01/11 Tue.-2
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山積みの書類。
カイトは、社長室に軟禁状態だった。
いままでその仕事をサボリにサボっていたツケが、ここで回ってきたのである。
シュウは、まったくもって容赦なかった。
しかし、強い反撃が出来ない。
ぶっ倒れて入院はするわ、退院してもデスクワークを嫌い、開発室ばかりに入り浸るわ、の生活だったのだから。
いざ幸せになった途端、副社長は当然の仕事とばかりに、うず高い書類を机に積んでいってくれたのだった。
くそっ。
まだ、開発室ならよかった。
そうであれば、仕事にトランス入ることが出来るのだ。
はっと気づけば、もう定時という時間にだってなる。
しかし、社長室で書類仕事では、集中できやしない。
メイが。
彼女が、頭にこびりついて離れないのである。
昨日、結婚したばかりなのだ。
本当に家に帰ったら、メイが扉の向こうにいるということさえ信じられない状態なのである。
それを確かめたくてしょうがないのに、時計はまだ昼の12時になろうとしているところだった。
今日という時間が、半分しか終わっていないのだ。
その上、就業時間というのは、午後の方が長いのである。
書類をめくっては、数分おきにイライラしながら時計を見てしまう。
そんな時。
机の上の電話が、プツッという接続の音を告げた。
『社長、いまよろしいでしょうか?』
秘書の声だ。
電話か来客かあったのだろうか。
「何だ」
ボールペンを持ったまま、書類にチェックを入れる手を休めずに、カイトは短く返答した。
『あの…つかぬことを伺ってよろしいでしょうか』
言葉に、ようやく彼は手を止めた。
秘書にしては、珍しく戸惑った声でそんなことを伝えてきたせいだ。
電話を見つめるが、いまの彼女の表情を教えてはくれなかった。
『その…失礼なことかもしれませんが、社長…社長は、ご結婚されていましたか?』
あぁ??
心臓が―― 止まるかと思った。
何故、秘書がそんなことを知っているのか。
シュウがしゃべるはずがない。
ハルコか。
そんな疑惑が、胸をついた。
彼女は、この会社の秘書だったのだ。
それに、いまの秘書を推薦したのも彼女なのである。
何らかの交流があってもおかしくなかった。
ムカムカ。
結婚という事実を人に知られたのが、無用に腹立たしい。
秘密にしたいというワケではない。
しかし、興味半分でつつかれるのだけはごめんだった。
「仕事とは関係ねぇだろ」
棘の含まれる声で、カイトは怒りを伝えた。
この件については、触れられたくなかったのだ。
秘書にわざわざ教える必要もなかった。
女はおしゃべりなのだ。
一人に知られたら、会社中に広まること間違いナシである。
『そう…ですか。いえ…いま、社長の奥さんとおっしゃる方からお電話が入ってまして…ちょっとご確認が必要かと思いまして』
なにぃー!!!???
心臓が吹っ飛びそうな発言だった。
カイトの奥さんなんて、この世にたった一人だ。
メイ以外の何者でもない。
どうして、彼女が会社に電話を。
そういえば、ケイタイ番号を教えていなかった。
何かあったら、会社の代表電話に電話するしかないだろう。
仕事中に電話をしてくるほどの大事が起きたのか。
カイトは目を白黒させたまま、パニックに陥っていた。
いろんな予測が、勝手に頭の中を走り抜けるのである。
『何か切羽詰まったようは声の女性でしたが…では、会議中とでもお伝えてして、お切りしましょうか?』
現実は進む。
秘書は、気を利かせてそんなことを言った。
バカ野郎!
「つなげ!」
それこそカイトの方が、切羽詰まった声になりながら、電話に向かって怒鳴った。
もう、書類もボールペンも放り出している。
『は?』
怪訝な秘書の声。
「いいから、つなげっつんだ!!!」
※
『ごめんなさい…お仕事中に』
電話は―― 間違いなく、メイの声だった。
うっかり妙な返事をして、電話を切られずに済んでよかったと、心底カイトはほっとした。
しかし、心配はまだ山積みだ。
電話の理由を、確認していなからである。
すごく不安そうな声と、悪そうに謝る声が胸を締め付ける。
公衆電話らしい。
受話器の向こうから、車が走り抜けるような音がいくつも拾えた。
外に出ているのだろう。
一体、何が起きたのか。
言いづらそうに、続きを切り出さない彼女のおかげで、カイトは自分の首を絞め続けるのだ。
まさか、道に迷ったのか!?
過去の恐ろしい記憶が、プレイバックする。
彼女を失うかもしれないという恐怖に、心臓を掴まれたあの日のことが、鮮やかによみがえってしまうのだ。
同時に、別の予想も頭を持ち上げる。
やっぱり結婚には自信がなくなった、とか言い出すのではないだろうかと。
いきなり足元に火をつけられてしまったような、焦りと苛立ちに取り巻かれる。
「いまどこだ?」
そんな不安を悟られないようにするのが、精一杯の声にしかならない。
この、こみ上げてくる気持ちは、電話の声では払拭されないのだ。
『あ、あの…いま、実は会社の近くにいるんです…その、お昼休み…時間、ありますか?』
遠慮がちな、そんな声を聞いた瞬間。
ガタン! バタッ! ダダダッッッ!!!!
カイトは。
受話器を投げ捨てて、社長室を飛び出していた。