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【18】真相

 その日の放課後、省吾は何時ものように澪と電車内で待ち合わせ、一緒に帰った。

「ねえ、石神井公園の池にワニがいるって噂、知ってる?」

 澪が幼い子供のように笑う。

「えっ? それってかなり前じゃない?」

「最近それが大っきくなったって噂よ」

「マジで?」

 澪は省吾の腕を叩くと

「ねえ、石神井公園寄って行こうよ」

「えっ、今日?」

 省吾は昨日愛香と歩いた場所を、今日澪と歩くのはどうにも気が引けた。

「何か用事とかあるの?」

「いや、別にないけど……」

 省吾は澪に腕を引かれるように、石神井の駅を降りた。

 近場で一番大きな公園と言えば、おそらく石神井公園だろう。昔、他の女性と歩いた事も在るのは事実だ。

 それでも、確かに好きで付き合っていた昔の女性よりも、愛香と歩いた記憶の方がなんだか思い出深いのは何故なのか。

 単に、時間の経過の順位がそう感じさせるのだろうか。

 省吾は池の周囲を歩きながら水面の様子に目を輝かせる澪を愛おしいと思う反面、その無邪気さが何だか愛香の内面の一部とオーバーラップしてしまう。

『じゃあお前、澪ちゃんの事は何でも知ってんの?』裕也が今日教室で言った言葉が頭の中を過った。

 確かに判らない。そして愛香が自分に友達以上の好意を抱いていた事さえ昨日気付かされたのだ。

 そして付き合っていると思っている澪の事も未だに判らない事がある。

 普通それは考え方や性格など内面に関しての事が多いのだろうが、彼女の場合は少し違う。もちろん、何かの病気を抱えた娘と付き合うのは初めてだからその心理の奥まではなかなか理解する事は出来ない。

 それでも、少なくともキスをする間柄の人間に何時までそれを曖昧にしておくつもりなのだろうか……その間に完治してしまうような病気なのだろうか。

 省吾はめがね橋の上から手招きする澪の姿に気付いて、慌てて傍に駆け寄った。

「あれってワニじゃない?」

「えっ?」

 省吾は澪の指差す方に目を凝らした。

 岸辺に生える水草の陰に、確かに何かの黒い影が浮かんでいる。

 マジか……確かに以前ここでワニの目撃騒動があったのは事実で、連日ワイドショーの報道陣がうろついていたのをわざわざ見に来た事が在る。

 省吾は澪の手を引いて、今まで歩いて来た対岸へ渡ると、黒い影の見えた場所へ駆け寄った。

 駆け出して直ぐにハッと振り返る。

 ……愛香のつもりで思わず駆け出したが、澪は走らせて大丈夫なのだろうか。

 しかし、心配は無用なようで、彼女も普通に駆けている。確かに昨日の愛香のように全力に近いスピードで走っているわけではないが、小走りは何の無理もなさそうだ。

 黒い影の見えた辺りで立ち止まると、水草を覗き込む。

「いる?」

 澪は完全に何かがいると思っているようだった。

「いや、よく見えないよ」

「石投げてみようか」

 澪が言った。

「逃げちゃうんじゃないか?」

「動けば何かがここにいるって事でしょ」

「ああ、なるほど」

 別にワニを捕まえに来たわけじゃないのだから、至近距離で何かが見れればそれでいいのだ。

 澪はベンチの横の大きな岩に手を添えた。

「そんの持ち上がんないだろ」

「ダメ?」

「それに、そんな大きな岩みたいなの放り投げたらみんな振り向くよ。そんなのちょっと恥ずかしいだろ」

 省吾はそういって、草むらに落ちていた拳よりも少し小さな石を二つ拾うと、一つを澪の手のひらに乗せた。

「どっちが先に投げる?」

 澪は目を輝かせるように訊いた。

「じゃあ、澪がやれよ」

 澪は省吾の腕に掴まって、池のほとりを覗き込むように身体を伸ばすと、思い切って石を放り投げた。

 ジャポン! と意外と気の抜けた音だけが水面に響いた。

 省吾は澪の手を掴んだまま彼女に寄り添うと、一緒に池の中を覗き込んで、自分が持っている石も放り込もうと左手を振りかざした。

 その瞬間、ズバッと水面が大きく揺れて、大きな影が一瞬水中を動くのが見えて飛沫が上がった。

「きゃっ」

 澪は思わず省吾にしがみ付いて、彼も後ずさりをする。

「いるよ、何かいる」

「あ、ああ。ワニなのか……」

 省吾は澪を抱きしめたまま、池の水面に出来た大きな波紋を見つめていた。



 何かがあそこの池にいるのは確かなのだろう。しかし、二人にはそれを確かめる術などなかったし、何かがいる事実を見ただけで気持ち的には充分楽しかった。

 公園を出て駅へ向う頃には緋色の空が上空を埋め尽くして、西に広がる雲に太陽は隠れていた。

 住宅街の横を通って駅に続く道で、省吾はロータリーの人影に目を止める。

 改札を抜けてきたのは愛香だ。

 どこかで遊んできたのだろうか。

 暮色の景色の中で、駅の周辺は街路灯や照明が多い為、彼女の姿ははっきりと見えた。

 省吾は愛香がこちらに気づかない事を心の何処かで祈りながら、澪と繋いだ手は離せなかった。

 いきなり離したら、澪が不自然に思うだろうと考えた。

 ちょうど自分の右手を繋いでいたので、省吾は時計を見るふりをしてさり気なく澪との手を一端解く。

 愛香が商店街の路地へ入るその時、街路灯に照らされた省吾たちの姿を彼女は見つけてしまった。

 省吾は、自分を確かに見つめる愛香の視線を捉えて、踏み出す足がおぼつかなくなる。

 しかし、彼女は立ち止まる事なくそのまま直ぐに視線を向き直して、歩き去っていった。

 一瞬合った視線は無言のまま、まるで何分もの長い間見つめられているような気持ちだった。

 彼女が入った商店街の路地は買い物客が取り巻いていて、愛香の姿はもう何処にも見えない。

「どうしたの? 何か買う物在る?」

 商店街へ続く路地を見つめる省吾に澪が言った。

「いや、何でもない……」




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