第1話 ライバルの正体が妹だったんだが……
「よし、ここで壁を使って…… は?? なんだよそれ!? チートじゃん」
時刻は月曜日の午前2時半。こんな深夜にFPSゲームをしている俺の名前は――『加賀美悠也』。自称・プロゲーマーだ。
現在プレイしているのは『ラグナロクフロンティア』というFPSゲーム。俺はその最高ランク帯で世界ランカーTOP100、北アジアでは2番目に強いとまで言われている。
ソロ大会では堂々の1位。プロチームからの勧誘も“待ったなし”というくらいには強かった。
「通報はしたし……さて、毎週恒例のメールチェックといきますか」
そうつぶやきながら、俺は通知がカンストしているメールフォルダをウキウキと開いた。
中を覗くと、プロチームからの返答メッセージが届いていた。
「よっしゃあ、見たかアンチども!! 俺は最高ランカーだ!! これで配信でも大会でも結果を出して、将来安泰だ!!」
俺は意気揚々とメールを開いた。
一件目――「不合格」と記載されており、思わず椅子から転げ落ちてしまった。
「な、なんだって……?」
目を疑ってもう一度確認するが、結果は変わらない。
他のメールもチェックしてみると、10件すべてが不合格だった。残っていたのはソシャゲのスタミナ回復通知だけ。
「なんでだよ……あいつら見る目なさすぎだろ。だいたい俺はトップランカーだぞ??」
正直、落ちるなんて思ってなかったから、普通に悔しかった。
俺はベッドに飛び込み、横になりながらスマホでもう一度メールを見返す。
「なになに、不合格の理由は『高校生以下のため』……ん??」
俺は応募規約なんてちゃんと見たことがなかった。とにかくプロになって稼ぎたかったので、今さらながら応募ページを開いて確認してみた。
「これも、これも……」
よく見ると、すべてのチームの応募条件に『高校以上に在学していること』と書いてあった。
「なんだ、年齢制限っていうか、高校に入らなきゃいけなかったのか……」
最近、動画サイトで「プロゲーマーになるなら高校には行け」と言っていたインフルエンサーがいたのを思い出した。
「まあ、そうだよな〜。よし、学校なんて中3の最後から行ってないけど……仕方ない。今日の入学式、行ってやるか」
うちの中学は、近所の高校に成績次第でそのまま進学できるというシステムがある。
両親への気遣いもあって申請だけはしていた俺は、幸いにもギリギリで単位を取っていた。
そう決めた俺は、横になったまま毛布をかぶって眠りについた。
(別にいじめとかじゃなくて、ただゲームしたかっただけなんだよな……)
翌朝――あらかじめセットしていたアラームで目が覚めた。
(久しぶりの茶の間……なんか緊張する)
俺は引きこもりでも風呂やトイレで一階には行くが、茶の間にはめったに行かない。母や妹と面と向かって話すのは、ずいぶん久しぶりだ。
シャワーを浴びたあと、茶の間へと向かう。
「おはようございます」
俺がそう挨拶すると、母と妹が朝食を食べていた。
二人は驚いた顔でこちらを見た。母親は箸で持っていた茹で卵を皿の上に落とした。
「ちょっと、悠也!? どうしたの急に?」
「どうしたって……今日は入学式だろ?」
俺がそう言うと、母は急いで階段を駆け上がっていった。
(今から朝ごはん作っても間に合わなそうだし……これでいいか)
冷蔵庫からスポーツ飲料のゼリーを取り出し、飲み始める。
母が離れたので、俺は妹の方に目を向けた。
(そういえばコイツとも久しぶりだな……何話せばいいんだろ)
「ひ、久しぶり」
俺がそう言うと、妹は軽くお辞儀した。
(なんか気まずい……まあ、長い間会話してなかったしな)
「あのさ……その……なんだ、ずっと引きこもってゲームばっかしてて悪かった。高校はちゃんと行くからさ」
(すべては、俺がプロになるため!!)
『加賀美彩音』――今年中学1年生になる妹だ。
妹とは言っても、実は血のつながりはない。何年も前、父が親友に頼まれて引き取った子だ。
詳しいことは父さんが知っているが、今は海外に出張中(4年目)で、タイミングを逃して聞けずじまいだった。
思春期以降、彩音と話した記憶はほとんどない。前に父か母から事情を聞いたような気もするが……曖昧だ。
そんなことを考えていると、母が階段を降りてきて、制服を手渡してきた。
「信じてたよ、悠也が学校に行ってくれるって。ほら、着替えなさい」
母は涙目で制服を差し出した。
「あ、うん。着替えてくる」
俺は風呂場の前で制服に着替えた。
(制服なんて、久しぶりだな……)
制服を着てネクタイを締め、時計を見る。
7時40分。余裕を持って家を出られるちょうどいい時間だった。
「よし、行きますか」
鞄を手に、茶の間から出ようとする。
「んじゃ、いってきます!!」
俺がそう言うと、母が慌てて声をかけてきた。
「悠也、悪いんだけど……行くなら彩音と一緒に行ってくれない?」
「え、なんで?」
母は回覧板を持ってきて言った。
「朝の町内会の会議に出なきゃいけなくて。私、夕方から夜まで仕事でしょ? だから朝しか都合つかないって頼まれてて」
(まあ、断る理由はないか……)
彩音の方を見ると、目が合った。
「わかった。中高一貫校で場所も近いし、いいよ」
俺はそう答え、彩音に向き直る。
「んじゃ、行くぞ」
「うん」
俺と彩音は一緒に家を出た。
「「いってきます」」
「いってらっしゃい!」
俺たちは家を出て、学校へ向かった。
しばらく、沈黙が続く。
久々に顔を合わせたせいか、何が好きだったかも思い出せなかった。
歩きながらスマホを開き、『FPSランキング』をチェックする。
「はぁ……」
俺はため息をついた。
アジア1位の『あ』というプレイヤーに、どうしても勝てないでいた。
昨夜もタイマンを挑んだが、10連敗。チートや外部ソフト疑惑もあったが、潔白が証明されている人気配信者だ。
スマホを眺めていると、突然彩音が俺のスマホをのぞき込んできた。
「あ、お兄ちゃんもこのゲームやってるんだ」
(彩音と話すの、いつぶりだろ……。ここは兄の威厳を見せるチャンス!)
なんとなく自慢したくなって、俺はスマホ画面を見せつけた。
「一応、俺……アジアで2番目に強いんだぜ!!」
こんなことくらいしか誇れるものがなかった俺は、ドヤ顔で言い放った。
すると彩音は拍手しながら、ランキングのバーをスクロールした。
「あ、この『あ』って人、私なんだよ。すごいでしょ〜」
「え??」
彩音の言葉に理解が追いつかず、俺はスマホを手から落としてしまった。
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