第九十四話 わごん・しっく!!
前回のあらすじ。
召喚士なのに召喚されてみた。と思ったら強制連行だった! 日常とは何か。
ハイリアの東は、わたしにはあまり馴染みの無い場所だ。
整備された街道は短くって、すぐに細くて荒れた道へと変わってしまう。
それもまた、深い森に飲み込まれてしまうし、その先は断崖絶壁で、下は荒れ狂う波と寒風の吹く冷たい海になっている。
魔物の出現ポイントが近い為、レベル上げ狩り場としてはあまり魅力的なエリアじゃないし、ダンジョン等もあるにはあるけれど、これと言ったアイテムがある訳じゃあないのにやたら複雑で、その上、罠が多くていやらしい造りになっていた。
たまに、ダンジョンの最深部をチャットルームにしているだいぶアレなプレイヤーがいる以外には、エリア内でプレイヤー検索しても誰も見当たらないのが普通の、不毛な場所だったゲームの頃の記憶。
そんなエリアを、今、わたしたちを乗せた馬車が〝おい、ふざけんな!〟と、怒鳴りたくなる様なスピードで駆け抜けております。なう。
……実際に怒鳴ったら、絶対に舌を噛みますよ? 余裕で。などと。
「おい、アルバート。
この馬車は一体、どこへ向かっているんだ?」
聞きやすく補正をかけてますが、実際には超絶スクラッチ状態のニードルスが叫んだ。
「すまん、もう少しだけ待ってくれ。
今は、出来るだけ街を離れたいんだ!」
同じ様な状態のアルバートが、幌から後ろを気にしつつ叫ぶ。
そんなものだから、御者席の後ろから外の様子を見ているエセルには、当たり前だけれど質問なんて出来やしない。
何より、わたしとジーナはお互いがお互いにしがみついて、下の固いトランポリンみたいな馬車の中で奇声を発するのが精一杯だった。
……ハイリアを出発して、たぶん30分位経った頃。
わたしたちを乗せた馬車は、森を大きく迂回した街道の終わり付近で、ようやくスピードを緩め始めた。
「ここまで来れば、とりあえずは大丈夫だろう」
「おい、旦那方。ちゃんと生きてるか?」
御者席から、ヘンニーとダムドが幌の中を覗き込む。
「ああ、問題無い!」
軽くうなずきながら、エセルが答えた。
いやいやいやいや!
全っっ然、大丈夫じゃないからね!?
エセルは涼しい顔をしているけれど、わたしとジーナは身体中バッキバキだからね!?
そんな感じに文句の1つも言ってやりたいのだけれど、早くも馬車酔いでだいぶダメまっているわたしです。
「う、ウプッ。
ちょ、ちょっと降ります。
馬車を止めてください!」
そう言ったわたしに、エセルが目を丸くした。
「何を言っているのですか、ウロ様。
こんな所で、馬車を止める訳には参りません!」
「済まないな、ウロくん。
どうしても、陽のある内に駅宿に着いておきたいのだ!」
エセルに続いて、アルバートが答えた。
……うう。
何となく、そんな気はしてたんですけれどね。
それに、わたしの知ってるエリアなら駅宿なんて無かったし。さっきの街道だって、森を迂回してたし。
わたしの知識とは、ずいぶんと違った感じになっいてると思われます。
「……で、アルバート。
この馬車の終点は、一体、何処なんだ?」
明らかに顔色の悪いニードルスが、平静を保ちつつ口を開いた。隣に固定されている木箱が無ければ、あっと言う間に荷台にへばり付きそうだけれど。
「……解った。
そろそろ、話しておこう。
この馬車は、ハイリアの東の辺境地へ向かっている。
目指しているのは、そこを治めるローウェル伯爵の所だ」
そう言って、アルバートはその場にストンと腰を下ろした。
「……ローウェル伯爵。
アルバート、つまりこの馬車は、君の故郷へ向かっていると言う事だな?」
身体を起こしながら、ニードルスが質問する。
だけれど、アルバートはその質問に首をゆっくりと横に振って見せた。
「確かに、私は君たちに〝ローウェル〟と名乗った。
だがこれは、入学の際の混乱を防ぐ為に、私の母の名字を名乗ったのだ。
私の本当の名字は〝タヴィルスタン〟。
私の名は、アルバート・タヴィルスタン。この国の第9王子だ!」
ここまで言って、アルバートは小さくため息を吐いた。
衝撃の告白に、ニードルスとジーナが目をカッと見開いて固まってしまった。
一方、わたしは〝うん、知ってた〟状態だよ。
てゆーか、やっぱり王子様だったんだ。
エセルの羊皮紙にあった文言を見た時、わたしの中で〝たぶんそうだけれど、違うと良いなあ〟と言う思いが現れたのだけれど。
だって、王族がらみのミッションとかクエストって、後々、スゲー大変な事になる気がするゲーマー気質ですがどうでしょう?
