(8)
主人公が襲われるシーンが出てきます。もちろん未遂ですが、そのようなシーンが苦手な方はこの回は回避してください。
なんだったんだろう。さっきのは…
触れられた目元がうっすら熱をもっているような気がして、落ち着かない。心臓がどきどきしているのは、腕をひかれて急ぎ足で歩かされているせいだと、一生懸命考えていた。足がもつれそうになって、キース先輩の腕を軽く引くと、もう図書館の一角のあの部屋の扉の前だった。キース先輩が扉の鍵を開けながら謝った。
「悪い…」
「大丈夫です。どうしたんですかこんなに急いで?」
「眠い…」思わず脱力する。それが理由か…無駄にどきどきした時間を返せ!
「またですか?あの…首筋に顔を埋めるのはやめてもらってもいいですか?」
あれ、すごくくすぐったくて、どきどきしてなんでか体が熱くなるから困るんだ…
「なんでだ…?」
「先輩は男の人が好きなんですか?気持ち悪くないんですか?僕、男ですよ。男の首筋に顔を埋めてるって気持ち悪くないですか?」
「おまえは気持ち悪くない。抱き心地もいい。問題ない」
先輩、どういう意味ですか…内心悶絶しながら、悲鳴をあげる。たぶん顔が真っ赤だろう。
「顔が赤いぞ。大丈夫か?」キース先輩が目を細めつつ、腰をかがめて覗き込んでくる。この人天然のたらしだ…どうすればいいんだ。一息ついて気持ちを落ち着かせる。
「…大丈夫です。それよりも顔を埋めるのも、抱き枕にされるのも、断固拒否します!」
はっきり言い切ると、
「どうしてだ?」と、意味がわからないというように首をかしげられた。
「僕は男です。男の人に抱きつかれるのは正直困ります。」
私としてはなぜか心地よいのだけれど、(それもどうかと思うが…)ジャスと入れ替わったときに、これが習慣化していたら非常に困る。ジャスの首筋に顔を埋めるキース先輩って、ある意味倒錯的だけど…
「そうか…だめか…俺はおまえのことを抱きしめたい…」
うわ~何その顔、色気ダダ漏れ、反則反則!第三者が聞いたら誤解するから、その言葉!!
ちがう意味だとわかっていても、心臓がもたない…顔が爆発しそう。
くっ負けないぞ。ジャスのためにも。
「顔を埋めるのはなしです。抱きしめるのもなしです。並んで座るので、寄りかかって眠ってください。」涙目になりながら下からじっと見上げると、なぜかついっと目を逸らされた。
「…わかった…」
ぐいっと体をひっぱられ、ソファに座らされた。その横にどかっと座り込んだキース先輩は本当に体を預けるように寄りかかってきた、と思っているとあっという間に、かすかな寝息をたてて眠り込んでしまった。
この人眠れないって嘘じゃないの?と、疑いたくなるほどの寝つきの良さだ。
それにしてもまぶたを閉じているのが残念、水底を覗き込むようにその瞳をみつめたい…って、ちょっと待った〜私、何を考えているの?!でもどきどきするけど、安心する。家族と一緒にいるみたいに安心する。こんなに他人と一緒にいたことがないし、香りが邪魔をしないのは家族以外ではじめてだった。そんな自分にとまどいつつ、時間をつぶすようにオリエンテーションで渡されたパンフレットを開いた。
パラ、紙をめくるような音が聞こえてきた。優しく髪をすかれている。誰?
