表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
観察  作者: 文屋カノン
3/4

想う人には想われず

 この回ではアンバランス上島に喫茶に誘われた理由が明らかになります。

 春樹はちょっと可哀想かも。

 芦沢小春の結婚観は、彼女に直接聞いてみなければ分からない。仮に彼女が嘘をついたとしても、それが嘘かどうかはしばらく経ってみなければ分からない。そもそも彼女がオレをどう思っているのかは、さっぱり分からないのだから、この時点で結婚の心配をするのは、むしろ彼女以上にオレの方が結婚を意識していることにならないだろうか。

 そう思いながらオレは

「でも彼女がそういう人間かどうかは、付き合ってみなきゃ分かんないことだからさ」

 と答えた。年齢がいくつだろうと、そもそも結婚というものは付き合ってから決めるものなのだから、付き合う前にあれこれ言うのは馬鹿げている気がした。

「そんなに気に入ったんだ? その人のこと」

「いや、まだそんなによく知らないから分かんないんだけど」

 二十分にも満たない会話時間で、芦沢小春をどれくらい気に入ったのかと聞かれても、オレにもよく分からなかった。ただ、また会いたいと思ったことだけは確かだった。また会って、とにかく色々なことを聞きたかった。

①どんな仕事を、しているのか?

②休みの日は、何をしているのか?

③どうして自分が若く見えることに、最近まで気付かなかったのか?

④若く見られるのが嫌なのなら、どうして今日カジュアルな服装をしていたのか?

⑤そもそも女友達に会う日にお嬢さんテイストの服を選んで、カレシと会う今日、下品テイストだったの はなぜか?

⑥カレシと、なぜ別れようと思ったのか?

⑦いつ別れるつもりなのか?

⑧別れることを、なぜオレに打ち明けたのか?

⑨カレシと別れることを打ち明けておきながら、その理由を伏せたのはなぜか?

⑩カレシと別れる理由に、「WX」欄の四人の男の存在は絡んでくるか? 等々……。

 この中の幾つかは芦沢小春に直接聞くことが出来るが、幾つかは、直接尋ねることがはばかられる。つまり彼女に会ったところでオレの疑問は全て解消しないのだが、だからこそオレは彼女に会いたかった。

知りたいと思うことが、人間に対する好意の第一歩だとオレは思う。ある程度知ってからでなくては、自分が確かに相手に好意を持っているかどうかは分からないが、しかしまず知らなくては、知りたいと思わなくては始まらない。とにかくオレは、芦沢小春のことを知りたかった。

 そんなオレに対し上島は

「だったらそんなよく知らない年上の女追いかける前に、身近な子を見ればいいのに」

 とつぶやいた。そんなことを言われても誰でも最初は初対面じゃないか。

「身近な子って?」

「モーちゃん一浪だから学校の子は大概年下じゃん? 同じ学年でも、実質的には年下じゃん? 精神的に合う年下の子が周りにいっぱいいる訳じゃん?」

「今、学校休みだけどな」

 というか年下の方が合うという説に、オレはイマイチ賛同し兼ねていた。いやもしかしたら相性は悪くないのかも知れないが、しかしオレは二つ下の妹がいるせいか、年下の女にはどうも妹を連想してしまって駄目なのだ。世の中には妹萌えだの何だのと、訳の分からんことを言う奴もいるが、妹という存在はオレにとってはあくまで家族であって、決して恋愛の対象ではないのだ。

 とはいえ早生まれで一浪のオレにとっては、同学年の大多数の女は、生まれ年が同じなので、年下というよりはむしろ同年代の感覚があるが、そうなってくるとまずます、年下の女の方が合うという説はよく分からなくなってくるのだ。

 するとアンバランス上島は

「でもさあとりあえず今日わたしと会ったし、これから令実ちんも来るし……」

 と言って気まずそうに目を逸らした。一体アンバランス上島は、何が言いたいんだろうか。

「お前、カレシいるじゃん」

「令実ちんは、フリーだよ」

 オレの頭の中で、先程のアンバランス上島の、「令実ちんも喜ぶからさあ」というセリフが蘇った。もしかしたらアンバランス上島は、オレと大石をくっ付けようとしているんだろうか。オレは

「そんなこと、言ったって……」

 とつぶやいた。アンバランス上島は自分のためというよりも、むしろ大石にオレを引き合わせるために、オレをここに誘ったのだろうか。

「令実ちんのこと、タイプじゃない?」

「つーかオレ、他に気になってる人いるから」

「そっか。駄目か。参ったなあ」

 アンバランス上島は頬杖を付き、軽く溜息を吐くと

「てゆうか実は、今日令実ちんに、モーちゃんのバレンタインのプレゼント買うのに付き合って欲しいって言われて、待ち合わせたんだよね」

 と言い出した。それは大変光栄な話だが、今このタイミングで打ち明けられるのは非常に気詰まりで、オレは黙って拝聴していた。

「そしたら、モーちゃんにばったり会ったからさあ、これは令実ちんが来るまで引っ張れば令実ちんも喜ぶかなと思った訳。プレゼントは買えなくなっちゃうけど、そんなの明日でもいいからさ。そしたらモーちゃん他に好きな女いるとか言うから困っちゃったよ。わたしこんな話令実ちんに言えない。てゆうかぶっちゃけモーちゃん、令実ちんからのチョコ受け取る?」

「別にくれる分には、もらうけど……」

 明後日の飲み会への参加が、途端に億劫になりながらオレは答えた。別に大石のことは嫌いじゃないし、振袖姿はなかなかだったから、そんな女が好意を持ってくれたことはありがたいと思う。しかし他の女を気にしているからと不機嫌になられるのは心外だ。いや不機嫌になっているのは、大石本人ではなくアンバランス上島だが、しかし大石の友人が、オレが大石を受け入れないからといって不機嫌になるのは心外だ。

 そんなんだったらいっそチョコなどもらわない方が気が楽だが、しかしだからといって、たかがバレンタインのチョコを拒否するのも気が重い。全くこんな話は、聞かなければよかったと思う。だがすっかり気落ちしたオレに対しアンバランス上島は

「でも令実ちんの気持ちは、受け入れられないんでしょ」

 と更に詰め寄ってきた。何だかまるでオレが悪者みたいだなあと思う。

「気持ちを受け入れられないんなら、チョコも受け取るなって言うんなら、別に断わるよ」

「えー、チョコも受け取らないんじゃ、令実ちんショック受けそう」

「じゃあ、チョコだけはもらうよ」

 全くどうしろって言うんだ? と、オレは頭にきた。オレは大石の気持ちを受け入れるつもりは無い。だがいたずらに、大石を傷付けるつもりも無い。だから彼女がオレに気持ちを伝える手段としてチョコを渡したいと言うなら、チョコなど消え物だし、堅苦しく考えずに美味しく頂こうと思う。だがその際に気持ちを受け入れられないことは丁重に伝えようと思う。

 それなのにそれがショックだと言われても困る。愛の告白というものは、どんなやり方であったって拒否られればショックなものだし、それは仕方の無いことだ。それが嫌なのなら、気持ちを伝えようなどと考えなければいい。

 気持ちを受け入れられないんなら、チョコも受け取るなと言うんなら、最初からバレンタインなど利用せずに、手ぶらで告白してくればいい。別にそんな西洋のイベントにわざわざ乗っかる必要もあるまい。大体バレンタインに、女の側からの愛情表現しか許されないのは日本だけだ。

 別にオレはバレンタイン反対者ではないし、バレンタインというものが、日本で独自の発展を遂げてしまった点についても、そんなに問題視はしていない。日本人というものは他国の文化を独自にアレンジするのが得意な民族だからだ。その特徴には、長所もあれば短所もあるが、長短ひっくるめてそれが日本の文化であり、日本人の国民性というものだとオレは解釈している。

 とはいえその発展の経過と結果には、いささか気がかりな点もあるが、しかしそれを言うのなら、バレンタインを例に挙げるのは弱いだろう。バレンタインごときを槍玉に挙げる暇があったら、まずは聖なる夜であるクリスマスイブに、ラブホが満室になる状況を憂うべきだ。

 だがバレンタインやクリスマスを、日本人がどのように発展させたかという以前に、大石がチョコと気持ちを渡したがっているから、両方受け取ってくれという論理は困る。これこそ悪い意味での日本人的解釈だ。世に存在する一つのイベントを、自分が楽しむためだけに、自分の理屈で解釈してしまっている。

 だが現在の日本に於いて、バレンタインというものは、お歳暮やお中元のような意味合いもある。つまり差し出されたチョコを拒否するのは失礼に当たるのだ。そんな社会通念の中でチョコを受け取るなら、気持ちも受け取れとか何とか、求められても困ってしまう。

 そういった社会通念が嫌なのなら、そもそも、日本的社会通念に毒されたバレンタインなどを告白の手段に用いなければいいのに、お祭り好きな国民性が災いして、身勝手に利用しようとしてしまう辺りが、アンバランス上島の矛盾点だ。

 というかこの女は、自分の保守傾向を棚に上げて、年上の人間は守りに入っていると難癖をつけてみたり、自分の平凡な顔立ちを棚に上げて、歩く身代金みたいな装いをしてみたりとあまりに矛盾点が多過ぎる。いくら人間は矛盾の生き物とはいえ、これではあまりに矛盾が勝ち過ぎじゃないだろうか。

 そんな風にオレが苛立っていると彼女は

「チョコだけ? プラスアルファーのプレゼントは?」

 と尋ねた。そんなことまでも、受け取る側が前もって考えておかなければならないんだろうか。

「つーかプラスアルファーがあろうと無かろうと、オレの結論は変わんねえよ」

「そっかあ。困るなあ。これから令実ちんと色々探す予定だったのにそんなこと言われちゃうと……。でも今更令実ちんに、『何買っても無駄だから買うの止めなよ』とも言えないしー。ってゆうかあ、モーちゃんと会ってるのを、令実ちんに見られても困るんだけど」

 確かにバレンタイン前に、大石に

「そのプレゼントは、無駄になる」

 と告げられない以上、アンバランス上島は、オレの意思を知らなかったことにしておかなければならないのだから、二人きりでいたことを大石に知られるのはまずいだろう。まだ約束の時刻にはなっていないが、大石とて早々に現れる可能性もあるのだから、オレは早々に退散した方が無難だろう。

 そこでオレは

「じゃあ、オレもう帰るよ」

 と言ってコーヒー代を卓上に置いた。何だか今日のコーヒーは、格別に苦かったような気がした。

「モーちゃん、その年上の人のことはしばらく令実ちんには内緒にしとくけど、とりあえず明後日の飲み会には、ちゃんと来てね」

「分かってる。じゃな」

 オレは立ち上がると、一人カフェを出て行った。数十分前には是非にと乞われて入った店だったのにすっかり邪魔者扱いされて追い出されるとは、いい面の皮だ。オレは怒りを通り越して、何だか悲しくなってきた。

 今考えてみると、アンバランス上島が年上女をやたらと非難したのも、オレと大石をまとめようと企んでいたからだろう。アンバランス上島は大石と仲がいいし、友人の恋路に協力しようとするのは分かるが、だからといって、オレの恋路にケチをつけることは無いじゃないかと悲しくなった。

 そもそもオレはアンバランス上島を友達だと思っていたのだ。学校の外で、二人きりで会ったことは無かったが、ゼミの連中何人かと遊びに行ったことはあるし、電話やメールのやり取りもある。とはいえ彼女はオレよりも大石の方と仲が良いし、オレは別に、大石とアンバランス上島の親友の座を巡って争うつもりも無い。アンバランス上島が、大石を優先したければすればいいし、それは当然のことだと思う。

