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13/22

01/11 Tue.-13

 きゃー!!!


 ドアが開く瞬間―― メイは、声にならない悲鳴をあげた。


 ギリギリまで往生際悪く、『まさか、そんな』と思っていたために、ついにその時が来るまで、覚悟を決めているヒマがなかったのである。


 慌てて、振り返っていた顔を、元に戻すので精一杯だった。


 お湯を止めたままのシャワーヘッドを握りしめて、メイはカチンコチンに固まってしまったのだ。


 ど、ど、ど、ど、どうしようー!!!


 サイフとパスポートをすられて、異国の見知らぬ地に立ちつくすのと、いまの気持ちとどっちがとんでもないだろうか。


 それくらい取り乱していた。


 いや、元はと言えば、自分から言い出したことである。


 後で、はっと我に返ったとしても。


 だから、カイトも入ってきたのだ。


 あんまり間が空いていたので、今更入ってくるとは思ってもみなかったのだが。


 自分から誘ったメイが、こんなに取り乱したら、彼は変に思うに違いなかった。


 背中の方で確実にドアが開いて、誰かが入ってくる足音がした。そして、ドアが閉められたのである。


 間違いなくカイトで。


 それで。


 一緒に入る気なのである。


 そ、そんなぁ。


 メイは身体を洗っている最中だ。いまはまだ、泡に助けられて全身を見られることはないだろう。


 しかし、いつかは洗い流さなければならない。


 その上、髪も洗わなければならないのだ。


 それを―― カイトの視線の目の前でやらなければならないのである。


 こんな、素肌をさらしたまま。


 後ろの気配が動く。


 ビクッッ、と反射的に震えてしまったが、彼は近付いてこなかった。


 ばしゃん!


 まるで。


 大きな魚が生け簀で跳ねるような音がした。


 後ろではない。


 横だ。


 え?


 慌ててメイが、そっちに目をやると。


 カイトが、バスタブの中にいるのが分かった。


 そうして―― 壁の方を向いているのが、分かった。


 素肌の、首、肩、腕、背中。


 メイは、驚いてしまって、ついマジマジと彼の姿を見てしまった。


 湯から上に、はみだしている部分だ。


 はっ!


 慌てて視線をそらす。


 そうして、慌てて身体を洗う続きに入った。


 カイトが。


 わざと、視線をそらしてくれているのが分かった。


 彼女の恥ずかしい気持ちを、分かってくれたのだろうか。


 急いで身体を洗ったり、髪を洗ったりして交代しないといけない。


 カイトだって身体を洗いたいに違いないのに、彼女がここを陣取っていたから、しょうがなくそっちに行ってしまったのだろうから。


 お風呂、というのは―― つくづく一人で入るのに適している場所だということが分かる。


 何もかもが、二人用というには小さいのだ。


 洗い場も、湯船も。


 二人でバスタブを使うには、くっついていなければならない。


 や、やだ。


 自分の考えてしまったことに焦って、彼女は大慌てで身体を流した。


 その途中で、ちらちらとバスタブの方を見る。


 しかし、やはり彼は顔をそらしたままだった。


 髪を。


 この期に及んでも、彼女はやはり右手を濡らしたくなかった。


 そこにカイトがいる。


 その事実に混乱や緊張や、いろんなものがロープのように絡まっているというのに、右手を極力使わないようにして頭を洗ったのだ。


 いつもなら、リンスをしてからしばらくおくのだが、今日はそんなヒマもなく、ざばっと流す。


 しとしとと滴る髪の水滴を払うと、彼女はもう一度、ゴムで髪をまとめ上げた。


 最後に身体をシャワーで流して、顔を洗って、それから、洗い場を流して。


 忙しく、カイトと交代するための作業を続けながら、メイは彼の方を見た。


 身動きもせずに、彼はそこに沈んだままだった。


 こ。


 交代、しなきゃ。


 全部終わってしまったメイが、声をどうかけようか迷う。


 もう当初の目的のように、このままお風呂から上がればいいのかもしれない。


 そうすれば、 カイトだってゆっくりお風呂を満喫出来るのである。


「あ、あの……私、もう」


 身を縮ませたまま、メイは立ち上がると、外に向かうすりガラスのドアに手をかけた。


 ばしゃん!