「う…ん…」
「起きたか…」頭の上の方から、やや低めの声がする。
あれ?気づくと、キース先輩の胸元によりかかって眠っていた。あわてて体を離し、「すみません。いつのまに。」顔を赤らめながら声を発した。
「気にするな…俺が目を覚ましたら、お前が俺に押しつぶされてた。まだ眠っていたから寄りかからせただけだ…」
「そうですか。ありがとうございます。」頭をなでられていたような、感触があったのは気のせいだろうか?まあいいか…
「キース先輩、眠れましたか?」
「ああ 眠れた 助かった。」唇の端にほんのり笑いを載せて、甘さを含んだ声で言われた。なぜかどきどきする。それに眠る回数が増すごとになんとなく、ぼんやりしていたキース先輩の目元がするどさを増し生気が感じられるようになった。たぶんこれが本来のキース先輩なんだろうなと、なぜか納得した。でも…それにつれて美貌に拍車がかかり、色気が増したような…気がするのは気のせいだろうか?気のせいと思うことにしよう…
気のせいじゃなかった…。
キース先輩が僕と寝るようになってから(昼寝だ!昼寝!!)すさまじかった人気に拍車がかかり、お母様のようなアル先輩、お父様のようなロイ先輩と人生にはいなかったお兄ちゃん的なクリスがカバーしているにも関わらず、僕の学校生活は脅かされていった。いいかげんにしてくれ!!
そして…
なぜこんなことになってしまったのか?自分を呪うべきか?キース先輩を呪うべきか?真剣に悩んでいると、
「なに しかとしてるの!!」とキンキンした甲高い声に思考を遮られる。
しかとしているわけではなく、ばかばかしくて気が遠くなっていました。とは言えない。
今、4人組の集団に囲まれている。一学年上とは思えない、とても小柄で華奢な美少女、もとい美少年を守る3人の騎士様なのでしょうか、彼を守るようにがたいのいい上級生が周りを囲んでいる。
先生に頼まれ、空き教室に教材を一人で取りにきたのが失敗だった。後悔してもこの状況はくつがえせず、
「どうして、こんな貧相なのと青薔薇様が一緒にいるの。あなた青薔薇様に何かしたんでしょう。許せない!」
「何もしてません。キース先輩ともそういう関係じゃありません。」丁寧に説明するものの、聞く耳もたず…なぜか、どんどん美少女(美少年)の顔が険悪になり、不穏な嫌な匂いがただよってくる…
「ねえ 先輩たち この子かわいがってあげてくれませんか?先輩たちがぼくのことを大好きなのは知ってるのに、こんなこと頼むのは本当にもうしわけないんですけどお願いします。」かわいらしい甘えた声で怖いことを言っている。
「しかし、こいつがバクレーのものだったら、俺たちがやばい…」エセ騎士その①が言った途端、
「青薔薇様のものなわけないじゃないですか!!」急に激高して怒り出した美少年に先輩たちは慌てた。言ってることが矛盾している。私がキース先輩となんにもなければこんな風に手をだすことはないはずなのに…
「すまん わかっている。しかし…」エセ騎士その②もキース先輩が怖いのか、はたまた身分故なのか尻込みしている。なんとかこの危機を免れそうなのでほっとしていると…
「先輩たち、僕のお願い聞いてくれたら、僕も先輩たちのお願いを一つずつ聞いてあげますよ。」にっこり笑って甘えて言い始めた。
「なんでもか?!」エセ騎士その③が熱のこもった目で訴えた。うえっやばい気がする…
「もちろん なんでもいいですよ…どんなことでも…三人一緒でも…」
なにが三人一緒なんだあ~、こわい~
騎士ズが俄然やる気を出して、ぎらつく眼差しでこちらを見た。
美少女(美少年)は「うふふ 先輩たち よろしくお願いします。」と、にっこり笑って教室を出て行ってしまった。
騎士ズは頬を染めてその姿を見送っていたが、くるっとこちらに視線を戻すとぎらつく瞳で僕を品定めし始めた。
「よく見ればおまえかなりかわいいな。」
「俺たち役得じゃないか。こいつをかわいがってさらに…ぐふふ」
「この教室しばらく使う予定ないしな」
