鶏肋 ~三国時代の終焉~
「鶏肋は、食べようとしても肉は少ない
しかし、捨てるには惜しい味がある」
「……今の戦も同じだ。
進めば勝ち目は薄く、退けば天下に笑われるであろう」
漢中の政庁。
そこで鶏料理に舌鼓を打ちながら、ため息をつく男がいた。
治世の能臣、乱世の奸雄。
そう謳われた、稀代の英雄。
曹操孟徳である。
「どうしたら、よいものか……。美味いな、これ」
そこへ眼帯の男が訪れる。
「孟徳、ちょっといいか?
今夜の警備の合言葉は、どうする?」
「鶏肋、鶏肋……。」
「……鶏肋?」
妙に意味深な合言葉に、眼帯の男は眉を寄せた。
何か重要な意味が込められているに違いない。
そう思い、いくら考えても、その真意には、たどり着けなかった。
悩みに悩んだ末、眼帯の男はある人物へ相談することにした。
******
「……眠れん」
もんもんと考え込み、寝返りを打つこと数十回。
曹操はついに眠ることを諦め、寝台から起き上がった。
「今夜は、満月……。
月明かりの下、洛陽で流行っている踊りでもやるか」
曹操孟徳という男は、凝り性である。
やるからには、最高を目指す。
深夜、突然思いついたことであろうと、決して妥協はしない。
だからこそ、寝間着のままではなく、きちんと着替える。
それが曹操孟徳という男であった。
「ずんちゃ、ずんちゃ、ずんちゃ!
ふぉうっ、ふぉうっ! ……ふぉうっ!」
曹操は、愉快な拍子を口ずさみ、踊り進む。
それに気づいた側近が、阮と呼ばれる弦楽器を曹操に渡す。
「儂は、乱世の奸雄~っ!」
曹操は乗ってきた。
阮を弾き鳴らしながら、熱唱する。
「昨日は、漢室に屁をこいたっ!
ぶりっ! ぶりぶりぶりっ! ぷーーっ!
明日は、あのデカ耳に大放尿おおおおおっ!」
もちろん、踊りも忘れない。
時折、頭を激しく上下させ、髪を振り乱す。
「乱世乱世っ! 奸雄奸雄っ!
中原、まるごと俺ものおおおおおっ!」
廊下を行き交う者たちが、曹操の姿に気づいて足を止める。
だが、一礼すると、すぐ何事もなかったように立ち去った。
曹操は、未来に生き過ぎていた。
理解はされていなくても、許容されていた。
反応を貰えなくて寂しい曹操は、政庁から出ようとして気づいた。
「……ん?」
深夜だというのに、人が集まっている。
先が見えないほどの長い列。
とりあえず、曹操は最後尾に並んでみた。
「これは、何の騒ぎだ?」
「ああん? 知らねえのか?」
曹操が前に並ぶ男へ尋ねると、男は得意げに答えた。
「楊修様だよ」
「……楊修?」
曹操は首を傾げる。
当然、その名を知っていた。
楊修は、名門の生まれ。
類まれなる才能と機知を持ち、曹操の五男の学問を支える家庭教師でもある。
頭の切れる男だ。
なぜ、その楊修が、こんな深夜にこれほどの行列を生み出しているのだろうか。
「馬鹿、ちゃんと様を付けろ!」
曹操の物言いに、男は慌てて周囲を見渡す。
「……って、げぇっ!? だ、大王様っ!?」
そして、後ろを振り返り、顔を青ざめさせた。
******
「美味いぞおおおおおおおおおおっ!?」
それを一口食し、曹操はくわっと目を見開いた。
稲妻が曹操に落ちた。
いや、実際には落ちていない。
ズズッズーーーッと、曹操はもう一口を続けざまにすする。
「ふふっ、喜んでいただけたようですね。曹操様」
楊修が、腕を組みながら得意げに笑う。
頭に白い布を巻き、黒い衣をまとっている。
「つるつる、しこしこ、もっちり!」
「この細長くちぢれた麺に、汁がいい具合に絡んで、口の中が桃源郷!」
「美味いっ! 美味いぞおおおおおおおおおおっ!」
曹操孟徳という男は、美食家である。
特に、温州みかんには目がない。
その産地を手に入れるためなら、呉を滅ぼすことすら考えていた。
「今夜の合言葉、鶏肋で曹操様のお考えが分かりました」
「……ん?」
曹操は、楊修の言葉に箸を止めた。
何の話だろうか。
さっぱり心当たりがない。
「鶏肋とは、食べるには肉が少ない。
だが、捨てるには惜しい」
「うむ」
しかし、続いた言葉には頷くものがあった。
「つまり、鶏肋を用い、新たな料理を創作せよと!」
楊修は満足そうに頷いた。
やはり、自分の読みは間違っていなかった、と。
「……そのとおりだ! さすがは、楊修よ!」
曹操は困惑する。
話は通じていない。
だが、目の前の料理は美味い。
とりあえず、褒めておくことにした。
「ありがたきお言葉にございます!」
「ティンと来た! この新たな汁物を、ラーメンと名付けよう!」
それは、千年以上早すぎるラーメンの誕生の瞬間であった。
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「虎!」
ぐつぐつと煮える寸胴鍋。
眼帯の男は、隻眼を見開き、麺湯切りに手を伸ばした。
「牢!」
そのまま頭上へと高々に掲げる。
次の瞬間。
「関!」
膝も使って、一気に振り落とす。
竹で編まれた網の隙間から、茹で上がった麺の余計な水分が飛ぶ。
まさに、それは虎が牢に迷い込み、涙を流すがごとき湯切りであった。
「孔明……。おいらたちの負けだ」
「……劉備様?」
魏ラーメン成都店。
白い布を頭に巻き、黒い衣をまとった軍団。
ついに、蜀の本拠地に魏の旗が立ったのである。
「こいつを見ろよ」
「……ラーメンが、何か?」
連日、大行列の評判。
蜀の民はこぞって、店に押しかけた。
いつしか民は、ラーメンを食べるために日々を頑張るようになった。
「魏の、焼き豚……。
蜀の、シナチク……。
呉の、ワカメ……。
ここに三国がある! 曹操は大陸を統一しちまったんだ!」
「……アホだろ? お前」
ただいま、成都二号店、三号店を建設中。
天下三分の時代は終わり、天下一麺の時代が、もうそこまで来ていた。




