【23】文化祭2
昼の時間に近づいたせいか、屋台村は人の出が増える一方だった。
愛香は鉄板で次々に焼きそばを焼くが、お金の受け渡しもあるし何時までも話かける大学生もいる為、何だか何倍も忙しく感じる。
「あたしも手伝おうか?」
頬につけたファンデーションを伝う愛香の汗を見た澪が、屋台の横から見かねて声を掛ける。
「えっ?」
省吾は少し後ろから思わず声を出したが、澪は屋台の後にまわって来ると、丸椅子の上に在った予備のエプロンをサッと頭から被った。
それが良かったのか悪かったのか、省吾は横でキャベツを切りながら少々困惑してそれらを見つめていた。
大きな鉄板で焼きそばを焼く愛香と、その隣で次々に容器に詰める澪。
もはや男性客は澪でも愛香でもどちらでもいいと言うカンジで集まっている。
女子は、校内で教室を使った喫茶などに参加している娘が大半で、今回の文化祭の一押しは、三年二組と二年四組で競合しているメイド喫茶らしい。
それに反して、屋台村の出店は男子生徒が中心なのだ。
その中にあって店頭に二人も女子が立つこの屋台には不順な動機ではあるが、男性客が自然に集まっていた。
省吾はもはや自分の手には負えないお客のニーズを、一歩引いた位置から眺めていた。
終いには、周囲の屋台を出している仲間も、暇を見ては省吾の屋台に顔を出す。もちろん、見慣れない笑顔を振り撒く澪に声をかける為だ。
「うわっ、すげぇ混んでんじゃん」
裕也が戻ってくるなり、自分の屋台周辺の人混みを見て仰天した。
しかも店頭に出ているのは女子二人。そしてその一人は私服だ。
裕也は澪のお下げを解いた姿を見た事がないので、その長い髪の娘が誰なのか最初は判らなかった。
裕也は、後ろで黒子のように働く省吾に近づいて声を掛けようとした時、愛香の隣の娘が澪だと初めて気づく。
「わっ、み、澪ちゃん。何やってんの?」
「あ、久しぶりぃ」
澪は一瞬手を振るが、直ぐにお客の方を向いた。
「遅っせぇよ、裕也」
省吾はキャベツの葉を剥がしながら言った。
「なんでうちの屋台に澪ちゃんが立ってんだよ」
「そんなの成り行きに決まってるだろ」
「ていうか、愛香までなんでいるんだ?」
「それも成り行き」
省吾はそう言って、自分の持っていたキャベツを裕也に渡した。
一時間ほどすると、だいぶお客が引けてきた。体育館でのバンド演奏などが始まる時間のせいもある。
「おい、愛香。お前演奏何時からだ」
省吾が声をかけた。吹奏楽部OBも体育館で演奏がある。
「二時だから、まだ大丈夫だよ」
「じゃあ、昼飯食えよ」
「あ、あたしお弁当持って来たよ」
澪が言った。
「あ、でもあたしも持って来てるから」
愛香はそう言いながら、エプロンを外すと「ちょっと取ってくるね」
「ショウちゃん、あたしのバックにお弁当は入ってるから食べて」
愛香の姿を見送った彼女は、代わりに鉄板の前に立った。
「お前、なんて羨ましい奴なんだぁ」
裕也が叫んだ。
「お前だって、ラブラブで何か食べて来たんだろ」
「ああ、ケーキセットを三人分の値段でな」
省吾が弁当を広げる頃、愛香が息を弾ませて戻って来た。
屋台の後ろに置いた、本当は縁台の長椅子に腰掛けて、愛香も自分の弁当を広げる。
横で澪の手作り弁当を頬張る省吾の姿に、僅かながら複雑な思いが過る。
「なんか多くねえ」
彼女の弁当を見た裕也が言った。
「み、みんなで食べれるようによ。気が利くでしょ」
「さすが愛香」
裕也がすかさず愛香の弁当を摘んだ。
「お前は後だ。とりあえず店に立てよ」
省吾に言われた裕也は渋々、というか少し照れながら澪と肩を並べて屋台の店先に立つ。
愛香はその姿を見る振りをして、澪の後姿をマジマジと見つめていた。
……七部袖のカーデガンと花柄のスカートはおそらくマックスマーラ。カジュアルにさらりと着ているけど、どっちも一着4万円前後はする洋服だわ。
艶やかな黒髪は自分とは正反対で、普段三つ編みにしているせいか、下半分が微妙にウェーヴしている。それが何故か、清楚な中に漂う微かな色気にも感じた。
南澤澪……彼女が抱える病気は本当にそれほど深刻なのだろうか……本当に臨死と蘇生を繰り返して生き長らえているの?
愛香の思考が、この前聞いた箕輪の言葉と共に交錯した。
「髪、三つ編みじゃないと、けっこう色っぽいんだね」
「そ、そう?」
裕也が澪に妙な事を言うので、省吾は後ろから梅干の種を力いっぱいぶつけた。
「痛ってえ」
「どうした、愛香。ぼんやりして」
省吾に声を掛けられて、箸を口に着けたまま澪を見ていた愛香は慌てて振り返った。
「えっ、ううん。何でもない」
愛香はそう言って出し巻き玉子を口に入れると
「あんたにはもったいないと思ってさ」
「そ、そうかな」
省吾はそう言って立ち上がると、澪の横に立った。
「澪も少し食べろよ。俺がやるから」
「えっ、ショウちゃん出来るの?」
「あのなぁ、元々ここは裕也と俺の屋台なの」
「あ、そうだよね」
澪は舌を出して笑うと、愛香の隣に腰掛けた。直ぐに女同士で何かを話し始めると、キーの高い笑い声が聞こえた。
「なんだよ」
省吾は横目で自分を見る裕也を見返した。
「いや……そうだよな。元々男所帯だったんだよな。ここ」
裕也はそう言って残念そうに、軽く息をついた。