もちろん、わたしの知ってる限り〝第9王子〟なんていなかったし、これから向かうローウェル伯爵領なんて無かった。
だから、必ずしも大変な事になるとは限らない! ……とか思った希望的観測。
「皆様。
急を要したとは言え、手荒な真似をしました事、深くお詫び申し上げます。
この件が済み次第、どの様な罰てもお受け致しますので。それまでは、どうか……」
少しだけ続いた沈黙の中、突然、エセルがその場にひざまずいた。
揺れる馬車の中なのに、プルプルと肩を震わせる姿がとてもとても印象的だった。
「エセル、お前は私の命令に従っただけに過ぎない。悪いのは私だ。
全てが済み次第、皆には改めて謝罪する。
今はどうか、私に力を貸して欲しい!!」
「あ、アルバート様……」
震えるエセルの肩に手をかけて、目を伏せたアルバートと、その顔を今にも泣き出しそうな瞳で見詰めるエセル。
……なんだろう。
別に怒ってはいなかったけれど、今、一瞬だけイラッとした。
その一方で、疲れて項垂れていたジーナの顔に喜色が戻ってたり。
カオス。
「アルバート、私たちは別に怒ってなどいない。
ただ、何か頼み事があるなら隠さずに話して欲しかった」
「そうですよ、アルバートさ……ん。
あたしたち、仲間なんだから!」
真っ直ぐにアルバートを見詰めて話すニードルスと、少しだけ呼び方に迷ったジーナ。
イロイロと思う所はあるのだろうけれど、2人の言う通りだよ。
「アルバートくん。
ニードルスくんやジーナちゃんの言う通りだよ?
わたしたち、怒ってないし怒る必要ないし。
ただ、ちょっぴりばかりビックリしちゃったから、事前に相談してほしかったかなあ」
「……ありがとう、皆」
わたしたちの言葉に、アルバートはうんうんとうなずきながら、少しだけ震える声で答えた。
「では、話をしよう。エセル!」
「はい! アルバート様。
それでは、詳しいお話をさせて頂きます。
先程も申しました通り、私たちの目指すのはハイリム王国の遥か東の地、ローウェル伯爵領です」
アルバートに促され、気を引き締め直しただろうエセルが詳しい説明を始めた。
ハイリム王国の東にある辺境地、そこを治めているのがローウェル伯爵家である。
西の果てから大陸を横切る様にそびえるケティム山脈は、ハイリム王国の北にあるダングルド山より更に高くて険しい。ダングルド山は、ケティム山脈のほんの一部みたいな物である。
ハイリム王国では、ケティム山脈を〝北の壁〟と称しており、そのお陰でハイリム王国の北は国境要らずである。
ハイリム王国の遥か西は、中立地である自由都市グレイヒルズがある為に国境は必要無いのだけれど、東の辺境地はそう言う訳にはいかない。
東の辺境地はケティム山脈の終わりに位置しており、商人たちでも山越えは比較的難しくないらしい。
だからと言って、敵が必ずしも攻めて来る訳ではないのだけれど。放置する事も出来ない訳で。
そんな地を、ローウェル伯爵家は何代にも渡って警護しているのだとか。
……もしかして、国境警備とかするのかな?
そんな事を考えておりますと、アルバートがポツリと呟いた。
「私の母が、少々、厄介な病にかかってしまってな……」
アルバートの母であるラヴィニア・ローウェルは、17歳の時に王家へ嫁ぎ、19歳の時にアルバートを産んだのだとか。
そして、アルバートが10歳の時、ある病気にかかってしまったのだと言う。その病気とは……。
「その病は、〝人形病〟と言うのだ」
アルバートの口から話される人形病は、内容的にはレティ先生の説明と同じなのだけれど、思う所が多いせいだろうか、かなり悲痛な物に感じられた。
しかし、問題はそこじゃあないよ。
「皆は知らないかもしれんが、人形病の者は国で管理される事になる。
それは、身分に関係なく。
場合によっては、即刻、処分される事もあるのだ。
私は、それが許せなかった!
私が魔法学院に入学したのも、人形病を治す為の魔法を見つけるのが目的だったのだよ」
そう語ったアルバートは、小さくため息を吐いた。
その後、アルバートは人形病を治療する魔法を探したのだけれど、結果はわたしの知るソレだったみたいだよ。
「じ、じゃあ、アルバートさんのお母さんは!?」
ジーナが、ややうわずった様な声を上げる。
「心配してくれるのだな、ジーナくん。
だが、大丈夫だ。……まだな」
困った様な笑顔で、アルバートが答えた。
……まだって??
