幕章その壱 仲間たちと過ごした一日
祝☆3周年記念投稿です。
今作初めての短編となります。
このお話は森林の探索→グリモア敗退までのつなぎ目を記していくストーリーであり、少し違った目線からお話が描写されます。
今まで一人称で語られていたストーリーから、第三者目線へ移った語り部に変更したことで新鮮味などを感じていただけたら幸いです。
では3周年を記念した物語の幕開けです。
幕章その壱 仲間たちの過ごした一日
ガラクタのように岩石が散らばり、むき出しになった地面を乾いたヒビが駆け巡る大地に、グリモアは辿りついた。
目的はとある剣術家が隠居し、隠遁したといわれる『小屋』を探すためだ。
事の発端、というと聞こえは悪いが、そのルーツとなったのは以下の出来事からなる。
☆ ☆ ☆
彼らがヴァイエルとの試合に打ち勝ち、霊薬作りの手伝いをした後のことである。
「(なあ、ルナ)」
「何? グレン」
「(シッ、声がでけえ)」
内緒の話をしようとしたグレンが、わざとらしく声を主張したルナに注意を促す。こそこそと悪事を働いて、後ろめたい作業を生産することが許せないルナのせいで、危うく内緒話が内輪で拡散するところだった。
グリモアとリンネルは気づかずに、先へ進んでいく。
少し距離を置いたのを確認してから、ルナに説明しようとしたが、少し眉尻が下がっているのを見て、慌てて取り繕う。グレンは基本的に正直なのだ。
「変な、大したことじゃないって。いや、まあショボイことではないけどさ。リンネルが最近パーティーに入ってきただろ?」
「私はあまり乗り気じゃなかったけど」
「そういうのはもう水に流そうぜ。それでさ、歓迎会にかこつけた、俗に言うパーティーを催そうと考えたわけだよ」
発想自体は実によくある話だ。新人のために、パーティーを開く。
「じゃあ何でグリモアにも内緒なの?」
「この前の大会で優勝できたのも、外からの火種も払ってくれたのはグリモアだろ? だから、一緒に祝いてえんだ」
俺はいつかグリモアを越える、と常日頃から思い続けているグレンにしては、ライバルを祝うというのも少々気が迷うだろうに、豪快なまでに潔く、労をねぎらう気持ちを持っている。
「そうね。なら、私にいい考えがあるわ」
街に着く前にルナはグレンに説明を終え、手順も考案され、今まさに実行された。
「ねえ、グレン?」
「何? ルナ」
グリモアが街に入る直前で立ち止まり、同時にリンネルが歩みを止める。
「明日は一日オフにして、休憩を挟まない? 少し疲れたわ」
「そうか? なら、たまにはオフにしてみるよ」
「やったあ!」
何も知らないはずなのに、リンネルが素直にハイジャンプ。この異様なノリの良さは第一印象からうかがえるものではないが、仲間内でも少々扱いに困るシロモノだった。しかし今はその純真な天然さが幸いし、事が滞りなく進んでいる。
「でもま、あんまりダラけるのも良くねえわな」
ここで秘密をほのめかすように、グレンが提言する。これが少しネックだ。
だが、今回は、いや今回もと言うべきか。グレンのらしくない発言に毎回乗りかかるのが、グリモアという少年の役回りに、今回もあった。
「そのセリフ、あんまりキャラに合ってないぞ。こっちには積極的にダラけるイメージが染み付いてるんだからな」
そういう大事な話を切り出す前に、グリモアが茶々を入れる。これも大体いつもの雰囲気といえる。
「うるせえよ。お前、俺が漫才するために言ってるわけ無いことぐらい察してくれよ。っとと、話を戻すぜ。
ダラけるのは良くない、だから、明日のオフの日に、その日自分が何をして過ごしたかを大雑把でいいから、報告しよう」
「ほう。面白い趣向だな」
これで、舞台が整うわけだ。ドッキリ☆大作戦の舞台が。
「まあ、人に言えないことをして過ごさないようにってだけだけどな」
「OK。乗った」
「あたしも賛成」
「あたくしも」
グレンの作戦に全員が乗りかかる。ルナはもとより、リンネルも場の雰囲気に積極的に乗りかかる「きらい」があるので、特に予定に狂いは無く進行する。
まとまったのを見て、グリモアが解散を告げる。基本的な進行役は彼に一任されてるので、グレンが妙なでしゃばり方をしないことを、上手く踏みとどまらせていた。これは今後もいいチームになるだろう。
「よし、今日は解散。それじゃあ、また明日」
「おう、また明日」
☆ ☆ ☆
ということがあり、彼はオフにもかかわらず、クエストを受けたのだ。
