第3話 部屋から出ただけなんだけど……
入学式の後、どこにも寄ることなく帰宅した。
玄関には誰の靴もなく、俺一人しか家にいなかった。
(ま、さっそくドラレンのランキング戦をやりますか)
俺は冷蔵庫からエナドリを取って、部屋へ向かった。
ゲーミングチェアに座り、パソコンを起動。攻略パーティーを組み、サブアカウントとメインアカウントを連携させて挑んだ。
「くっそ〜、やらかした〜」
結果は9勝止まりで、10連勝でもらえる激レアアイテムは手に入らなかった。
(こうなるなら、東寺とやってても変わらなかったな〜)
そんなことを考えながら、ドラレンを閉じて得意なFPSゲームを起動する。
(あいかわらず2位はキープできてるけど、学校も始まったし、とりあえず今月末のランキングリセットまでは頑張るか〜)
このゲームには、大会とは別にゲーム内ランキングが存在する。
もともと4人1チームのゲームなので、ソロで大会に出ることはほぼ不可能だ(ソロ部門はタイマン形式で人気がない)。
ただし、ゲーム内ランキングなら連勝できれば、ソロでも上位に食い込める。
「勝利ポイントあと2000差でアジア1位だ。やるぞ〜!!」
意気込んでゲームを始めた。気づけば4時間が経ち、時刻は午後5時。
彩音(まだ確定ではないが……)との差は500ポイントほどになっていた。
「よし、これなら勝てる!」
そう確信して喜んでいると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
ヘッドホンを外し、ドアを開けると——そこには彩音が立っていた。
「お兄ちゃん、夕飯の時間だよ〜」
「いや、俺はこの栄養食があるからいいよ」
そう言うと、彩音は俺の右手を掴み、階段へと引っ張っていった。
「今日はカレーだから、お兄ちゃん、一緒に食べよ!!」
「ちょっ、引っぱるなって……」
言われるがままに茶の間へ向かうと、テーブルにはカレーと水が並んでいた。
「さあ、召し上がれ!!」
(まあ、せっかく用意してくれたし、無駄にするのもな……)
手を合わせて「いただきます」と言い、カレーを口に運んだ。
ほどよく辛くて、普通に美味い。
「美味しい……これって彩音が作ったの?」
「うん!! すごいでしょ!!」
思わず手が止まらず、気づけば完食していた。
水を飲んで、落ち着いてから手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
その言葉に、彩音は嬉しそうな笑顔を見せた。
……だが、ふと疑問が浮かんだ。
本当に妹が、あの“アジア1位の配信者『あ』”なのか?
「なあ彩音。今朝言ってた、その……配信者って本当なのか?」
尋ねると、彩音はスマホを取り出して俺に見せてくる。
「これがSNSで、こっちが配信サイトのアカウントだよ〜」
確認すると、確かに“あ”のアカウントだった。
声も似ているし、ゲーム垢も見せてもらったから偽造ではなさそうだ。
(マジか……)
以前、俺はSNSで「1位になれないボッチの敗北者」などとアンチに書かれた腹いせに、“あ”に対して「ソロは弱い」などと煽り、サブ垢でタイマンを挑んだことがあった。
結果はボコられて炎上。
一応偽物扱いで火消ししたが、コアなアンチにバレかけており、正直時間の問題だった。
妹と知らなかったとはいえ、これは気まずすぎる。
そして、もうひとつ——もっと気まずい出来事があった。
それは炎上騒動後、動画サイトで“あちゃんのセクシーボイス集”なるものを見つけ、つい最後まで聴いてしまったことだ。
“あ”はASMRや寝落ちボイスなどをやらないことで知られていたが、ゲーム中にダメージを受けた際のリアクションボイスが切り抜かれていた。
(ネカマ説に賭けて事なきを得たが……彩音があれなら……可愛いし……って俺何考えてんだ!!)
「確認取れた。ありがとう。でもいいのか? 今日は配信しなくて」
「今日はいいかな〜。メンバーも学校あって疲れてると思うし」
彩音たちは4人フルメンバーで活動しており、全員揃わないと配信しないスタイルなので、配信は不定期だった。
「へ〜。“い”さんとかって大学生??」
彩音たち“あ”“い”“う”“え”の4人で構成されたトップクラン『あいうえ』。
アジアでも屈指の強豪だ。
当然、彩音だけが中学生だろうと思っていたのだが——
「あー、みんな同じ中学のクラスメイトだよ〜。今年も同じクラスでよかった〜!」
「え!? まさか……それはさすがに……」
水を飲んでいた俺は、思わず噴き出してしまった。
「嘘だろ。今度は騙されないぞ??」
すると彩音は、小学生の頃に撮影したらしい動画を見せてきた。
「ほらここ、この声。聞き覚えない??」
「こら緋奈!! 彩音ちゃんのチョコ食べたでしょ!!」
確かに——“い”の声だ。
“い”は彩音のクランでもトップクラスの実力者。
俺と並ぶほどの実力を持ち、ランキングでも常に10位以内にいる超大物だ。
(……部屋を出て、たった1日でこの情報量……)
急に目眩がした。
頭が、想像の一億倍の情報を処理しきれていなかった。
俺はどっしりと溜まった疲れを癒すため、ふらふらと風呂場へと向かった——。
読んで頂きありがとうございます!!
よろしければブックマークや感想、レビューの方をいただけると今後の活動の励みになります!!