(9)
この一件以来、キース先輩も今の状況がどうなのか考えてくれたようだ。(お母様なアル先輩とお父様なロイ先輩、お兄様なクリスにこんこんと説教をされたらしい…)
その結果がこれって…
今、キース先輩は僕のとなりで本を読んでいる。
なぜかキース先輩が基本、僕と行動を共にすることになった。こうなったら公認にしてしまったほうが今回のようなことは起こらないとキース先輩も納得したらしい。納得していいんですか?!堂々と男(女だけど…)とつきあってますということにしてしまっていいのか?!疑問に思って、聞いてみたら
「問題ない…」との答えが返ってきた。問題ないんですか…僕のほうは問題ありありです!どうしようジャスと入れ替わったら…冷や汗が背中を流れ過ぎて寒気がしてきた…
いろいろと問題が山積みで頭をかかえていたけど、キース先輩との公認カップル作戦のおかげで落ち着きを見せ始めたころ、変な噂が流れた。
図書館に幽霊が出るという噂…
「おい ジャスは何か聞いてるか?」人間関係が落ち着き始めたころから、クリス以外にも少しずつ友達ができてきた。その一人でもあるトーマスから声をかけられたのは、入学してからおよそ二週間がたったころだった。まだ二週間しかたってないんだ…
「なんのこと?」
「図書館の幽霊の話。」
「図書館の幽霊って、知らない。どんな話?」
「なんでもね図書館を夜な夜な這い回っている幽霊がいるんだって、それも超美形らしい」
「なんでそんなことがわかったの?夜には図書館に入れないよね。」
「そこは上手くやる人たちがいるんだよ。部屋じゃ都合悪い人がいるじゃないか。それで図書館に忍び込んで、逢引するんだよ。」
「ぶっ あ…逢引きって…えっと…」
「なに動揺してんだよ。いまさら。ジャスにはあんな御大層な恋人がいるじゃないか。」
「こ…恋人って…それってキース先輩のこと…?」
「あたりまえじゃないか?そろそろ迎えにくるんじゃないの?」といっていると、教室がしんと静まった。
「ジャス 行くぞ…」声の主が教室の入り口に立っていた。深い蒼の瞳をまっすぐこちらに向け、睡眠が足りて、一層際立ってしまった美貌は近寄り難ささえ感じさせる。
以前は嫉妬の匂いが一気に立ち昇っていたが、最近ではあきらめとともにうらやましいという思いの香りが立ち込めるようになった。毎日キース先輩が迎えにくる姿を見て、とうとう周りもあきらめたらしい。クリスもだいぶ気を張らなくなったと言って、僕を一人にすることも増えてきた。それでもお兄ちゃん気質は抜けず、構ってくれているが…「まるで妹のようだよ。」と、たまにするどい指摘を受ける。13歳の妹が一人いるらしいがどうしても妹とだぶって見えてしまうそうだ。あなどれないなあ。
あわてて身の回りを片して、席をたった。
「じゃあトーマスまたね。」と手を振りながら、キース先輩の方に駆け寄った。さっきのトーマスとの恋人会話のながれからか、あわてたせいで何もないところでつまづいた、前のめりになる体をキース先輩がすかさず抱きとめてくれた。
「気をつけろ。」耳元でささやかれ、顔を真っ赤にしていると、後ろから息をのむ声と「ほう…」というため息とともに羨望の眼差しが香りとともに押し寄せてきたので、あわてて体を離した。
「すみません。」
「いい 行くぞ」と、手首をつかまれた。僕はあわてて
「先輩、大丈夫です。手を離してください。」と言うと、
ちょっと眉間に皺がよった。これはキース先輩がよくわからないと思った時に出てくる癖だ。最近かすかな顔の変化でキース先輩が何を考えているのか少しわかるようになってきた。それもどうかと思うが…
「手を引かれると歩きにくいんです。きちんと後ろをついていきますから、大丈夫です。」というと、首をひねりながら手首を離してくれた。
本当ははずかしいからなんだけどね。
向かうところは、決まって図書館のあの部屋である。
実はこの部屋、代々バクレー家の人間が使える秘密の部屋らしい。確かに入り口もうまく、視界からさえぎられていて、一見気づかない場所にあるのだ。
