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好きになること。

「好きでいること。」の男の子視点の話になります。同時に女の子視点のそちらもどうぞ。

冬のひだまりが、初めて経験したときのあのぬくもりに似ている気がする。そんなことをふと思ったのは、薄っぺらいアパートの窓越しに伝わってくる日向の感触をぼうっと眺めているときだった。そのとき僕は、他の家族が出かけて行ったあとの、閑散としたベランダの前で、仰向けになりながらスマートフォンの着信履歴を眺めていた。

着信履歴を上から下にスクロールして行って、アドレス帳に登録された名前を眺めているけれど、その名前はほとんど一人の名前に集中していた。喜久田陽麻里。僕のまだ未完成な人生の中で出来た、初めての恋人になる。

名前に含まれる陽のひかりみたいに爛漫とした子で、冬の寒空が近づいていたあの時期に、未だに彼女から告白されたのが信じられずにいない。シミだらけの壁に引っかかったカレンダーを仰向けのまま捲り、先月で付き合い始めてから1年が経ったことを知ると、声の出ない笑みがこぼれ落ちそうになった。気付けば今は、彼女がどんなことを考えているんだろうかとか、どんな表情をしているかなんてことばかりを考えていて、日を追うごとに恋をしていく自分に驚きすらする。

寝返りを打ち、スマートフォンの電源を落とす。目線の先の襖の隙間から、ハンガーにかかった学生服と、そこにいつもかかっているはずのマフラーが無いことに今更気付いた。そのときに、僕は一瞬にしてそのマフラーの在り処を理解する。


「寒くなったね」

金曜日の放課後を迎えて、防寒具の一式を忘れ登校してきた陽麻里を尻目に、僕は帰路を彼女と歩いていた。どうやら今朝ギリギリで学校に駆け込んできたらしく、何か他にもたついていたら遅刻確定のレベルには急いでいたらしい。いつも頭にすっぽりと埋まるベージュのニット帽や、猫のてのひらみたいな手袋や、明るい色のマフラーがない彼女の姿は、いつも以上に小柄に見えた。

「寝坊なんてするからだよ」

「返す言葉もございません……」

朝礼のときみたいに彼女はこうべを垂れる。

「ほら」

僕は自分の首に巻かれていたマフラーを外して、彼女の首元に引っ掛けて緩めに巻き直した。一瞬だけきょとんとした彼女が、すぐにむずかゆそうな表情を見せる。けれどそのあとすぐに彼女が上目遣いで機微な笑みを見せ、マフラーを巻いていた手先が少しとぎまぎしてしまった。

「にへへ……あったかいなあ」

彼女は口元をマフラーに埋め、赤く腫れたように見える指先を、マフラーの中に巻き込んだ。そこで急に、彼女の唇が僕のマフラーに触れていることに気づいて、喉の奥のリズムが足早になっていくのが分かった。

「奏太くんの匂いがする」

「……まあ、そりゃあ」

妙なほぐれ方になりそうな表情を抑えて、彼女の方から目を背ける。あれ、どうしたの、と声をかけられるけど、僕は何も言わなかった。背中越しに浮かんだ彼女の表情が悪戯な笑顔に思えてきて、振り向くより先に彼女の声が飛んできた。

「照れてるの? 奏太くん」

照れてないよ。

「嘘ばっかりー、照れてる奏太くんなんて珍しいなあ」

うっさい。

「あ、ちょっとそれ傷付くかも」

ごめ……

「謝るなら、わたしの手、あっためて?」

振り向いた先のマフラーを巻いた彼女は、紅潮した頬と同じくらいに色付いた右手を、僕の前に向ける。僕は唇を少しだけ噛み、彼女の手を取った。寒空が広がりつつある町にずっと露呈されていた彼女の手は氷水につけた後みたいにすっかり冷え切っていて、急激に僕の体温を奪っていく。けれど、その芯からは、彼女元来の暖かさと、言われもない恥ずかしさと照れ、そして機微な安らぎがあって、絡み合う指が外れなければいいと思っていた。

「今度からはさ、手袋忘れないようにしなよ?」

「うん、でも今はもちょっと……」

僕は無言で頷く。結局僕の意思が伝わったかどうかはわからなかったけれど、そのまま彼女を家まで送るまで、僕らはずっと手を繋いでいた。マフラーは多分その時に、彼女の首に巻いたままだった。


思い出してみると、指先にまだ彼女の体温が残っていて、同時に無性に彼女の顔を見たくなった。理由はあまり考えなかった。自然に彼女に恋をして、好きになった深い理由がないのと、似ている気がしたからだ。

おもむろに立ち上がり、身支度を整えようとしたところで、インターフォンの音に気付き、慌ただしい足取りで玄関の方へ駆け出す。冷え切った足をサンダルに滑り込ませて、いつもより重々しく感じる扉を押した。

「どうしたのいきなり」

扉を開けた向こうには、紫色のセーターとロングスカートが印象的な私服姿の彼女がひだまりみたいな自然な笑顔を向けて立っていて、思わず僕は拍子抜けした声を上げてしまう。そのあとに、彼女は首に巻かれていたマフラーを解いて、僕の胸に押し当てるように手を向けた。

「忘れもの、届けに来たの」

ああ、と平常心を保てない内面を隠すように端的な言葉を返し、いつも使う僕のマフラーを受け取ろうとすると、そのままマフラーにくっつくように彼女の小さなぬいぐるみみたいな柔らかな身体が僕の胸元に飛び込んで来て、一瞬理解に遅れる。

「……ほんとは、ちょっと会いたくなったから」

ふわふわした髪と彼女の質量に心音を高鳴らせ、咄嗟に堪らなく愛おしくなった感情を落ち着けて、僕は彼女の頭に指を回す。そのまま腕をストロークさせて行って、すっぽりと胸元に彼女を収めた。

「甘えん坊になったね」

僕は思わず、苦笑ぎみに言う。マフラーがない彼女の首元や頭、僕の胸を撫でる手には冬を感じさせる冷たさはほとんど無く、ひだまりの名前を持った彼女らしい優しいぬくもりがじわじわと広がりつつあった。

「僕も、ちょこっと会いたかった」

「なんで?」

「理由なんていらないでしょ?」

好きになってから、何回も君に恋をしてきたから。

ただ好きになるだけの感情にはきっと、理由はいらないはずだから。

久々に男女両主人公からの視点で書いてみました。

いやあ… 書いてて恥ずかしくなるシーン多いなあと(笑)

お読みいただき、ありがとうございました。

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