第三十四章 嵐の前の乱戦
いよいよドラゴンの全貌に対面する主人公一行。だが、その強者のそばにもまた、形容しがたい異形の存在の影が。
アタリを予感しつつも戦闘を始める主人公は影の期待に叶うのだろうか……?
影の人物をめぐる闘争が火ぶたを切って落とされた。今は戦え、己のために。
それでは今回もお楽しみください。
第三十四章 嵐の前の乱戦
音源に向かい俺たちは走り始めていた。地面は最初少し湿気ってぬかるみ、次第に霜に覆われた道に姿を変え、今では雪原のように真白色だ。
「見えた! ドラゴンだっ!」
全長は優に二メートルを超え、高質化したヒレは水晶のように澄み渡り、アイス・ドラゴンより深い青みがかった体色。クオラルフロスト・ドラゴンだと一目で分かった。
角は幻獣に相応しいような神々しくすらある純白、瞳はヒスイ色の蛇眼。なるほど、これは確かにAクラスのドラゴンだ。パッと見じゃ全貌が計り知れない。
「待って! 誰かいるわ……!」
コォォォ
クオラルフロスト・ドラゴンの震える吐息のやや下、暗黒を凝縮したような儀礼衣を纏う一人の人間がいた。
手に双振りの西洋剣を持ち、片方は装飾過多な業火にも見間違える真紅の両刃の剣、もう一方はどちらかといえば見た目に業物と思えないが、鋭利な氷を凝縮させて極限まで密度を高め、更に押し固めたかのような蒼色の片刃の剣。それらの業物は対照的な色合いを持つ、不思議な魅力の双剣だった。
そして双剣も見事ながら、その人物も不思議といえば、確かに不自然だった。
ドラゴンの足元にいながら、両者が全く敵対的な行動を取らないのだ。これはおかしい。
「フッ、よウやくのオ出ましだな。しかと実力を見せてもらオウ」
「……?」
何事かをつぶやいて、その男だか女だか分からない謎そのものは――。
瞬間にして。
「――消えた」
あまりの出来事に呆ける。まばたきをするような刹那の瞬間に瞬間的に移動したとでもいうのだろうか。いや、今は考えない。そうだ、目的を履き違えてはいけない。
「試してるんなら、答えてやるよッ!」
魔法で身体能力を引き上げ、剣に焔を宿し、右拳に雷撃を付与する。そのままドラゴンの足元まで到達してから袈裟懸けにツヴァイハンダーを振りぬき、振り返り様の裏拳をツヴァイハンダーの傷の横にクリーンヒットさせる。
そしてそのまま一気に炎と電撃を魔法で生み出し、ほとばしるエネルギーの本流を一気に傷口へ流し込む。
そこでまだ終わらせない。連撃、魔法、突き穿ち崩して壊す。眼前に見える衝撃も耳から感じ取れる破砕音も、今はもう雑音ほどの苦にもならない。
グガアアアアアアアアア
クオラルフロスト・ドラゴンのけたたましく騒々しい絶叫。瞳孔を見開き、眼光を紅く染めて、口から冷気のようなもやを吐き出しながらグリンッと俺を凝視する。
「私たちも行くわよ!」
ルナの声に応じた他の声のために場所を空け、離れた所から魔力を練って、そして。
意識を集中させる。
「“業火”よ!」
丁度いい具合に、攻撃を鬱陶しく思っていたらしいクオラルフロスト・ドラゴンはその巨体を震撼させ俺を視界に捉える。衝撃で側面を攻撃していたルナたちは弾かれるようにノックバックしたが、俺は今そちらを気に留めない。信じているし、こちらに意識を向けさせたほうがいいから、合理的な判断の元に下した英断だ。と思う。
口を開き、エネルギーを収束させ、灼熱にも負けない吹雪と青く光る濁流を打ち出す。直線状で交わり、真ん中でどんどん力がぶつかり合う。その最中に、しかし途中の勢いがそがれることは見えない。
「せあッ!」
魔法の発射地点を固定し、連続魔法を駆使して、雷を纏わりつかせたマグマをクオラルフロスト・ドラゴンの頭上から吹き出させる。
グルゥ……ガアアアアアアアア
「なっ!」
驚くことに、翼をひるがえしたかと思うと、轟音を上げて濁流が押し寄せたのである。固定砲台と化したマグマを打ち消し、上から降り注ぐ、流動するプラズマに近いエネルギーをブレスでかき消す。
なるほど、これがAクラスの実力か。
「くっ、おおおおおおおおお!」
