(7)
「お〜い ジャス、クリス、こっちこっち」
昼食のトレイを持って空いている席を探してウロウロしていると、昨日同様ロイ先輩に呼ばれた。
ロイ先輩の横にはアル先輩、向かいにはキース先輩がいた。
アル先輩が納得したようにうなづきながらこちらを見た。
「よかったですね。クリスくんと一緒でしたら安心です。今日はこれまで大丈夫でしたか?」
「教室で早速絡まれてましたよ。」ニコッと微笑みながらクリスがさらりと暴露してしまった。
「ほらみろ!お前の行動のせいだからなキース」ロイ先輩がやや強めの口調で物申した。
キース先輩は自分の行動の何が悪かったのかよくわからないままに「悪かったな・・」とつぶやいた。
「大丈夫です。そんなたいしたことなかったし、すぐクリスが割って入ってくれたので。」
「ないはともあれよかったです。まあ怪我の功名というわけではありませんが、悪い虫が寄ってくるのは大分避けられますから、そこは安心ですよ。」
「え?」意味がわからず、僕とキース先輩が同じ方向に首を傾げていると、
「なるほどなあ、それはそうだな。」とロイ先輩が納得しながら相槌を打ち、クリスもうなづいている。
出来の悪い生徒に対する先生の如くアル先輩が優しく教えてくれた。
「つまり、君とキースができていると思われれば、二人にちょっかいをかけてくる人間は格段に減るということですよ。」
「はあ・・?僕とキース先輩ができてる・・でき・・・できてる〜!?」
ドウドウとクリスに肩を抑えられ、宥められた。
「できてません!」すぐ訂正すると、キース先輩以外は苦笑しながら、わかっているというふうにうなづいた。キース先輩!そこは首を傾げてないで否定してください!!
「そんなことわかっています。キースがその性質じゃないというか恋愛全般に関心が一切ないのは知ってますし、君もそうじゃないことはわかります。ただそれを知らない人から見たら、そういう風にに見えるということです。どうせ誤解されて被害を受けているのですから、それを逆手に取りましょう。」やや黒い笑みを浮かべながらアル先輩が説明してくれた。アル先輩ってものの考え方が合理的でうちのお母様に似ている。そんなことを考えつつこの学園に押し込まれた時の母の様子をしみじみ思い出していると・・
「それがいいぞ、キースに楯突く奴はまずいないからな。文武両道の上、身分的にも王族と公爵の子息くらいしか上はいない。現在王族は在籍していないし、公爵の子息は最終学年に二人と俺たちの学年に一人いるだけで、その三人は真っ当だから理不尽なことを言ってくるような人達じゃないしな。ましてこの顔に太刀打ちできるのはこいつの兄貴たちくらいのもんだろう。」カラッとした笑顔でロイ先輩が言っているのを見て、我が家のお父様のような妙に前向きな柔軟性を感じる・・
「あはは確かに、太刀打ちできるのは、バクレー家の麗しの薔薇兄弟、エイムズ兄さんとパーシー兄さんくらいだね。」クリスが朗らかに言っているが、薔薇兄弟って・・何それ?
「お〜エイムズ様が白薔薇で、パーシー様が赤薔薇だったか?すごいよな。男なのに薔薇に例えられる兄弟とか。
それでお前が青薔薇だったか?」ニヤニヤ笑いながらロイ先輩がキース先輩に言うと、キース先輩の眉間に微かに皺がよった。それにしてもすごい薔薇兄弟って、社交界に疎いので全く知らなかった。なんだそれは白、赤、青って、おかしすぎだろう。我慢できない・・
「くふっ」キース先輩に申し訳なくて笑いを抑えようとしたけど、抑えられなかった。不穏なことを話していたはずなのに、とてもおかしい。
「す、すみません。くっふふ、すごいですね。薔薇兄弟って、そんなのがあるんですか?あはは・・なんとも豪華ですね。白、赤、青・・くっふ・・」思わず薔薇を手に持って格好をつけるキース先輩を想像してしまい、さらに笑い転げていると目に涙が浮かんできた。息が苦しいと思っていたら、目元に誰かの指が触れた。
「えっ」一気に笑いがおさまった。涙を拭ってくれたのはキース先輩だった。
二人の先輩もクリスもあっけに取られている。
「おい この後時間あるか?」真っ直ぐに向けられるキース先輩の水底のような深い青い瞳に胸がざわついた。
「はい、オリエンテーションが終わっているので、今日はもう何もありません・・」
するとまた手首を掴まれて立たされた。
「こいつ借りていく、クリス悪いがこいつの分片付けておいてくれ。」と言いつつ、席を離れた。
「お、おいキースお前また手首掴んで。」慌てて呼び止めるロイ先輩を無視して、キース先輩が僕を連れ出してしまった。またしても公衆の面前で・・。
「まさかですけど、キースは本当にジャスくんのことを好きになったというわけではありませんよね。」
「多分違うと思いますが、ジャスの目元を拭っているキース兄さんの様子にはちょっとドキッとしました。なんか思わず触れてしまったという雰囲気があって。」
「そんなわけないだろう、お前ら考えすぎだよ・・たぶん・・・」
微妙な空気が漂う中、アル、クリス、ロイの三人が交わしていた会話は二人の耳には届いていなかった。