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【10】逸る想い

「やっぱり、また今度にするよ」

 ほの暗い通りに明かりが灯るその場所は、街路灯の明かりではない。大きな門柱とその隣に半地下の大きなガレージの扉。両隣の家がやけに小さく見える目の前の家は、いったい何坪の敷地なのか、建物がどれだけ大きいのか、いまひとつ判らなかった。

 庭に設置された水銀灯が、黒い門柱を照らし出して、その上に設置された防犯カメラが省吾を捉えていた。

「何言ってるのよ、ここまで来て」

 澪は大きな門扉の横にある小さな扉を開けると、省吾の腕を掴んだ。

「だってさ……お母さんいるんだろ」

 澪はハッとして彼の腕を離すと、薄暗い庭の奥を覗いた。

 微妙に邸内が暗いのは、部屋の明かりが一つも灯っていないからだ。

「そう言えば、リビングの電気が消えてる。お母さんいないみたいよ」

「本当?」

 澪はホッとする省吾の手を掴むと、再び引っ張った。

「本当にいないんだろうな」

 省吾は澪に手を引かれるままおずおずと石畳に足を踏み入れて、玄関までのやたら長い距離を歩いた。

 なんだか、玄関の扉が普通の家よりも大きい。

 澪はドアノブを一端掴んで回すと

「やっぱり誰もいないわ」

 そう言って、鞄から鍵を取り出した。

 省吾は既にやましい事でもしているように落ち着かず、まるで不倫の密会のように辺りをキョロキョロと見回す。

 芝の敷かれたほの暗い庭の先の暗がりは、ちょっとした林になっている。

 本当は植え木の先は直ぐに通りとを仕切る塀なのだが、暗闇がそう見せているのだ。

 省吾は腕を引っ張られてハッと視線を移すと、扉は開いて澪は既に玄関の中にいた。

 センサー式の電燈が淡い山吹色に灯る。

 ……広い。天井が吹きぬけた玄関は、それだけで省吾の部屋ほどはありそうだった。

「デカイ玄関だな」

「そう?」

 澪は自分のローファーを脱ぎながら、省吾を促した。

「上がって」

 省吾は自分のスニーカーを脱ぎながら「犬は?」

「ああ、たぶんリビングで寝てるわ」

「飼い主が帰っても、出てこないの?」

「リビングのケージに入ってるから」

「そう」

 広い玄関から廊下が続いて、ほの暗い先には幾つかのドアが並んでいる。

 省吾は彼女の後を歩きながら周囲を見渡した。大きな収納扉の横に階段があるが、その階段の脇にもドアがある。それは収納と言うより部屋のドアだ。しかし、どう見てもその上を階段が通っている。

