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【32】不審な行動

「実はあたし、今困ってて……」

 布団を肩まで引き上げた友恵ともえが言った。

「なに? 俺に出来る事なら力になるけど」

 裕也は、高校生とは思えないセリフだなと自分でも思いながら、そんな言葉を声に出して言った。

「本当に?」

「あ、ああ。俺に出来るならね」

 確認するような彼女の笑みに、裕也は少しだけ声のトーンを下げた。

 川島友恵は裕也が半月ほど前から付き合っている専門学校生で、彼女は彼よりも二つ年上だ。それでも小柄な友恵と並ぶと、背の高い裕也は、とても高校生には見えなかった。

「実は、学費が足りなくてさ……」

「仕送りとか、貰ってないの?」

「学校の分だけね。でもここの家賃とかは全部バイト代で払っていて……」

 実家が群馬にある友恵は、上京して一人暮らしをしている。

「ほら、服飾の学校って教材にけっこうお金掛かるから、急に必要になったモノとか買う余裕はなくて、先月分の家賃が未払いのままでさ」

 友恵はそう言ってベッドに起き上がると、少し俯いて見せた。

「いくら?」

「ここの家賃丸々だから、六万円」

「六万かあ」

 そう言って裕也も起き上がったが、彼女はそれに被せるように

「そ、それと……今月分もマズイんだ」

「今月も?」

「夏休みの課題に使った教材がけっこう在って、そのしわ寄せがけっこう来ててね」

「全部で十二万?」

 裕也は小さく息をついて再び枕に頭を乗せる。

 友恵はその彼の胸に頬を着けると

「あたし、ヘルスにでも行こうかな」

「だ、ダメだよ。そんなの」

 友恵は新宿の小さなクラブでホステスをしている。

「でも、裕也にはお金のこと無理でしょ。ウチの実家、商売が上手く行って無くて、これ以上お金の事は言えないし……」

「何とか考えるさ」

 裕也は白い天井に嵌め込まれた照明器具を見つめて、呟くように言った。





「ねえ、裕也は今日も休み?」

 朝の教室で、愛香が省吾に声を掛けた。

「ああ、メールが来た。今日は午後から来れたら来るって」

「先生になんて言うの?」

「具合がよくなったら来るって伝えるさ」

 省吾は担任教師にもそう伝えた。

 裕也は中間考査が終わった翌日から学校を休んで三日になる。メールが来るという事は元気なのだろうが、いったい何が理由で休んでいるのか、それが風邪で無い事は確かだと判っているだけに省吾も心配だった。

「よう」

 その日の昼休みに入って直ぐ、裕也は教室に顔を出した。

「よう、じゃねぇって。お前何やってんの?」

 机に鞄を置く彼に、省吾が歩み寄る。

「いや、ちょっとな」

 裕也は苦笑しながらそう言って「ふう」と息をついて自分の椅子に腰掛けた。

 何だか異様に疲れている様子の彼を、省吾は見下ろした。

「ちょっとって?」

「まあ、いいじゃん。野暮用だよ」

「あの専門学校生の娘か?」

「まあ、当たらずも遠からず」

 裕也はそう言って笑うと

「でもな、別に彼女に会ってて学校休んだ訳じゃないぜ」

 彼の妙にくたびれた様子に、省吾も何か他の理由がある事は察した。

「でもお前、あんまりサボると単位がやべぇぞ」

「だからこうやって来たんだろ。リーダーはギリギリだからな」

 裕也は途中で買ってきたらしい菓子パンを齧ると、缶コーヒーのプルタブを小気味よい音をたてて引いた。



 その日の帰り、省吾はハンズへ行きたいという澪に付き合って池袋へ出た。

 裕也は午後の授業中ずっと机に突っ伏して寝ていたかと思うと、ホームルーム終了と同時に帰って言った。

 ハンズから出た時には陽の光は何処にも無くて、そこには夜の光と共に昼間とは違う喧騒が広がっている。

「あら、あんた」

 背中から声が聞こえて、省吾は澪と一緒に振り返った。

「ああ、いいところで会ったわ。これ愛香に返しとってくれる。週末あたしの方で用事が出来てな、愛香には伝えてあんねんけど、ちょうどよかったわ」

 真琴はそう言って、素で三千円を差し出す。

 省吾はいきなり声を掛けて来て、反応を返す前にペラペラと喋る彼女にあっけにとられた。

「あ、ああ。いいけど……」

 真琴の差し出したお金を受け取る彼の姿を、澪は事情が判らずただ見つめていた。

「しっかしあんたも隅に置けんやっちゃな」

 真琴はそう言って笑うと

「あんまり無茶しなさんな。ほなな」

 ブランドの手提げを肩に掛けて、彼女は人混みに消えていく。


 省吾と一緒にそれを眺める澪が「誰?」

「あ、愛香のダチだって。この前会ってさ。愛香に金を借りたらしくて、それを返してくれって事だよ」

 省吾はやけに長い言葉を返す。

「大阪の人?」

「えっ? いや、東京だろ」

「でも関西弁だったよね」

「ああ、そういえばそうだよな。生まれが向こうなんだろ」

 別にどうと言う事でもないのに、澪の質問にしどろもどろする。

「隅に置けないって?」

「あ……それは、澪みたいな娘とか、連れて歩いてるから……じゃないか」

 省吾はそう言ってわらうと「行こうぜ」

 しかし、何気なく動かした視線に街道に近い工事現場が見えた。

 道路の改修か何かは判らないが、とにかくサンシャイン通りと街道が交差する場所で工事が行われている。

 省吾は思わず視線を止めて見入った。

 鉄の資材を運ぶ裕也に似た姿がそこに見えたのだ。




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