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第四十章 グリモア

 セラゼラとの確執に終止符を打つべく戦いを挑むグリモア。そこに今までの焦燥、怒りと憎しみは無く、ただ現実を見据える気高い意思を感じさせる面持ちでセラゼラの前に立っていた。

 セラゼラがグリモアに期待していたことの真意が、この一戦で伝わるのか……?

 それでは、どうぞお楽しみください。

 第四十章 グリモア




 あれから数度剣を振り、すぐにセラゼラの元へ戻った。

 セラゼラは俺がいなくなってもまるで動揺した風でもなかったが、けれど俺の帰りに獲物を見つけた猛禽のように喜色満面といった面をした。

「アア、待ちわびたぜ。そうか、強くなって戻ってきたみたイじゃねエか。それでこそ、グリモアの名をかたるに相応しい」

 このときセラゼラの言う「かたる」にどの漢字を当てはめるか今はまだ分からなかった。しかし、『語る』に相応しい強さを俺は既に見つけ出していた。

「ああ、待たせてたみたいだな、お互いに。お前と、おれ自身の気持ちにだ」

 ジャキン

 剣の柄だけを携えた俺は、ほぼ無手であるにもかかわらずセラゼラに正面から対峙する。グリモアに無手で挑むことは、常人であれば正気とは思えないことだろう。

 しかしこれから始まるのは単に無謀な賭けではない。

 俺とセラゼラのプライドをぶつけあう誇りの戦いだ。


☆◇☆◇☆


 二つ名無きグリモアが元は大剣だったものの遺骸ともいえる柄だけのツヴァイハンダーを大きく上段に振りかぶって振り下ろして構える。

 振り下ろした瞬間としか捉えられないタイミングで、柄の先に『光』の本流がはじけた。弾けた光は元の刀身のような姿形を成し輝いている。

 以前までは闇の力を使っていたグリモアが今、光の力を顕現させ行使している様ははっきりいってまるで以前とは別の存在にまで感じられるほどの異様である。しかし、この光はさながらサタンを楽園から追放するミカエルのように、尊く力強い裁きの力を宿しているように思われた。

「ハッ、やアっと俺と同じ高さまで来たんじゃねエの? 待ちわびたぜエ!」

 セラゼラが、光を吸収するべく右手の蒼い剣の切っ先を相手へ突きつける。切っ先は静かに光を捉え、やがて光の奔流が少しずつセラゼラのほうへ流れていくように見えた。

 しかし、ここでグリモアが思いっきり剣を振り下ろし、光の刃を展開させセラゼラへ撃ち飛ばす。セラゼラは自分にぶつかる限界まで光を吸収した後、左手の赤い剣で光の刃を凪いで威力を削いで受け流した。

 セラゼラはその時、一回の防御で剣の構えが僅かにくずれてしまった。それも無理からぬことで、光の刃は粒子状のエネルギーに見えていたのに、実際は巨岩の質量を感じさせるほどの重みがあり、受け流しの方法に迷いが生じてしまったのだ。

 そして、グリモアの攻撃はこれで終わりではなかった。打ち下ろしの後、まだ切り上げが残っていたのだ。

「シッ」

 剣がフルスイングで打ち抜かれる。距離がまだ有に五メートルは開いているにもかかわらず、その場での振りぬき。

 しかしその効果は絶大だった。振りぬかれた剣全体に今度は闇が展開されており、一直線にセラゼラへ闇が襲い掛かる。

 そんなセラゼラはやはり歴戦の強者であった。即座に吸収した光を闇の相殺にあて、今度は完全に威力を殺しきる。

「ハッ、やべエよ楽しいぜ! この短期間でこれほどまでに腕を揚げるやつは経験上類を見なイ。さあ、次はどウ楽しませてくれるんだ!?」

 高揚したセラゼラに、一転氷のような静けさと落ち着きのある声でグリモアが告げる。

「いいや、もう終わりにする。もともと長く戦う必要も無かったんだよ。これで、決める」

 言い終わるなり、グリモアがまたツヴァイハンダーの柄だけを握りなおし、上段で構える。

 すると、柄だけだと思っていたツヴァイハンダーに刀身が形成されていく。それは闇と光が絡み合い、溶け合い、重なり合ったような、えもいわれぬ美しい刀身だった。

 刀身が形成された、その瞬間。

 瞬く間にセラゼラと距離をつめたかと思うと、火炎を乗せた十字切り、雷を宿すV字切り、光と炎、雷で弾けあう刀身での振りぬき、闇と氷と荒れ狂う暴風を撒き散らす回転切り。続けざまに繰り出していった。