 だがだからといって、大石の恋心を満足させるために、オレの想い人にいちゃもんをつけることは無いじゃないか。オレは当初、アンバランス上島は純粋にオレの事を思って忠告してくれていると思っていたのだ。アンバランス上島が大石の気持ちを打ち明けなければ、オレは最後までアンバランス上島の言いがかりを、忠告だと思い込んでいただろう。全く何てことだ。

 オレはすっかり心を傷付けると、チャリンコを引きずるようにして、トボトボと家路を辿った。何だか人混みにいるのが辛かった。いや人口が二十万にも満たないK市は、市の中心部も大した人混みではないのだが、しかし人口密度の問題ではなしに、オレは人間に会うのが億劫だった。

 親しんできたつもりのアンバランス上島でさえ、オレをこんなにも傷付けるのなら、ましてやどこの馬の骨とも分からぬ人間共が、オレを傷付けないはずが無いように思えた。そしてたかがあれしきのことでこんなにも傷付く自分の弱さに、オレはますます傷付いた。

 アパートに辿り着き自室のドアを開け、ダウンとキャップとマフラーをかなぐり捨てたオレは、そのままゴロンと万年床の上に横になった。もう二ヶ月も干していない布団は冷たく湿っていた。そのまとわりつくような重い湿り気の正体が、オレの体から排出された汗なのだと気付いた瞬間、自分が鬱陶しいほどにウェットな気質であることに思い当たり、自己嫌悪に陥った。

 その時突然、頭の中で

「お前みたいなのを、女の腐った奴って言うんだ」

 というオヤジのセリフがこだました。丸刈りにされ泣きじゃくったオレに対し、発せられたオヤジの言葉。何たる女性蔑視的な発言なんだろう。

 だが当時のオレはそういう風には捉えなかった。いやオヤジが男尊女卑的な傾向があることは、子供心に何となく感じてはいたが、当時のオレにとっては、男女差別が社会的に正しいか否かではなく、オヤジの思想にオレが合っているか否かの方が問題だった。

 あまりよくない親を持った人間なら誰でも感じることだろうが、幼い人間にとっては、親は神なのだ。正しいとか間違っているとかいう以前に神なのだ。いや何が正しくて何が間違っているかは、神がお決めになることなのだ。オレはオヤジが、女を馬鹿にしていることを知っていた。そして男は男らしくあらねばならないと考えていることを知っていた。だから息子であるオレに対し、必要以上に男らしさを求めていることも知っていた。

 男らしくあらねばならないはずのこのオレが、色気づいて髪型を気にし始めるなど、オヤジにしてみれば許し難かっただったろう。ましてや丸刈りにされたからといって、泣きじゃくるなど……。

 偉人伝なら、こんな時には世にも優しい母親が登場して、父親の横暴に泣き崩れる息子をそっと抱き締めたりするのだが、残念ながらオレのオフクロは、そういうタイプではなかった。そのため前述した通りオレはオヤジの心理分析を聞かされて更に落ち込む羽目に陥ったのだが、こうして考えてみると、オレが野際帆野香に何のアタックもせずに、一人勝手に玉砕してしまったのも、無理からぬことのように思える。

 丸刈りにされたという事実以上に、当時のオレは、オヤジに「女の腐った奴」と評されたことにガックリきてしまった気がする。神がオレを「女の腐った奴」と評するのなら、確かにオレは「女の腐った奴」であろうと思えたし、「女の腐った奴」である上に、丸刈りの自分など、帆野香が相手にするはずは無いと思ってしまったのだ。

 だが帆野香のことはもうどうでもいい。オレは彼女に未練は抱いていない。問題なのは、帆野香に対する恋愛感情をさっぱり失った今になっても、当時の件に傷付いているということだ。「女の腐った奴」と評された件に傷付いているということだ。

「女の腐った奴」とか「女々しい」とかいう言葉が、女性差別に当たるかどうかということは、どうでもいい。いや「どうでもいい」などという無関心さが、そもそも差別というものを助長させることは知っているし、そのような表現は、好ましくないと理解しているだが、結局オレは好ましくない表現を用いられるほどに弱い人間であると、当時のオレにとっての「神」に、評されたということだ。

 そう、当時の「神」だ。今やオレにとってオヤジは神ではない。オヤジは整形をしてもなお常人より醜い顔を持つ自分を卑下するあまり、客になった途端、威張り散らす器の小さな人間だ。彼の女性蔑視やオフクロに対する態度の冷たさも、結局は自信の無さからきているのだろう。つまらない小さな人間だ。そんな人間に幼い頃に罵られたからといって、なぜ傷を引きずる必要がある?

 分かっている。分かっているのだ、理屈では。けれど理屈は人間を救わない。そうだろう? ある人は

「幸せは、人の心の中にある」

 と言う。確かにそれは真理だ。あり余るほどの財宝を持っていても不幸な人間もいれば、一文無しでも幸福を噛み締められる人間もいるだろう。

 だがだからといって

「だから、自分は幸せだ」

 と自分に言い聞かせたとしても、幸せにはなれないのだ。人間の心は理屈通りにいかない。小学生の頃に受けた心の傷を蒸し返すことがどんなに馬鹿げたことだと理解しても、傷は傷として自分を苦しめる。そしてこんな自分を酷くみっともないと思う。

 発端はアンバランス上島の打ち明け話。あんな些細な話なのだ。もしかしたら他の男だったら、手の届かなそうな芦沢小春のことなど止めて振袖娘大石と付き合うかも知れない。いや付き合わないにしても、オレってモテるじゃんくらいのことは考えるだろう。

 おそらく他の多くの人間だったら、今回のアンバランス上島との会話は、自分を喜ばしこそすれ決して落ち込ませる類のものでは無い。それにも関わらずなぜオレは、こんなにもへこんでしまったんだろう。

 先程の出来事が、大したことではないと分かっているからこそオレは、こんなにも小さな出来事に気を塞いでいる自分に更に憂鬱を感じた。こんな下らないオレのことを、芦沢小春はどう思うだろう。何も言わずただ抱き締めてくれたらどんなにい良いだろう。酸いも甘いも噛み分けた年上の女が、そっと包み込んでくれたなら、きっと安らげる気がする。けれどそれを芦沢小春に求めるのは怖い。彼女に自分の弱さを傷を晒すのは怖い。

 オレは多分女というものに、母性を求めているんだろう。今まで同い年の女を好んでいたのも、結局は同学年の女の大半がオレより生まれが早いからだろう。古い考えを持つオヤジの影響で、おそらくオレは今まで、正面きって年上の女を求められなかったんだろう。けれどいざ求め始めてしまうと今度は自分の欠落部分に気付かされる。

 オレに足りないのは、おそらく男親からの愛情ではなく女親からの愛情だったのだ。そうオレはオヤジに傷を与えられたが、その癒しの手段として、オヤジからの愛情は求めていないのだ。オレは多分オヤジのことは諦めているのだ。だがオヤジによって傷付いた心をオフクロが癒してくれなかったのが不満なのだ。それはなぜか?

 多分それはオレが男だからだ。男のオレは、オフクロが与えてくれなかった愛情を他の女に求めることが可能だ。だから知らず知らずの内に、年上の女を求めていたのだろう。思えばクラスのリーダー的存在だった帆野香に好意を寄せたのも、その表れだったのかも知れない。オレは幼い頃から少しずつオフクロに対する不満を抱え、その捌け口を求めていたのかも知れない。

 だがそんな分析が一体何になるだろう。オレは芦沢小春を好きになっておきながら、結局は彼女に弱味を見せられないのだ。けれどそれは当たり前だ。オレより年上だからといって、芦沢小春が母性にあふれた女だとは限らない。いや仮に母性的な女だったとしても、オレに母性を示すのを良しとしてくれるかどうかは分からない。だからオレが彼女に素直になれないとしても当然だ。

 けれどならば、年上だからという理由で芦沢小春に恋心を抱くのは、無意味なはずだ。それなのに、だからといって想いを冷ませないのが恋愛の矛盾だ。だがそれは仕方が無い。そもそも芦沢小春を好きになった理由は彼女が年上だったからだが、それは理由の一つに過ぎないからだ。そしてオレは、他の理由については我ながらまだよく分かっていない。当たり前だ。オレはまだ芦沢小春のことをよく知らないのだから。

 だから芦沢小春のことをもっと知りたいと思う。そうだからオレは、彼女に連絡先を尋ねたのだ。けれど今やオレは連絡を取るのが怖い。あんな些細な出来事で、過去にまで遡って落ち込んでしまう自分が嫌でたまらないからだ。こんな下らない自分を、芦沢小春が許容してくれる訳が無い。けれどオレは下らない人間だからこそ彼女を好きになったのだ。

 好きだから知りたい。けれど自分のことは知られたくない。自分のことは知られないままで彼女のことを知りたい。

 こたつの足元に、昨夜放り出したままの電子辞書が転がっているのを目に留めたオレは、それを手に取ると「アシザワ」を一括検索してみた。けれど該当は無かった。「三浦」と「佐藤」は載っていたのに、「アシザワ」は無かった。ただ広辞苑が「足触り」と「足障り」を載せていた。

「アシザワリ」などを調べても、全く意味は無いのに、「アシザワ」情報が得られなかったオレはせめてもの代わりにと、「足触り」を開いた。


【足触り】足に触れる感覚。


 そんな当たり前の文章に、オレは一瞬ドキリとして、芦沢小春の黒い水玉模様のタイツの脚と、グレーのダイヤ柄のタイツの脚を思い出した。

 足触り、足に触れる感覚。足に触れる感覚。足に触れたい。脚に触れたい。芦沢の脚に触れたい。黒だろうとグレーだろうとタイツなんか剥ぎ取って彼女の脚に触れたい。芦沢小春の脚を見たい。彼女以外の女の脚観察なんて糞食らえだ。

 オレは辞書の電源を切ると、そのまままた万年床の中に突っ伏した。脳裏に黒いタイツを履いた芦沢小春の脚と、グレーのタイツを履いた芦沢小春の脚が、交互にぼんやりと浮かぶ。ぼんやりと。

 彼女の脚観察を怠っていたオレの脳裏には、それはぼんやりとしか浮かばない。そんなことではタイツを剥いだ素の脚など適切に妄想出来るはずも無いのに、オレの頭の中で、邪魔なタイツは剥ぎ取られ、輝くばかりに白い二本の脚が、こめかみの中に広がり始めた。

 このままバイトにも行かず、明後日の飲み会にも出ず引きこもっていられたら、どんなにいいだろうと思う。飲み会はさておき居酒屋のバイトはあんなに気に入っていたのに、今やオレは全ての人間と接するのが物憂い。この世の全てが気だるい。

 誰とも接すること無く、このままひたすら芦沢小春の幻影と遊んでいられたら、どんなにいいだろう。そうすればオレは最早誰にも傷付けられず過ごせるはずなのだ。






 どうやら俺は眠かったらしい。幻想の脚と遊びながら眠りに落ちた後、パンツを履き替える必要に迫られて目を覚ました頃には、オレはすっかり、先程の内気な心とおさらばしていた。

 眠りにつく前には、人と会いたくなくなったり引きこもりたくなるのは当然だ。普段なら自分の眠気を自覚した上で、内にこもった気分が高まっていくのだが、時々どういう訳だか、眠気を自覚する前にこもった気分だけが芽生えることがある。

 こういう時はふと、赤ん坊の気持ちが分かるなあと思う。眠いならさっさと寝ればいいのに、なかなか眠りにつかず、ぐずぐずとあやされることを望んで泣き出すあの小さな生き物たち。成人したオレですら時々睡魔の到来に気付かず気分を滅入らせることがあるのだから、あの小さな生き物たちが、己が眠気を認識せずにぐずるのは、無理も無いことに思う。