外からの衝撃は防がれる。しかし巨体ゆえに、近距離の攻撃は鈍いのかもしれない。現に、先手のツヴァイハンダーは油断もあったとはいえ、ダメージを多く与えていた。
そこからまた剣に切り替え、炎を付与したツヴァイハンダーで突進、大きく振りかぶって背面切り、そこから連激を叩き込む。背面、振り上げ、袈裟、横一文字、振り上げ斜め、振り下ろし、突き、あらゆる型がそこにあるように、力任せに切り結ぶ。
ルナは支援の魔法や遠距離の誘導でリンはそのルナにくる攻撃をガード、グレンは俺と反対の位置から斧を振っている。
「ソロコルポ・フィナーレ!」
昔見ていたアニメのフレーズが、不意に口をついて出る。感情が高ぶり、自分でも制御が聞かなくなっているのかも知れないと一瞬考えたが、すぐにどうでもよくなった。これで、《勝ち》だからだ。
ツヴァイハンダーの切っ先が角に食い込み、骨の割れる独特の破砕音を響かせ、クオラルフロスト・ドラゴンの巨体が地面に倒れ伏した。
ビリッと全身を謎の力が走った後、ようやく締まっていた気を緩め、ルナの元へ歩み寄る。
「勝ったな」
「ええ。勝ったわ」
グレンも歩いてきて、無言で手を振り上げる。
「へへっ」
「ああ」
ポフ
ハイタッチを決めようと思ったが、お互いに武器で腕を消耗してしまっていた。気の抜ける音だったが、不思議とやり直そうとは思わない。これはいいハイタッチだと感じた。
閑話休題。思い思いに休憩を過ごした後、一同を見渡し問いかける。
「さて、さっきの黒ずくめ、見えてたか?」
ルナは首肯。グレンは黙っている。リンは――
「リン?」
倒れたドラゴンの方を振り向くと、リンが鱗を剥ぎ取ったり、素材を集めていた。
「リ・ン!」
ルナがちょっとだけ語幹を強めて呼ぶ。
そして『はっ!』としたように振り向く。
「あとにして、みんなでやりましょう」
一喝が入った。それはもう苦笑に近かったが。
「はぁい。それで、何の話してたの?」
「さっきの黒い変なヤツ、心当たりとかあるかって」
「グリモアなんじゃないの?」
なんじゃないの? って。軽すぎるぜ。
「呼んでみるか?」
「どうやって?」
どうやってと聞かれると難しいな。向こうから勝手に現れると思ったし。
「その必要は無イ」
『っ!!』
全員が一斉に振り返る。しかし、声の方向にあるべき姿は見当たらない。
「こっちだこっち、どこを見てイる?」
再び背後から聞こえる声に向かって抜刀からの切り込み。しかし空を切り、またしても姿は見えない。
「イイ反応だが、集中力が足りてイないんだぜ」
「ふっ!」
集中力が足りていないのは実質連戦だからで、身体的な疲労は魔法で癒し終えてある。だが言われたとおり、精神面はまだ復帰できていないのが今とてもヒビいている。
「追イかけっこは止めだ。つまらんし、性に合わんウエ、オ前らじゃ我様は捕らエられんようだしな」
言い終えた瞬間。
《ぶわっ》と黒いカーテンを巻くように漆黒の繭が現れ、真ん中を引き裂いて地上へ躍り出る。人目で尋常ではないことが分かり、あまりにも現実味が希薄なこの男こそが、グリモアだと痛感させられる。
「グリモア……」
一目で畏怖すら感じる、絶対強者。この時初めて、俺は【グリモア】という名前の重みの一端に触れた。どこまでも深く、理解の範疇を超える高み。俺が名乗る名前の、そのオリジナルの気迫にただ圧倒されていた。
「始めまして、だなァ」
ニヤリと笑うその表情までが。
絶望的なまでに、挑戦的だった。
「我様は【英雄のグリモア】だ。これから我様の背を追イ続けるつもりで、覚エてオくがイイ」
これが、邂逅だ。そして、俺はこの時を忘れることは決してないだろう。この出会いを軸の基点として、俺の運命が加速するからだ。
予想を外れずにドラゴンを倒して、全ての目的が達したにもかかわらず、平穏な対話に持っていくことは出来なかった、主人公たち。
絶望的な戦いに身を投じるが、手を変え品を変え必死に勝機を掴もうとする。未だ姿を捉えられないまま、戦局は変えられるのだろうか……?
次回更新は明日の18時~19時予定です。引き続きお楽しみください。
/2014年5月17日 改稿