 瞬間。


 また、生け簀が跳ねた。


 きゃあ!!!


 また、悲鳴を飲み込む。


 いきなり彼が大きな音を立てて動いたからだ。


 いや、いまのメイには、微かな風の音さえも幽霊の声に聞こえるだろう。


「つかれ!」


 後ろの方から声がした。


 そっと振り返ると、カイトが洗い場の前で、シャワーを持ったまま背中を向けている。


 彼の素肌の背中が、バーンと大アップだ。


 濡れた肌に、バスルームの明かりが反射している。


 その瞬間、身体がぽぉっとなった。


 更に、意識が混沌の中に沈んでしまう。


 あの、でも、そんな。


 メイは、いろいろと言おうと努力した。


 しかし、もし彼の言葉を拒否したら、今度は本当にこっちを向かれてしまいそうだ。


 メイは、オモチャの兵隊のようなカチカチの動きで、バスタブの方に向かう。


 ぱしゃん。


 湯船に、足の先を入れる音。


 彼女の場合は、小魚か。


 熱いお風呂であったことが、それで分かった。


 熱いのが好きなのかな。


 一つ、彼の好みを知ったような気がした。


 メイだったら、ちょっと水を足したいくらいだ。


 お風呂の湯を入れる時、食事とかいろいろ間に入るので、冷えないようにと、かなり熱めのお湯を入れておいたのである。


 後から追い炊きしなくてもいいようにと。


 しかし、冷める速度の方が遅かったようである。


 メイは、水を足さなかった。


 ちょっと熱かったが、我慢してつかっていた。


 理由は―― 身体を洗い終わったら、またカイトがつかりに来るからである。


 その時に、変にぬるかったら、イヤな気持ちになるんじゃないかと思ったのだ。


 彼女は。


 右手だけは、お湯につけないようにしながら、カイトがそうしていたように、視線を壁の方へと向けていた。


 洗い場では。


 やはり、大きな魚を生け簀から、網ですくうような音がしていた。


 バシャバシャ、バチャバチャ。


 どれが身体を洗っている音なのか、髪を洗っている音なのか、さっぱり聞き分けができない。


 しかし、あまりそっちの方を意識しないようにしておく。


 でないと、具体的に想像してしまいそうだったのだ。


 そんな危険な真似、出来るはずがなかった。


 さっき、彼のあの背中を見てしまっただけで、ぽぉっとなってしまったのだ。


 頭の中に、そんな映像が合成されたら大変である。


 一緒にお風呂に入るって、こういうことなのかな。


 熱い湯船のせいで、ますます真っ赤になりながら、メイはそんな風に思った。


 世界中の人が、みんなこんな緊張感で一緒にお風呂に入っているのだろうか。


 それとも、すぐに慣れてしまうのか。


 そんなことを考えていたら、自分に薄暗い影が落ちた。


 我に返った時には、もう生け簀の水音がしていなかったのだ。


 ということは、いま自分にかかっている影は―― カイトのものなのである。


 また、つかりに来たのだろう。


 その作業工程が、彼女の予想以上に速かったので、次のことを考えるヒマがなかったのだ。


 どうしようぉぉぉ。


 交代するべきなのだ。


 しかし、いまバスタブから出ると、メイは彼の目の前に身体をさらしてしまうことになる。


 もしかしたら、また視線を逸らしてくれているのかもしれないけれども、それを確認することが出来なかった。


 何しろ、すぐそばにカイトの素肌もあるのだから。


 こんな間近で明るいところで、しっかりと見てしまったら、自分がどうなってしまうか分からなかった。


 だから、身動きも取れないままだった。


 出なきゃ!!


 覚悟を決めた。


 身体は見られてしまうかもしれないけれども、きっと一瞬だ。


 急いで脱衣所まで逃げれば、本当に一瞬で済むはずだった。


 ばしゃっ。


 メイは視線をそらしたまま、身体を湯船から持ち上げようと身体を浮かしかけた。


 しかし。


 カイトの身体が動いた。


 出ようとして空いた隙間に、カイトが湯船に足をつっこんだのだ。


 彼女が逃げ出そうとするよりも、先の動きである。


 そして―― 彼の手が、もう一度、彼女を湯船に引きずり戻したのだった。



 ええー!!!???

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