なんでもこのパブリックスクールが立つときに、その当時のバクレー家当主だった人が大量の蔵書とともにこの図書館の建物を寄付したらしい…なんとも壮大な寄付だ。そこに、学長とわずか一部の先生しか知らないバクレー家の人間が使用できるこの部屋をこっそり用意したらしい。
そして今はキース先輩が使用している。
この部屋本当にほっとする、少し高い位置に作られた窓からはゆったりと西日が差しこんできて、ほんのり温かみを付け加えてくれる。ここだったらキース先輩に甘えられるんだけどなあ…と考えていて、自分の考えにあわてて否定を入れる。だめだめどこでも甘えちゃだめだ!ジャスのことを忘れちゃだめ。でもすでに遅い気がする。
構内ではさすがに一緒にいるといってもべたべたしないようにしているが、この部屋にいると、キース先輩にいわれるがまますり寄ってしまうところがあるのだ。
「どうした…」
いまだってソファに座ったキース先輩に抱えられるようにして座っている。
なぜかキース先輩は私にくっつきたがるので困っていたところ、「人前ではやめなさい」とアルお母さんから諭された。その分この部屋にくるとなぜか、腕に囲って離さない。最初の頃は抵抗していたのだが、だんだんめんどくさくなり私自身も心地よいので言われるままくっついてしまっていた。
「何かあったのか…」顔をのぞきこまれるように、再度聞かれたので、あわてて図書館の幽霊の話を振った。
「先輩知ってますか?図書館の幽霊の話?」
「なんだそれは?」さすが先輩、眠りが足りてきても、無関心、無頓着ぶりは変わらないらしい。
「なんでも夜な夜な図書館を徘徊する美形の幽霊がいるそうです。」
「それで…」
「さあ そこからは知りません。」
無関心の先輩にしては珍しくちょっと考え込む仕草をしている。先輩のそんな仕草を見ることはめったにないのでついじっと見ていると、ふいっと目をそらし私を抱きかかえ直し、眠りの体制に入った。僕は近くに置いてある本を手に取る。最初のころは一緒に眠ってしまっていたが、僕は普通に夜眠れるので、今では先輩が眠っている間は本を読むことにしている。先輩が紹介してくれる本がすごくおもしろいのだ。眠れなかった先輩はたくさんの本を制覇していたため、あらゆるジャンルの本を知っていた。私の好みを伝えたらいろいろ紹介してくれた。
それにしてもこの体勢、だんだん疑問にも思わなくなってきたが、いいのだろうか?一応年頃の女性である。それが家族でもない男性に抱きかかえられている。そこでおとなしく本を読んでいるというのは、非常にまずいのではないか…我ながら受け入れてしまったことがこわい…
傍から見るとだいぶシュールだろう…だって一見、少年が青年に抱きかかえられて、その腕の中で本を読んでいるのだから…思わず現実逃避したくなる今日この頃である…ジャスごめんなさい。
「先輩、そろそろ起きてください」最近では2時間ぐらいたったころに先輩を起こすことにしている。起こすとしばらくはぼーとしながら私の頭ごと抱え込んで、首筋に顔を埋めてくる。これにはなかなか慣れない…慣れたらまずいのだけど…しかたないので抱きぬいぐるみ状態でしばらくじっとしていると、かすれた声で「ジャス…」と名前を呼ばれる。本当にこの人やめてほしい、自分の声の威力と色気をわかっていないのか?
なかば達観しつつ、「なんですか?」と声をかける。
「眠い…」とまた眠ろうとするので、
「だめです。そろそろ起きてください。」と、少し強い口調でいうと、やっとおきあがってくれた。毎回これだもんな。本当に眠れない人なのかな?
カフェテリアに向かうと、図書館の幽霊話でそこかしこ盛り上がっているようだ。僕とキース先輩はトレイを持って、いつものメンバーと合流する。
「おう 来たか。ところでおまえらいつもどこで何してるんだ?」さすがロイ先輩、空気を読まずにあっけらかんと質問してくる。
「寝てる…」
「本を読んでます。」
前がキース先輩、次が僕の答えだ。嘘はついていない。
「キース兄さん 本当に眠ってるんだね。」
「確かに前もよく消えていましたが、最近では放課後は必ずといっていいほどジャスと消えますよね。どこにいるんですか?」
「内緒だ…」一瞬キース先輩がクリスと視線をかわしたように見えたけど気のせいかな?