「そのドアって、何?」

「ん? ああ、そこは地下室よ」

「地下室?」

 そんなのテレビでしか見た事がなかった。

 廊下が広い……階段が広い……省吾はいちいち自分の家の寸法と比べてしまう。それ自体が無謀なのだが。

 二階に上がると、再び長い廊下にドアが並んでいる。

 澪の部屋のドアにはMIOと書かれた木製のプレートが掲げられていた。

……このプレートなら100円ショップで見た事がある。土台と文字パーツを買って自分で貼り付けるやつだ。省吾はそれを見ただけで何だか澪を近くに感じた。

 しかしドアを開けて明かりが灯ると

「広!」思わず声を上げた。

 十五畳くらいはあるだろうか……艶やかなフローリングとログハウスのような全面板張りの壁は、明らかに省吾の部屋の倍以上はある広さだ。

 それでもほんのりと香る蒼リンゴの匂いは、何時も澪から漂う香りで、省吾は些細な安堵に浸る。

 ドアの正面には勉強机があって、ノートパソコンが乗っている。その横には液晶テレビ。

 大きな窓の前には木目調の黒いローテーブルと3人掛けの赤いソファが在り、その部分にはピンク色のラグマットが敷かれて、入り口から一番奥にベッドが在る。

 オレンジ色のミッフィーのカバーが掛けられたベッドはセミダブルだった。

 省吾は口を開けたまま部屋の中をぐるりと見渡す。

「ナニか飲み物持ってくるね。ヨッシーにも何かあげてくる」

「あ、ああ」

 澪は机の椅子に鞄を掛けると、部屋を出て行った。



 澪は部屋に戻って来ると、持って来たペットボトルからコーラをグラスに注いで、一つを省吾の前に差し出し、もう一つをその横に置いた。

 ソファに座った省吾の後ろに回った彼女は、それを視線で追う省彼に

「着替えるからこっち向いちゃダメだからね」

「えっ? あ、ああ」

 他の部屋で着替えりゃいいのにと思いつつ視線を他所よそへ移した省吾は、大きな窓ガラスに澪の姿が映っている事に気付いた。

 しかし、彼女は何気にカーテンを閉める。別に映った姿に気付いた訳ではなく、外から見える気がして閉めたのだろう。

 そして省吾の後ろでスカートとブラウスが身体に擦れる音が次々に聞こえてくる。

 彼は落ち着かずに視線を上下左右に、狭い範囲で動かした。そして、急いで閉めたカーテンの隙間には僅かに下着姿の澪が映っているのを、省吾は見逃さなかった。

 彼女は胸にプリントのある紺色の小さなTシャツを着て、白いネル地のミニスカートを履いた。

 細いカーテンの隙間に見入っていた省吾は、何時の間にかそれがガラスの向こうの風景のような錯覚に囚われていた。

 映る人影が動いても、彼は視線を変えなかったが、ポンと肩を叩かれて我に帰る。

「どうしたの? ボーっとしちゃって」

「いや、別に……」

 澪はただ笑って、省吾の座っているソファに一緒になって腰を沈めると、テーブルのコーラを飲んだ。

「なあ、澪」

 省吾は少しだけ真顔になると

「澪の病気って、酷いの?」

 思い出した事を直ぐに口に出した。

 あれこれ考えればまた何も訊けなくなると思ったからだ。彼女との距離も大分近づいて、少しは知る権利を得られたような気がした。

 澪は持っていたグラスをゆっくりとテーブルに置いた。

「酷いって言えば酷いけど、生活には支障ないわ」

 そう言って左右の空いた手を組んで膝の上に置くと「エッチな事も出来るし」

 彼女の大胆な発言に、一瞬頬を紅潮させる省吾だったが

「いや……そうじゃない。別に俺はそんな事を気にしてるんじゃないよ。今は……」

 澪は再びテーブルのグラスに手を伸ばして横目で省吾をみると、目を細めて笑った。

「判ってるよ。でも、本当に普段は平気なの。学校での体育もほとんど出てるし」

「ほとんど?」

 省吾は僅かに眉を潜めるが、澪は笑顔のまま氷を鳴らしてグラスに口を着け

「生理が酷いときは、そりゃ休むよ」

「あっ……そう言うことか」

 省吾は息をつくように、ようやく自分のグラスを手にした。

 彼女の病気は思っているほど酷くは無いのかもしれない。週に一度死ぬなんて言ったのは、きっと心配性の英美をからかっての事だ。それを彼女が真に受けたのだろう。

 彼は、澪の口から病気の事を少し聞いただけで、肩の荷が下りたような妙に晴れ晴れした気分になった。

 何だか肩の荷が少し降りたような気がすると、今度は二人だけの時間を有意義に過ごしたくなる。

「それで、さっきの事だけど」

「何? さっきって」

「いや……ほら、エッチも出来るとかなんとか……それって、どうなのかなぁ。なんて……」

 澪はお下げの三つ編みを指で解きながら、小さく吹き出すように笑って

「ごめんね。これもさっきの話だけど……いま生理だから」

 省吾は思わずソファの背もたれに、倒れるように身を投げ出して大きく息をついた。





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