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【26】テスト前

 青い空に浮かぶ雲が日増しに高くなって、気が付けば朝の肌寒さに夏羽毛の布団の中で身体を丸めて目を覚ます。

 そろそろパジャマを着ようかと思いながら、まどろみの中で考える。もちろん今夜からの事なのだが。

 省吾は渋々布団から出ると、制服のズボンにワイシャツを羽織って、とりあえずキッチンへ降りた。何時ものように簡単な朝食を済ませ、ブレザーの袖に腕を通して玄関を出る。

 朝方に少し降った雨は路面を濡らして、所々出来た水溜りには秋晴れの空が映り込んでいた。

 省吾は完璧にその水溜りを避けて、自転車を走らせる。

 彼の乗るATBは小さな泥除けが付いているものの、激しく水を撥ね飛ばすと背中に水滴の模様を作ってしまうのだ。

 文化祭が終わって少しすると、勉強嫌いの彼らには憂鬱な日々がやってくる。

「数学の試験範囲って、ここからだっけ?」

「いや、そこは一学期に出てるだろ」

 休み時間、珍しく省吾と裕也が教科書を広げていた。

「やべえよ。俺今回数学で赤点取ると、期末で挽回できない」

 裕也が頭をかかえる。

 今週半ばから中間考査が始まるのだ。

「お前は、リーダーもそう言ってなかったか? お前、授業サボり過ぎだよ」

「出ても変わんないって」

 裕也の言葉に省吾は肩をすくめた。

「なになに、あたしが特別に教えてあげようか?」

 わざわざ愛香から離れるように裕也の席にいたのに、彼女が笑顔で近づいて来た。

 さっきまで教室にはいなかったので、何処かへ行っていたのだろう。

「何処が判んないの?」

「全部」

 裕也がヤケクソ気味に愛香に言った。

「じゃあ、裕也には特別な勉強方がいいね」

 愛香は今買ってきた食パンとチューブ入りのチョコレートホイップを取り出した。

「何だよそれ」

 省吾が言う。

 愛香は「ふふん」と笑って、食パンの上にチョコレートホイップで公式を書き出した。

「はい、裕也はこれ食べな」

「何だよ、それ」

 愛香の差し出す公式の書かれたパンを見て怪訝な表情を浮かべる。

「知らないの? こうしてパンに文字を書いて食べると記憶が早いんだよ」

「おまえ、それ暗記パンだろ」

 横にいた省吾が言った。

「あ、当たり。判った?」

「そのネタ、前に俺、何かの漫画で読んだ」

「うそ……そうなんだ。なぁんだ。詰んない」

 愛香はそう言って、小さく口を尖らせる。

「なぁんだじゃないよ。それってタダの食パンだろ?」

裕也は、愛香の手からパンを取ると

「ていうか、購買に食パン売ってねぇし、どっから買って来たんだよ」

 そうボヤいてパンを一気に口へ入れた。

「あ、じゃあ何で食べんのよ」

「食えるもんはとりあえず食うよ」

 愛香は裕也の顔をみて頬を膨らませた後、省吾の方を向いて笑みを浮かべる。

「ショウも食べる?」

 省吾が肩をすくめて頷くと、彼女は何だか楽しそうに、再びパンの上に数学の公式を書いた。





 帰りの電車で省吾は、澪と肩を並べて揺られていた。

「澪のところは、試験問題も難しいんだろうな」

「どうなのかな?」

 澪の学校も明後日から中間考査にはいる。だいたいどの学校も今週半ばから土日を挟んで来週の頭までが日程となる。

「試験中はずっと勉強?」

「うん……どうだろう」

 澪は少し曖昧に答えて省吾の顔を見上げると

「ショウちゃんは?」

「俺は、それなりにヤバイのだけ頑張って終わり」

「じゃあ、あたしといっしょだ」

「ヤバイ限度が全然違うんだろうけど」

 澪の笑顔に向って省吾が言った。

 翌日は二人共午前授業なので、この日の省吾は潔く帰宅して試験勉強を齧る事にした。

 明日一緒に昼ご飯を食べる約束をして、駅で澪に手を振る。



 次の日、午前中で授業の終わった省吾は、下り電車に乗って澪の待つ駅へ向かう。

 ひばりが丘にパスタが評判の店があると言って澪が行きたがった為、この日は珍しく下る事にした。

 澪の待つ隣の駅に着くと、彼女と同じ制服がうじゃうじゃと駅を占領していて、省吾は思わず圧倒される。

 部活などが休みの今日は、下級生も含めて一斉に下校しているのだろう。

 澪は省吾を見つけて、一緒にいた英美に手を振ると素早く車両に乗り込んだ。

「すごいな、圧倒された」

「今日は部活も休みだからね。何時もはもっとまばらよ」

 澪はそう言って、走り出した車窓から見慣れない景色を眺めた。

 澪が乗ってから一駅。直ぐに電車を降りる。

「じゃあね、澪」

 駅の改札を抜ける時に、彼女の学校の生徒が手を振ったので、澪も笑顔を返す。同じ車両の少し離れた場所にいた二人組みのクラスメイトだった。

 駅の階段を降りきった時、美容院のティッシュ配りをさり気なくかわそうとした省吾だったが、澪は差し出されたそれを受け取った。

「こういうのは持ってると重宝するでしょ」

 女性と男性の違いなのか、省吾は一切こういった物を貰った事がない。街頭で配るものを貰ってもただ邪魔になるだけだし、普段からポケットにハンカチ代わりのバンダナは入っているが、ティッシュなど入れてないのだ。

 デカイ家に住みながら、街頭で貰ったティッシュを嬉しそうに鞄に入れる彼女の姿を、省吾はちょっと不思議な気持ちで眺めた。

 駅前の狭い商店街を抜けた閑静な場所にイタリアンパスタの店はあった。

 店頭にはイタリア国旗柄の小さなパラソルが立てられて、お勧めセットなどが書かれたボードがイーゼルに立てかけてある。店内に入ると、お昼時は過ぎたが、まだ席は半分以上が埋まっていた。

 奥のテーブルが空いていたので、窓際のそこへ二人は腰掛け、一緒にメニューを眺める。

「スパゲティーってこんなに種類あるんだ」

 省吾が呟いた。

「あたしも、半分は知らないよ」

「ナポリタンって無いの?」

 省吾はメニューの裏まで眺めて言った。

「あれはイタリアには無いのよ」

 澪が微かに失笑して、それでも楽しそうだ。

「そうなの?」

「そうよ」

 あまり聞いた事の無い名前のパスタも多く、二人は結局メニューの写真を頼りに注文した。

 窓の外は住宅街とも繁華街とも言い難い曖昧な景色が在るだけで、どうしてこんな所にお客が沢山集まるのか少し不思議だったが、パスタは確かに美味しかった。





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