(15)
「それからもう一つ‥伝えたいことと頼みたいことがある…」幾分歯切れの悪くなったキース先輩の口調をいぶかしく思いつつ、
「なんですか?」と問い返すと、
「さっき、俺はバクレーの名無しと呼ばれていたことに気付いたか?」
「そういえば、力が効かないとも言っていましたね。」
「そうなんだ。俺はまだ力がはっきりと具現化していない。言霊で弱い呪縛をかけることはできるがそれだけだ。力が具現化することで、本についている念の持ち主の正式名がわかり、その力を抑えることができ、更に協力をあおぐことができるようになるんだ。さっきジャスは本の念の正式名を言って止めただろう。覚えているか」
「そういえばライオネル ゴールドの名前を言って本の動きを止めました。あのときはなぜか咄嗟にそうするのがいいと思ったんです。名前も自己紹介されて知っていました。」
「バクレーの人間は力が具現化すると、それと同じことが自然にできるようになるんだ。俺の父も二人の兄もできる…」キース先輩の香りからはやっぱり感情は読み取れないけど、その声音からどうにもならないもどかしさ、つらさが感じられた。
「どうやったら力を具現化できるんですか?なんかそれに僕が関係しているようなことをライオネルが言ってましたよね。」
「…バクレーの力の具現化には異能の力を持つ人間が常に関わっている…」
「異能…もしかしてぼくの、この力が何か関わっているんですか?」
「おまえに出会ったとき明らかに俺の身体に変化が起きた。お前が何か力をもっているのなら、その可能性は高いと思っていたが、おまえの力を知らなかったし、男だからまさかお前とは思っていなかった。」
「性別が何か関係するんですか?」自分が女であることを隠していることに後ろめたさを感じつつ、聞いてみると、
「いままでバクレーの人間で力が現れるのは男であり、異能の力を持つ女がその力を具現化してきたからだ…」
はっとしてキース先輩の方に体を向ける。キース先輩の蒼い瞳が自分をじっとみている。どうしよう女であることをいうべきだろうか?でもジャスのために言うわけにはいかない。でもキース先輩に力を具現化してもらいたい…。でも…悩んでいると、ふうとためいきとも吐息ともつかない声が聞こえた。
「あんまり深刻に考えるな。俺は別におまえが男でも気にしない。」
「でも女じゃなければ具現化しないんですよね…」
「確かにいままでは、そうだったが、これからもそうとは限らない…そこでおまえに頼みがある…」言いにくそうにキース先輩がくちごもった。
「なんですか?ぼくにできることがあるならなんでもやりますから言ってください!」女であることを隠している自分に後ろめたさを感じ、キース先輩のシャツをつかんで詰め寄ってしまった。
なぜかキース先輩がふいっと視線をそらしてぼそっと言った。
「…俺の胸に口づけてくれないか…」
「へっ 今なんて…いいました。」
「俺の胸にキスしてほしいと言ったんだ。」
「…あっあの…それは…」言葉の意味を捕えた途端、頭のてっぺんから足のつま先まで真っ赤になっていくのがわかった。おもわずつかんでいたキース先輩のシャツの胸元を凝視してしまう。
「力を具現化する方法だ。異能の力を持つ人間が…バクレーの人間の胸に口づけるとそこに薔薇の痣が浮かび上がる。そうなれば力を扱えるようになるんだ…」
「…」思わずうつむいてしまった。
「やっぱり いやか…」キース先輩が困ったように、僕の頭をなでてくれる。
「…キース先輩は嫌じゃないんですか?同性に胸にキスされること…」ほんとうはちがうけど、僕は今男としてここにいる…
「俺は、おまえだったらいい…」キース先輩はなんでもないことのように言った。ぼくは驚いて顔をあげるとキース先輩がこちらじっとみていた。深い蒼の瞳に吸い込まれるように見入っていると、そっと額に口づけを落とされた。
それから右のまぶたにも…
「いやか…」ささやくようにもう一度聞かれる。私は首を横に振っていた。だって嫌じゃないんだもん…
キース先輩がシャツのボタンをはずしはじめた。そして口づけを私の左のまぶたにおとす。思わず目を閉じてしまう。その間もボタンを外す気配が続いている。そして両方の目じりにゆっくりと口づけられた。
「目を開けて…」声の呪縛にとらわれて目をあけると、キース先輩の均整のとれた胸元が目に入った。はずかしいよりもきれいと思ってしまう。
「くちづけて…」声に引き寄せられるように、キース先輩の胸に唇を寄せて、触れていた。
「くっ…」私がくちづけた途端キース先輩の声が聞こえた。自分が口づけているところに何か力が集まるような力強い脈動が聞こえてくると、キース先輩はふるっと体をふるわせて、私の頭を軽く抱え込む。二人を包み込むように二人の香りが幾重にも連なった。それこそまるで繭のように…そのうちキース先輩の内側から蒼い光があふれるようにほとばしってでてきた。思わずキース先輩にすがりつく。唇は離れていたが体を離すことはできなかった。しばらくすると、ほっと息をついてキース先輩が手を離してくれた。
どきどきが収まらない、耳を当てているキース先輩の胸元からも心臓が高鳴る音が聞こえてきていた。しばらくの間は二人をとりまく香りの余韻と蒼の光の残像に浸るように身体を動かすことができなかった。
どのくらいの時間が経過したのだろう…、
身体を離して改めて先輩の胸元を見ると、そこには蒼い薔薇の痣が浮き上がっていた。
「キース先輩 痣が…」
「ああ やっぱりおまえだったんだな…俺の相手は…」
ほっとしてキース先輩が僕の顔を覗き込んだ途端、現状がやっと頭に入ってきて、パニックを起こした。
「うきゃ~」」
わたしったら何をしたんだろう…キース先輩の胸にキスをしてしまった。嫁入り前の娘が男の人の胸にキスするなんて、もうお嫁にいけない…突如パニックを起こして、全身真っ赤になってしどろもどろになりだした。そんな私をみて、キース先輩が笑い始めた。キース先輩のなんの屈託もなく笑う初めてのその笑顔があんまり幸せそうだったので、心がボカボカになり、私まで嬉しくなって笑い出してしまった。そのあとは一つのブランケットに包まれて、キース先輩と眠りについた。もう嫁入り前の娘がなどとは考えず、キース先輩と二人でぐっすり眠ってしまった。