 セラゼラはそれにすんでの所で捌ききる。あるいは、隙を突くためにわざとギリギリでいなしているかもしれなかった。

 しかしグリモアの剣閃はすでにセラゼラと同等で、剣戟で隙をつく決定打が探せないでいた。それに加え、吸収する能力も闇、もしくは光のどちらかに限定されるようで、徐々にセラゼラに押される動きが見え始める。

 グリモアがこう着状態をバックステップで打ち破り、その折にまばゆい光と、その光を奪うような闇がグリモアの背後で形成される。それぞれグリモアの右側に輝き、左側に漆黒が形作られていき、右の塊がばっと弾け天使を想起させる白金の翼に、左側の暗黒は堕天使のような黒い羽毛の翼に変貌する。

 翼からはそれぞれビームのように弾丸が射出され、セラゼラは一つ一つを豪快にはじき返していく。それでも、少しずつ疲労がたまっていくのが見てとれ、形勢の傾きがもはや止められないものとなり始めていく象徴のようでもあった。

 しかし、セラゼラはなおも言い募る。

「オイオイ、こっからが楽しいところだぜ! まだ終わらせるには速い!」

「いいや、もうお終いだよ。これで」

 グリモアが口を閉じた、その時。

 ツヴァイハンダーの美しい刀身に、純白と漆黒が瞬く間に絡み合っていき、白と黒のコントラストを肥大化させていく。

「『スキル』は人の限界に程近いところへ到達し、やっと扱いきれる。それを、身をもって体験したよ。いくぞ、セラゼラ。俺の一撃を受け止めてみろっ」

「はっ、来イよグリモア!!」

 肥大化した黒と白が、やがて臨界点を迎える。

 そして、その時がきて――

「奥義・エブルブレイク」

 横薙ぎの破壊エネルギーが、一直線にセラゼラへ向かっていく。

 周囲に生えた木には、そのエネルギーが当たっても僅かたりとも傷がつかなかった。

 優しい、傷を遠ざける光。

 そしてセラゼラへ当たったとき初めてほとばしる、破壊のシナジー。

 残酷な、けれど必要悪の存在である闇。

 双方が絡み合い、初めてセラゼラのもとへ届くグリモアの誇りの力。

 セラゼラはそれでも受け止めようと双剣を駆使し、刃を光と闇に食い込ませる。

「へっ、これでようやく――」

 バンッ!!

 衝撃で、セラゼラの体が大きく後方へ吹き飛び、十メートル以上飛翔してから地面を転がっていく。

 転げ終わったセラゼラは、満足そうに、けれど少し悔しそうな顔で瞳を閉じていた。


☆◇☆◇☆


 セラゼラを倒したことを確信すると、頭の中にふくよかで清廉な声が響いた。

 ――『英雄』のグリモアを倒したことに最大限の賞賛を送り、あなたを祝福します。更に、己を律し、戦い抜いたことへの賞賛として、あなたにギフトを。

 セラゼラを倒し終わったことでその力を失った、折れたツヴァイハンダーに、光の粒子が一つ、また一つ、ふわりと舞い散り、やがて一つのカタチを創っていく。

 そのうちに折れたツヴァイハンダー自身が輝き出し、形を少しずつ異なるものへとシフトさせていった。

 やがて現れる一つのツルギ。

 するどく、飾り気が最小限で構成される美しい造形で、先ほどのコントラストが全体へ広がったような濃淡のはっきりした色合い、グリップから刀身の長さまでが全てグリモアの手に馴染むその剣は、初めて出会ったはずなのに、以前からずっとそばにいたような温かさと、遠い憧れを自分のものにした満足感を与えてくれた。

 ――それは『魔剣グリモア』。世界に一つしか存在しない、所有者を選ぶ剣です。あなたがこの剣でどんなものを切ろうとも、この剣だけはあなたの意思のままに対象を切り込みます。

 切り離すものを決して間違えないように。

「ああ、はっきり分かってるぜ」

 ありがとう、セラゼラ。

 俺はもう、大切なものを救うことに妥協しないよ。

「じゃあな」

 その場を後にし歩き始める。

 ここまでの道のりが今の俺を作り、そして今の俺は未来のために役目を果たす。

 さあ、ルナたちを探しにいこう。




 いよいよゴールデンウィーク企画も大詰めで、今回で一旦話は区切られます。しかし、何と話数を数え間違えるというハプニングにより、明日の更新では一本短編を書き下ろしました。時間の関係で短めの話となっておりますが、このつじつま合わせのピエロに今しばらくお付き合いくださいませ。

 次回投稿予定は5月6日の午後6時からですので、この企画最後のエピソードをお楽しみください。

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