合わせてから大きく笑い出した。
な、何?
わたし、何か変な事言った??
困惑するわたしに、エセルが苦笑いを浮かべながら口を開く。
「ウロ様。残念ながら、2人にはローウェル伯爵家に入る資格がありません。
平民の冒険者では、特別な理由でもなくては伯爵家の門をくぐる事は難しいのです!」
エセルの答えに、思わず目を丸くする。
マジですか!?
そりゃ確かに、冒険者なんて身元不明の輩感満載ですけれど。
……むう。
だけれと、考えてみれは当たり前なのかも。
ゲームだった頃は、システムやイベント等で制限されていない限り、基本的にどこだって行けたしどこだって入る事が出来た。
それが、貴族の館だろうとお城だろうと。
考えるまでも無く、現実なら普通にアウトな行動だよ!!
……あれ!?
もしかして、何も知らなかったとは言え、迂闊にお城にでも入ってた日には、あっと言う間に監獄住まいだったかも知れなかったのでは!?
そこにはきっと、GMじゃあなくって、本物の看守がいたりするのかな!? その前に、門番が止めてくれるかもだけれど。門番は癒し。
そんな、明らかに動揺しているだろうわたしに気づいたヘンニーとダムドが、笑いながらわたしの背中を叩いた。
「おいおい嬢ちゃん、そんな顔するなよ!? 嬢ちゃんだって、元冒険者だろうに。
それによ、貴族の館なんか招かれたって御免だぜ! なあ?」
「ああ、そうだ。
正面から入るのなんざ、性に合わねえ!」
「ぐえっ!
わわ、解ってますよ、それくらい!」
背中の衝撃にむせながら、モニョモニョと返事をする。……てゆーかダムド、ものスゴく不穏な発言だった様な気がするけれどどうでしょう。
「では、出発します。
ヘンニー、ダムド。何かあったら連絡するので、それまでここで待機。良いな?」
「はいよ、旦那!」
「腐る前に頼むぜ?」
エセルに応えて、ヘンニーとダムドが手を振った。
2人に見送られながら、馬車は御者をエセルに代えて再び動き出した。
さっき確認した、丘の向こうの木を目指してである。
幅広な道は、整備こそされていないけれど、しっかりと踏み締められているせいか通って来た悪路なんかより全然震動が少ない。
時折すれ違う荷馬車は、商人の物より農作業や作物等を積んだ物がほとんど。 通りに面した建物も、商店よりも民家の方が多い様に思えた。
「ここは、リブンフォートの村だ。
ローウェル領はなかなかに広大でな、そのほとんどが農地で、住民もほとんどが農夫なのだ」
外を眺めていたわたしに、アルバートが解説してくれた。
リブンフォートは、ローウェル伯爵領で唯一の村らしい。
とは言っても、土地がやたらと広大なのであちこちに小さな集落が点在しているのだとか。
ううむ。
何か、スゴい牧歌的なんですけれど。
ここって一応、国境的なナニかじゃないの??
その事をアルバートに質問すると、一瞬だけ真顔になってからニッコリと微笑んだ。
「その為に、方々に集落があるのではないか!」
……ううむ。
それってつまり、その辺に歩いてる村人が問題無く闘える人って事だよね!?
どうやら、ローウェル伯爵領の領民のほとんどが、戦闘訓練を受けている農夫で構成されているみたいだよ!
ファイターとファーマーのハイブリット。それがローウェル伯爵領の人々!!
ナニソレ、おっかない。
これ以降、すれ違う全ての村人が死線を潜り抜た古兵に見えたのはナイショである。ブルブル。
「そら、見えて来たぞ。
あれがローウェル伯爵邸だ!」
いつの間にか元気になっているアルバートが、御者席から外を覗きながら叫んだ。
「や、やっとですか」
「つ、着いたの?」
アルバートの声に、ニードルスとジーナがノソノソと起き上がった。
わたしも、御者席の隙間から外を覗き見る。
段階的に丘を登った先には、宿屋さんの前で見た巨木を有する大きな森が広がっていた。
その手前に、およそ貴族のお屋敷とは思えない様な、武骨な、まるで砦の様な建造物が鎮座していた。
程無くして、馬車は砦の前に停車した。
石造りの砦は、下から見上げると少しだけ圧迫感がある様な気がした。
石造りの壁の中央に、両開きの大きな扉があった。
内側からしか開かないだろう造りが、ますます砦かお城を思わせる。
「アルバート・タヴィルスタンである。
先着の母を見舞いに参った。開門願おう!」
エセルの隣に移動したアルバートが、門に向かって声を張り上げた。全然元気でビビる。
「おお、これはアルバート殿下。お待ちしておりましたぞ!