どうしよう、冗談じゃない。エセ騎士ズの体をなめまわすような目もどんどん強くなる欲を孕んだ強烈な匂いも、気持ちが悪すぎて体が震えてきた。
「や やめてください…」
声も震えてまともに出せない。それにさらに嗜虐心をそそられて、エセ騎士その①に腕をつかまれた。「やだ!」
体に悪寒がはしり、鳥肌がたった。
「ほんとうにこいつ経験ないみたいだな。バクレーのものじゃないのか?」
「そうです。ちがいます。だからやめてください!」少しの望みにすがって声をはりあげたが、逆効果だった。三人から一気に欲にまみれた匂いが立ち上った。
「ラッキーじゃん 初物味わえるぜ。だれが先にする。」
「やさしくしてやるから おとなしくしてろよ」
と言われて、おとなしくなんてできない。つかまれてない方の腕をむちゃくちゃ振り回し、逃げようとしたが、全く歯が立たない…
いやだいやだいやだいやだ、その②に足首をつかまれ、その③に首もとのタイをいじられた。
「やべーこいつ本当にかわいいなあ、」舌なめずりとともに、一気にタイを引き抜かれシャツのボタンをはずされていく。女とばれることよりも嫌悪感と絶望感で、涙がぼろぽろこぼれる。こわいこわい誰かお父様、お母様、ジャス…キース先輩、キース先輩。
「キース先輩 たすけてー!!」首筋に気持ち悪い息を感じて、思わず叫んでいた。
バタン!
扉が引き開けられる音で、視線をあげると、入り口にキース先輩が立っていた。
視線で人を殺せるなら、今三人は殺されていたのではと思うほど、氷つきそうなほど冷たい視線で射すくめている。私には向けられていないはずなのに、それでもこわかった。それほどの視線を正面から向けられている先輩たちは体を震わせていた。
「なにをしている…」グッと低く、すぐにでも氷つきそうな声で問いかけられる。
「ひっ」腕と足首をつかんでいた、先輩があわてて手を離して後ずさる。
首筋に顔を寄せていた先輩は状況が把握できず、固まってしまっていた。そこに近づいてきたキース先輩はおもむろに、襟首をつかむと引き上げて後ろにほおり投げた。キース先輩の方が華奢だと思うのに、すごい力だ。いままでの怖さを一瞬忘れぽかんと見上げる。
「おまえ泣いてるのか…」キース先輩に聞かれ、うつむいてあわてて涙をぬぐった。
キース先輩から目にみえそうなほどの怒りが感じられた。それも身をこがしそうなほど強い怒り…
「おまえらどういうつもりだ…」たとえ香りを読み解けなくてもわかるほどの恐ろしいまでの怒り。三人の先輩たちは身がすくんで身動きもできなくなった。
「こいつに触れられるのは俺だけだ。二度とこいつに近寄るな!!」
低く、怒りに満ちた声で言われ三人の先輩はふるえながらうなづき、逃げるように教室を後にした。
「大丈夫か…」キース先輩がそっとひざをついて、頬に手を添えてきた。
「どうして、ここがわかったんですか?」
「よくわからん。よくわからんがひどい焦燥感とともにお前の香りがまとわりついてきた。その香りについてきたら、お前の呼ぶ声が聞こえた…」
「なんですかそれ…先輩、超能力者ですか…おかしいですよ…あはは…は…うっふぇえっうっ…」笑ってごまかそうとしたのにだめだった。怖さが一気に押し寄せ、震えと涙がとまらない。キース先輩がためらいながら、腕に抱きかかえてくれた。気を使うようにそっと…なんて安心するんだろうこの場所は…キース先輩のなんの感情も含まない爽やかで安心する香りに包まれて、おもいぞんぶん泣いた
「すみません。ありがとうございます。もう大丈夫です。」やっと落ち着き、キース先輩から離れ顔をあげた。見るとキース先輩の眉間に皺がよっている。
なぜか胸元に視線がいっているような、と思い視線を落とすと、乱された制服の胸元が目に入った。胸にはさらしをまき、アンダーシャツのようなものを着ているので、女だとばれることはないだろうが、はずかしくてあわてて後ろを向く。
「あいつら なぐっておけばよかった…」キース先輩の物騒な声が聞こえた。