 いや赤ん坊ではなくても、案外自分の眠気に気付かず、塞ぎ込んでいる人間は多いんじゃないだろうか。例えば引きこもりとかニートとか言われる連中の何割かは、もしかしたら単に、睡眠が足りてないだけなんじゃないだろうか。

 不規則な生活やゲーム漬けの生活のせいで、良質な睡眠が取れない彼らは、万年寝不足状態で、そのせいでやる気が出ずに、学校へも行かず仕事もせずにいるんじゃないだろうか。それなのに家族や周囲の連中は、意欲の問題だと思い込んで見当違いな方法を模索しているんじゃないだろうか。

 意欲を持たせるには、まず適切な休息を与えるべきだ。やはり心身共に健やかであるためには、規則正しい生活を送り、良質な睡眠を得ることが肝要なんじゃないだろうか。

 ……なんてことを、居酒屋で深夜までバイトしてるオレが言っても説得力はありゃしない。まあでもオレのことはいい。オレは別に学校にはちゃんと行ってるし、親の乏しい仕送りをフォローするためにバイトはしているし、卒業後は普通に就職するつもりがある。そんなオレが少々宵っ張り生活を送っているからといって、そんなことは、大した問題じゃあないだろう。

 もし大した問題だと思う奴がいるんなら、オレにいくばくかの寄付をくれた上で、ご忠言願いたい。大学生が受ける仕送りの平均額は、ここ数年減少傾向にあるが、オレはその平均額を下回った額しか受けていないからだ。そんなオレが平均的な大学生生活を送るには、深夜給狙いのバイトをするくらいしか、方法が無いからだ。

 大体、健康的な生活などというものは、最低限、平均的な収入を得て初めて可能なんだから、(とはいえ建前としては、この日本では、国民は全て健康で文化的な最低限度の生活を送れることになってはいるが)貧乏なオレが、少々不健康な生活を送っているからといって、他人にとやかく言われる筋合いは無い。ただオレ自身が健康面で損をするだけの話だ。

 時の政府が、そういったことも承知の上で、格差社会に手をこまねいているのかどうかは知らないが、(まあ承知はしてるんだろうけどな)しかし極貧レベルではないものの、あまり裕福ではないオレが、経済状況ゆえに少々不健全な生活を送っているからといって、誰かに迷惑をかける訳じゃなし、ただオレ自身が損をしているだけなんだから、仕方無いだろう。

 とはいえオレだって損はしたくはない。しかし一見損だと思われることも、見方を変えれば得にもなる。何だかんだ言ってオレは居酒屋のバイトが好きなんだから、これも結局得だと言えるだろう。

 正直言ってオレは怠け者だから、もし金持ちの家に生まれていたら、おそらくバイトなどしなかっただろう。実際バイトなどせずに遊びほうけている連中を見ると、羨ましさは感じる。コツコツバイト代を貯めるまでもなく親に車を買ってもらっている連中を見ると、妬ましさが込み上げる。

 けれど別に強がる訳ではないが、居酒屋でのバイトも楽しいのだ。もしオレが財産家の家庭に生まれていたら、こういった楽しさは味わえなかったんだろうなあと思う。

 とはいえこの日本に於いては、どれほどのお大尽の家庭に生まれても、大概は卒業後に何らかの仕事に就くから、金があっても働く楽しさは享受出来る。しかし前述した通りオレは居酒屋を経営するつもりは無いし、居酒屋に就職するつもりも無い。そんなオレが、居酒屋での仕事の楽しさを満喫するには、やはりバイトの必要な貧しい学生という立場であることが、必要だった訳だ。

 そう考えると、平均を下回る仕送りというものもそう悪いものではないと思う。居酒屋のバイトにより、オレは観察の喜びだけでなく色々社会勉強が出来ているし、社会勉強というものは、なるべく頭と心が柔らかい内にやっておいた方がいいということを、実際に頭と心が柔かい内に、社会勉強したことによって、悟れたからだ。

 とはいえ、金が無ければ経験出来ない社会勉強もある。そういった経験に対する羨望もあるが、早い内に、金を払うのではなく稼ぐ経験をした人間、それも大してかっこいい訳でもない仕事をしたことのある人間だったら、生身の知識は、金を払った時ではなく金を稼ぐ時にこそ、得られることが多いと知っているはずだ。

 だが生身の知識を得るのはしんどい経験だ。だから元来が怠け者のオレは、もしうっかり大富豪の家に生まれていたら、バイトをしようなどと考えたりしなかっただろう。だからバイトをする必要に迫られている今のオレは、考えようによっては幸運だと言える。全く何というポジティブシンキングだろう。入眠前とは別人のようだ。うーむ睡眠万歳。ついでにバイト万歳。

 などと浮かれた気分でバイトに出かけて行ったオレだったが、その素晴らしいバイト先で、今夜はいささかげんなりする出来事が起こった。何とカメ子に、チョコを渡されてしまったのだ。

 帰り際カメ子に店の隅に手招きされ、何事かと近付いたオレに彼女は

「ちょっと、早いんですけどぉ」

 と言いながら、青い紙袋を手渡した。

 オレは「ちょっと、早い」の意味がさっぱり分からず

「これ、何?」

 と無粋な質問をしたが

「あー、一応手作り? なんですけどぉ」

 と言われようやく意味を理解した。

 バレンタインの二日前だったので、カメ子は「ちょっと、早い」という言い方をしたのだろう。明日はオレが個人的に毎週休みを取っている日曜日だし、明後日は店の定休日なので、当日に渡せないことを悟った彼女は、後日渡すよりは前倒しに渡す方を選んだということだろう。

 しかし「ちょっと、早い」の意味は分かったとはいえ

「あー、一応手作り? なんですけどぉ」

 のセリフは頂けないと、オレは思った。

 いやカメ子はそのセリフを言いながら、ついでにツタンカーメン顔も、うっすらと染めたから、(あんなに化粧が厚いのに頬が赤らんだ様子が見てとれたのは驚きだが、労働後ということもあり、化粧がはげかかっていたのかも知れない。とはいえ実際に彼女と対面しておきながら、「かも知れない」というのも妙だが、大抵の男がそうであるように、メーク崩れしているか否かということが、オレはイマイチよく分からないのだ)その様は、可愛らしいと言えなくもなかったが、しかし「手作り?」と語尾上げされてしまったことに、オレは抵抗を覚えた。

 とはいえオレはそれほどのうるさ型ではないから、世にはびこる語尾上げ現象の全てを、敵視している訳ではない。本来なら国文学を専攻しているオレは、世の語尾上げ現象全てに警鐘を鳴らすべきなのかも知れないが、しかし語尾上げする者の気持ちも分かる。人間、自分の話し言葉の全てになかなか責任は持てないし、その不安感が、語尾上げをさせてしまったとしても、ある程度は仕方が無いと思うからだ。

 例えば難しい名称を口にする場合や、うろ覚えの単語を口にする場合や、誰かの発言を別の言葉に言い直す場合などは、ついつい語尾上げ表現が入ってしまう場合もある。語尾上げせずにいちいち

「この言葉で、よかった?」

 などと相手に確認するのは、効率が悪いからだ。

 前述した理由で語尾上げをする場合は、聞き手もこちらの語尾上げの意図を、察してくれている場合が多いし、こちらも効率の追求のために語尾上げをしていることを、聞き手が察しているかどうか、反応を見ながら会話をするので、あまり支障は出ないものだ。

 ではこのように効率的な語尾上げを非難する人間がいるのはなぜか? それはおそらく、何でもかんでも語尾上げする人間が世の中にいるからだろう。別に難しい言葉を使った訳でもなく、単に自分の意見を述べているだけにも関わらず、あらゆる単語を、語尾上げする奴がたまにいるが、そういう奴らの話を聞いていると、語尾上げをあしざまに罵る人間の気持ちも何だか分かってきてしまう。

 しかもあらゆる単語を語尾上げする連中は、大抵、語尾上げに於ける前述の暗黙のルールを理解していないので、相手の反応などお構いなしに、何でもかんでもやたらと語尾上げしまくる傾向があり、非常に厄介だ。

 そもそも語尾上げとは、通常日本語に於いては疑問形で使用される発音であるため、語尾上げをされた場合は、話し手がその文節で使用した言葉が、正しかったか否かの疑問を抱きその疑問により生じる不安を抱いていると考えられる。その不安を解消するために、語尾上げしつつ、聞き手の反応を見ているのだろう。

 ところが何でもかんでも語尾上げするタイプの人間は、語尾上げの際に、相手の反応を見ていないケースが多いので、聞いている内に何だか不安定な気分になってくる。

 例えて言えば

「右良し、左良し」

 と口では言いながら、その実、全く左右を見ていない教習生の隣に乗ってしまった、教官の気分だと言えばいいだろうか? (車を持っていないくせに、なぜそんな例えが出てくるのだと思われるかも知れないが、オレは免許は持っているのだ。しかもその費用はバイト代を貯めて捻出したものだ。だから今のところ車を買う金が無いのだ)

 発言と行動があまりに一致していない人間と話をしていると、その不一致さに、何だか不安な気持ちが芽生えてしまう。カメ子にしたって、一体どうして「手作り」という言葉を語尾上げしてきたのかオレにはさっぱり分からない。自分で用意したチョコが、「手作り」かどうか分からないんだろうか。そんな得体の知れない代物を、オレは食らわねばならないんだろうか。

 何やら毒入りチョコでも受け取るような気分でその紙袋を受け取ると、オレはチャリンコで、トボトボと帰宅した。何だかここのところ、毎回チャリでトボトボ帰宅しているような気がするが、事実なのだから仕方が無い。

 帰宅したオレは紙袋をそのまま冷蔵庫に突っ込むと、そういえば芦沢小春に、連絡してなかったなと考えた。芦沢小春のくれたメモにはメアドしか書かれていなかったので、連絡するにはメールしか無いのだが、出がけにギリギリまで寝ていたので、メールをする時間が無かったのだ。

 もっとも寝る前にはメールをする気力は無くなっていたのだが、眠りから覚めたオレは、すっかり気力体力共に回復し、バイト後の今もメールする気は満々だった。先ほどのカメ子の一件で少し気分はくさくさしたものの、いやくさくさしたからこそオレは、ぜひ芦沢小春に連絡したくなった。しかしあまりに時間が遅過ぎるので迷いもあった。

 別にメールなどいつ送ってもいいような気もするが、しかしもし、オレのメール音で彼女の安眠を妨害してしまったら、オレのイメージが悪くなってしまう。

 オレはメールは翌日に回すことにして、風呂に湯を溜め始めた。ユニットバスなので本来なら湯は溜めるべきではないのだが、K市は冬は、地元の人間曰く「関節を突き抜ける風が吹く」ほど底冷えするので、さすがにシャワーだけでは寒くて仕方が無い。とはいえユニットバスのバスタブに湯を溜めては、洗い場が無くなってしまいそうな気がするが、別に湯の中で、体を洗ってはいけないという法も無い。

 実は当初は、まず体を洗ってから、最後に湯を溜め浸かってから出るという方法を試してみたのだが、浴槽の中で、ただひたすら湯が溜まるのを待たねばならない事実にうんざりして、最初から湯を溜めるようになったのだ。最初にまず体を洗っていた時は、洗っている最中に体が冷えてどうしようもなかったが、まず湯を溜めるようになってからは、体も冷えず、湯が溜まるまでの間は着衣のまま別のことが出来るので快適だ。

 こういった生活の知恵は、なかなかテレビでも紹介されないので、自分の力で会得していく他は無い。身近な人間にしても、例えばオフクロがいくら家事のエキスパートだからといって、ユニットバスの効率的な利用方法にまで精通している訳ではない。また大学の友人たちにしても、皆が皆一人暮らしをしている訳でもなければ、一人暮らしの者でも皆が皆ユニットバスを使っている訳でもない。

