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【33】訳あり

「ちょっと待って」

 省吾は澪にそう言って、駅とは反対方向に歩き出した。

「どうしたの?」

 澪は怪訝な笑みを浮かべて、それでも省吾について歩くと、彼は前方の工事現場を目指している。

 その先で作業をする妙に背の高い男を目指して、省吾は足を速めた。澪も遅れを取らないように小走りになる。

「ねえ、何? どうしたの?」

 澪は彼が一心に見つめる方向を見て「あっ」と小さな声を出す。

「裕也」

 省吾は工事中の低い柵越しに名前を呼んだ。

 作業服に身を包み、安全第一と書かれた黄色いヘルメットをかぶって忙しく動き回る長身の男は正しく裕也だった。

「なんだよ、こんな所に」

 裕也はそう言って片手を軽く上げると、あまり見られたくはなさそうな様子で苦笑する。

「おまえこそ、こんな所で何やってんだ」

 省吾が声を大きく言った。

 舗装を砕く機械の音が、急に轟きだしたからだった。

「ちょっとな、バイト」

 裕也は再び苦笑して見せると「今ちょっと手が離せないからさ」

 そう言って小走りに資材に駆け寄って行った。



「裕也くん、アルバイト始めたんだね」

「あ、ああ。そうみたいだ」

 駅までの途中、澪に言われて省吾は軽く頷いた。

 ……しかしおかしい。アルバイトと言っても、他にいくらでも在りそうなものをどうして工事現場で働く必要があるのか。

 想像できるのは一つ。即金で稼ぎたいからだ。ああいう所は日払いか週払いで給料がもらえる事が多い。

 しかし、学校が休みの期間ならわかるがどうしてこんなハンパな時期にあんな重労働をするのか……

 省吾は澪と何気ない会話を交わしながらも、帰りはずっとそんな事を考えていた。



 翌日省吾は、真琴に頼まれたお金を愛香に渡す。

「ああ、真琴から電話があった」

「神出鬼没な奴だよな。あの娘」

「そうだよ。何処で逢うか判んないから、ショウも気をつけた方がいいかもね」

 愛香はそう言って、省吾からお金を受け取る。

「べ、別に俺は何処で誰に会ってもやましい事はないよ」

 それは本当の事なのに、何故かおかしな動揺に包まれる。

「ナニナニ、愛香、省吾の愛人にでもなったの」

 省吾からお金を受け取る愛香の姿を見た陽子が、興味に満ちた笑顔で近づいて来た。

「冗談やめてよ、この百倍は必要だっての」

 愛香も笑って返す。

 省吾が少し驚いた顔で「そんな高いの?」

「当たり前じゃん」

 愛香は省吾に悪戯っぽい視線を返すと

「でも、特別半額にしてあげてもいいけどね」

 省吾は「ハイハイ」と肩をすくめると、愛香の相手は陽子に任せて自分の席に戻る。



 その日も裕也が学校へ来たのは三時間目が終わってからだった。

 担任には最近体調がよくないと伝えてあるらしい。もちろん、工事現場であくせく力仕事に追われてるくらいだからウソに決まっている。

 おそらく夜遅い時間まで重労働を強いられるから、翌朝起きられないのだ。

 彼は結局昼休みまで爆睡を決め込んで、腹が減ったのか昼休みのチャイムでようやく目を覚ました。

「お前、なんであんな所でバイトしてんだ? あれが彼女と関係してるのか?」

 省吾は裕也が目を覚ましたので、一緒に購買へ行きながら話した。

「ああ、ちょっとな」

「何だよ、サラ金とかじゃないだろうな」

「いや、そうじゃない」


 

 久しぶりの屋上で、省吾と裕也が購買で買ったパンを齧る。

 直接受ける風はだいぶ肌寒くなって、思わず手すりの陰で風を防いだ。

 裕也は、友恵の事を簡単に話した。

 お互いにあまり付き合っている女性の事を訊かないし、自分からも話さない。本命の女の事は尚更そうなのが、何時の間にか出来た二人の考え方だった。

 もちろん、遊び半分の異性の話で盛り上がる事は多々あるし、誰々の噂話などもする。

 だから、裕也が自分の彼女の事を、全てではなくとも省吾に話すのも珍しい事で、さすがに難問を抱えている事は省吾にも直ぐに理解できた。

「そうか、苦労人の彼女なんだな」

 省吾は金持ちの澪と付き合う自分が、何だか後ろめたく感じた。

「お前、身体大丈夫なのか?」

「俺は、大丈夫さ。丈夫がとりえだからな」

 そう言って笑う裕也の背中を、省吾は拳で軽く叩いた。




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