【9】募る想い・2
省吾は帰りの駅に着くとベンチに腰掛けた。
一緒にここまで来た裕也は到着した電車に直ぐに乗り込んだが、省吾は手を上げて彼を見送った。
澪が来るのを待つ。
彼女が電車に乗る前にメールを送ってくる約束だ。
ベンチに座った省吾は線路脇の看板を何となく眺めていた。
少して携帯にメールが入ると、その直ぐ後に到着した電車に澪は乗っていた。彼女をわざわざ降ろす必要は無いので、省吾はそのままその車両に乗り込む。
「今日体育でバスケをやったら突き指しちゃってさ」
澪は笑いながら、シップを貼った左の中指を省吾に見せた。
「バカだなあ」と言いながら、
……体育も普通にやってるのか。と思う。
「そしたらさあ、英美がね……」
彼女は相変わらず明るい笑顔で話し続ける。
この笑顔の何処にそんな辛さが隠れているのだろうか。
いったい、彼女は家に帰るとどんな生活をしているんだ……省吾は、自分の知っている澪以外の彼女にも興味を抱いていた。
「なあ、澪」
「なに?」
「澪の家は、何時も誰かいるの?」
「えっ? うん。お母さんがいるよ。あと、ヨッシーが」
「ヨッシー?」
「犬よ。ミニチュアダックスなんだ」
「そ、そうか」
「どうしたの? あたしの家に来たい?」
澪は彼の心の中を察するように笑った。
「いや、お母さんがいるならいいよ」
「ああっ」
彼女はそう言ってクリクリと目を見開いて笑うと
「あたしの部屋でヤラシイ事しようとしてるでしょ」
そう言って、自分の身体を省吾にぶつける。
揺らいだ体をポールにしがみ付いて凌いだ省吾は
「そ、そんなんじゃないよ」
彼は肩から落ちた鞄を再び掛けなおして
「女の部屋とか、あんまり見たことないからさ」
どちらにしてもウソだった。澪の私生活が気になるだけだ。どんな暮らしをしているのか気になって仕方がない。自分と会っている以外の彼女が。
「そう。別にショウちゃんの部屋と変わんないよ」
そう言いながら澪は身体を近づけて、ドアの窓から外を眺めた。
……この横顔だ。明るくおどけて喋る時とは正反対のこの何処か淋しげな眼差しが何とも謎めいているのだ。
親しくなる以前に省吾が毎朝見ていた澪の横顔は何時もこうだった。何処か謎めいた、果敢なげに憂いな瞳で外の景色を見つめるのだ。
「ねえ、どうしようか」
澪が窓の外を見つめたまま呟いた。
「どうするって?」
「だって、ショウちゃんの降りる駅、過ぎちゃったよ」
澪は振り返ると笑顔でそう言った。
「あ、いけねえ」
結局省吾は澪と一緒に江古田の駅で下りた。
この駅で降りるのは、彼女が倒れた時以来久しぶりのことで、もちろん改札を抜けるのは初めてだった。
「ねぇ、じゃあゲーセン行こうよ」
「ゲーセン?」
プリクラかあ……そう思って省吾は彼女に付き合った。しかし、もちろんプリクラも撮ったが、彼女の本命はそうではないらしい。
すぐさまクレーンゲームに夢中になりだしたのだ。
「ショウちゃん、これ獲ってよ」
「俺、クレーンゲーム超下手だぜ」
「いいから」
仕方ないとばかりに何チャラというキャラのぬいぐるみを狙うがなかなか獲れない。
「この腕、本当に景品つかむ気あんのか?」
「ちょっとどいて。あたしがやる」
結局澪が再び自分で挑戦する。と、いきなり目標のぬいぐるみをがっしりとアームがつかんだ。
「やったあ」
澪はぴょんぴょんと跳ねて喜ぶ。
「なんでいきなり掴むんだよ……」
クレーンゲーム機の難易度調整は巧みで、簡単なものはアームの力の強弱が3〜4段階に変えられるだけだが、それだと弱に合わせた場合は永遠に景品を掴む事は出来ない。
しかし複雑な機械は何回に一回だけアームの力が強くなる。という確率的な調整もできる。それによってお客は金をつぎ込み、ある程度の満足感も得られるという仕組みなのだ。
それでも、そんな事を知らない省吾はなんだか妙に理不尽な思いに駆られながら、喜ぶ澪に釣られて笑みを浮かべた。