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鶏肋 ~三国時代の終焉~

掲載日:2026/08/19




「鶏肋は、食べようとしても肉は少ない

 しかし、捨てるには惜しい味がある」


「……今の戦も同じだ。

 進めば勝ち目は薄く、退けば天下に笑われるであろう」



 漢中の政庁。

 そこで鶏料理に舌鼓を打ちながら、ため息をつく男がいた。


 治世の能臣、乱世の奸雄。

 そう謳われた、稀代の英雄。


 曹操孟徳である。



「どうしたら、よいものか……。美味いな、これ」



 そこへ眼帯の男が訪れる。



「孟徳、ちょっといいか?

 今夜の警備の合言葉は、どうする?」

「鶏肋、鶏肋……。」

「……鶏肋?」



 妙に意味深な合言葉に、眼帯の男は眉を寄せた。


 何か重要な意味が込められているに違いない。

 そう思い、いくら考えても、その真意には、たどり着けなかった。


 悩みに悩んだ末、眼帯の男はある人物へ相談することにした。




 ******




「……眠れん」



 もんもんと考え込み、寝返りを打つこと数十回。

 曹操はついに眠ることを諦め、寝台から起き上がった。



「今夜は、満月……。

 月明かりの下、洛陽で流行っている踊りでもやるか」



 曹操孟徳という男は、凝り性である。


 やるからには、最高を目指す。

 深夜、突然思いついたことであろうと、決して妥協はしない。


 だからこそ、寝間着のままではなく、きちんと着替える。

 それが曹操孟徳という男であった。



「ずんちゃ、ずんちゃ、ずんちゃ! 

 ふぉうっ、ふぉうっ! ……ふぉうっ!」



 曹操は、愉快な拍子を口ずさみ、踊り進む。

 それに気づいた側近が、阮と呼ばれる弦楽器を曹操に渡す。



「儂は、乱世の奸雄~っ!」



 曹操は乗ってきた。

 阮を弾き鳴らしながら、熱唱する。



「昨日は、漢室に屁をこいたっ!

 ぶりっ! ぶりぶりぶりっ! ぷーーっ!

 明日は、あのデカ耳に大放尿おおおおおっ!」



 もちろん、踊りも忘れない。

 時折、頭を激しく上下させ、髪を振り乱す。



「乱世乱世っ! 奸雄奸雄っ!

 中原、まるごと俺ものおおおおおっ!」



 廊下を行き交う者たちが、曹操の姿に気づいて足を止める。

 だが、一礼すると、すぐ何事もなかったように立ち去った。


 曹操は、未来に生き過ぎていた。

 理解はされていなくても、許容されていた。


 反応を貰えなくて寂しい曹操は、政庁から出ようとして気づいた。



「……ん?」



 深夜だというのに、人が集まっている。


 先が見えないほどの長い列。

 とりあえず、曹操は最後尾に並んでみた。



「これは、何の騒ぎだ?」

「ああん? 知らねえのか?」



 曹操が前に並ぶ男へ尋ねると、男は得意げに答えた。



「楊修様だよ」

「……楊修?」



 曹操は首を傾げる。


 当然、その名を知っていた。


 楊修は、名門の生まれ。

 類まれなる才能と機知を持ち、曹操の五男の学問を支える家庭教師でもある。


 頭の切れる男だ。

 なぜ、その楊修が、こんな深夜にこれほどの行列を生み出しているのだろうか。

 


「馬鹿、ちゃんと様を付けろ!」



 曹操の物言いに、男は慌てて周囲を見渡す。



「……って、げぇっ!? だ、大王様っ!?」



 そして、後ろを振り返り、顔を青ざめさせた。




 ******




「美味いぞおおおおおおおおおおっ!?」



 それを一口食し、曹操はくわっと目を見開いた。


 稲妻が曹操に落ちた。

 いや、実際には落ちていない。


 ズズッズーーーッと、曹操はもう一口を続けざまにすする。



「ふふっ、喜んでいただけたようですね。曹操様」



 楊修が、腕を組みながら得意げに笑う。

 頭に白い布を巻き、黒い衣をまとっている。



「つるつる、しこしこ、もっちり!」


「この細長くちぢれた麺に、汁がいい具合に絡んで、口の中が桃源郷!」


「美味いっ! 美味いぞおおおおおおおおおおっ!」



 曹操孟徳という男は、美食家である。


 特に、温州みかんには目がない。

 その産地を手に入れるためなら、呉を滅ぼすことすら考えていた。



「今夜の合言葉、鶏肋で曹操様のお考えが分かりました」

「……ん?」



 曹操は、楊修の言葉に箸を止めた。


 何の話だろうか。

 さっぱり心当たりがない。



「鶏肋とは、食べるには肉が少ない。

 だが、捨てるには惜しい」

「うむ」



 しかし、続いた言葉には頷くものがあった。



「つまり、鶏肋を用い、新たな料理を創作せよと!」



 楊修は満足そうに頷いた。

 やはり、自分の読みは間違っていなかった、と。



「……そのとおりだ! さすがは、楊修よ!」



 曹操は困惑する。


 話は通じていない。

 だが、目の前の料理は美味い。


 とりあえず、褒めておくことにした。



「ありがたきお言葉にございます!」

「ティンと来た! この新たな汁物を、ラーメンと名付けよう!」



 それは、千年以上早すぎるラーメンの誕生の瞬間であった。




 ******




「虎!」



 ぐつぐつと煮える寸胴鍋。

 眼帯の男は、隻眼を見開き、麺湯切りに手を伸ばした。



「牢!」



 そのまま頭上へと高々に掲げる。


 次の瞬間。



「関!」



 膝も使って、一気に振り落とす。

 竹で編まれた網の隙間から、茹で上がった麺の余計な水分が飛ぶ。


 まさに、それは虎が牢に迷い込み、涙を流すがごとき湯切りであった。



「孔明……。おいらたちの負けだ」

「……劉備様?」



 魏ラーメン成都店。

 白い布を頭に巻き、黒い衣をまとった軍団。


 ついに、蜀の本拠地に魏の旗が立ったのである。



「こいつを見ろよ」

「……ラーメンが、何か?」



 連日、大行列の評判。

 蜀の民はこぞって、店に押しかけた。


 いつしか民は、ラーメンを食べるために日々を頑張るようになった。



「魏の、焼き豚……。

 蜀の、シナチク……。

 呉の、ワカメ……。

 ここに三国がある! 曹操は大陸を統一しちまったんだ!」

「……アホだろ? お前」



 ただいま、成都二号店、三号店を建設中。

 天下三分の時代は終わり、天下一麺の時代が、もうそこまで来ていた。




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