 またユニットバスの者でも、皆が皆毎日風呂に入っている訳ではないのだから、(他人のことは言えないが、一人暮らしの男子学生は大抵不潔なもんだ)自分にとっての快適な生活というものは、結局自分で模索しつつ、編み出すことになる訳だ。

 さて自身の力で編み出した生活の知恵により、ホカホカと温まった体で、風呂から出たオレではあるが、肉体の快適さとは裏腹に心はまるでくつろがず、なぜか切羽詰った想いで芦沢小春のことばかり考えていた。

 一人暮らしの人間の休日は忙しい。溜まっている洗濯もしなければならないし、掃除もしなければならないし、日用品の買出しにも行かねばならない。そのためには今夜は早く寝なければならないのだが、昼寝の影響か眠気はさっぱり訪れず、オレは湿った煎餅布団の中で、虚しく寝返りを打ち続けた。

 こんなに芦沢小春の事が気になるのなら、やはり今からでも、メールを送ってしまおうかとも思ったが、やはりオレは躊躇していた。仮にケイタイがマナーモードになっていたとしても、彼女が寝ていたとしたら翌朝以降でなければレスは来ない。そうすると今度はレスが気になって、眠れなくなりそうな気がしたからだ。

 だがそうはいっても、芦沢小春のことが気にかかって仕方が無いオレは、折衷案を思いついた。せっかく今連絡を取る気が満々なのだから、メールの文章だけ作成しておけばいいと考えたのだ。

 とはいえしょっぱなから長文を送りつけては、一気に引かれてしまう可能性がある。だからあくまで文章は簡潔にしなければならないが、簡潔でありながら、充実感のある文章というものは、オレにとってはむしろ長文を打つよりも困難な作業だ。そもそもオレは、文章を読んだり書いたりするのが好きだから文学部に入った訳だが、好きだからこそ、ついつい手紙やメールが長くなってしまう傾向がある。だからいつも断腸の思いで、文章を短縮しているのだ。

 そんなオレが短文を作成するにはそれなりの時間がかかると推測される。眠れない夜には、うってつけの作業だと考えられた。

 結局あれこれと無い知恵を絞り奮闘したオレは、次の文章を作成した。


タイトル 毛利春樹です。初メール送ります。

本文   昨日はどうもありがとう。楽しかったけど時間が短かったから、反って小腹が空いたような物     足りないような気分です。今度はもう少しゆっくり、御飯食べに行かない?


 このメールのポイントは、「反って小腹が空いたような物足りない気分」という部分だ。

 つまり芦沢小春と慌しい昼飯を食べたオレが、「反って小腹が空いた」ということは、考えようによっては、単純に食事量が足りなかっただけという捉え方も出来る点がミソなのだ。

 とはいえ普通に考えれば、このメールは、「もっと一緒に過ごしたかった」というアピールに他ならないのだが、ひょっとしたら単純に、食事量の問題なんじゃないだろうかという懸念を起こさせることも可能だという点が重要なのだ。

 つまり芦沢小春を、

「『物足りない』ってどっちの意味? 『もっと一緒に過ごしたかった』っていう意味だって、捉えたりしたら自惚れ?」

 と、惑わせることが目的なのだ。

 人間というものは、相手が明らかに自分に好意を持っていることを理解すると、あまり心を悩ませない。無論これから男女交際を始めましょうという時点だったら、相手にある程度の安心感を与える必要はあるが、まだお互いよく知らない内に、必要以上の安心感を与えることは無い。

 そもそも相手が、オレの好意を確認し安心したいと望んでいるとは限らない。それにも関わらず先走って好意を押し付けたりしては、むしろ迷惑だと思われかねない。大体オレにしたって、いくら芦沢小春が気になるからといって、「じゃあ彼女を愛しているのか?」と問われたら困ってしまう。

 まだよく知らない相手のことを、オレは大海原のような広い心で愛したりは出来ない。結局今の時点では、オレは芦沢小春のことが気になっていて、また会いたいという気持ちを持っているという以上のことは言えないのだから、その辺を、軽く匂わせる程度にしておくのがベストだろう。

 とはいえ芦沢小春に、当然のように、「『もっと一緒に過ごしたかった』」って意味ね」と捉えられてしまう可能性もあるが、それはそれで構わない。もし彼女が「あたしに惚れたのね」と思ったとしても、それは彼女の勝手な勘違いなのだから、オレには責任が無いからだ。

 それにどちらにしろ、「『もっと一緒に過ごしたかった』って意味ね」と、捉えられた場合は、昼飯の事実に「小腹が空いた」という言葉を引っかけたオレのセンスを、認めてもらえる可能性がある。

 仮に認めてもらえなかったとしても、「小腹が空いた」という表現があるからこそ、スムーズに「今度はもう少しゆっくり、御飯食べに行かない?」と、つなげられたのだから、つまりは無理の無い流れで再度の誘いをかける事が出来たのだから、どう転がっても「小腹が空いた」という表現は、効果的な働きをするということだ。

 もう一つのポイントは、タイトルの「初メール送ります」という部分だ。いちいちそんなことを説明しなくても、これが初メールであることは分かりきっているのだが、敢えてそう説明することによって、何となく次回もまた、メールを送る予定があるかのような気分を持たせられる可能性がある。

 芦沢小春に次もまたメールが来るのだろうと予想させるということは、ひいては彼女に、期待を与えることにつながる。人間は吉凶に関わらず予想の実現を望む傾向があるからだ。ということは今の時点で、芦沢小春がオレからのメールを、大して喜んでいなかったにしても、これからもメールを送る可能性を示唆することにより、知らず知らずの期待を、彼女に抱かせられる可能性があるのだ。

 そんなことを考えながら作成済みのメールを読み返していたオレは、ということは、オレはこれからも、芦沢小春にメールを送ろうとしているということだろうかと思い当たった。

 先のことは分からない。今オレの心に宿るこの感情が、恋愛感情に発展するものなのかどうかも分からない。分からないがオレはもう一度、いや一度と言わずに二度三度彼女に会いたいという願いを今抱えている。ということは、会う為の手段としてのメールも今回限りではなく何回も送りたいと思う。そのためには、この初回メールにミスがあってはならないと思う。

 大学に提出するレポートも、これくらい推敲を重ねれば、もっと教授の覚えが良くなるのかも知れないなあと思いながら、作成済みの文章を読み返したオレは、散々頭を悩ませた挙句、「反って」を「かえって」に「御飯」を「ご飯」に変更する事にした。

 漢字の配分を増やした方が、五つ上の芦沢小春になめられずに済みそうな気がするし、通常男は女よりも、漢字の配分が多い文章を作成する傾向があるから、(警察は差出人不明の脅迫文や犯行声明などを、漢字の量で性別の判断を行うとを聞いたことがある)変更しない方が、男らしさのアピールになる気はする。でも彼女が男らしい男が好みだとは限らないし、それ以前に彼女が万一「反って」を読めなかった場合に、反ってマイナスになると思ったからだ。

 メールの中に読めない漢字があった場合、意味が正しく伝わらないし、芦沢小春のプライドを傷付けてしまう可能性がある。オレが同い年や年上なら、彼女もそう恥をかかずに済むが、五つも年下の人間が自分よりも漢字に詳しければ彼女もやり辛いだろう。

 とはいえオレは国文学を専攻しているのだから、芦沢小春より漢字に詳しくても、何ら不思議は無い。しかしオレが国文学を専攻していることを彼女は知らないのだから、(とはいえ彼女が、学生時代に何を専攻していたかは、オレも知らないのだが)彼女が勝手に恥をかいて気後れしてしまう可能性がある。まだよく知らない間柄の相手に恥をかかせることは、慎まねばならない。

 しかしそうは言っても、さすがに「御飯」くらいは読めるだろうが、(オレとしては「反って」が読めない女は許容出来るが、「御飯」が読めない女は、許容出来かねる)しかし「御飯」よりは、「ご飯」の方が当たりが柔かい気がする。教授に提出するレポートじゃあるまいし、あまり堅苦しい文面は女に送るものとしてはふさわしくないだろう。

 以上の思惑で作成した文章を、オレは何度も何度も読み返した。こんな経験は久し振りだった。友達に送るメールをオレは日頃、一度しか推敲しないし、前カノの和音に対してもそうだった。別に愛情が無いから一度しか推敲しなかった訳じゃない。恋人という存在に対しては、メールは内容よりもむしろ迅速さを考慮する方が愛情表現になるからだ。

 けれど恋人未満の関係では、迅速さは必ずしも喜ばれない。もちろん相手のプライドを傷付けないためにはある程度のスピードは必要だが、スピードよりも内容の方がずっと、今後の二人の関係を、確定する力を持っているからだ。

 ケイタイを閉じ再び煎餅布団に潜り込んだオレは、暗闇の中でぼんやりと、和音のことを考え始めた。彼女に送った初めてのメールの内容は、一体どんなものだっただろうか。考えれば思い出せそうな気がしたが何だかもう頭が働かなかった。ただどんなメールだったにしろ、和音を思い出すこと自体が久し振りで、その事実に何やらオレはハッとした。

 別れて一ヶ月くらいは、和音の一種愚鈍な爽やかさにあふれる性格や、ガリガリにやせた体や薄いネコッ毛などを、毎日のように思い出していた記憶があるのだが、いつの間にやらオレは彼女の記憶から解き放たれた。そして久し振りに思い出そうとしている今、オレはその記憶を現在の参考に使おうとしている。その事実にオレは夢現にハッとした。

 別れた時はあんなにも切なくて、幻影に毎日のように苦しめられ、和音の追憶に縛られている自分をはかなんだものだった。それなのにいつの間にやら自分は、思い出から解放されていただけでなく、思い出を現在のために利用しようとするほどに、したたかになっていた。それに気付いたオレは、これも一つの「昔の恋を忘れる」ということなんだろうと思い当たりつつ、健全な眠りの中に落ちていった。






チャイムの音でオレは目を覚ました。寝ぼけ眼をこすりつつ、玄関に向かって「はい?」と呼びかけたが返事は無い。人の家を訪問しておきながら、ドアを開けるまでは名乗りもしない輩は、意外に多くて忌々しい。

 物騒な時代だから、本当はドアスコープで相手を確認してから、ドアを開けるべきだだとは思う、しかし相手が変装していた場合は覗いても無駄だからオレはいつも確認せずにドアを開ける。大体ドアを開ける前に名乗るられるの待つのも、嘘をついている可能性を考えれば無駄な気もするが、しかし真偽に関わらずそれが礼儀じゃないかとオレは思う。

 ガチャリとドアを開けると、相手はようやく

「宅急便でーす。えー、ハンコ願いまーす」

 とオレの顔を見ずに、何やら機械を操作しつつ間延びした声を出した。だったらドアを開ける前に言えよ。また部屋の中に、ハンコ探しに戻るのは二度手間だろ? とオレは苛付いたが、こんな時のために靴箱の中に、ネームスタンプをしまってあるので安心だ。素早く取り出したネームスタンプでさっさと捺印したオレに、宅配業者は一瞬目を丸くしたが、すぐに小さな箱をオレに押し付けると、「どーもー」と言って立ち去って行った。

 オレの効率的な工夫に感心し、少しは己が非効率さを反省しやがれ。心の中で宅配業者を罵ると、オレドアを閉め箱に書かれた差出人の名前を見た。送り主は実家に残り地元の短大に通っている、妹の秋穂(あきほ)だった。

