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20/22

01/12 Wed.-2

 失敗しちゃった…。


 結婚翌日―― もう、一体どれが初夜でそうでないんだか、分からなくなってしまっているが、正式な法律上の翌日―― メイは、見事に寝坊してしまった。


 そして、ベッドからカイトを、見送ることになってしまったのである。


 会社に遅刻しなければいいのだが、遅刻すまいと急いで事故なんかにあっては大変だ。


 何事もないように願いながら、彼女は毛布にくるまったままベッドから降りた。


 昨日は、結局カイトにベッドまで連れてこられてしまったので、何の着替えもベッドの側にはなかったのである。


 せっかくだから、このままもう一度、シャワーを浴びようと思ったのだ。


 脱衣所で毛布を落とそうとしたら、洗面所の下が濡れているのに気づいた。


 カイトが、慌てて顔を洗っていったせいだろう。


 メイは、その後始末を最初にした。


 クスッと、ちょっと笑いながら。


 生活する、という点については、彼にはいくつも欠点があった。


 そういうものが見えると、何となく嬉しいのと親近感がわくのと、可愛いとさえ思える。


 結婚した今、親近感がわく、などという表現を使うのは、すごく変な感じがするのだが、それ以外にぴったりくる言葉がないのだから仕方がない。


 お互いのことを空気のように思える日が、いつか来るのだろうか。


 メイは、ぽつっと考えたけれども、まだ随分先のことのように思えた。


 そうなっている2人の姿というのは、いまの彼女には想像できなかったのである。


 床を拭いてしまった後、毛布をはらりと脱いだ。


 途端、部屋よりも低い気温に身震いを覚える。


 早く、温かいお湯で身体を流そうと、足を踏み出した時。



「きゃー!!!!!!!!」



 メイは―― また悲鳴を上げてしまった。


 今日3度目の悲鳴である。


 1番目は、寝坊したこと。


 2番目は、全裸でベッドから出ようとした自分に気づいたこと。


 そして、3番目は。


 自分の身体中に。


 たくさんの赤い跡が見えたこと。


 何気なく、洗面所の鏡を見たのがいけなかった。


 そこに自分の上半身が映っていたのは分かった。


 何も着ていないのも知っているし、ずっと付き合ってきた身体なのだから、大体のことは分かっているつもりだった。


 しかし、首筋、鎖骨、胸、腕。


 跡が残っているところは全て、カイトの唇が触れて強く吸った、という証拠なのだ。


「あ……あ…」


 その光景が、想像とはいえビジュアルで頭の中に甦ったのだから、物凄い騒ぎになってしまった。


 メイは、鏡から逃げるようにお風呂場に駆け込むと、シャワーのお湯を出した。


 強く身体を洗うのだが、勿論、石鹸ごときではその跡は消えないのだ。


 そう言えば。


 昨日一緒にお風呂に入った時に、カイトは言ったではないか。


『それだったら……洗っても消えねぇ』と。


 確かに、メイは彼のしるしが欲しかった。


 カイトがいない間も寂しくなくてすむように―― そう願ったからだ。


 しかし。


 多すぎだ。


 これでは、襟ぐりの開いた服は着られない。


 今が冬で本当によかった。


 メイは、喜ぶべきなのか困るべきなのか、すごく複雑な気持ちのままで、身体を洗い流したのだ。


 あのカイトが、いっぱい自分を好きだと言ってくれた証のようで、それは恥ずかしくて嬉しかった。


 よそのカップルも、みんなあんな風なのだろうかと、しばらく洗い場で考え込んでしまった。


 ハルコとかソウマとかも―― 思いかけて、メイは頭がシュゥと音を立てたのが分かった。


 自分が、何て失礼でハレンチな想像をしようとしていたかに気づいたのだ。


 慌てて身体を洗い終わるとシャワーを止めて、脱衣所に戻る。


 タートルネックのシャツを着て、作業のできるジーンズに着替えた。


 バカなことを考えているヒマはなかった。


 寝坊した分を、一生懸命の家事で取り返さなければならないのだ。


 朝ご飯の分は、夕ご飯でカバーしようと思った。


 おいしい夕ご飯を用意して、カイトに『うめぇ』を言ってもらいたかったのだ。


