第117話 人生を賭けた夢
可憐の心臓病の症状について、この前斉藤先生に聞いた。
わかりやすく言うと、心臓近くの血管に血液が詰まっていて、血流の流れを悪くしているらしい。
心拍数が上がると発作が出たり苦しくなるのはそのため。
最悪の場合は破裂して死んでしまうが、胸につけている機械の測定限界値の3倍ほどなので、よっぽどのことがない限りは大丈夫らしい(例えばバンジージャンプとか絶叫マシンの心拍数を超えるくらい)。
その溜まった血液の塊をすべて消せればいいのだが、現在の医療技術では難しいとのこと。
しかし、資料に記載されていたレーザー機器だと切開することなく少しずつ塊を削ることができるらしく、1か月ほどかければ完全に除去可能と記されていた。
素人の俺がどれほどすごいことなのかはよくわからないけれど、可憐や斉藤先生の反応を見る限り、「不可能」とされていた治療が現実になったという感じなのだろう。
「よかったな、可憐」
「……うん」
「治療費は約1億円だ。緋奈の友人だから全額出すつもりでいたが、株主に叱られてな…… 半分の5000万を提供する形で合意した」
「借金という形でも大丈夫です。一度、母に相談してもよろしいですか??」
「まあ、仮に君たちが世界大会で優勝しても、チーム賞金300万ドル(約4億円)から税金や経費、4人での分配をすると1人あたり1億弱。そこから日本の医療費軽減を考えても、まだ2000万〜3000万は必要だからな」
「……ん??」
「私の計算に何か間違いでもあったかな?」
「はい。計算だと宇佐見さんに借金の5000万を払うので、残りは2000万どころじゃなくて7000万くらいじゃないんですか?」
「ん、どうしてウチに払う必要があるんだ?? さっきも言っただろう、提供だって」
「……はい??」
可憐、俺、斉藤先生は状況が理解できず混乱した。
「というわけで、予選で落ちた場合は半分のお金は負担という形になってしまう、本当に申し訳ない……」
緋奈ちゃんのお父さんは、申し訳なさそうな表情をしながら可憐に言った。
「いやあの…… そんな大金、受け取れません…… ボクはこの体で生きることを望みました。その代償を友人とはいえ、あなた方に背負わせるわけにはいきません……!!」
「私としては、病気を抱えても願いのために戦う子を応援したいんだ。かっこいいじゃないか。それに別に5000万くらいどうということはない。ここだけの話、うちの昨年の売上は……」
緋奈ちゃんのお父さんは俺たち3人に聞こえるように小声で、昨年の売上額を教えてくれた。
その金額を聞いた瞬間、俺たち3人はあまりの規模に声を失った。
(この金額なら確かに5000万くらい痛くない……)
金額の桁が違った。
俺たちが5000円払う感覚で5000万円を出す、そんなレベルだ。
多分、各国の政治家と同じかそれ以上に稼いでいるだろう。
靴を舐めてでもこの人についていけば、将来安泰な気がしてきた。
「社長、これ以上は企業秘密なのでそこまでで。皆さんもこのことは内緒でお願いします」
「は、はい……」
「まあそんな感じだ。で、ここからが重要だが……」
(今のより重要なことがあるんだ……)
ナチュラルに5000万提供や企業秘密をぶっちゃけたのを流したので、思わず俺は心の中でツッコんでしまった。
「一応、明日の午前にハワイへ行く便がある。ただ旅行船の一般乗車枠で3席、先生と可憐さんの2人なら問題ないだろう。もし病状が悪いなら世界大会を辞退してでも行くことは可能だ。来シーズン再挑戦という形でもいいんじゃないか??」
「……ッ」
「……ッ」
俺と可憐は、その言葉を聞いた瞬間、目を合わせた。
ここまで一緒に頑張ってきた。
可憐と共に世界大会を目指して練習してきた。
でも、この提案は悪くないと思えた。
多分、雪奈とレインは納得してくれる。
仮に今回辞退しても、リーグ戦1位だったので冬の来シーズンはAPAC NORTHプロリーグから参加でき、入れ替え戦も不要だ。
それに可憐が完治すれば、きっと最強で無敵のチームになる。rallyや彩音たちも倒せるだろう。
「……可憐」
「……悠也はどう思う?」
「正直、俺は悪くない提案だと思う。でも、これは可憐が決めるべきだ」
「……そっか。先生はどう??」
「看護師としては入院を勧めます。でも可憐さんの意見を尊重します」
「……」
可憐はじっくりと考えた末、緋奈ちゃんのお父さんに頭を下げた。
「ボクは世界大会に出たいんです……!! ここまで提供していただいたのにワガママを言って申し訳ございません」
「別にいつだろうがお金は出すつもりだ。可憐ちゃんの意見を尊重するよ。ただ、もしも大会中に悪化して最悪のことが起こっても後悔はないかな」
「後悔なんてありません」
「その心は??」
「あの舞台に立つため、ボクは人生のすべてを賭けました。その舞台で大好きなみんなと戦いたいんです!! お願いします!! ボクを世界大会に出させてください……!!」
可憐は涙を流しながら、自分の思いをすべてぶつけた。
「なるほど…… それじゃあ大会の日に救急車を手配しておくよ。翌日から手術という感じでいいかな」
「本当にありがとうございます……!!」
可憐は再び深く頭を下げ、感謝を伝えた。