 オレは箱を持って部屋に戻ると、それをこたつの上に置いた。カーテンの隙間からこぼれる陽の光が寝起きの目に眩しい。けれどオレはカーテンを開け放ち、部屋の中に真昼の太陽を取り入れてから、箱をベリベリとこじ開けた。何やらプレゼントらしき紐状のリボンをかけられた小箱と、花の写真のポストカードが見える。それを裏返すと


Dear お兄ちゃん

元気ですか? バレンタインのチョコ作ったから送るね。

From 秋穂


 という実に簡素な文面が、ピンクの蛍光ペンで書かれていた。秋穂は電話では普通にしゃべるのだが、手紙やメールは苦手らしく酷く寡黙な女になる。兄のオレがかなりの筆マメだというのに、全く血の繋がりとは不思議なものだ。

 箱を取り出すとオレはリボンを解き蓋を開けた。何やら薄い色紙を細かく切って、グシャグシャにしたような物に底上げされながら、アルミの型枠の中に入れられた二種類のチョコが、二、三ひっくり返りつつも並んでいた。

 オレは手前のナッツの乗ったチョコを選ぶと、ポンと口に放り込んだ。ごくごく普通のチョコ味だったが、起き抜けの甘味が口内に広がりなかなか悪くない気分だった。その隣の、ピンクやら白やらの砂糖らしき物が振られたチョコも口に入れる。こちらも別に、普通に美味しかったが、奥に一つだけ色の濃いチョコがあった。

 なぜ一つだけなんだろうと思いつつ、その焦げ茶のチョコも口に入れる。味は他のチョコと特に変わらない。味の違いは無く、ただ色だけが濃いチョコが一つだけ紛れているのはバランス的にも妙な話だとは思ったが、オレはとりあえず、お礼の電話を入れておこうと、ケイタイを目で探した。

 昨夜メールを作成後こたつの上に置いたケイタイが、冬の太陽を受けて鈍く光っていた。そうだ、先に芦沢小春にメールを送らなくては。オレはまずメールを送るとようやく秋穂に電話をかけた。

「あ、お兄ちゃん? チョコ届いた?」

 ワクワクしたような秋穂の声が携帯から流れる。今までに秋穂からは、市販のチョコはもらったことがあったが、手作りチョコは初めてだったから、送った方としても高揚した気分があるのだろうと思いつつ、オレは

「ああ、さっきな」

 と答えた。

 とはいえ秋穂はたまにケーキやクッキーくらいは作るし、ご相伴に預かるのは、これが初めてではないのだが、やはり初めて作った菓子というものは、感想が気になるものなんだろう。

「もう食べた?」

「おう、ちゃんとチョコの味したぞ」

「やだ、チョコの味するのは当たり前じゃん。板チョコ溶かして固めてんだから」

 秋穂はそう言ってウフフと笑った。秋穂はいつも、自分の方が知識のあるテーマの会話になるとウフフと笑う。年齢的に基本的にはオレの方が物知りなのだが、そういう基本があるからこそ、たまに自分の方が知識があるテーマになると、嬉しくてたまらなくなるのか、あるいは物を知らないオレのことがおかしくてたまらなくなるのか、とにかくウフフと笑みをこぼす。

 無邪気なもんだと思いながらオレは

「何? じゃあ世の女共は、すでに出来上がったチョコを溶かして形変えて固めた代物を手作りチョコと称して配ってんのか?」

 とさも喫驚した様子で答えた。実を言えばそんなことはどうでもよかったが、ここで驚いて見せた方が、秋穂が喜びそうな気がしたからだ。

「あ、でもねえ手作り用の割りチョコ買って生クリーム混ぜたりする人もいるよ。わたしは面倒だったから、板チョコ買ったんだけど」

「ふーん、生クリーム混ぜる分手間がかかってるって事か」

 ふとカメ子に「手作り? チョコ」をもらったことを思い出した。まだ袋を開けてないから分からないが、もしかしたらカメ子も、板チョコを溶かして固めただけのチョコをオレに寄越したんだろうか。だから堂々と、「手作り」だと言えなかったんだろうか。

 そんなことを考えていると秋穂は

「あとは、チョコレートケーキとかチョコチップクッキーとか作る人もいるし、そういうのは手間かかってるから、本当に手作りって言っていいと思う。あ、でもケーキも自分で焼かないで、スポンジ買って来る人もいるけどね」

 と説明し始めた。

 男のオレとしてはそういう説明はありがたい気もするが、しかし説明されればされるほど、秋穂のくれたチョコが手抜きだった事が分かってしまうのに、それを意に介さずに馬鹿正直に説明する辺りが、こいつの可愛いところだよなあと思う。

「じゃあ手作りチョコもらっても、料理上手いかどうかなんて分かんねえな」

「誰かに貰った? 手作りチョコ」

「昨日一個な。まだ開けてないけど……。それより一個だけ色違うやつあったろ? あれは何だ?」

 オレはふと、自分がカメ子に対して残酷なことをしているような気がして話を変えた。チョコをくれたのはカメ子の方が早かったのに、オレはそれを開けもせずに、後で受け取った秋穂のチョコを先に食べた。そしてお礼の電話をかけ、一般的な手作りチョコ談義に興じるだけでなく、開けてもいないカメ子のチョコを話のネタにすることが、何だか申し訳無い気分になったのだ。

 すると秋穂は

「ああ、あれね失敗作なの。ウフフ。溶かしたチョコを搾り出し袋に入れて絞ってたら最後の方が固まっちゃって絞れなくなったから、牛乳混ぜたの。そしたら色が変わっちゃった」

 と言って再びウフフと笑った。箸が転げてもおかしい年頃とはよく言ったもので、秋穂は自分のそんな失敗も、おかしくてたまらないらしい。

「何だと? そんな失敗作をお兄ちゃんに寄越したのか?」

「だってケイ君にあげる訳にいかないもん。ウフフ。でも味は全然変わらなかったでしょ。あの失敗作はわたしとお兄ちゃんで半分こしたの」

 カレシの名前を出した秋穂は、照れ臭そうにもう一度ウフフと笑った。カレシに渡せないからと失敗作を押し付けられたことには、何となく嫉妬を覚えつつも、安心して失敗作を渡される兄という立場も心地好い。オレは曖昧な気分で

「ケイ君とは、上手くいってんのか?」

 と尋ねた。

 秋穂は残念ながら変則遺伝を受けなかったらしく、オヤジによく似た残念な顔立ちなので、兄としては秋穂の恋愛の行く末は心配なのだ。

「上手くいってるよ。それよりお兄ちゃん春休みは帰って来る?」

「いや正月に帰ったし、今回は帰らない」

「そっかあ」

 残念そうにつぶやく秋穂に、オレはふと嫌な感じがした。いや秋穂がオレを慕ってくれていることは嬉しいが、しかしオレの帰省を当たり前のように捉えている秋穂の愚鈍さが、少し不愉快だった。

 オレたちは割合仲のいい兄妹だから、両親の悪口もしばしば言い合う。ひょっとしたらきょうだいのありがたさというものは、両親の悪口を言い合える点に、あるんじゃないだろうかと思う時もある。もしもオレが一人っ子だったら、オレはとっくに親父に手を上げていたかも知れない。オレは秋穂と両親の悪口を言い合い発散することにより、実力行使を避けられている部分もある。

 だから秋穂が地元の短大に進学を決めた時、少なからずオレは裏切られた気分になった。家を出ようと思えば出られたのに、家に残った秋穂。あんなにオレに相槌を打っておきながら実際にはオレほど強い思いでは両親を嫌っていない秋穂。そりゃあそうだろう。オヤジは

「男の子は、厳しくしつけなければならない」

という思想の元、オレにはやたらと体罰を施していたが、秋穂には一度も手を上げなかったからだ。

 秋穂にはさほどオヤジを嫌う理由が無い。オヤジに傷付けられていない以上、フォロー下手なオフクロに対しても不満が生じる理由が無い。自分が苦しんでいないからだ。オレが両親にどんなに苦しめられたかなどということは、秋穂にとってはどうでもいいことなのだ。

 それでいて、両親に不平を鳴らすオレには相槌を打ち、一緒になって悪口を言い合う要領のよさ。けれどその要領のよさの自覚が無いばかりに、表面的に上の立場の人間に合わせる習い性によって、口ではどれだけ「イエス」とつぶやいても、相手の真意を理解せずオレの帰省に期待する愚鈍さ。そんな秋穂の弟妹気質にオレは少し苛付いた。あんな失敗作のチョコを受け取って嬉しがって電話をかけた自分が、馬鹿みたいだと思った。

 その時キャッチホンが入りオレは発信者の名前をチラリと見た。三浦幸雄からだった。何だか秋穂と、会話を続ける気が削がれ始めていたオレは、

「あ、キャッチだ。じゃあな」

 と言ってさっさと秋穂との電話を切った。渡りに船とばかりに、三浦に「もしもし」と呼びかける。「きょうだいは他人の始まり」なら、いっそ本当の他人としゃべった方が気が楽だった。

「あ、毛利? 今どこにいる?」

 ケイタイの向こうから、三浦の抑えたような声が流れてきた。三浦はこちらから電話をした時は睡眠中以外は大抵弾んだ声で応対するくせに、自分からかけてきた時は、静かな声色なので面白い。普通は逆だと思うのだが、どうも彼は受身な質らしく、自分からアクションを起こす時には何やら緊張してしまうらしい。

「家だよ」

「今から行ってもいい?」

「いいよ」

 そういえば三浦のことをすっかり忘れていたと気付いた。元々三浦の初デートを心配するあまりに、オレは訳の分からん計算に没頭したり、芦沢小春を尾行したりしていたのに、芦沢小春とメシを食ったりアンバランス上島とコーヒーを飲んだり、カメ子と秋穂にチョコを贈られたりしている内に、いつの間にやら三浦のことは、すっかり頭から抜け落ちていた。

 昨日まではあんなに心を砕いていたというのに、それをすっかり忘れてしまうとは、オレは何て情の無い人間なんだろう。というかもしかしたら俺はすごく気分屋なのか。オレは何だか三浦に申し訳無い気分になり、これからやって来る彼を、きちんともてなさねばと考えた。

 三浦様は弁当を買って来て下さるということだから、オレは飲み物を、用意しなければならない。水きりからコップを二つ取り出すと、オレは冷蔵庫に緑茶のペットボトルが入っていることを確認したが、その時カメ子にもらった青い紙袋が目に入った。

 そうだ三浦様は甘い物がお好きだから、デザートにチョコをお出ししたらどうだろう。オレは紙袋を引っ張り出すとガサゴソと中を探った。秋穂の時と同様、ポストカードと箱が出てきた。まずポストカードにチラリと目をくれると


TO 春樹さん

おいしかったか教えて下さいね。ばいみー。 メグ


 という文章と共にケー番とメアドが書かれていて、オレはげんなりした気分になった。

 美味しかったかどうか、わざわざ連絡しなければならないなんて憂鬱だ。どうせ明後日はまたバイト先で顔を合わせるのに、それでも連絡しなきゃいけないんだろうか。あんまりしゃべりたい相手じゃないんだけどな。

「ばいみー」という言葉も何だか腹が立つ。聞いたこと無いけど流行ってるんだろうか。それともカメ子のオリジナルか? 流行り言葉もそう好きではないオレだが、オリジナルは尚のこと嫌だ。オリジナルな言語というものは、親しい相手と会話している内に自然と生み出されるから楽しいのであって、別に親しくしたくもない相手が、勝手に使用しているのは興醒めだ。そもそもオレが流行語をあまり好まない理由もこの辺にある。

 オレは別に全ての流行語を否定するつもりは無いし、時代の変遷と共に、生まれ得るものだとは思っている。実際オレだって使用することはあるし中には便利なものもある。そういった言葉を自然な流れの中で使うのは合理的だと思うが、世の中には、流行語をわざとらしく使う輩がいるから嫌なのだ。

