第三十九章 優しいから悲しい
ゴールデンウィーク企画2日目です。
セラゼラと続ける鍛錬の日々。体と心をいじめ抜くような戦いの日々は少しずつグリモアの心身を疲弊させていく。
やがてグリモアが取る行動とは……?
前話同様、ここから読んでも話の展開はみえづらいかと思いますので、初めのほうから併せてお読みくだされば幸いです。
では、続きをどうぞ。
第三十九章 優しいから悲しい
セラゼラに拾われわずか三日の今日、早速根を上げた。
俺自身が未熟なことも、仲間が気がかりなのも、事情という名の言い訳と思いつつも、もう精神が肉体についていけなかった。
闇を扱うときには、決まって疲弊するものがある。擦り切れ、磨り減っていく。それは、心だ。俺が闇を使いやつに一撃当てるごとに、ごっそりと消費されていく、目には見えない短くなり行くパロメーター。
そんなこともあって、四日目の朝に俺は寝床を抜け出して、どこへともなくさ迷い歩いた。そんなことをしても仲間にまた遭えるということではないが、磨り減った心に潤いを求めるように、目的もなく歩きたかったのだ。
やがて清流に辿りついた。密林のようなこんな森にも清流があることは以前ボムパサランを狩ったときに発露しており、さほど驚くこともなくそのまま顔でも洗うつもりで近づいていった。
そして、顔を洗っているときに、隣に誰かがいることに気づく。
エメラルドグリーンに黄金の飾りがついたとんがり帽子を被り、深い藍色の美しい意匠を施された同じ色のマントを羽織った、美しい女性に見えた。「物語のなかで『物語をつむぐ役目』」を背負ったような、そんな印象だ。深い慈愛をたたえた瞳に、思わず自分という存在をゆだねたくなる。年の頃は俺より五歳ほどしか上に見えない。
「あなたは、誰?」
「……疲れた顔をしているね。若いのに。まだ、みずみずしい果実であり、原石であるのに。悩めるキミの一つ目の質問に答えよう。
私は詩人。旅の詩人だ。
キミがもし望むなら、ここでひとつ吟じさせてもらうけれど、何か聞きたいかい?」
実際俺は、目の前の詩人が言うように疲れていた。なので、戦場を駆けるヴァルキリーに願うことと同じ、鎮魂歌をリクエストした。鎮魂歌は戦いきった者たちへの賛美歌である。今の俺はそういうものが聞きたい気分だった。
「キミのために、一曲。確かに」
やがてどこからか取り出したハープから、優しい旋律が流れ始め……。
曲の中身は概ね、戦いを生き抜く少年が戦場に身を投じている同じ仲間や、少女とともに誰も死なないように画策するというものだった。『死なないで、私も死なないから』。
やがて佳境、サビの終わりに差し掛かるところで、先ほど洗った頬がまた濡れていることに気づく。
「俺、俺は……」
曲が鳴り止み、優しい旋律が終わってしまった。しかし俺は未だその甘い曲調から抜け出せずにいる。もとより気晴らしをしたらまたセラゼラと剣を交える予定だったのに、体全体が鉛のように指向性を失ってしまった。
「グレン……リン……。……ルナ、ああ、ルナぁ……」
肩を並べたパーティーたちを思い浮かべ、激情がこみ上げる。安否すらも分からないこの状況を変えるために、俺はセラゼラに挑み続けた。そう、たとえ闇に染まりどんな力を使ってでもこの状況を打開したくて、進んで闇を使っていた。
だから、間違ってしまっていたことに気がついた。
どんな力を使ってもなどと、本当は欲するものではなかった。
望みを叶えるためには、その望みに対して正直でいられるように、正しい力を身につけるべきだったのだ。
「キミには多くの願いがある。今はその願いを叶える過程といったところだろう。道程は苦難が多く、また憂慮すべき災難に翻弄されている最中だ。
私から一つ、キミに伝えておくことがある。まずは望みをひとつ明確にこころに思い浮かべなさい。
キミの望みをかなえるために本当は何が必要なのか。
キミに託された願いのために必要な力、その源泉を。自分に引き寄せ導き、引き出したまえ。
本当は優しいキミよ。
いつか人々がキミにすがるとき、一つでも多くを受け止めようとするキミよ。
今はただ、己のために、友のために、愛するもののために力を求めなさい」
そこまでいうと、ハープを持ったままこの場から去ろうとする。こんな意味深な言葉を残していったのに、しかし俺は引き止めるための一切の動作をしなかった。
言っている言葉が分かった。あの人が、俺にするべき本当のことをそっと、遠まわしに伝えてくれた、そう思った。
涙は止まり、決意のこころが強く紅に染まる。
さあ、セラゼラに会いに行こう。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。ゴールデンウィーク企画は後半分なので、最後までお付き合いいただければと思います。
次回投稿は5月4日午前10時を予定していますので、続けてよろしくお願いします。