【プロローグ】
タイトルの「ブレス」は呼吸や吐息、息使いの意味です。
僅かなサイエンスフィクション(SF)も取り入れた恋愛ですが、あくまで現代小説です。
漆黒の闇に輝く無数の青白い光は、呼び起こされたタナトスが見せる最後の絶景。
今は白昼のはずなのに夜空の星が見える。
満天の星が瞬く姿なんて、東京では見えるはず無いのに……
ブレスは沈黙し、あまりの静寂に微かな耳鳴りがする。
不自然なほどの静けさ……
それは鼓動が消えたから。
自分の鼓動が聞こえないと言う事は、この瞬間は生きていないと言う事なのだ。
生きていなと言う事は、死んでいるに違いない。
1分20秒……彼は確かそう言った。
脈を打たない身体はあっという間に体温を失い、魂は凍える。
まるで氷の世界にいるようだ。
ここは本当は南極なのかもしれない。それとも北極?
だから満天の星空の向こうには、ライムグリーンから淡いバイオレットにグラデーションを描くオーロラの輝きも見えるのだ。
1分20秒間のオーロラを見あげて、鼓動すら聞こえない生と死の狭間に佇む魂は、まるで永遠だ。
心臓の鼓動を示すモニターの波形は何処までも真っ直ぐな線を描いて、単調な途切れのない長音だけを発している。
青白い無影灯の光が照らし出す診察台の上には白い少女が横たわり、胸元を露にしていた。周囲には必要最低限の機器類が機能的に配置されている。
男は腕に嵌めたロレックスのクロノグラフで正確に時間を読み取る。
「よし」
除細動器―心肺蘇生装置の電圧を上げると、キュイィィィィと唸りを上げて液晶モニターの数値が上がる。一般救命に使用される携帯用のものではなく、病院に装備されているドクター用のものだ。
再び時計を見ると、滑らかに振動して走る針は1分20秒に差し掛かかろうとしていた。
右手を心臓の下部へ、左手は右乳房の上、的確に位置を定めると両方の電極パッドをいっきに白い肌へ押し当てる。
バチンッ。
一瞬の放電に空気が震え、横たわる少女の身体が微かに跳ね上がる。
しかし心拍計に動きはない。
静寂の中に、心停止を示す途切れの無い長音がただ響いている。
男は顔色一つ変えずに再び器機に電力をチャージして、チラリと時計に目を配る。
心停止から1分30秒が経過していた。
電圧がチャージされる機器の唸る音が微かに響くと、モニターにオンラインのサインが点灯する。
再度、白い肌に電極パッドを軽く当てる。
バチンッ。
放電する音と共に再び少女の身体が跳ね上がると、心拍計が歯切れの良い音をたてて波動を蘇えらせた。
「よし……」
男は微かに浮いた額の汗を、両腕で拭った。