理由は単純で、彼が異邦者ということがあり、この世界を堪能する一番の刺激こそが、クエストや、冒険の日々にあるからだ。
といっても、命がけになるクエストをまさかたった一人で受けるわけにも行かないので、今日は軽く、しかし面白そうな奉仕作業をする予定でいた。
クエスト名に『ボランティア急募!!』と記され、詳細の欄に書かれている大まかな内容は、
1.街から竜の洞窟へ向かい、そこを半周した裏手に広がる荒野のどこかにあるワシの家を見つける
2.そこでワシの出す依頼をクリアしていく
3.ボランティアなので、報酬には期待しないこと
というものだ。
いかにもただ働きなどを嫌う冒険者宛に依頼するのはお門違いな気がするが、グリモアは偶然にもオフで、偶然に噂を拾ったから、これを受けたのである。
その噂の内容は……。
名も知られない剣術家だが、腕は一流であり、彼なのか彼女なのかすら分からない人物で、一切のプロフィールがつかめず、いつの間にか隠遁し、その場所こそが依頼のある場所だという。
つまり噂の内容とは、その依頼を受ければ謎に包まれる剣術家のことを知ることが出来るのではないか、というものだ。
「見返りはない。ボランティアだから。でも、俺ならそこでもらえるものがある」
下心は少しだけ、最初は単純に暇を消化するつもりで受けたクエストだった。
これが思わぬ伏線となるのだが、このときのグリモアは未来に一切のくもりを認めていなかったのだった。
荒野を散策していたら、目標の小屋が見つかった。
周りは明らかに荒野であり、人が住める場所ではないと思っていたが、裏手に昨日まで訪れていた密林があったので、自給自足も、もしかしたらという思いをグリモアに抱かせた。
「すみませーん。依頼の件で来ました」
岩窟と思わせるような造りの平屋で、煙突と脇に作業台と薪置き場が設置されており、小さいながら機能は十全に備わっていることを匂わせている。
「入れ」
短く一喝。愛想を感じられないが、あまり人に会っていないようだし、何より昔の自分と同じ雰囲気を感じ取れた。
「何か手伝うことは――」
「薪を割ってきてくれ。その後はこの散らかった部屋の掃除だ。洗濯物もかごから出して干しておいてくれ」
「あ、はい」
拍子抜けすることに、迎え入れられた部屋は雑然としており、部屋の主は初老の、ごくごく普通の男性のようだ。
「少し散歩をしてくるから、帰ってくるまでに終わらせておくように」
「了解です」
グリモアは少し期待外れの思惑を残したが、諾々と与えられたことをこなしていった。
そして、依頼主が戻ってきてから、真のクエストが始まったのだ。
「真面目にやってくれたか。では、ついでに体慣らしも手伝ってもらおう」
待ってましたとばかりに、男性のほうへ振り返る。が、そこには男性の姿はない。
「私が依頼主だ。普段は仮の姿を取っているので、これもまた化身の一つと思い、手合わせ願いたい」
男性の姿は無かったが、代わりに血色のいい中年の男性が屹立していた。
筋肉質で、背に巨大なバスタードソードを携えており、どこから取り出したかタバコを吹かしていた。
「お前もそのつもりだったのだろう?」
「ええ、まあ。噂が本当のようで安心しました」
「噂で聞き及んだか。まあ、話は家事の合間でも出来る。早速打ち合わせよう」
グリモアが外に出ると、先に向かっていた中年男性は小屋から50メートルは離れた位置で剣を構えていた。
ダッシュで正面まで陣取り、ガバッと背中の大剣<ツヴァイハンダー>を抜き放つ。
「では――参る」
準備が整ったのを見て取った後、間髪入れず男性が突進してくる。右手にバスタードソードを携え、左手は剣の先端付近に添えられている。
最近までまるで剣の素人だったグリモアが見ても分かるほどに、無駄の無い流麗な突き。
放心状態で眺めていると、容易に串刺しにされる美しくも鋭利な一撃を、ツヴァイハンダーを横から一閃して弾く。いや、弾こうとした。
「(くっ、思ったより重い!!)」
衝撃が殺し切れず、たまらずに受け流して半回転し、相手の後ろ側に回る。
「動きはいいが、剣術がなっていないな。いいか、まず大切なのは相手の動きに対応するのではなく、自らが相手を狙い、切り込むことだ」
そのセリフを発して、バスタードソードの重厚な刀身を操るとは思えない速度の刺突が繰り出される。一撃一撃が竜の尾を連想させるほどの重い一発。
たたらを踏んで後ろに飛びのくが、めげず大上段に愛剣を掲げ、言われたとおり男の正面を狙い、踏み込み、振り下ろす。
