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01/11 Tue.-11

 どうして、こんなにムキになって、彼女を先にお風呂に入れようとしたのか―― メイは、分からなかった。


 一生懸命翻訳しようとしたのだが、うまく言葉のパズルが出来なくて。


 カイトだって、仕事をして疲れて帰ってきたのだ。


 お風呂に入って、リラックスしたいに違いない。


 本当に、自分が先に入っていいのだろうか。


 しかし、彼は短気で、自分が決めたコトは、テコでも譲らないような人である。


 優しいところもたくさん感じていたが、固いところも持っているのだ。


 だから、これ以上、メイがどういう風にお願いしても、先に入ってくれることはないだろう。


 けど。


 まだ。


 カイトが、ドアのすぐ向こう側にいるのが分かった。


 はい、と答えはしたけれども―― 今ならまだ、彼に何か上手な言葉を伝えられるのではないだろうかと思ったのだ。


「あの……」


 もう一度、勇気を持って声をかけてみる。


 びくんっと、ドアの向こう側の気配が動いた。


 間違いなく、数十センチ向こう側に彼がいるのだ。


 たかがドアで隔てられただけで、こんなに遠く感じてしまうが、本当はすぐそこにいる。


 カイト…。


 愛しさと寂しさが、まるでより合わされたロープのように、胸を締め付ける。


 ここにいて欲しい、と思ってしまう。


「あの……よかったら、一緒にはいりま……あっ!」


 私ったら。


 無意識に動いた唇が、何を言おうとしていたのかを、そこまで来てやっと気づいたのだ。


 大胆とか、そういうレベルではなかった。


 メイは、ドアのこっち側で真っ赤になってしまう。


 一緒にお風呂に入りませんか、と、いま自分は誘おうとしてしまったのである。


 ということは、2人で裸で明るいバスルームに一緒にいる、ということだ。


 もし、そんなことが実現しようものなら、ゆで死ぬ、どころの話ではない。


 恥ずかしくて、もう二度と顔を見られないような気さえする。


「あ、ごめんなさい…いやですよね、そんな。すみません…急いで入りますから」


 メイは、慌てて弁解した。


 彼に、変に思われたに違いないからだ。


 一緒にいたいと思った。


 けれども、こんなところでまで、一緒でなくてもいいのである。


 真っ赤になったまま、メイは慌てて服を脱いだ。


 そういえば、まだパジャマはアパートから取って来ていない。


 カイトの会社に行かなければならなかったので、大荷物にならないように、最低限の下着類だけ取ってきたのだ。


 今夜も、シャツのお世話にならなければならないだろう。


 けれども、もううっかり彼にシャツを借りていいかなんて、聞くことはできなかった。


 また、カイトがパワーショベルなマネをしかねないからだ。


 過去に、2回も引き出しの中の服を、ひっくり返されたのである。


 今夜だって、そうされるに違いなかった。


 後で借りたことを伝えようと、彼女は決めていたのだ。


 早く、あのアパートも引き払わなければならない。


 しかし、いまのメイは、そんな理性的な思考で動いていなかった。


 ただ、さっきの発言を忘れるために、違うことを考えようと努力しながらも、急いでお風呂に飛び込まなければならないのだ。


 脱衣所に置いていたゴムで髪を上げながら、メイはドキドキした身体を、ようやくお風呂場に持ち込めたのだ。


 急がなきゃ。


 カイトをあんまり待たせないようにと、彼女は大慌てでシャワーからお湯を出した。


 そうして、温度を確かめるために手を濡らそうとして―― 止まった。


 あ。


 右手に。


 魔法の呪文が、書いてあったのだ。


 普通にお風呂で洗えば、すぐに消えてしまう程度のささやかな魔法。


 でも、カイトの文字だ。


 どうしよう。


 せっかくの魔法を、今日のうちに消してしまいたくなかった。


 とりあえず、左手でシャワーヘッドを持って、温かいお湯で身体を流しながら、彼女は右手を遠くに逃がしていた。水で濡れないように。


 気を付ければ、大丈夫よね。


 そう思った。


 しかし、左手だけでいろんなことをするのは大変だ。


 身体を洗う時なんかに、いつも自分がどれだけ利き手に頼っていたかが分かる。


 ぎこちない洗い方になってしまった。


 かえって時間がかかる。


 ああもう。


 グズグズしている自分が腹立たしい。


 これでは、カイトの疲れを癒すどころではない。


 メイは、身体と髪を洗ったら、もうそのままバスタブにはつからずに、お風呂を上がろうと心に決めた。


 そうすれば、そんなに遅くなりすぎないだろうと思ったのだ。


 急がなきゃ。


 身体を泡だらけにしたまま、ふっと手を見ると―― カイトのケイタイ番号。


 それに、頬を緩めてしまいそうになった時。


 ガタン。


 音に、メイはびっくりした。


 脱衣所の方で、大きな音がしたのだ。


 え?


 振り返る。


 お風呂場と脱衣所の仕切は、すりガラスのドアになっているので、はっきり向こう側が見えるワケではない。


 しかし、シルエットは分かった。


 誰かが、その空間にいるということが。


 勿論、それはカイトに違いなかった。


 どうしたのかしら?


 振り返ったまま、メイはきょとんとそのシルエットを見ていた。


 すると。


 ばさばさっ。


 そんな音が聞こえてきた。


 そして、シルエットが何か大きな動きをしているのも。


 え?


 彼女の時が、一瞬止まった。


 そして、時は動き出す。



 え? ええー!!!!!?????



 服を脱いでいるように、見えたのだ。


 ま、待って。ちょっと待って。


 全身泡だらけのまま、メイは大慌てだった。


 もしかして、カイトはさっき彼女の言いかけてストップした言葉を、実践しようとしているのだろうか。


 一緒にお風呂に―― カァッ。


 全身が心臓になってしまったかのように、ドキドキに捕まってしまう。


 しかし、それを言ってから、随分時間がたっている。


 もしも入る気だったなら、もっと早く反応していたのではないだろうか。


 いや。


 冷静に考えよう。


 カイトは、ただ着替えたかっただけかもしれない。


 一緒にお風呂に入ろうなんて、思っていないかもしれないのだ。


 思い出してみたら、過去、そういう肩すかしが何度もあったではないか。


 カイトはしゃべらない人なので、うっかり彼女は誤解をいっぱいしてしまったのだ。


 だから今回のも、後からよく考えてみればいつもの誤解で、『私のバカ』と自分に言ってしまう程度の出来事なのかもしれない。


 そうよ。


 きっと、そうに――


 メイは、止まった。


 すりガラスのドアの向こうに。


 カイトが立ったのだ。


 その肌のシルエット。


 彼が。


 カイトが。


 服を着ていない何よりの証拠。


 その腕が。



 動いた。


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