第三十五章 顕著な力の差
圧倒的な力量の差を見せ付けられながらも、主人公グリモアの手は休められなかった。破壊者のグリモア、彼の一挙手一投足を目に焼き付けるようにして、油断や隙をうかがっていた。
この世界に降り立って遥かに成長しているという自負がある分、退くという選択肢はないも同然で……。
それではお楽しみください。
第三十五章 顕著な力の差
「おおおおおおお、らあっ」
恐怖心を紛らわすために振るう出たら目な剣筋は、やはり真にグリモアと呼ばれる存在に全然届くはずもなく、あっけなく避けられた。双剣で受け止めもせず、魔法で迎撃する事もないところを見ると、まだ様子見か、あるいは……。
「それがオ前の今の限界か。まだまだ動きにムラもあるし、パターンも単純。我様の動きにつイてイけてるから、ただの経験不足だな」
「うるさい……うるさい!」
どうしてこうも力量に差が出る!? 確かに俺はこの世界に来て、日は浅い。
だが、鍛錬で届くような高みに、こいつがいるように思えない。
剣は当たらない。魔法を連弾で飛ばしても、見切られ、弾き落とされる。
しかも、こっちが一通り攻撃し終わって湧き出た隙につけこんで飛んでくる一太刀が、大剣に属するツヴァイハンダーの、それも両方の手で受け止めているにもかかわらず、重たすぎて手から離れそうになる。
「くおお、このっ」
つばぜり合いで敵う気がしなかったのでこう着状態のツヴァイハンダーを捨て、拳に雷を宿し、半回転してからの勢いをつけた裏拳、捨て身のパンチ。相手は左手にも剣を握っているから、切られる可能性しか感じない。だが、ここで一撃狙って一矢報いないと勝てる見込みがガンと減る。
しかしバックステップでお互いの届かないリーチに瞬間移動して、高らかに喋り始める。
「イイ動きだ。迷イをそぎ落とす精神力に敬意を払って、一回でも攻撃が当てられたら、本気を出してやるよ」
パサッ――スゥ
フードを取り払い、中からグリモアが姿を見せる。無造作に切りそろえられた銀髪に、蛇を連想させる邪眼、エルフを連想させる体型、容姿。だが耳の形から察するに、真人間のようだった。
その余裕が、その笑い方が、何より神経を逆撫でて。自分が自分じゃなくなる、自分を止められない感覚、それを必死に食い止める、そんなことは不可能で。
「ああアアア゛ア゛!!」
拾い上げたツヴァイハンダーを投擲。ものを吸い上げる力を魔法で生み出し付加させ、洞窟の中のつぶてやヒョウがツヴァイハンダーに誘導されるように吸引されていき、その姿が彗星のごとき様に変貌して……。
ヒュゴッ
彗星のひとかけらが確かにグリモアにヒットした。
「ハハハハッ、何だ、面白イ技を使うじゃねえか。そうだよ、初めからそんな風にしてくれよォっ、なアオイ!」
ビュンッ
一陣の突風が吹いたかと思うと、後ろにグリモアが移動していた。
「なっ!?」
「ほらよ、オ返しだぜエ」
バキィ
振り向いたときには遅く、ヒトの拳とは思えない威力のパンチを肋骨の辺りに食らう。
「か、はっ」
双剣を放り捨てているのが見えないくらい、手さばきが俊敏すぎた。しかも双剣の行方まで分からなくなった。回収される前に妨害を……。
「もうイっちょ!」
「!?」
既に手元に双剣を構えている!? 早い!
ガンッ
痛みで上手く力が入らなかったせいで、受け損ない壁まで吹き飛ばされた。腕力ももちろん並じゃないが、今力の利用にも優れていることがはっきり分かる一撃だった。
バンッ
殴られた肋骨辺りの痛みと、新しく受けた背中への衝撃で、呼吸が止まる。
「っ! っ!」
回復しないと……。なのに、痛みで集中できない。
ここまでなのか、俺は……。意識から消そうとしても、あとから可能性が潰えて絶望色がキャンバスを埋めていく。にじみ、ヨゴレ、黒くなっていく。
「アれれ~? もウ戦エなイとか、言イ出したりするの~?」
「……まだだ、お前の相手は、俺がする」
ルナやリンを横目で見やる。顔から血の気が引いていて、とても戦いに参加したいと思っていない。だから、俺が戦わないと。
「ボロボロのヤツに、そんな風に痛めつけるのなら、俺が戦う!」
……グレ、ン?
「や、やめろ……。死ぬ、ぞ?」
息が入る隙間が、体から欠如している。苦しい。でも、今がんばらないとグレンが……!
「そうだぜェ。イらんちょっかイ出したら、傷つくのはお前のほうだからなあ」
ぶしゅっ
鮮血が吹き出す。やつの右の手は高く振り上げられていた。まさか、切られたのか?
「グレン!」
ルナの悲痛な叫び。グレンの左足が切られていた。つながってこそいるが、決して浅い傷じゃない。
そしてリンはその瞬間に、魔法で矢をつがえていた。この連鎖はヤバイッ!?
「っ!」
「あぶねエ、あぶねエ」
パンッ
なんとグリモアは左手で掴み取り、造作もないようにへし折る。魔法で作た矢だというのに。
「似たような芸当は俺だって出来るんだぜェ?」
パキーン
手で銃の形をかたどり、弾丸を生み出す。だが明らかにそれがただの弾丸でないことは明らかだった。
「やばい、避けろっ!」
「っ!?」
キイイィン
いっそ絶望を塗り替えるような澄んだ音色で、リンの右肩が打ち抜かれた。しかも、多段ヒットつき。腕から胸にかけても、裂傷で血が湧き出るように流れている。
「リン!」
ルナがナイフを二本、両手で硬く握っている。このままじゃ、ルナもやられる……っ!
石ころを拾って、ふらつく足を支えながら、立ち上がる。
照準を構えて、魔法を込める。ただ、速く、強く、硬く、鋭く。相手を撃ちぬけと念を込めて。
ピイイイイン
鋭い風きり音と共に照射された石のつぶてが、グリモア目掛けて飛んでいく。
「――ィ」
ぞわっ。
背筋が逆立つその原因。
目を合わせて嘲ったかと思ったら、高速で飛来する石ころを、双剣で叩き割ったのだ。
「じゃあな。以外に楽しめたぜ」
ルナッ!
叫ぶ前に、手刀で気絶させられる。
残るは俺一人だけだ。
一人ぼっちに逆戻りして、悲壮に打ちのめされるも、戦意だけは未だ燻り、激しくなるタイミングを待つかのように揺れ動く。
ツヴァイハンダーを握り締めて今、衝突の時を迎える。
次回更新は18時予定です。