「そうだ。肩を修正し、脇が締められるようにしろ。それと、振り下ろすとき右に重心まで乗っている。体の線はまっすぐに、体重だけを傾げろ」
正確に、グリモアの剣術に対して指導を施していく。その間にも剣戟は続いき、交互にレクチャーが進んでいく。
キッ、キイン、カッガッガガッ
しばらくグリモアに剣閃を振るわせた後、男が舞い踊るような剣舞を魅せつける。
「よし、そろそろ休憩にしよう。裏手に風呂を沸かしてあるから、入ってくるといい」
勝負していたのに、風呂を沸かす余裕があるとは思えないのだが、言われたとおり裏手に回ってみると、磨きぬかれた黒曜石を敷き詰めたような、香り立つほど美しい露天風呂が鎮座していた。
試しにグリモアが湯加減を計ると、少しぬるいが、運動した後には入りたくなる温度の湯船が出来上がっていた。
「ふー。なんか予想していたより、ずっといい経験になってるよなあ」
強かった。手を合わせる直前の雰囲気は、正しく一人の武人であった。向こうは加減をしてくれただろうが、こっちは付いていくのに精一杯といった感じだ。
一しきり温泉を堪能してから、体を拭き、予備の服を着込む。汚れた服は魔法で垢落としし、主人のものと一緒に干したあとだ。
「上がりました」
「おう。じゃあ私が入ってくるから、先に昼を済ませて、洗濯物を中に取り込んでおいて欲しい。それから、あいた竿に布団を掛けておいてくれ」
「はい」
昼食は分厚い牛肉にバターが一欠片のせられ、香辛料がまぶされたステーキに、甘い芳醇な香りが漂う果実ジュース、その果実ジュースの色彩を一つ一つ反映させたようなシーザーサラダが机の上で踊るように待ち構えていた。
端的に表現するなら、凄く美味しそうで、美味しくないはずがなく≪極上≫という言葉が相応しいくらいのランチだった。
「いただきます」
ぱくっと一口。ステーキからほおばる。
肉厚のステーキから油が染み出して、口の中を程よく満たして、咀嚼するとスッと噛み切れる上質なお肉だった。
彼が黙々と食べて、食べ終えるとほんの少しだけ食後の余韻に浸った後、また家事に取り掛かる。
それが一段落した後に小屋の主人が戻ってきたが――先ほどの青年とはまた違う化身だった。
先ほどまでの凛々しい青年と対照的に、髪をしっとり艶やかに濡らし、光沢が足からバスタオルの隠れていない素肌が照らし、視線を惹きつけるふくよかな胸元は、風呂上りのタオル一枚という危険なプロポーションを体得しており、グリモアの心拍数を飛躍的に上昇させ、表情にもしっかり動揺がほほを揺らし伝わったが――が、それも束の間。すぐに平生を取り戻し、和やかな雰囲気で会話をこころみた。
「お昼はどうも、ご馳走様でした。」
「うむ、お粗末さまだ。今日の家事は一通り終わったようだし、最後に稽古をしたらもう帰っていいぞ」
小屋にあるダイニングの隣の部屋へ更衣をしに姿を隠し、その間先にグリモアが外へ出て、所在なさげに部屋の主を、今は女性である依頼主を、手加減せずに稽古できるような心境にするため、しばし待った。
その後また稽古が始まり、辺りが夕暮れの黄昏色に染まるまで、その剣舞は止まなかった。
「今日はどうもありがとうございました」
「礼を言うのはこちらのほうだよ。家事をしてもらって助かった」
「こっちも、剣の心得は分かったような、上達の兆しを感じさせられるものがあって、本当に助かりました」
あの後した稽古で、ツヴァイハンダーの特徴をつかみ、手加減していたといえ後一歩のところまで迎えうてるだけの技術が身についた。これは大きな進歩といって相違ないだろう。
「それで、気になることがあるんですが」
「一つだけ、答えよう。じっくり選びなさい」
心を見透かす、歳月を経た瞳に、グリモアの精悍な顔つきが映る。
彼はほんの数瞬、刹那の間思考し、聞くべき言葉を選び出した。
本当に聞きたいことが実は二つほどあり、一つに絞ったのだ。その絞るという行為に対し、目の前の人物は品定めをしているように思える。
「噂で聞いた凄腕の剣豪、あなたがもしそうなら、あなたの本当の腕前は、今王宮で屹立している<ギルディ>より高いのではないですか?」
「――どうしてそう思う?」
「……上手く言い表せるか分かりませんが、なんというか、剣筋が美しすぎるように思えたんです。まるで、傷つけるために振るった刃の、血をぬぐうような、流麗な流れる動き。滑らかな、露払いをしてきたみたいな洗練された動き。今なお何かのために振るうのではなく、過去を断ち切った後の残りを集めたしらべ。