 まるで覚えたての言葉を使ってみたくてたまらない幼児のように、あらゆるシーンで、無理矢理に流行語を使う奴等がオレは嫌いだ。無論、幼児は幼児だから仕方無いが、ある程度の歳になってそんなことをしてる奴らは馬鹿丸出しだ。幼児がなすことは、幼児の内に済ませておけといった気分になる。もっともそんなことは本人の勝手かも知れないが、そういう奴らを嫌うのもオレの勝手だ。オレはこの「ばいみー」によってまずますカメ子に嫌気が差した。

 それに最後の「メグ」も気に入らない。カメ子の本名は武川恵なのだから、「めぐむ」と書くべきだ。それなのに「メグ」などと略されていると、つまりはこう呼んでくれという、意思表示なのかなという気がして、面倒臭くなる。オレはカメ子と親しくなりたくないのだから、彼女を「メグ」などと呼びたくないのだ。

 大体オレは呼び名を自ら指定してくるような奴が嫌いだ。浪人の頃、予備校で富蔵(とみぞう)という男に

「トミーと呼んでくれ」

 と頼まれてびっくりした記憶があるが、どうもそれ以来、自分で愛称を指定してくる人間に会うと、「トミー」こと富蔵を思い出して、げんなりした気持ちになる。

 いや富蔵は一見二枚目半の男だったから、周囲が彼を、「トミー」と呼ぶことに決めたのなら問題は無いが、初対面で「トミー」などと名乗られてしまうと、彼がいかに「富蔵」という名の醸し出す昭和テイストを嫌い、あかぬけた雰囲気を求めているかということが、ありありと感じられて、辟易した気分になったのだ。

 もし富蔵が「トミー」などと名乗らなければ、オレは彼を、見た目通りの二枚目半だと判断しただろう。だが「トミー」と名乗られたことにより、彼が何だか酷く無理をしているような、洗練された人間だと見なされようと必死に足掻いているかのような気がして、軽蔑の入り混じった哀れさを、感じてしまったのだ。

 大概の人間は、野暮ったいと思われるくらいなら、洗練されていると思われたいだろうしかし周囲にそう思わせるにはスマートな演出が必要だ。しかし初対面で富蔵が「トミー」と名乗ることは、スマートじゃない。自然な流れで、周囲に「トミー」と呼ばせることは難しいが、ならば別に、「トミー」などと呼ばれなくてもいいではないか。

 二枚目半の容貌で「富蔵」と呼ばれた方が、余程おかしみがあって、周囲に愛されるというものだ。それにも関わらず自分を「トミー」と触れ回る富蔵に、オレは痛々しさを感じて胸が張り裂けそうだった。自分の目指す方向性と本名のギャップに、必要以上に苦しんでいる人間を見ると、何だかとてもうっとうしい。

 とはいえ、恵が「メグ」と名乗ることは、富蔵が「トミー」と名乗るほどの痛ましさは無い。しかし自分であだ名を指定してくるカメ子は結局自己顕示欲が強い。全くニックネームくらい、周囲に委ねる鷹揚さを持てないもんだろうか。そこに余程の悪意が無い限り、呼び名なんてもんは周囲が決めることだ。アンバランス上島に「モーちゃん」なんて牛のように呼ばれてるオレの、懐のでかさを見習えという気がする。

 オレは忌々しいポストカードを再び紙袋に突っ込んだ。

「告白されて、嬉しくない人はいない」

 などと言う奴がいるが、そんなのは嘘だ。どう考えても好意を持てない相手に好意を示されるとオレは煩わしくてたまらなくなる。ならばもらったチョコも、そのままゴミ箱に突っ込んでしまえばいい気がしたが、オレは箱を取り出すとリボンを解いて蓋を開けた。兼業農家に育ったオレは、厭わしい相手からだろうと何だろうと、食べ物を捨てることに抵抗があるのだ。

 大体、嫌いな両親が育てた作物を食べて大きくなったオレは、今も嫌いな両親の稼いだ金から仕送りを受けその金で食べ物を買っている。嫌いな人間から与えられる食物を、食べ慣れているオレにとっては、今更カメ子に与えられたチョコを、拒む理由は無かった。

 箱の中からはちゃんとしたチョコレートケーキが出てきて、オレは酷くびっくりした。秋穂の言った通り、スポンジは買って来たのかどうかは見分けがつかないが、しかし見た限りでは手がかかっていそうなケーキだった。オレはカメ子の、「手作り? なんですけどぉ」の言葉の意味が、ますます分からなくなった。

 もしかしたらカメ子は、市販のケーキを手作りだと偽ったのだろうか。それとも自分で作ったにも関わらず、「手作り?」などと語尾上げしたのだろうか。どちらにしろ不愉快な話だ。凝ったケーキがオレに不快感を与えるなんて本当に疎ましい話だ。こんなことなら、板チョコを溶かして固めただけの秋穂流チョコをもらった方が、余程納得がいったのに。

 そんなことを思いながら、流し台の引き出しからフォークを取り出していると、チャイムが鳴った。ドアを開けると、Vネックセーターからシャツを覗かせ迷彩柄のパンツを履いた三浦が、弁当を二つぶら下げてニコニコと立っていた。上半身だけを見るとどこぞの良家のお坊ちゃん風だが、その印象を下半身の迷彩柄が緩和し、彼を一体どんな立場の男なのか分からなくさせていた。オレはそのいでたちをいたく気に入った。

 真面目でウブな男が、あまりに内面とかけ離れた、パンクなファッションに身を包むのは行き過ぎだが、さりとて真面目でウブな服装をして来られても、あまりに当たり前過ぎてつまらない。とはいえ三浦がこのような遊び心のある装いをするようになったのは、ごく最近だ。デートする相手が出来ると服装に凝り出すのは女だけではないのだな。

 オレは、寝起きのジャージ姿のままで

「おう、入れよ」

 とあごでこたつの方を指した。その時こたつの上に、秋穂に貰ったチョコが出しっ放しになっていることに気付き手を伸ばしかけたが、すぐに三浦に

「あれ、もうチョコ貰ったの?」

 と遮られた。

 秋穂には先ほどムカついたばかりだし、秋穂にもらったチョコを、三浦に食べさせたくない訳ではないが、しかしどちらかと言えば、カメ子のチョコの方を是非食べてもらいたかった……というか、少し押し付けたかったオレは

「あ、でもあっち先食べて」

 と秋穂のチョコを箱ごと床に下ろした。

 台所に引き返して、カメ子のチョコケーキとフォークを運ぶ。三浦は弁当の入った袋をこたつの上に置くと、「いいの?」と言いながら、早速ケーキを突付き始めた。

 あれあれデザートのつもりだったのに、もう食べちゃったよこの人はと思いながら、緑茶とコップをオレが運んで来ると、三浦は何やら真剣な顔で熱心に租借し

「これ、随分大人テイストだねえ……」

 と深刻な声を出した。大人テイスト? オレもフォークをつかむとケーキの端っこを削って口に入れてみた。途端に口の中にずっしりとした重みが広がった。全く何というビターなチョコケーキだろうか。

「本当だ。これはすごく苦い。『大人テイスト』なんてもんじゃねえよ。老人テイストだ。いや、棺桶に片足突っ込んじゃったテイストだ」

「毛利って、苦いの好きだっけ?」

「オレはお子様テイストだから、きれえだよ」

 吐き捨てるようにオレはつぶやいた。一体なぜカメ子は、こんな毒のように苦いケーキを寄越したんだろうか。ひょっとしたらカメ子は実はオレのことが嫌いで、嫌がらせをしてきたんだろうか。そんな風に考えていると、三浦もこのあまりに苦いケーキが不思議だったらしく

「じゃあ何で、こんな苦いのくれたんだろうねえ? 男は苦いチョコが好きだって思ったのかなあ」

 とつぶやいた。

 確かに一般的な男は甘い物が苦手な傾向があるが、それは単なる傾向に過ぎないのに、その傾向を唯一絶対的な真理として捉えられては甘党の男はたまらん。

「多分そうなんだろうけどこれはねえよなあ。つーか男心が分かってねえよ」

「男でも結構、甘いの好きな奴いるよね」

 オレの言わんとすることが分からなかった三浦が、ちょっとずれた返事をしたので、オレはすかさず

「つーかさ甘いの苦手ならそう言えるけど、苦いの苦手な場合は言い辛いじゃん? 男としては。だったらオレの好みが分かんねえなら、念のためちょっと甘目のチョコか普通味のを作っときゃいいんだよ。そういうのが女の気遣いってやつだよ」

 と息巻いた。

 一般的な傾向から外れた時に傷付くであろう自尊心を、想定する細やかさが欠けているカメ子に、オレは腹が立ったのだ。

「そういえばテレビでやってたよ。売れてるカレー屋は、中辛がちょっぴり甘目の設定になってることが多いんだって。中辛が辛いと甘口頼まなきゃいけないけど、男はカレー屋で甘口頼むのが恥ずかしいから、中辛が辛過ぎると男の客が来ないんだって」

「そうか、カレー屋って男の客多いしな」

「僕カレーは辛くても平気だから、どこでも辛口頼むけど、甘口が恥ずかしい気持ちは分かるな」

 小鹿のバンビのくせに辛口カレーを食べている三浦がおかしくて、オレは彼に、口直しに秋穂の普通味チョコを渡した。自分の口にも放り込む。ごくごく普通のチョコ味が舌を癒し、ふと頭が冷えたオレは

「馬鹿馬鹿しいプライドなのかも知れないけどな。でもやっぱ、そういうところで立てて欲しいんだよな」

 と冷静に願望を口にした。

 苦いチョコを嫌と言えない甘口のカレーが頼めない、そんな馬鹿馬鹿しい男のプライド。そういったものに気付かない振りをしながら、実は配慮をしてくれる女を求めるのは高望みだろうか。芦沢小春は、そのような配慮をしてくれる女だろうか。ふとそんなことを考えていると三浦が

「誰に貰ったの?」

 と尋ねた。

 でもオレはもうカメ子のことを考えたくなかったので

「こっちがバイト先の子でこっちが妹だけど、それより三浦昨日どうだったの?」

 と話を変えた。本当は三浦が来たら真っ先にそれを聞こうと思っていたのだ。

「ちょっと緊張したけどねえ楽しかったよ。明日も会う約束したし」

「よかったじゃんか」

 カメ子のケーキの箱を閉じつつオレはそう答えた。出来れば全部片付けて欲しかったが、三浦も苦手なら仕方無い。すると三浦は袋から弁当を出しながら

「僕も、チョコもらえるかなあ?」

 と少し心配そうにつぶやいた。明日がバレンタイン当日である以上、その辺は期待してしまうところだろう。

「もらえるだろ。つーかくれる気が無きゃバレンタインに約束しないだろ」

「ちゃんと、甘いチョコくれるかなあ?」

「さあ、その辺は分かんねえけどな」

 オレは拍子抜けしてそう答えた。本来ならば三浦にとっては、チョコをもらえるか否かということが唯一最大の関心事であるはずなのに、もらう前から、チョコの甘さを真剣に心配しているところがおかしかった。すると三浦は手作り? チョコケーキの箱に目をやりながら

