01/12 Wed.-3
◎
あら、まぁ。
メイを見た瞬間、ハルコはそんな風に呟いた。
表面上は普通の顔をしていたが、本当はかなり驚いていたのだ。
きらきらきらきら。
何というか、彼女は『幸せ』という金粉でまぶされていて、一目で分かるほど輝いていたのだ。
内側からあふれ出す気持ちを押さえきれないように、笑顔も仕草も、月曜日からすると何もかもが違っていた。
肌のツヤさえ、違うように思える。
本当に、ぴかぴかしていた。
これは…。
内心で、ハルコは笑みをこぼしてしまう。
幸せに違いなかった。わずか2日間の結婚期間が、こんなにまで彼女を変えてしまっているのだから。
女を、これほど変える力が彼にあったなんて、信じにくいことであるが、こうして現物が目の前にあるのだ。疑うワケにはいかない。
まだ見ていないが、カイトもどれほど変わったか―― ひどく楽しみになってしまう瞬間だ。
こんなに素直に、表に出るメイほどではないだろうが、彼もきっと男っぷりを上げたに違いなかった。
いま仕事をしている夫に、すごくいい報告が出来そうだと分かって、ハルコはにこにこしてしまう。
お茶もケーキもおいしくて、彼女の笑顔は上塗りされていくだけだった。
しかし、きっとソウマは、その報告だけでは喜ばないだろう。
実は。
今日、ハルコがここを訪問すると言った時、一瞬眉を顰めたのだ。
要するに。
ズルい、と言いたいらしい。
ソウマも、この家を訪問したくてしょうがないのだが、仕事があるし。
さすがに、新婚家庭の夜に押し掛けるワケにはいかないと、多少は遠慮しているらしいのだ。
それなのに、いくらカイトのいない昼間とは言え、ハルコだけが訪問するというのは不公平だと思ったのだろう。
『ちゃんと、おみやげはもらってくるから』
そうやって、なだめて抜け駆けしてきたのである。
この場合のおみやげとは、『みやげ話』の方だった。
どんなものよりも、それをソウマが喜ぶのは知っていたのだ。
カイトと彼女がうまくいくことを、彼らは誰よりも心配していたのである。
だから、その後の幸せな話を、聞く権利はあったし―― 何より、聞きたかった。
あのカイトが。
メイが絡むと、カイトのことを言う時に必ずそんな単語が頭につく。
あのカイトが、信じられないことを数々やらかすのである。いつまでも、彼女のネタであればからかうことが出来るのだ。
それはもう、楽しくて嬉しいのだが、何より信じられない出来事でもあった。
こんな日が訪れるなんて。
好きな女一人で、ここまで彼が変わったのだ。すごい影響力である。
しかし、本人はまったくそんな自覚もなさそうな笑顔で、おいしそうにケーキを食べている。
過去のカイトを知らないのだから、本当に自覚していないのかもしれなかった。
「それで…カイト君の様子はどう?」
しかし、メイしか知らない彼の顔もたくさんあるはずだった。
きっとソウマ夫婦の前よりも、かなりのウカツと持て余す気持ちを山積みにしているに違いない。
それのお裾分けをもらおうと思ったのだ。
その問いに、彼女はフォークを持ったまま困った顔になった。
どうやら、質問が広すぎたようである。
ハルコの方としても、『元気ですよ』などという返事が聞きたいワケではないのだ。
「結婚してから、何か変わったかしら?」
これなら、理解出来るだろう。
こんなにも、カイトは彼女を輝かせてしまったのだ。
2日の間に、一体どういう風な気持ちと態度をぶつけたら、こうなってしまうのか―― 興味は尽きなかった。
「え、あの…その……」
一瞬面食らった顔が、かぁっと真っ赤になった。
多分、かなりいろんなことを思い出してしまったのだろう。
一体何を!
ハルコは、もう本当に吹き出すのをこらえるのが大変だった。
彼女が、あまりに素直だったこともだが、赤面して言葉を失うしかないようなことを、あのカイトがいろいろしたのかと思うと、おかしくてたまらなかったのだ。
しかし、ぐっとこらえる。
でないと、メイが警戒して、だんまりになってしまうかもしれないのだ。
「あら…幸せそうね」
さりげなく、当たり障りのない決着をつけてやりながらも―― しかし、にっこりは深々と彼女の唇からこぼれてしまった。
こらえきれなかった破片だ。
お茶もケーキもまだある。
時間は、まだたくさんあるのだ。
ゆっくり話を聞いても大丈夫なはずだった。
なのに来客を告げるチャイムが、彼女の邪魔をした。
首をひねりながらメイが玄関に出ていく。
セールスかしら?
そう思いかけたハルコは、『もしかしてソウマが来たんじゃ!』という疑惑が一瞬よぎり、そうして拭いきれなかった。
我慢できなかったのかしら、と思っていると。
それは、すぐに濡れ衣であることが分かった。
ツナギに工具箱を持った男の二人組を連れて、戸惑った顔のメイが帰ってきたからである。
青いツナギには『○×ガス』と書いてあった。
「あら? ガスの点検?」
ハルコは、夫の登場でなかったの拍子抜けしながらそう聞いた。
しかし、メイが困惑した顔をしている。
「いえ、違います。ガス給湯器の工事です」
青いツナギの片方。
年輩の方がよどみない口調で答えると、奥の調理場の方に入って行った。
給湯器の工事?
ハルコは怪訝な目のまま、メイを見る。彼女も首を傾げている。
確かに、この家の調理場には給湯器がない。
今まで男所帯だったため、彼らがその場所を使うことなど、ほとんどなかっただろう。
ハルコが、家政婦としてやってきている時は、確かにそこはいろいろ使っていた。
一度、給湯設備を入れませんか、とカイトに聞いた時には、すげなく『必要ねぇ』で蹴られてしまい、彼女は冷たい思いをしたのだ。
それなのに、なぜ今更給湯器が。
「あの…やっぱり何かの間違いじゃぁ」
不安そうに、メイは工事の人に声をかける。
彼女の預かり知らないことであるのは、その様子から明白だった。
「えー? 間違いじゃないですよ。今朝、緊急の工事依頼が入ったんですから…ねぇ、おやっさん?」
若い方が、どうしてそこまで食い下がられるか不満のようで、もう一人の先輩を呼ぶために声をかけた。
「あぁ…今日朝イチで電話が入って…えらく急ぎで、どうしても今日中につけろ、と…心配なら、確認しましょうか?」
手元の伝票を見ながらしゃべる男は、最後には不安な口調になった。
まさか、イタズラとかではないだろうかとでも思ったのだろう。
メイが反応するより。
「ええ、それなら工事をお願いします」
笑顔を止めきれなくなったハルコが、工事許可を出した。
誰がどういう理由でそんなことをしたのか、彼女にはもうおかしいくらいに分かってしまったのだ。
カイトだ。
もう、絶対に間違いなかった。
無理矢理、ガス工事をねじこむような男は、彼くらいしかいなかった。
メイは、意味がよく分からないのか、泳ぐような落ち着かない目でハルコを見るのだ。
ほんとにもう。
彼女が絡めば、カイトはどんなことでもやるのではないだろうかと思ってしまった。
それくらい大きな出来事だったのだ。
なのにメイときたら、事態を把握できないでいる。
ここまでカイトに愛される人間がいたのだ。
同じ女として、少し妬けてしまう。
そうして、ちょっとの悔しさとたくさんの笑顔を混ぜながら言ったのだ。
「私の時は…つけてくれなかったのよ」
本日最高の、『おみやげ』のテイクアウトが決まった。