【7】寄せる想い・4
読みにくい方もいるかと思い、少し改行を多くしました。
「週に一回治療の必要な病気って、何だと思う?」
日本史の授業中、不意に省吾は前に座っている愛香に声を掛けた。背中の肩甲骨をシャーペンの後で突くと、ビクリと背を仰け反らせてから彼女は小さく振り向いた。
「ちょっと、ぴっくりするでしょ」
「なあ、何だと思う?」
愛香は少々眉を寄せて「何が?」
「だから、週に一度は集中的に治療の必要な病気さ」
「知らないよそんな事」
彼女は思い直したように、少しだけ身体を後にそらして
「誰か病気なの?」
「ああ。まあな」
「もしかして、あの娘?」
省吾はそれには応えなかった。しかし、それが答だ。
「症状とかは見えるの?」
「症状?」
「顔色が何時も悪いとか、咳き込んだり時々血を吐くとか、身体に痣があるとか」
「か、身体なんてまだ判んないよ」
省吾は慌てて返す。
「バカね。変な意味じゃなくて、手足とかは?」
「別に、何にも異常はないな。血を吐いたら判るだろうし」
省吾も机に前のめりになって、出来る限り小声で言った。
教師はひたすら黒板に向ってカツカツとチョークを打ち付けて文字を書きながら、何かを喋っている。
とりあえず真面目にノートを取る連中も多いが、ここそこで時折小声が舞っている。
「どうして週に一度治療してるって判るの?」
「彼女がそう言ってたんだ」
「ふんん。彼女と上手くいってるんだ」
愛香は小さく頷くと
「お父さんに思い当たる事訊いてみるけど、あんまり期待しないでね」
愛香はふわりと髪の毛を振って、前に向き直る。
「ああ、サンキュウ」
省吾は愛香の肩をシャーペンでポンッと叩いた。
それほど強い風は感じないが、上空の雲はやけに速いスピードで流れていた。
この日省吾は、学校帰りに乗り込んだ電車で英美に会う。
彼女は桜台に住んでいて、澪とは中学から一緒なのだそうだ。
「今日は? 澪と一緒じゃないの?」
「えっ、うん」
英美は少し俯いて応えた。
この前の陽気な彼女とは少し違っているのは、相棒がいないせいか。
「あ、運動会のなんとか?」
澪はいちいち全ての予定を省吾に伝えるわけではないし、彼も細かく訊いたりしない。
本当は帰る時間くらい訊いて当たり前なのだろうが、毎回訊くのもどうかと思ってしまう。
英美は小さく小首を横に振ると
「今日は検査があるからって、5時間目が終わると帰ったの」
澪の行動は、未だに把握できない事が多い。
しかし、他人の自分に通院の予定まで全て話せとも、もちろん言えるわけが無かった。
「そ、そうか……よく早退するの?」
「たまによ。でも週に一度はするかも……」
そう言えば、先週も一緒に帰らない日があった。その前の週は無かった。
彼は、澪に会えない日があっても、いちいちその理由を訊いたりしない。もちろん、土曜日の件のように、時々は訊くが。
それは付き合っている確信が持てないからであって、決して省吾自信気にならないわけではない。むしろ気になって仕方がないけど訊けない。そんなところだ。
省吾は少し考えてから、英美の顔色を伺うように
「澪の病気って、何か知ってる?」
英美はスッと眉を潜めて、瞳を曇らせた。
「なんか、血液の病気だって……」
「血液? まさか、白血病……とか?」
省吾は平静を装ったが、内心は血の気が引く思いだった。白血病といえば、不治の病であまりにも有名だ。
しかし、英美は首を横に振る。
「よくは知らないけど、違うと思う。聞いた事のない名前で言ってたから」
「澪が自分で言ったの?」
「うん。でも、ショウくんにはあまり知られたくないって。あたしにもあまり話さないし」
英美の話し難そうな態度はそう言う事だったのだ。
澪と付き合っていればその不可解な部分を自然と知ることになる。友達の自分に、省吾から質問が来る事を英美は予測していたのかもしれない。
「ああ、大丈夫。英美から聞いた事は忘れるから」
省吾はムリに笑顔を作ると
「で? 何て病気?」
「あたしもよく覚えてなくて。滅多に病気の話はしないから。でも、かなり前に澪が『あたしは生きる為に、週に一度死ぬんだよ』て言ってた」
「生きる為に死ぬ? 週に一度?」
英美は省吾の問いかけにただ頷く。
省吾は益々判らなくなり困惑の笑みを深めて、英美を見つめていた。
プシュゥ。というコンプレッサーの音と共に車両のドアが開いた。周囲の動く人波に沿って外を見ると、彼の降りる駅だった。
とりあえず英美に手を上げて電車を降りた省吾だったが、何だか判らない靄に包まれたような思いで、走り去る電車の影を見つめていた。