「そのケーキ、どうするの?」

 と尋ねた。そんなことを聞かれてもオレもどうしたらいいか分からない。

「どうすっかな。とりあえずしまっとくけど、食えねえんならしまっといても仕方ねえよな」

「思ったんだけどさあ、ジャムとか付けてみたらどうかなあ。前ジャムが入ったチョコケーキ食べたことあるよ。結構美味しかったよ」

 ジャムなら冷蔵庫に入っている。結構いいアイディアのような気がしたオレは、割り箸を手にすると

「そうだな。じゃあ弁当食って後でやってみるか?」

 と意見を受け入れた。こんな時に

「食べれないんなら、仕方無いじゃん」

 などと言って、ケーキを捨てたりせず、何とか食べる工夫を提案してくる三浦が好ましかった。

「そのケーキくれたバイト先の子って、昨日一緒にいた子?」

「いや違う。エレベーターの前で会ったのは昨日ナンパした子」

「え、一人で?」

 弁当を突付き始めたオレは、驚く三浦に少しバツの悪い思いがした。元々単独ナンパの経験が無かったオレが、単独ナンパの事実を告げるのは何だかきまりが悪かった。単独ナンパに至った経緯をオレは彼に説明出来ないからだ。そこでオレは、さっさと話を進めてしまおうと思い

「ああ、メシ食って連絡先交換して別れたんだけど男と切れてねえんだよ。だからどうしようかと思ってる」

 と三浦がもっとも反応しそうなことを言った。真面目人間である彼は、カレシのいる女に決して横恋慕しないからだ。

「『切れてない』って、切れそうってこと?」

「本人は『別れる』って言ってるけど、それも分かんねえよな。オレの気を引こうとしてるだけかも知れねえし」

 何気なくそうつぶやいたオレは、そうかその可能性もあるなと、自分の発言について改めて考えた。芦沢小春にカレシがいるというのはおそらく事実だろう。だがカレシと本当に別れようと思っているのかどうかは分からない。彼女はオレの気を引こうとして、嘘をついた可能性もある。

 とはいえ気を引こうとしてくれたのなら嬉しい気もするが、しかし芦沢小春が、オレを気に入って気を引こうとしているとは限らない。世の中には、会う異性会う異性の気を引きまくっている輩もいるからだ。オレがにわかに不安に駆られ始めると、三浦は弁当をパクつきながら

「そういう、気ィ引いたり嘘ついたりしそうな子なの?」

 と尋ねた。オレの脳裏にふとあの赤い手帳に書かれた男たちの名前、もう名前は忘れてしまったが、とにかく手帳に、男の名前が沢山あったという事実がよみがえった。

「よく分からん。そんなに長く一緒にいなかったし」

「その後、連絡は取った?」

「三浦から電話もらうちょっと前にメールしたけど、まだレス来ねえ」

 オレがそうつぶやいた途端、待ち構えていたかのように突然メール音が鳴り響き、オレは箸を取り落としそうなほどびっくりした。おそるおそる発信者の欄を見る。「芦沢小春」とあった。三浦の視線を感じながらオレは震える指でメールを開いた。女からの初メールを親友とはいえ他人に観察されながら確認するのは、何だか居心地が悪かった。


タイトル Re:毛利春樹です。初メール送ります。

本文 その内ねー


 このあまりに冷ややかな返信にオレは愕然とした。タイトルは直されてないし、本文は取り付く島も無いほど簡素だし、それを補う絵文字もありゃしない。いや絵文字は俺も使わなかったから、芦沢小春はオレに合わせたのかも知れないが、しかしこれはあまりにつれない内容だった。オレは片手にケイタイを握ったまま畳の上に横倒れになると

「駄目だー。俺振られたー」

 と情けない声を出した。こういう場合、オレは友人の前で虚勢を張ったりはしないタイプだ。

「え、その子からだったの?」

「またメシ食おうって送ったら『その内ねー』って一言だけ。こりゃ駄目だあ」

 あんなにも時間をかけて無い知恵を絞って送ったメールに、こんなにも手間がかかっていなそうなメールを返されオレは酷く落胆した。いやもしかしたら、芦沢小春は芦沢小春なりに考えてこのメールを作成したのかも知れないが、しかし本当に手間をかけたのなら、タイトルは直すだろうとオレは思った。

 しかし三浦は

「え、『その内ね』ならいいじゃん」

 とのん気な口調でつぶやいた。こいつは社交辞令という言葉を知らないので、時々こういった、楽観的な発言をするのだ。

「だって、『その内』っていつだよ?」

「いつだろうねえ? 聞いてみなよ」

「電話で『その内ね』って言われたら聞けるけど、メールじゃ聞けねえよ。そんなのしつけえよ。向こうだって本当に行く気があったらもっと前向きな返事寄越すよ。こんなの体のいい断り文句だよ」

 一体何がいけなかったんだろうかとオレは考えた。メールに何か、落ち度があったんだろうか。それともメール以前に、昼メシの時点でオレは何か失態をやらかしていたんだろうか。畳の上に寝そべったままあれこれと思い返すオレに、三浦は

「ふうん。だったらもっとハッキリ断わればいいのにな」

 と言いながら、コポコポと緑茶をコップに注ぎ始めた。

 三浦は社交辞令や子供の約束を真に受けるタチで、幼稚園の頃、隣家の女の子に言われた

「将来、お嫁さんにしてね」

 という言葉に縛られて、これまでカノジョをつくれなかったような男だ。つまりその女の子に一年前カレシがいることが発覚しなければ、三浦はその、最早好きでもなければ付き合ってもいない幼なじみに対する義理立てから、未だに、解放されなかった可能性がある。

 そんな男だから三浦は。社交辞令とか体のいい断り文句という概念を、イマイチ把握していない傾向があるのだ。

「ハッキリ断わらない奴もいるんだよ。気が変わるかも知れないし、その人脈が必要になることが起きるかも知れないから、ハッキリは断わらないけど、とりあえず今は積極的に会いもしないっつーか。多分そんなとこだよ」

「そうかあ。でも本当に気が変わるか分かんないのに待ってんのも何だねえ」

 しみじみとつぶやく三浦の声を頭上に聞きながら、オレは全くだと思った。当てにならない感情の変化など当てにはしていられない。オレはすぐに芦沢小春に会いたかったのだ。別にまだ会ったばかりだし、オレに惚れていなくても構わない。ただオレがこんなにも会いたがっている以上、彼女にもせめて、そっちが誘うならまた会ってもいいかなくらいの気持ちは、持っていて欲しかった。

 だってカレシとは別れるんだろ? そしたら暇になるだろ? だったらオレとメシ食うくらいいいじゃんか。そう思いながらオレは

「あーあ何がいけなかったのかなあ?五つも年上なのに、『小春ちゃん』なんて呼んだから怒ったのかなあ?」

 とつぶやいた。

 最初から芦沢小春が年上だと知っていれば、オレもちゃん付けで呼んだりはしなかったが、ちゃん付けで呼び始めてから彼女が年上だと知ったので、今更呼び名を変えられずに、そのまま押し通してしまったのだ。

「えっじゃあ二十五? 二十六?」

「来月二十六だって」

「うわあ、僕てっきり年下かと思ってたよ」

 驚嘆する三浦を眺めながら上体を起こしたオレは、のろのろと弁当を突付きつつ、やっぱり芦沢小春は、誰が見ても若く見えるんだなと考えた。若く見られる不便さを打ち明ける彼女の姿を見て、心を許してくれたかのように感じたのは思い違いだったんだろうか。その話ももっと詳しく聞きたかったのに。

 オレは寂しい気持ちになりながら

「オレもまさかそんなに上だと思わなかったから、声かけたんだけどさ。年齢聞いてびっくりしたけどしゃべってる内に年とか気にならなくなって……。つーかむしろ、年上もいいよなあって気になったんだけどでも駄目だよな。向こうがオレ気に入らないんだから。やっぱ五つも年下の男なんて、しゃべっててもつまんねえんだろうな」

 とつぶやいた。

オレだって十五の女の子とは、物足りなくて恋愛する気は起こらないから、オレを物足りなく思う芦沢小春の気持ちは分かった。分かるからこそ、オレはとても寂しかった。

「でも毛利は、結構大人っぽい方だと思うけどなあ」

「んなことねえよ。オレなんかガキだよ。誕生日が来るのが怖くてたまんねえよ」

 来月の誕生日のことを改めて考えながらオレは答えた。来月オレは二十一になる。だがオレは本当に二十一になっていいんだろうか。二十歳になった時も不安はあったが、しかしどこかに二十代の最初の年なのだと、自分はまだ二十代のビギナーなのだという甘えもあった。その甘えを引きずりながら一年を過ごし、ふと気付くと、二十一のカウントダウンが始まっている。

 学校に例えれば、そろそろ自分が二年生になるようなそんな不安な気持ちに似ている。二十歳の誕生日を迎えた日から、自分はろくすっぽ成長していないのに、本当に二十一になってしまっていいんだろうかと、焦る気持ちが芽生える。焦るなら何とか成長しなければならないのにその方法が分からない。分からず焦れた心のままで、オレは二十一の誕生日を迎えるんだろう。

 そんな諦めの境地に陥っていると三浦が

「毛利も、そんな風に思うんだ?」

 と共感を告げる様な口調でつぶやいた。

 誕生日を迎えた時に

「あーあ、オレもおっさんになっちゃったな」

 と年を取ったことを、こぼす奴は多いが、実年齢と精神年齢のギャップに対する不安を口にする奴には今まで会ったことが無かったため、こういった恐れは、自分だけのものかと思っていたが、どうやら身近な人間もそのように思っていたらしい。

「三浦も、そんなこと考えたりすんの?」

「するよ。僕なんか今月誕生日だからすごく焦るよ。別に年取るのが嫌な訳じゃないんだけど、自分がちゃんと大人なら年取ってくのは別にいいんだけど、でも僕は子供だから、それなのに二十一になっていいのかなあって、心配になる」

「でも三浦はとりあえず成長しただろ? 昨日は初めてのデートしたし、次の約束もしたし」

 そう三浦を慰めながらオレは、自分が大人になるということを、恋愛の経験値で計っていることに気付いてハッとした。だから自分に自信が無いんだろうか。今まで和音を含め二人しか女と付き合ったことが無いから? そしてその和音と別れた今フリーだから? そう自問していると三浦は

「そんなの……、この年でデートが初めてなんて遅いでしょ」

 と恥ずかしそうにつぶやいた。同い年の人間が自分より幼く見えるのは可愛らしいが、それは結局、自分の方が大人でありたいという、願望ゆえだろうかとふと思った。

「でもこの一年でナンパは結構したじゃんか。十代の頃はしたこと無かったんだろ。成長じゃんか」

「うん、それは自分でも驚いてる。僕がナンパするなんてねえ……。でも実際に声かけてるのは毛利で、僕はそれにくっついてるだけだから、本当にナンパしたって言えるのかなあ?」

 まあ言えないだろうなとオレは思ったが、そんなことを言うと反ってややこしくなるので

「いいんだよ。もうナンパは。三浦にはサークルの子がいるんだから」

 と話を戻した。オレが持ちかけたナンパの話題だったのに、話を戻してしまうとは勝手な気もしたが、そもそも芦沢小春につれなくされたオレが落ち込んでいたのに、いつの間にやら、三浦を慰める会になってしまっていることもおかしいのだから、それくらいは許される気がした。

「もしその子と付き合えたら、僕は少しは大人になるのかな」

「そりゃあ、なるだろ」

「年下の子と付き合って大人になれるんなら、五こ上の人と付き合ったら、それこそ本当に、大人になるね」

 三浦のセリフにオレはドキリとした。自分の気付かなかった、芦沢小春に対する好意の理由の一つを知らされた気がした。大人になるということを、恋愛の経験値で計っている俺は、大人になるために彼女と恋愛したかったのかも知れない。誕生日を来月に控え、否が応でも実年齢と精神年齢のギャップを意識せざるを得ないオレは、そのギャップの解消のために、芦沢小春を求めたのかも知れない。