だから、剣筋に伝わるものに、一切の無駄がなくて。ギルディにすら真似できない、優れた剣術家なんじゃないですか?」
そう言い、少ししゃべり過ぎたかと、口をつぐむ。
しかし剣術家は恐れることなく対峙し、言葉を並べた。
「私は名前もないただの流浪人だ。ここに拠点を構えたのもただの気まぐれ。
ただまあ、一つだけ質問に答えるといったからには答えねばな。私はかつてギルディ以上の剛の者に打ち勝ち、レッカ以上の魔道の者を切り伏せた。後戻りできなくなるほど強くなり、な」
それが意味するところを、瞬時に察したが、言葉を呑み込み、礼を言ってそのまま背を向けた。
「また依頼を貼ってください。今度来たときに、もう一つの質問にも答えてもらいたいですしね」
グリモアが歩き始める。そして語るつもりはないのかもしれない。今の仲間たちに。
「見込みはどうかい?」
錬金術師が、土の上に舞い出る。
そこに別段気にすることなく、名もなき剣豪が言を述べる。
「雲蒸竜変だろうよ。我らもいずれ、越えられる時が来るだろう」
「ほう。私の見込みと同じさねえ」
「いい目をしていた。いずれ岐路に立ち会っても、訪れる未来に破滅はこないほどに」
「予言の真似事でもしたのかい?」
「いいや。おせっかい焼きの、ただの勘だ」
グリモアが去っていった方向を、二人で眺める。この二人の風格は、他の二人組の人間たちによる立ち姿でも別格と呼べるほど、興に入ったものであった。
「まあ、すぐに分かるだろうさ」
「そうだねぇ。楽しみに取っておくとするよ」
うふふ、フフ、と微笑を漏らす超人を背に、グリモアは樹海を後にする。
休日の決算をする待ち合わせの場所は酒場<竜尾亭>を選んであった。
リーズナブルな軽食から、宝石とそう変わらない高価な酒類が置いてある、冒険者向けの大衆酒場だ。内装はきらびやかな黄昏色を反映させており、テーブルクロスから床のタイルに至るまで<活気>を感じさせる。
とそこで、入りがけに久しぶりの顔を発見した。
「おう、待ってたぞ」
「ディノ? 久しぶり、奇遇だな」
「待ってたって言ってるんだぜ? ほれ、こっちきて座れ」
促されるままに楕円形で大き目のテーブルに案内される。
ふと見渡すと、既にルナ、グレン、リンが居揃い、席を囲んでいたのが分かった。
「うはは。それじゃあ始めるか?」
「そうしようぜ?」
「何の話だ」と問う前に、手動式爆竹が派手に炸裂し、宴の文句が詠まれる。司会を務めたのはグレン。
「紳士淑女諸君、聞こえてるかっ! 今日は良き日でめでたき日かな!」
『めでたき日かな!』
「これより宴の始まりだ!!」
『乾杯!』
カラン・カラン・カラッ
心地よいグラスの音色が、木製の鈍く厚みのあるジョッキの響く音が、男たちの隆起する筋肉にくるまれた拳のビートが酒場に響き渡る。
「これは、どういうことだ?」
「驚いたか? そうだろうな。この企画な、ルナと考えたんだよ」
「何だってまた思いついたんだ?」
ジョッキに注がれた液体を眺めながらたずねる。黄金色のエールだから、ビールだろうと思いつつ。
「大会で優勝して、その後リンが加入しただろ? 祝勝と新パーティー結成会を兼ねた祝いだ」
「はー、成るほどねえ」
こんな時にまで「ただの飲みたい口実だろう」とか考えたり、発言するのは野暮というものなので、雰囲気に乗っかりながらジョッキに口をつける。少し抵抗がなくなっている自分を感じたり。
「まあ最初に言ってたあれも覚えてるだろ?」
「この日一日を振り返るってやつか?」
「そうだ。それは最初から酒の肴にする予定だったんだぜ」
考えてるなあ。グレンらしい大雑把な仕掛けだけど、はまったよ。
「みんな席についてるし、そろそろグリモアの番から話してもらいましょうかしら?」
「オーケー。俺はまず、正体不明の剣豪の元を訪れたんだ。そして――」
明かりが煌々と燃え、黄昏色の淡い黄金を導く。
またこんな日が訪れるように願いながら、パーティーを楽しんだ。
この話で、急激なレベルアップによりヴァイエルに勝利したことや、いともたやすくAランクの竜を屠ったことについて保管できたかと思います。
謎の元剣士の正体はおいおい分かっていくでしょうけれど、もう既にお気づきの人もいるやも。
そんなドキドキを内に秘めながら、今回はこの辺で。
次は第三十七章でお会いしましょう。
それでは。
追記 またしばらく投稿が滞ります。