 ※


「あら、元気そうね」


 車の音がしたから、まさか、と思ったら。


 ハルコが現れたのだ。


 午後3時1分前だった。


「ハルコさん…」


 久しぶりに会ったような気がして、メイはちょっと驚いた声になってしまった。


 本当は月曜日に会っているのだから、わずか2日ばかりなのだが―― 間に、いろんなことがサンドされてしまったために、随分長く感じられた。


「あの、その節は…」


 月曜日のドタバタを思い出して恥ずかしくなり、妙にかしこまって挨拶をしようとすると、ハルコがクスッと笑った。


「いきなり改まらなくてもいいのよ。はい、これおみやげ」


 どう見ても、ケーキが入っているとしか思えない白い箱を差し出される。


 いつもこうやって、彼女にいただきものばかりをしているような気がした。


「ありがとうございます」


 本当に借りを作ってばかりである。


 いつか恩返しが出来ればいいのに、とメイは思ったのだが、何でも一人で出来そうなハルコの手伝いを、自分がきちんとこなせそうにはなかった。


 うーん、頑張らなくっちゃ。


 心の中で、自分に苦笑いを浮かべる。


「それじゃあ、お茶でもいれますね」


 とりあえずは、出来ることからだ。


 お茶くらいなら、メイにも振る舞える。


 ダイニングの方に案内しようとすると、ハルコがちょっと考えるような素振りをした後。


「まあ…ケーキ一つくらいなら大丈夫よねぇ」


 彼女も苦笑いだった。


 そう。


 ハルコは妊婦で、お医者さんに体重制限をされているようだった。


 妊娠も大変である。


 あ。


 しかし、それは他人事ではなくなるかもしれないのだ。


 メイは、自分の考えに赤くなった。


 カイトのあの様子からすれば、そうなる日が遠くなくてもおかしくないのだ。


 彼女は、急ぎ足でハルコの先を歩きながら顔を隠した。


 見つかってしまうと、きっとどうしてか聞かれてしまう。


 しかし、答えられないようなコトを考えてしまったのだから、聞かれるのは困る。


 だから、慌てて逃げたメイは正解だった。


 無事、ごまかせたのだ。


 ※


 ダイニングの席で、おいしいおやつを味わう。


 お茶とケーキと女2人というパターンがあれば、次に来るのは『おしゃべり』と相場が決まっていた。


 にこやかなハルコは。


「それで…カイト君の様子はどう?」


 どう―― と聞かれても。


 ハルコの質問の枠が大きすぎて、メイはどう答えていいか分からなかった。


「結婚してから、何か変わったかしら?」


 彼女が質問に困っていると分かったのだろう。具体的な内容に切り替わった。


 ああ、それなら。


 メイは、変わった部分を思い出そうとした。


 が。


 きゃー!!!!


 彼女は心の中で悲鳴をあげた。今日は悲鳴だらけだ。


 どれもこれも、思い出すもの全部が、ハルコに答えられないようなものばかりだったのである。


 走馬燈のように。とんでもない記憶ばかりが頭の中を駆け抜けて、全身が火を吹いた。


「え、あの…その……」


 言葉も思い切りどもってしまって。


 これでは、ハルコに誤解してくれというようなものである。


 しかも、いまは彼女の目の前でお茶というシチュエーションなのだから、自分の顔の赤さや表情を隠す、なんてことは不可能だった。


「あら…幸せそうね」


 おかげで。


 にっこり微笑みながら、そんなことを言われてしまった。


 ああ。


 恥ずかしさに、穴があったら入りたかった。


 このままでは、もっと恥ずかしい質問が繰り出されるのではないかと、メイがオロオロし始めた時。


 来客を告げるチャイムが鳴った。


「あら、お客様?」


 ハルコが彼女の表情を伺う。


 そんな予定はなかった。


 メイは、立ち上がって玄関まで向かう。


 結果的に、ハルコの視線から逃げられたので、ちょっとほっとした。


「どちらさまですか?」


 ドアごしに聞く。


「○×ガスです! ガス工事に来ました」


 ガス工事??????



 予想外のお客に、メイは面食らってしまった。


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