「残念ながら、私の母は心を閉ざしてしまった。
だから、私は母を故郷に移す事にしたのだ!」
どうやら、アルバートのお母さんは第4段階まで進んじゃってるみたいだよ。
んで、アルバートは苦肉の策として、お母さんを故郷であるローウェル伯爵領に送ったらしい。
んん?
でも、それってマズイんじゃないのかな?
「あ、アルバート。
それでは、私たちは……!?」
「ああ、そうだ。
王宮には派閥があってな。
私みたいな王位継承権下位の者でも、面倒は事欠かんのだ。
つまり、逃走だ!!」
ニードルスに答えたアルバートは、グッと親指を立てた。
いやいや、サムズアップじゃないよ!
何、お城のゴタゴタに一般魔法使いを巻き込んでるのよ!?
「……アルバート様は、あの様に明るく振る舞われていますが。お心内は、決して穏やかではありません。
それに、皆様をお連れする事を提案したのは私なのです」
アルバートとニードルスがイチャついている横で、真顔のエセルが、わたしに話しかけて来てビビッた。
てゆーか、何でわたし? とか思ったのだけれど、ジーナはアルバートとニードルスのイチャコラをウットリ眺めていてだいぶガッカリだわよ。
「ど、どゆ事ですか?」
わたしの問いに、エセルは神妙な顔つきになる。
「先程、アルバート様がおっしゃった事は全て事実です。
その上で、まだお話が残っております」
エセルの話しによると、アルバートがまだエセルと出会う前の事。
アルバートは、お母さんと一緒にローウェル家へ行った事があったらしい。
その際、何かの拍子に怪我をしたのだけれど、アルバートのお母さんは、何故かアルバートを連れて屋敷の裏手にある森の中へと入って行った。
そこで何があったのかは記憶に無いが、怪我は跡形も無く治ってしまったと言うのである。
「夢ではなく、紛れもない現実であるとアルバート様はおっしゃいました。
ならば私は、皆様がご一緒の方が良いと考えたのです。
魔法や妖などであったなら、私の剣では届かなぬ事もございますから……」
そう言ってエセルは、エセルとは思えない優しい微笑みでアルバートを見詰めた。
む、むう。
何やら、不思議なお話だったけれど。
でも、頼られて悪い気はしないのも本当のココロ。
「そ、そうですか。
お役に立てるなら、わたしは構いませんけれど?」
「ありがとうございます、ウロ様!」
よ、よせやい!!
真っ直ぐな瞳で頭を下げるエセルに、何だかムズムズする。
「話しは済んだかい?
じゃあ、また走るぜ。危ないから、しっかり掴まっててくれよ!」
「ああ、行け!」
突然、荷台の中にヘンニーの声が響いた。
間髪を入れず、エセルがそれに返答する。
「えっ? ちょっ、ギニャー!!」
悪路を爆走する馬車、再び。
思い出した様に、馬車酔いがわたしに覆い被さる不具合ですよ。
そのお陰で、わたしたちの馬車は、まだ陽のある内に駅宿へとたどり着いたのでありました。
馬車が止まってからも、ずっと震度1か2位の揺れが続いてるみたいな何かに包まれていますがなあ。
わたし程ではないにしろ、ニードルスやジーナ、アルバートもだいぶまいってる様子だった。
「う、うう。
や、やっと、休めるぅうう」
そう言いつつ馬車を降りようとしたわたしの襟を、誰かがガシッと掴んだ。
「降りなくても平気ですよ、ウロ様。
馬を代え次第、すぐに出発致しますから。
どうだ、ダムド?」
「ああ、旦那。
年寄りだが、良い馬だ。
朝までには、次の駅宿に着けるだろうぜ!?」
エセルに答えるダムドの声が、悪い冗談にしか聞こえない。
「う、ウソでしょ? ねえ、ウソだよね!?」
「済まない、ウロくん。
追われる危険があるのもそうだが、私たちには時間が無いのだ!」
そう言って、疲れた顔で笑顔を作るアルバート。
ニードルスとジーナは、もう動かなくなっちゃってる。
「だ、誰か、助けてぇ!!」
力無く、声にならない悲鳴が夕暮れの空に消えて行く。
こうして、わたしたちの強行軍は、通常10日で行く道程を半分の5日で走破する事になるのでありました。
その代償は、計り知れないのですがなあ。ぎゃふん。




