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【21】上り坂

「しかしあんた、部活に励んでるわけでもないのによく食べるわね」

 少し遅い夕飯を一緒に食べていた母親が、省吾の食べっぷりを見て言った。

「何にもしなくたって腹は減るさ」

「バイトでもしたら?」

「ああ、でも夏のバイト代がまだ残ってるし、冬休みまでには考える」

 省吾はそう言ってから「おかわり」

 母親は呆れた顔で息子の茶碗を手にした。

 食事が終わればサッサと自分の部屋へ戻るのが省吾の習慣だった。

 母親が一人で淋しくないだろうか……時折そんな事も思うが、逆に高校生にもなって母親とリビングで団欒するのも何だか照れくさい。

 省吾は部屋のテレビを着けると、ベッドの上に横になった。

 すると、携帯電話の着メロが鳴る。

「もしもし」

「…………」

 省吾が電話に出ると向こうは黙っている。ゴォォッと車が走る騒音が聞こえた。

「愛香だろ?」

 携帯の着信モニターに彼女の名前が表示されたのが見えた。

「今、暇?」

 愛香の声がか細く聞こえる。

「な、なんだよ。いきなり」

「暇かなぁ、て思って」

「別に忙しくはないけど……」

 再びゴゴゴォォォッとトラックか何かが走る音がした。

「……お前、何処からかけてんだ?」

「ちょっと外から」

「外って?」

「外は外よ」

 一瞬の沈黙が二人の電話機の間に広がって、省吾はなにげなくその向こうの夜気が発する微かな音に聞き入っていた。

「迎えに来て欲しいんだけど……」

 何時もの彼女の声とは違って、愛香の声は消え入りそうだった。

「迎えって……何処に?」

 少しの間があった。自分の場所が何処なのか愛香の探している気配が伝わる。

「下井草……かな」

「下井草? 何やってんだよそんな所で」

「いいじゃん。環八真っ直ぐで来るでしょ」

「そりゃ真っ直ぐは真っ直ぐだけどさ……俺、チャリしか無いんだぜ」

「いいよそれで」

「いいよって、動力が俺だぜ」

「じゃあいいよ、他当たるから」

 そう言ってプツリと電話は切れた。

「何だよ、何であいつ歩きでそんな所にいるんだよ」

 省吾はそう呟いてから溜息をひとつ零すと、切れたばかりの着信履歴にリダイヤルした。



 夜の環八通りは意外と車が空いている。だからと言って車道を走るわけでもない省吾が早く目的地へ着けるわけでもない。

「こんな時間に出かけるの?」

 出先に背中から聞こえた母親の声に省吾は

「ああ、なんか学校の友達が急用だって」

 そう言って玄関を出た。

 優等生ではないが、息子を信頼している母親は「夜だから気をつけてね」と、特にそれ以上追求もしない。

 省吾もそんな母親に「ああ、判ってる」と、悪びれる様子も無く応える。

 水銀灯の連なる明るい歩道をATBで駆け抜けると西部新宿線の路線を越えて早稲田通りに入る。

 直ぐにコンビニがあって、雑誌を立ち読みする愛香の姿が窓から見えた。その姿は、どことなく切迫したさっきの彼女とは打って変わって、のんびりと暇を潰すような雰囲気だった。

 息を整えながら、思わず省吾は溜息をつく。

 彼が外からガラス窓を叩くと、彼女は顔を上げて微笑み小さく手を振る。何だか判らない不安と共に全力で自転車を飛ばして来た省吾は、思わず拍子抜けして肩をすくめた。

「はい、差し入れ」

 コンビニを出て来た愛香が省吾に冷たいスポーツドリンクを差し出した。

「あ、ああ」

 何だか未だに事態が飲み込めない省吾はそれを受け取ると、とりあえずキャップを開けて勢いよく口へ流し込む。

 ふと彼女のこジャレたサーモンピンクのワンピに目を留めると

「何やってんだよ、こんな所で。しかも何だかよそ行き風?」

「デート」

「デート?」

 省吾は歩道から辺りを見渡して「相手は?」

「逃げて来た」

「逃げて来た?」

 益々省吾には判らない。

「さあ、出発う」

 愛香はそう言って、省吾の自転車の後ろに立ち乗りして、彼の背中をポンポンと叩いた。元々荷台のない彼の自転車は、立ち乗りしか方法は無い。

 省吾は何だかぶつぶつと言いながら、自転車をUターンさせると来た道を戻った。

 環八通りから路地へ入って上石神井を抜け愛香の家に向う。

「がんばれ、もう少しだぞ」

 後ろで愛香が笑った。

「お前な、全部俺の動力だぞ」

 緩い下りの後は緩い上り坂が待っている。省吾はそれに備えてギヤを下げた。

「うん。ごめんね」

 愛香は前かがみになって、彼の背中にそっと頬を当てた。はためく彼女の髪の毛の香りが微かに漂った。

「いや……別にいいけど……」

 省吾は背中に感じる愛香の頬の温度を感じながら、石神井の緩い坂道を駆け上がる。

「あんまりくっつくなよ」

「だって、風がちょっと寒い」

「背中に口紅とか着けんなよ……」




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