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【24】文化祭3

「よう、裕也。あれ、省吾は? ここの屋台メチャ混みだって聞いたぜ」

 クラスの斉藤健二と沼田徹がヒヤカシに来た。昼時に屋台村を通りかかった連中に、この屋台の混みようを聞いたのだろう。

「おお、健二、徹。ちょうどいい、お前らもちょっとやってみないか?」

「はあ? やるって?」

 裕也の言葉に健二が返した。

「屋台だよ。ほら、二人共中に入れよ」

 裕也は二人を誘って、有無を言わさず屋台の中に引き込んだ。

 もう昼の時間もだいぶ過ぎたので、人出もまばらになりそんなに忙しくは無いが、とにかくストックで作った分は完売しなければならない。

 それでもポツリポツリとはお客が来るので、完売も時間の問題だろう。

「なんだよ、省吾は何処か行ったのか?」

「ああ、今散歩に行ってる」

「そう言えば愛香は? それに見知らぬ可愛い娘がいるって聞いたんだけど」

 見知らぬ可愛い娘というのは、当然澪の事だろう。

 この学校の生徒、特に省吾と裕也を知る者にとって、どうして二人の屋台に私服の知らない娘が立ってお客とやり取りしているのか、非常に興味をそそる光景だったに違いない。

 沼田が促されるままにエプロンを着けたのを見た裕也は

「ああ……残念だけど、その娘はショウの専属なんだ」



 省吾は澪を連れて体育館に来ていた。

 愛香が出る吹奏楽部の演奏がちょうど始まった。

「へえ、愛香さんてフルート上手だね。音色が隣の人と全然ちがう」

 省吾の隣でパイプ椅子に腰掛けている澪が言った。

「えっ? そんなの聞き分けられるの?」

 省吾には、愛香のフルートの音色なんて他の音に混ざって全然聞きとれない。楽器に口を着けているから吹いている事は判るが……それはフルートだけのパートになっても一緒で、三人いるフルート奏者の音はただの心地よいハーモニーでしかない。

「あ、あたし、少し変わってるから」

「澪も楽器やってたの?」

「うん。ピアノを中学まで習ってたけど、それとは違うみたい」

「耳がいいんだろ」

「耳じゃないかも」

 澪は正面の舞台を見ている視線を、チラリと意味ありげに省吾に向けて笑ったが、直ぐにそれを舞台に戻した。

 その時、愛香のフルートソロが少し入った。

 指揮者の指揮棒の動きに合わせて揺れるように、穏やかに響き渡るそれは、確かにキレイな音色だ。クラッシックや管弦楽を聞きなれない省吾にもそれはハッキリと判る。

「愛香の事だから、どうせ高いフルート使ってるんだろ」

 彼は両脚を組み直すと、両腕を胸の前に組んで呟くように言った。





「じゃあ、あたし帰るね」

 夕刻が迫る頃、文化祭に訪れた人波は消えて、残りの僅かな一般客も出口へ向って歩いていた。

 終始賑やかだった校内のあらゆる場所は、荒涼とした夢の痕と化す。

 体育脇で屋台の片付けまで手伝った澪は、他の三人に手を振った。

「最後までいて、ショウと一緒に帰れば?」

 愛香の言った言葉に、省吾は思わず彼女を振り返る。

 愛香なりの女同士の気遣いなのだろうかと、彼は思った。

「うん。でも、クラスメイト同士の用事もあるだろうし。あたしは何時でもショウちゃんに会えるから」

 澪は意味深な笑顔を愛香に一瞬向けると、今度は省吾に目を配る。

「じゃあね」

 彼女は小さな手を何度も振りながら、閑散とした屋台村の跡地を去っていった。

「澪ちゃんって、いい娘だなあ」

 裕也がポツリと呟いた。

 愛香は澪の視線が何だか気になって、彼女が消えた裏門へ続く体育館の先を、しばらく眺めていた。

「さて、とりあえず点呼に行くか」

 省吾がそう言って、校舎に視線を向けた。部活のイベントのないものは、教室へ戻って定時まで学校にいた証拠を、専用のノートに残さなければならない。

 部活のイベントがある連中は、それぞれに出欠を取っているのでその必要がないのだ。

「その前に、売り上げ届けようぜ。小銭が多いから重いよ」

 裕也が、布で出来た専用の袋を手にぶら下げていた。

「ああ、そうか」

 裕也の後から歩き出す省吾に、愛香が駆け寄ると

「ねえ、澪ちゃんて、勘がイイとかあるの?」

「なんで?」

「う、うん。べつに……」

 愛香はそう言ってから、しばらく黙って二人の後を付いて行った。

 あの視線とあの言葉。まるで自分と省吾が少しは一緒にいれる時間を作ってあげる。とでも言いたげな雰囲気は、愛香の中で静かな戸惑いに変わっていた。

 ……あの娘は、省吾を想うあたしの気持ちに気付いているのだろうか?

 愛香は、省吾や裕也とは全く違う意味合いの興味を、澪に抱いていた。





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