 オフクロに対する不満を埋めるために、幼心のまま年上の女にあやされることを求めつつ、一方では年上の女に触発されて、成長することを望んでいる自分。会ったばかりのよく知らない女に対する小さな好意が、こんなにも矛盾に満ちて複雑な自分。

 何だかよく分からなくなってきたオレは、自分の感情が酷く面倒臭くなって

「まあでももういいよ。向こうが乗り気じゃないんなら仕方ねえし、カレシと切れるかどうか分からん女なんて、面倒くせえし」

 と言いながら、弁当の空箱を傍らのゴミ袋に突っ込んだ。

 ゴミ箱に入れてから、最終的にゴミ袋にまとめるのは面倒臭い。五つ上でカレシのいる女との恋愛は面倒臭い。矛盾した自分の気持ちに向き合うのも面倒臭い。芦沢小春につれなくされたのは悲しいけれど、でも心のどこかで、面倒臭さから逃れられた安堵もあることにオレは気付いた。

 厄介な女と関われば人はおそらく成長出来るだろう。ソクラテスも

「悪妻を持てば、人は誰でも哲学者になれる」

 と言っている。とはいえソクラテスは、彫刻職人のくせに商売そっちのけで哲学談義に興じていたらしいから、それに対してヒステリーを起こしたからといって、イコール悪妻と呼ぶのはいかがなものかという気はするが、しかしそんなことはどうでもいい。

 自分が悪かろうと悪くなかろうと、厄介な女と関われば、哲学者になれないまでも人はおそらく成長出来るだろう。けれど厄介事に身を投じるのは面倒臭い。大人にはなりたいけれど、苦労をするのは面倒臭い。いくらオレが芦沢小春を気に入ったからといって、五つも年上で少なくとも昨日までの段階ではカレシがいて、そして手帳に複数の男の名前がある女と関わるのは、色々と面倒臭いことになりそうだ。だからきっと彼女につれなくされたのは、オレにとってはいいことだったんだろう。

 生来の怠け心を取り戻し、そのように納得していると、三浦はとりあえず一件落着だと考えたのか

「さっきのケーキ、ジャム付けて食べてみる?」

 とつぶらな瞳を輝かせながら提案した。オレは

「おう、そうだな」

 と言って立ち上がると、冷蔵庫に向かった。

 苺ジャムをたっぷりと塗りつけて再チャレンジしたケーキは、まずまずの味だった。ジャムのこってりした甘さとケーキのほろ苦さがそう悪くない取り合わせで、三浦は

「工夫は、発明の母って感じだね」

 と訳の分からんことを言いながら、大口を開けてほうばっていた。

「別に食えるようになったのはいいんだけどさ、好きでもない女にもらったケーキを、ここまで工夫して食ってるオレたちって何なんだろ。そんで自分に惚れてもない男に、ここまで工夫させてるカメ子って何なんだろ。」

「カメ子?」

 きょとんとした顔で尋ねる三浦に対し、ああそういえば、カメ子の話をしたこと無かったよなと思ったオレは、ふとカメ子みたいな女も、ジャムを付ければ食えるようになるんだろうかと考えた。

 いやカメ子ではなく大石でもいい。本当に食べたかった芦沢小春は取り上げられ、あまり食指の動かないカメ子と大石を、差し出されている今のオレ。彼女たちに付けるジャムがあったなら話は簡単なのにと思う。据え膳を食う方が楽で面倒臭くない。ただその据え膳調整するためのジャムが、見付からないだけなのだ。






 何とも思っていない女に、本命チョコを渡される予定があることを知りながら、身支度をするのは何とも妙な心地だと考えながら、俺はグレーのダウンを羽織ると、青いマフラーを首に巻きつけた。一昨日の黒いダウンといい今日のグレーのダウンといい、何だか大変ダウン好きな男みたいだが、オレはダウンが特に好きな訳ではなく、単にチャリ移動のために防寒対策をしているだけだ。

 玄関でブーツを履きながら、ドア一枚隔てた向こう側の北風のうなり声に耳を澄ませる。どうやら外は寒そうだ。こんな木枯らしの吹きすさぶ中、気が乗らない予定を片付けに出掛けるのは、何とも気が重い。

 いやオレは芦沢小春にはつれなくされてしまったし、だったらいっそ、大石のことを真剣に考えるのも手だとは思う。何とも思っていない女とはいえ、カメ子よりは余程マシな女だし、そもそもオレは大石のことをよく知らないのだ。ならばせっかく彼女がオレに好意を持ってくれたなら、これを機会に二人で遊びに行ってみるくらい構わない気もする。しかしオレはどうしてもそんな気になれなかった。アンバランス上島にムカついているからだ。

 ここでオレが大石と仲良くなってしまっては、アンバランス上島の思う壺だと思うと、何とも悔しい。仮にその悔しさを無視したとしても、オレが大石と関わり始めれば、アンバランス上島がしょっちゅう報告を求めてきそうな気がして、うざったい。オレは長男なので、周囲の期待というものに変に敏感な部分があり、報告を期待する人間の存在を感知すると、途端にその恋愛自体が億劫になってしまう傾向があるのだ。

 しかしそう考えると、アンバランス上島は策士とは呼べないということだろう。アンバランス上島は、オレと大石をくっつける目的を持っているが、アンバランス上島の存在自体が、オレに大石に近付くことを躊躇させているんだから、アンバランス上島は一見大石の協力者でありながら、実は大石の邪魔をしているからだ。

 ドアを開けると北風が体当たりしてきた。オレは突風に髪をなぶられながら、まるでイソップの「北風と太陽」だなと思った。オレの上着を脱がしたいなら、暖かい陽射しを与えてくれなくちゃ。春の様に暖かい陽射しを与えてくれなくちゃ。そんな風に思いながらオレは芦沢小春を思い浮かべた。

 小春という名が、春の始まりを指すのか、それとも春のようなという意味なのかは最早どうでもいい。とにかくオレは「春」と名の付く女にもう一度会いたかった。春樹の中の「春」の字が、もう一つの「春」を呼んでいる気がした。だって冬はこんなにも寒い。オレは春の陽射しを恋しく思った。

 北風にこごえつつ、てくてくとアパートの外階段を降りながら、オレはふと、三浦も今頃待ち合わせ場所に向かっているのかなと考えた。惚れた女に本チョコをもらいに行く三浦と、北風の差し出すチョコを嫌々ながらに受け取りに行く今のオレ。全く何たる違いだろう。恋愛経験では三浦をリードしていたはずだったのに、ふと気付けば彼に大きく差をつけられている今のオレ。

 オレは三浦のことを好きだし、彼の幸せも望んでいるが、しかし現実的に幸せになろうとしている彼に対し、わずかだが嫉妬も感じている。自分は今までに二人の女と付き合ったことがあるというのに、初めて女と付き合い出そうとしている男に嫉妬するとは、とても器が小さい気がして、自己嫌悪に陥る。

 例えば自分より優れた弟を持つと、こういった気分になるんだろうか。オレはずっと弟が欲しくてけれど手に入らなくて、ようやく三浦という弟的な存在を手に入れて、そして今彼によって出来の悪い兄貴の気分を教えられている。そういうことも、人生勉強なんだろうか。自分が器の小さい人間だと自覚することも?

 太陽の陽射しが手に入らず、北風の差し出すチョコを受け取りに行く、そんな侘しい気分の時には、仲のいい友人のことも妬ましく感じてしまうような、そんな器の小さな人間なのだと悟ること。これも人生勉強か。これも経験値か。

 そんなことを考えながらチャリ置き場に着いたオレは、ダウンのポケットの中で、携帯が鳴っていることに気付いた。何だよこんな時に面倒くせえな。オレは手袋をはめた手で不器用にポケットのチャックを開け携帯を引っ張り出すと、発信者を見た。知らない番号が表示されていたが、オレは構わず電話に出た。

 オレは無精者なので、知り合いから番号変更やアドレス変更のメールが来ても、すぐには登録を変更しない癖があるので、見慣れない番号から電話がかかってくることは、ままあることなのだ。電話に出ると案の定相手は知っている人間からだった。けれどそれは随分と意外な相手からだった。

「毛利君? 芦沢小春だけど」

 ゴウゴウと鳴り響く北風の合間に、切れ切れとその愛しい声を拾った時、オレはアドレナリンが全身を駆け巡った様な気分になった。オレは口早に

「小春ちゃん? どうしたの?」

 と尋ねると急いで体をアパートの陰に潜め、何とか北風の雑音を遮りながら、彼女の返事に耳を澄ませた。

「あれ、外にいるの?大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫。何で? 風うるさい?」

「ううん、大丈夫。今電話してて大丈夫?」

 二人してやたらと「大丈夫」を連発しながら、あまり大丈夫ではない状況で、オレはもう一度「大丈夫」と返事をした。風が吹こうが雪が降ろうが、芦沢小春から電話が来た以上は、そんなことは大丈夫な気がした。

「毛利君、今日はバイト?」

「休みだよ」

 吹きすさぶ木枯らしと共鳴するかの様に、ゴウゴウと胸を騒がせながらオレは答えた。この答えが吉と出るか凶と出るかは、よく分からなかった。

「何だ、休みなんだ。今日店に行こうかと思ってたのに。だったらいいわ。それじゃあね」

そんな悲しい答えを想像し、さりとて嘘をつく訳にもいかずに、オレがドキドキしていると、彼女は

「何か、予定ある?」

 と重ねて問うた。予定なんかある訳が無い。

「いや、別に」

「じゃあ、ご飯食べに行こっか」

 突然の誘いに、オレは全身のアドレナリンが沸騰したような気分になった。心の片隅でチラリと、何だよ、昨日はあんな素っ気無いメール寄越したくせにと思わないでもなかったが、しかし現実的に今日誘われると、そんなことは、どうでもいい気がした。

 芦沢小春は、うちからチャリで十分圏内の所にいるとのことだったので、オレはその近辺のデパートを指定すると、電話を切り、急いでゼミ飲みの幹事の()(おか)に欠席の旨をメールした。

 アンバランス上島がさぞかし怒るだろうなという気がしたが、構うもんか。怒らしてやれとオレは強気に考えた。オレは基本的には先約を優先するタイプだから、もし一昨日アンバランス上島と行き会っていなければ、むしろ芦沢小春の誘いは別の日にずらしただろう。彼女には是非会いたいと思っているが、オレは誰かに不義理をしてまで、好きな女を優先するタイプではない。

 とはいえ恋人より友達を優先するタイプなのかというと、それも違う。どちらかといえば友達よりは恋人を優先するが、それ以前にオレは先約を優先するタイプなのだ。それにも関わらず、今回ゼミ飲みをキャンセルしたのは、オレはアンバランス上島の態度を腹に据えかねているからだ。あんな態度を取られてまで芦沢小春からの誘いを断わるような、もったいない真似が出来るもんか。

 オレはチャリにまたがると、意気揚々と待ち合わせ場所に向けて漕ぎ出した。北風は相変わらず冷たかったが、それが反ってオレの火照った体と心に心地好い刺激を与えてくれた。三浦は今頃、車で待ち合わせ場所に向かってるのかなとチラと思ったが、先ほどよりは羨ましさは感じなかった。チャリで風を切りながら年上の女に会いに行く方が、何だか青春めいている気がして少し誇らしかった。

 


 この作品を書いた頃は、キャラクターに深みを持たせるために、キャラクターの造形を細かく考えていました。生い立ちとか物の考え方とか。

 ある作家が、登場人物の愛用の香水まで考えるとおしゃったっていたので、私もそれにならって、人物設定をこと細かくしたんです。

 ただ、設定をするのはいいんですが、それをいちいち小説上で記してしまったのが失敗ですね。決めてはあるけど、必要なことしか小説上には表さないというスタンスでなければいけなかったなと思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