「まあ、それはいいのですが、ジャスくん無理やりつきあわされたりしていませんか、学力の面で困ったことはないですか?」さすがアルお母さん。
「そうだぞ、キース、こいつは1年生なんだから勉強も大切なんだぞ。あんまり束縛すると嫌われるぞ。」さすがロイお父さん、半分意味がわかりません。
「だめか…?」そんな置き去りにされたわんこのような瞳でこちらを見ないでくださいキース先輩…
苦笑しながら、大丈夫です。とだけ返事をしておいた。
「う~ん キース兄さんには眠ってほしいんだけど、ジャスのことも心配だし、実力テストの前は解放してあげてね。キース兄さん」さすがクリスお兄ちゃん!
「わかった…」キース先輩も納得してくれたみたい。でも12月はじめの実力テストのときには、私もうこの学校にいないんだよね…なんだかちょっとさびしくなってしまった。みんなとも離れ、キース先輩とも会えなくなってしまう。なんだか猛烈に落ち込んできた。なんだろう胸が痛い。
「あれ ラントじゃん お~い ラント 最近会わなかったな。どこ行ってたんだ。これから飯か、こっちこいよ~」ロイ先輩がラント先輩を見つけて、声をかけた。いつの間にかラント先輩が近くにいた。
あれっ?ラント先輩の香り?…何…これ…香りがダブってる?
以前香ったラント先輩の甘い香りの上に、覆いかぶさるように別な匂いがのっかっている。その匂いが気になって、思わずラント先輩を凝視していたら、肩を抱き込まれるようにぐっとつかまれた。
「お久しぶりですね。ジャスティン、相変わらず食べたくなるようなピンクの唇をしていますね。私はなかなかあなたに会うことができず、とても寂しかったです。」言葉では甘いセリフを吐いているのに匂いは全然甘くない、依然のラント先輩のような濃厚な甘さが全くない。
「あの…」ラント先輩のよくわからない状態にしどろもどろになっていると、
「ダドリー手を離せ…」低い声が聞こえてきた。
「キース こんなにかわいい後輩なのですから、独り占めしないでください。よかったらたまには私に貸してくださいませんか?」ラント先輩はにっこり笑いながら、更に私を抱き込むように腕をからめてきた。おかしい…ラント先輩の発言と匂いが一致しない??それにラント先輩はこんなことを言う人じゃない。
不可思議な状況で混乱していると、すかさずキース先輩がラント先輩に言い返していた。
「ふざけるな…手を離せ」。
「はい はい わかりました。キースには冗談が通じませんね。」そう言いつつラント先輩が私の頬にふれながら、手を離した。
「ここでは落ち着いて食事を食べられないようなので、別なところへ行きますね。それではジャスティン、今度は二人だけで会いましょうね。」
やっぱりおかしい、ラント先輩の言葉は上辺だけのことだ。匂いからよく分かる。気持ちは全く逆と言ってもいい感じだった。むしろキース先輩に向けて、煽っているような、茶化しているような嫌な匂いがした。
茫然として、ラント先輩を見送っていると、ふと頬に触れられた。
手の先をたどってキース先輩の方を見ると、「おい…」と、ちょっといらだちを感じる声が聞こえる。あいかわらずキース先輩の香りは読めないなあ。何考えているんだろうと思っていると、
「キース 堂々と愛おしそうにジャスくんに触れないでください。ここは人目があります。そろそろ手を離しなさい」アルお母さんが冷静にキース先輩を止めた。
「キース おまえジャスに対して本気か?俺は止めるべきなのか、祝福すべきなのか?」と言うロイお父さんに続いて、
「キース兄さんが嫉妬してる…」とクリスお兄ちゃんのあっけに取られた声が聞こえた。
嫉妬?そんなばかな?キース先輩は男の僕相手に嫉妬なんてしませんよね。僕、女だけどいまは男なんですから…男としての僕のことを好きなんだろうか?もしかしてキース先輩のストライクゾーンにジャスがいるの?!
一人混乱している横で、アル先輩、ロイ先輩、クリスは衝撃から立ち直っていた。
「ところでさっきのラントはおかしくなかったか。」
「やはりロイですらそう思いましたか。あきらかにいつものラントではありません。」
「どういうことですか?アル先輩」クリスが問い返した。
「ラントは絶対に人のものには手を出さないんですよ。まがりなりにもジャスくんは今、キースとつきあっていることになっているんですよ。そういう相手には絶対手を出さないのがラントなりの美学なんです。」
「まあ 誰かとつきあってても、声かけられたら礼儀としてお相手はするらしいけどな…」ロイ先輩の言葉に、唖然とした。ラント先輩…修羅場経験してそう…
図書館の幽霊がラント先輩らしいという噂を聞いたのは、その次の日のことだった…