表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/22

01/11 Tue.-5

 階段を駆け下りた。


 途中の階で、エレベーターが止まっていたせいである。


 この階まで上がってくるのを、待ってなんかいられなかったのだ。


 何で。


 駆け下りながら、カイトは頭の中に疑問を飛び交わせた。


 何で、わざわざ会社まで訪ねてきたのか。


 それは、イヤだ、ということではない。


 そうではないのだ。


 そうではなくて、その理由をどんなに考えても、ばっちりはまるパズルピースが見つからないのである。


 あのメイが―― そんなに長い付き合いをしたワケではないが、とにかくあの彼女が、くだらない理由でわざわざ電話してきたり、会社に訪ねてきたりするとは思えないのだ。


 何か困ったことでも起きたのか。


 そう思うと、もう本当にいてもたってもいられずに、階段途中から踊り場まで一気に飛び降りる。


 ダダダダダッ!


 ようやく、一階まで駆け下りた。


 ゼイゼイと切れる息もそのままに、また走り出そうとした。


 さっきの電話の感じからすると、きっとこのビルの外にいるのだ。


 が。


 動きに急ブレーキをかける。


 上げた視線の中に、誰かがぱっと飛び込んで来たのだ。


 受付カウンターの前。


 そこから振り返るように、カイトの方を見ている存在が。


 間違いない。


 メイだ。


 ※


 まさか、ビルの中で彼女と出会えるとは思ってもみなかったので、一瞬呆然としてしまった。


 そこに、忌々しくもエレベーターが到着する。


 2人の間に、一瞬人間の壁が出来たのだ。


 クソッ。


 その人波を横切って、受付の方に歩き出す。


 視界が開けた途端、あの茶色の目はなかった。


 違う。


 受付の方を向いて、何か話しているようだった。


 だから、カイトから見えているのは、その背中だけだったのである。


 ズカズカとそっちの方に近寄っていく。


 メイが。


 胸が、バスドラムのように深くて速い音を立てる。


 メイが―― そこにいるのだ。


 その事実すら、カイトはまだ信じられずにいるのである。


 向こうを向いている彼女の腕を、ぐっと掴んだ。


 受付の女よりも、メイは自分に用があって来たはずなのである。


 だから、そっちを向いている必要などない。


 そのまま、強く引っ張った。


 そんな風に、メイへの独占欲が炸裂してはいるものの、内心ではかなりまだ気が動転している。


 どこか、ゆっくり話ができそうな場所。


 そして、誰もこない場所が必要だった。


 引っ張っている時に、後ろから彼女が何か言っているような気がしたが、いまの精神状態では、はっきり聞き取ることが出来なかった。


 こんな落ち着かない公共の空間で、彼女を他の誰かに見られるのもイヤだったのだ。


 カイトは、慌てて会社内で検索をかける。


 冷静に考えれば会社の外でもよかったのだろうが、この時の彼は、それを思いつけなかったのだ。


 か、会議室!


 頭の中に電球が光ったワケではないが、閃いたその言葉に向かって彼は歩いた。


 会議室は4階にあるのだ。


 エレベーターは、幸いさっき到着したヤツが、まだとどまっている。


 メイを引っ張ったまま、エレベーターに飛び乗った。


 バタン。


 ドアが閉まって。


 4階のボタンのランプだけが点灯している、狭い箱の中。


 2人キリになった。


 本当に。


 いま後ろにいるのは、メイだろうか。


 そんな不安がよぎって、カイトは振り返れなかった。


 あの時。


 一瞬、人波で彼女の姿が消えた。


 次に見たのは後ろ姿で、そのまま顔も見ずにここまで引っ張ってきてしまった。


 もし振り返って、そこにメイがいなかったら。


 何てことを考えるのか、この頭は。


 カイトは、いま自分の考えたことを、首ごとちょんぎって投げ捨てたくなった。


 いるに決まっているではないか、と。


 もう、何も不安に思うことなどないのだ。


 彼らは結婚したのだ。


 夫婦なのだ。


 その言葉のロープを、カイトはがっちり握りしめた。


 そして、勇気を振り絞って身体をひねろうと思ったのだ。彼女の方に。


 なのに、エレベーターは3階で止まってしまった。


 ムッ!


 カイトは、自分の短気の尾が、引きちぎれそうになったのが分かった。


 誰かが―― おそらく社員が、このエレベーターで上を目指そうと言うのである。


「だからさぁ…そこの…」


「でもよ…って、あ! 社長!」


 予想通り社員が2人、目の前に現れた。


 開発室の連中で、見覚えのある顔だ。


 くんじゃねぇ!


 ドアの真ん前に立ったまま、カイトは、慌てる2人に感情を抑えずに言った。


「次のに乗れ」


 すかさず、扉を閉める。


 驚いた2人は、カイトが邪魔でエレベーターの奥の存在には気づけなかっただろう。


 それが、最後のハプニングだった。


 ようやく、2人は4階の会議室にたどりつくことができたのだ。


 ※


 会議室は、案の定無人だった。


 カイトは入るなりドアを閉ざし、カギまで閉めた。


 うっかり、誰も入って来られないように、だ。


 それから、やっとゆっくりと彼女を、視界に入れることに成功したのだ。


 この環境が出来るまでは、まったく落ち着かなかった―― いや、いまでも全然落ちついてなんかいない。


 一体、何があった。


 見えない不安の霧がある。


 それを感じたカイトは、つい眉を顰めてしまった。


 きっと、その顔がいけなかったのだ。


「ご、ごめんなさい! 勝手に会社まで来ちゃって!」


 怒られると思ったのだろうか。


 彼女は心配そうな顔で、慌てて頭をさげたのだ。


 んなこた、どうでも…


「…いい」


 口から出たのは、最後の2文字だけだった。


 本当は、気にするなとか言ってやりたいのだ。


 別にカイトは怒っているワケではないのだから、それをうまく伝えてやりたいのに、このザマだ。


「ホントは、帰ってくるまで待とうかとも思ったんだけど…でも、どうしたらいいか分からなくて…だから、その…」


 メイは、つっかえひっかえに言葉を出すが、全然要領を得ない。


 早く用件を教えてくれないと、カイトの方が不安で圧死しそうだ。


 一体何が、メイにこういう行動を取らせたのか。


 やきもきしながら、とにかく言葉を待つ。


 気をつけないと、うっかり「早く言え!」と怒鳴りそうだ。


 それをぐっとこらえる。


 彼女を余計に怖がらせるだけだし、きっと自分自身も自己嫌悪に陥ること間違いナシだ。


「あ、あのね…」


 ばさばさ。


 彼女は、持ってきたバッグの口を開けて中を探る。


 そうして茶封筒を出した。


 更に落ち着かない手で、封をしていない茶封筒の口を開けて、中身を取り出す。


 白い紙。


 ペラペラの。


「あのね…これ……」


 差し出されたので、反射的にカイトは受け取ってしまった。


 見覚えのあるものだった。



 こ。


 ん。


 い。



 こんい…… ―― 婚姻届ーーっっ???



 まさしく、昨日提出したばかりの用紙だ。


 中に書いてある文字も、全部見覚えがあった。


 何故、こんなものが、いまここにあるのか。


 何故、メイが持っているのか。


 何故????



 メイが、どうしたらいいのか分からない戸惑ったままの唇で言った。


「あ、あの…それ……記入不備で…受理されてなかったの」



 カッチン!



 カイトの時が。



 凍った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