第10話 少女は生きる意味を見つけた
「彩音さん、すごい。幼稚園で漢字を読めるの? この漢字、小学四年で習う漢字だよ!!」
「彩音さん、作文コンテストで金賞らしいよ……。小1で取るなんて、天才だよね〜」
「彩音さん、50m泳げるらしいよ〜。まだ小1なのに、すごいよね〜」
「彩音さん、数学検定と漢字検定1級……。嘘だろ、小2で取るなんて……。彼女は天才だ……」
私は昔から、大勢の人に誉められていた。
「すごい」「天才」「かっこいい」「素晴らしい」……そんな言葉ばかりを聞いてきた。
でも、それと同時に――
「彩音さんって、何が好きなの?」
「感情とかないの?」
「私たちのこと、見下してるの?」
「……化け物」
そんなふうにも言われた。
私は、物心ついた頃から“好きなもの”がなかった。
父と母はそんな私を心配して、たくさんのものを与えてくれた。
おもちゃ、ぬいぐるみ、楽器、ボール、旅行……。
たしかにそれらは面白かったし、音色や景色は心地よかった。
でも、私はそれに心から夢中にはなれなかった。
努力すれば、何でもすぐに一番になれた。
だけど、一番になったからといって「面白い」「続けたい」と思えなかった。
――なぜなら、全部“作業”に見えていたからだ。
できないことがあるなら、できるようになるまで練習する。
それを繰り返し、繰り返し……私は“好き”を探していた。
褒められるのは嬉しい。けれど、それが目的ではない。
ただ、“好き”が知りたかった。
そんなある日、父と母が交通事故で亡くなった。
本来なら祖母の家に預けられるはずだったが――
感情のない私を祖母は嫌っていた。
だから、父の遺書にあった「加賀美という親友に育ててもらえ」という言葉通り、私は加賀美家の養子となった。
「おう、君が紅蓮の娘か! ささ、入って入って、今日から君の家だよ!!」
「お邪魔します」
父の親友――この“パパ”は、明るくて優しそうな人だった。
祖母の家より、ずっと居心地がよさそうだった。
「この子が紅蓮さんの娘さん! 今日から私がママです〜」
“ママ”も優しそうで、私を歓迎してくれた。
「んじゃ、とりあえず俺と明里で荷物片付けておくから、上の部屋で遊んでてくれ」
そう言われ、私は2階へと向かった。
階段を登っている途中、隣の部屋から声が聞こえた。
「なんだよ、ずるすんなよ! この敵キャラうざすぎるって!!」
(……え? 嘘でしょ?)
父の遺書には、“兄”ができるとは書いてあったが……
まさかこんなに性格に難がありそうな人だとは思っていなかった。
私はそっとドアを開けようとしたが、手が滑って勢いよく開いてしまった。
「は、はじめまして……お兄……さん」
「君が紅蓮さんの娘さん? あ、そうだ! 君!! このゲームしようよ!!」
彼が取り出したのは、格闘ゲームだった。
私はゲームなんて、父が遊んでいるのを横で見たことがある程度で、やったことはなかった。
「私、やったことないよ」
「紅蓮さん、めちゃくちゃ強かったから、君もうまいはずだよ!!」
そう言って、彼はコントローラーを渡してきた。
一応、これから兄妹になるらしいし――
仕方なく、私はゲームをやることにした。
「この、このっ……うわ〜! お前やるな〜!」
「ここで必殺――ってなんだよそれ!!」
「絶対裏技使っただろ! 今のずるいって!!」
……結果を言えば、私の10勝0敗だった。
正直、手なりの操作でも十分勝てたので、彼がただ下手なだけだったと思う。
「まだやるの?」
私は飽きてしまい、コントローラーを床に置いた。
「ラスワン! 今度は負けないぞ!!」
しつこいなと思いつつ、彼を納得させるためにランダムキャラで対戦した。
最初は私がリードしていたが、確率で火力が変わる技で最高火力が出て、私は初めて負けた。
「よし! とりま1勝!! ラッキ〜!」
彼は、子どものように喜んでいた。
「じゃあ次、私はこのキャラを使う」
「よし、2連勝するぞ!!」
……あれ? と思ったときには、私はもうコントローラーを持っていた。
(……なんだろう、この気持ち)
気づけば、無意識に手が動いていた。
もう一度やってみると、また勝った。
「よし……」
「ほら! このゲーム、楽しそうにやるじゃん! もう一回だ!!」
「……違う。こんなの当然……」
圧倒的な実力差があっても、彼は諦めずに何度も挑んでくる。
そんな姿が、不思議で仕方なかった。
「どうして? 私に勝って、何になるの?」
「特に意味はないけど、勝つことに意味があるんだよ!!」
私は、今まで何かに夢中になったことがなかった。
だからこそ、そんなふうに熱中できる彼が――羨ましくなった。
「……意味のないことで熱中できるの、ほんとに羨ましいよ……」
「じゃあ君は、何かに熱中したことないの?」
私は答えられなかった。
「勉強は?」
「小学校1年から、オール5。漢字検定と数学検定の1級も持ってる」
「え!? 天才じゃん!! 俺なんか、3しか取ったことないよ〜。THE・普通!! ははは〜」
いつものように、また機械とかロボットって思われるんだろうなと思った。
「私は感情とかない……。こんなの、多少の努力でなんでもできる。
それだけなのに、みんなは私を怖がって、嫌って……。
私は“好き”を探しているだけなのに……」
パパとママしか、私のことをわかってくれなかった。
だから、新しい場所でも私は――一人だと思っていた。
気づけば、涙が頬をつたっていた。
そんな私に、彼はそっと手を伸ばし――頭を撫でた。
「……え??」
「そっか、彩音ちゃん。君は“好き”がないんじゃなくて、
『努力すること』と『達成感を得ること』が“好き”なんだと思うよ」
「……ッ」
「君は、何かしらで結果を出したとき、達成感とか、なかった?」
「……あ」
言われてみて思い出した。
先生に褒められたときや、賞状をもらったときの、あの心の奥が温かくなるような感覚。
「みんなは、そんな君を“天才”と呼んで、勝手に距離を取っただけ」
「……うん、私は一人だった」
「君はさ、誰かに助けを求めたり、話しかけたりしたことある?」
……なかった。
教室ではいつも辞書や教科書を読んでいたし、自分から声をかけたこともなかった。
「ない……」
「そっか。そりゃ話しかけにくいよな〜。でも、いいか?
これからの人生、自分ひとりの力じゃどうにもならないこと、たくさん出てくるよ?」
「……うん」
「そういう時、一人だと寂しいんだよ」
「でも……私は、みんなに怖がられてる」
そう言うと、彼は――私を、ぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫。勇気を出してみて。
初めて会った俺でも、君が優しくて、感情豊かだってすぐにわかったんだから。
もっと自分に自信を持って!」
その言葉を聞いて、私は彼の胸元で泣いた。
親以外の人に、こんなふうに優しくされたのは生まれて初めてだった。
「がんばってみる……!! これから……よろしく、悠也お兄ちゃん……」
「うん!! よろしくね、彩音!!」
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