殿下のお着きだ。開門!!」
アルバートに答えて、門兵も声を張り上げる。……殿下、殿下だよ確かに。王子様だもんね。
ギッギギギギ……
木製の大扉が、低くて重い軋みを上げて左右へと開いて行った。
その分厚さに少しだけひく。
「うわーっ、綺麗!!」
感嘆の声を上げたのは、ジーナだった。
分厚い扉の先に見えたのは、武骨な外見からは想像出来ない程の手入れの行き届いた庭園だった。
刈り込まれた、鮮やかな緑の芝生や低木、様々な花の咲く花壇。
いくつもの彫像の立ち並ぶ奥には、大きな池が陽の光に輝いている。
その中央に、整備された長い石畳の道が伸びており、遥か向こうに大きなお屋敷があった。
門から、優に10分位は進んだだろうか。
わたしたちの乗った馬車は、ようやく、お屋敷の前までやって来ました。
こうして、わたしたちの馬車の旅はようやく終了したのでありましたよ。はふう。
「じ、地面。揺れないヤツ!」
ヘロヘロと、こぼれ落ちるみたいに馬車を降りるわたしたち。
荷物を下ろそうと振り返ると、すでに数人の使用人な方々の手によって運ばれて行く途中だった。
わたしの鞄を手にした人だけ、軽すぎてやたらと小首を傾げておりましたがなあ。
「お帰りなさいませ、殿下」
不意に、わたしたちの後ろから落ち着いた男性の声が響いた。
振り返ったそこには、背の高い、少しだけお腹の出ている老紳士の姿があった。
いつか見た、クルーエル子爵様付のアルルさんより歳上だろうか?
目を伏せて、左胸に右手を当てる形で会釈をしている老紳士は、執事に違いありますまい!
「チェスター、久しぶりだな!
早速で悪いのだが……」
「はい、すでに手配済みでございます」
「さすがはチェスター!」
チェスターと呼ばれた老紳士は、アルバートとそんな様な会話をしてからこちらに向き直った。
「紹介しよう、彼はチェスター・コールマン。
ローウェル伯爵家の執事だ。
チェスター、エセルは知っているな?
彼ら3人は……」
アルバートからチェスターに、わたしたち3人の紹介がされた。
アルバートは、わたしたちを『友人』と言った事で、チェスターは、ほんの一瞬だけ目をカッと見開いた。
「ようこそお越しくださいました。
皆様には、これより湯浴みをして旅の疲れを癒して頂きたく存じます。
夕食会は、その後で!」
「さあ、行くぞ。
チェスター、ニードルスを案内してやってくれ。ウロとジーナは、メイドが案内してくれるだろう。
私は、先に様子を見て来る。エセル!」
「はい、アルバート様!」
矢継ぎ早に、次々と話が決まって行く中、頭の回らないわたしたちは、口をパクパクさせながら流される様にお屋敷の中へと連れられて行きました。
メイドさんたちに、あっと言う間に制服を剥かれてお湯を染み込まされてジャブジャブ洗われて何か香油的な物をすり込まれてドレスで包まれたら出来上がり!
わたしたちに、プライバシーなんて物は無いらしいですよ。
荷物も開けられてるし。セキュリティー的なナニか??
わたしとジーナは、ずっとキャーキャー言ってるだけだった気がするし、メイドさんたちは、何やら大ハリキリで超絶楽しそうに、わたしたちをデコレーションしてた気がしますよ。
「お若い娘さんのお世話は、私たち初めてでございますので。オホホホホッ!」
そう言って、わたしとあまり歳の変わらないだろうメイドさんたちは笑っていた。
それはそうと、今、わたしは非常に危機的状態にあるのですがなあ!?
ジーナは自前のドレスだけれど、わたしはお屋敷にあっただろう誰かのドレスを着ております。理由は……。
「申し訳ございません。
ジーナ様のお荷物は開けられたのですが、ウロ様のお荷物は空っぽでしたので……」
ですよね、でしたよね。
わたしの鞄は、わたし以外が開けた場合、何故かカラッポになってしまって、アイテムを取り出す事が出来ない仕様らしいのですよ。
なもんで、慌てたメイドさんたちは、急遽、見繕ったドレスで間に合わせたみたいなのですが。
お陰で、コルセットで締め付けられたわたしの身体は、ウエストはキツキツなのに胸はガバガバと言う羞恥プレイ。てゆーか、拷問状態。
コルセットによるスリップダメージで、息をするのも大変なありさまで……。
「う、ウロさん!?」
ジーナの悲痛な声が、耳に聞こえた様な気がしたけれど。気のせいだったかも?
わたしの意識は、いつの間にか、真っ暗な中へと吸い込まれて行くのでありましたとさ。




