(4)
黒に近い藍といったらいいのか、なんとも言い難い不思議な色合いの黒髪を柔らかく首筋まで伸ばし、目元はやや長めの前髪を横に流して隠している。そこから覗く双眸は一条の光が差し込む水底のような不思議な色合いをしていた。通った鼻筋、薄い唇は見ようによっては冷たさを感じさせるだろうが、その造形美はそれを色気に変えてしまっている。スラリとした肢体は制服をも礼服に見せてしまうほど均整が取れていた。ラント先輩も美形ではあるが、その人は生気を感じさせない整いすぎる美貌だった。
しかも・・
なんでしょう、この香り、なぜかひどく惹きつけられる、いや惹きつけられずにはいられない香り・・
なに?どうしたらいいの・・。何が起きているの?
訳が分からなくなった。ここまで強烈に感じる香りも惹かれる香りも初めてだった。目が離せず、その姿を追っていると、相手も視線を動かし、私に焦点を当てた。その瞬間、その人の香りが一層立ち込め、自分の香りも匂いたつように立ち昇り、混じり合ったように感じられた。
あっと思う間もなく、その人が方向転換して、こちらに向かってきて私の右手を掴んだ。
「いたっ」強すぎる力に声が出た。
「お前 なんだ?」低すぎないが、硬質な声が耳に届いた。戸惑っていると、ロイ先輩が慌てて割って入ってきた。
「どうしたんだ!?キース」
「ロイ こいつはなんだ?」
「ジャスティン・ハミルトン、新入生で俺が今年同室になった生徒だ。ジャス、こいつはキース・バクレー。こいつも俺と同級だ。」
「はっはい!はじめまして よろしっきゃあ!」思わず女性らしい悲鳴をあげてしまったが、掴まれたままだった右手を引っ張られ、バクレー先輩にほぼ身体を抱き込まれるようにして、引きづられていく。
あっけにとられて、見ているしかなかった三人の先輩に
「こいつ ちょっと借りてく・・」と言い放ったバクレー先輩は私を強引に連れ去ってしまった。
たどり着いたのは図書館の一室みたいだけど?、一般に使われている部屋とは違う?(この部屋からも図書館に繋がっているようだけど・・)
そこは、20畳ほどの謎のスペースだった。ただし普通の部屋のように四角くない。角張ったところがほとんどなく楕円の形をしている。3、4人は余裕で座れそうな深い大振りなソファーと一人がけの椅子が二脚置いてある。高い位置に小さい窓がいくつか並んでいて、そこから木々の緑が見え、あたたかい陽の光が注ぎ込んでいる。それがこの部屋を包み込み、まるで金色の繭の中にいるように感じられた。見ず知らずの人に引っ張り込まれたことを一瞬忘れてしまうほど、居心地がよくあたたかい部屋だった。
「お前 なんだ?まさか・・そんなはずないよな?」と、1番初めに投げかけられた言葉を、もう一度バクレー先輩にぶつけられた。
「なんだって!何ですか!」二度目ともなると、驚きよりも疑問と微かな苛立ちが先立ち、問い返していた。
「よくわからないから、聞いてるんだ。」
「それはこっちのセリフです。僕は人でジャスティンという名前です。別に動物でも未確認生物でもありません!!」
すると突然、ソファに押しつけれるように座らされた。
「きゃっ!」思わず悲鳴をあげてしまう。
訝しげに眉を顰めたバクレー先輩が、背もたれの部分に両手をついて覆い被さるように身を乗り出してきた。
「なっ何ですか?何するんですか?」
急にロイ先輩が言っていた、この学校の緩い男男交際の現実を思い出した。この人そっち系の人?!でもいやらしい欲の香りがしない、むしろ擦り寄りたくなる香り・・いやいやそんなバカな・・
バクレー先輩はソファの空いている場所に膝を乗せ、更に身をかがめ、あろうことが首筋に顔を埋めてきた、
「ひっ!やっやめてください!」逃げようと身体を動かそうとするが、押さえつけられてびくともしない。
それに逃げ出したいのに、この人から立ち昇る香りから離れたくない。矛盾する思いに囚われてだんだん身動きが取れなくなってきていた。
「寝る・・」そう言い放ち、バクレー先輩がのしかかってきた。
「な、何するんですか?!」すわっ貞操の危機!と焦り、逃げようとするが、逃げられない。先輩は首筋に顔を埋めたまま、私を腕に囲い込み、ソファにのしかかってきた。
「やだ やめろ!」必死に抵抗するものの、びくともしない。
でも・・なぜか、怖くなかった。この人の香りに怖さを感じず、むしろ擦り寄りたくなってしまうから困るのだ。どうしていいかわからず、闇雲に動いていると、
「スースー」動きを止めた先輩から、寝息のような音が聞こえた。
「ちょっとバクレー先輩、バクレー先輩!」
もしかして寝るって、そっちの寝るか?この人本当に眠っている?
「バクレー先輩おきてください!キース先輩ってば!!」
起きる気配がない。一体何なの?私は抱き枕じゃないです!抜け出そうとしてもガッチリ抱き込まれている。
完全に抱き枕化している自分に、ため息をつきつつ、この香りに包まれている自分もひどく安心していることに驚いた。この状況で安心できるなんて、我ながらあり得ない・・でもとても心地よくて、昨晩なかなか寝付けなかったせいもあり、だんだん眠くなって・・きて・・意識が・・