(11)
「あれキース、ジャスは一緒じゃないのか?」
すっかり外が暗くなった頃、カフェテリアに着いたキースに向かったでロイが不思議そうに聞いてきた。
「ジャスはこっちにきてないのか?」自然と声が剣呑な響きになる。
「どういうことですか、キース、君が一緒じゃないのですか?」アルが目をすっと細めて聞いてくる。
「俺は用事ができて、図書館でジャスと別れた。図書館で勉強してから戻ると言っていたが、まだ戻ってないのか?」
「戻っていませんよ。図書館は一時間前には閉館しています。」
キースは首筋をすっと冷たい布でなでられたような寒気を感じた。何も言わず踵をかえし、図書館にむかった。
それをあわてておいかけるロイとアルに視線を向ける余裕はなかった。
「うっ…ん」重苦しい匂いがまとわりつくように感じて、閉じていた目を開けた。
「あれ?ここは…わたしどうしたんだっけ…」
首筋にするどい痛みを感じて、体をすくめつつ、誰かになぐられ気絶させられたことに気付いた。
あたりを見回してみると、あのとき入り込んだ図書館の一室であることを思い出した。
キース先輩とクリスと別れて図書館に入ったあと閉館間際まで苦手な数学と格闘していた。そろそろ時間かなと思い、図書館を出ようと思っていたら、あの変にだぶった匂いをまとったラント先輩が図書館の2階にあがっていくのが見えた。ラント先輩の様子が心配だったのと、図書館という公共の場であることから警戒心が薄れ、先輩の後を追って2階にあがった。
ラント先輩はそのまま書架の間を通り抜け、図書館の奥へと入っていったので慌てて追いかけて、声をかけようとしたら、先輩の姿が目の前から消えた。
えっと思って、よく見ると書架と書架の間の壁にわずかな隙間が見えた。(壁の奥に部屋がある?)
不思議に思ってそっと壁を押してみると、音もなくすっと壁が動いた。引き寄せられるように中に入ると、真っ暗で何も見えない。古い本の香りはするのになにも感じ取れない…恐ろしいほどの違和感を感じてあわてて戻ろうとしたとき、首筋にするどい痛みを感じ気を失った…
今はぼんやりとだが、部屋の様子が見て取れる。古い時代ものの角灯が淡いオレンジ色の光をはなっていた。その光に照らしだされた部屋の様子に思わず息をのむ。
螺旋階段を中心に円筒の壁面にびっしりと書棚があり、そこに本が整然と収まっている。どこまで上に続いているのかわからない。角灯の光はせいぜい1階分しか見定めることはできなかった。もしかして5階建ての図書館と同じ高さまで書架は突き抜けているのかもしれない。そんなことを考えていると、後ろから男の声がした。
「起きたようだね…大丈夫かい?」
声に驚いたのは勿論だが、もう一つあることに気付いて信じられない思いで後ろを振り返った。香りが気配がしなかった…!
後ろにはラント先輩が書架に寄りかかって立っていた。
ラント先輩からは本人の香りも、それに覆いかぶさるように感じた別な匂いも全くしなかった。
どういうこと…こんなこと初めて…二人っきりの部屋で相手の香りが全くしないなんて、いったいどういうこと…
古い本の香りはする。異質なくらいにそれは鼻につく。でもそれだけだ生きている人からするはずの香りが全くしない。
「どうしたんだい。大丈夫かい。手荒な真似をしてすまなかったね。」ラント先輩がそっと近づいてきて、手を伸ばす。
とっさに体が後ずさっていた。匂いはしないが身体に鳥肌が立った。本能がラント先輩ではないものを感じた。
「あなたは誰ですか?」
「ぼくかい、ぼくはライオネル ゴールドだよ。」
「へっライオネル ゴールドですか?」怖さも忘れて一瞬ぽかんとしてしまった。
「天才音楽家のライオネル ゴールドと同姓同名の方ですか?」
「ちがうよ、その天才音楽家のライオネル ゴールド 本人だよ。」
「はあ…、でもライオネルゴールドは50年以上前に亡くなった方ですけど…」
「そうだね。ぼくの肉体は亡くなったけど、思いはここに残ってしまった。」
そういってラント先輩ならぬ彼は、一冊の本を手に取った。黒い上質な革の背表紙に金の鎖の模様がある。その本は不思議な香りをまとっていた。今まで古い本の香りしかしなかったのに…なんで…?
本の香り?そこで私はその本に独特の香りがあることに気付いた。後悔の香りといったらいいのだろうか?とてもつらくせつない香りがする。本という無機物から感情の香りがすることに驚いていると、その本を手に取ったラント先輩も同様の香りをまといだした。
「ぼくはとりかえしのつかないことをして、死んでしまったんだよ。」
確かにライオネル・ゴールドの最後は悲惨だった。この天才音楽家は天性のプレイボーイで何人もの女性とつきあっていた。結婚式当日に花嫁ではない別な女性に刺され殺されたはずだ。
「ばかなことをしてきたと思っている。でも結婚相手はやっと出会った僕の運命の人、ファムファタールだったんだよ。彼女とならきっと幸せになれると思い結婚しようとしたら、その当時つきあっていたもう一人の女性に刺されてしまってね…」
「それはあなたが悪いです!」怖さも忘れて思わず叫んでいた。
「うん そうだね。ぼくが二股していたからいけないんだ。」さらりと男前のラント先輩の顔で言われると、なんかむかついてくる。
「でも本当にぼくは結婚しようとした相手を愛していたんだ。リゾレットを…」
「リ リゾレットですか…」なんか嫌な予感…
「そう君と同じ名前、姿も雰囲気もどことなく君に似ているんだよ。リゾレット」
「なんで知ってるんですか?」ぎょっとして思わずわめいていた。なんでこの人知ってるんだ。私の本当の名前…
「もちろんわかるよ。この空間では僕たちには嘘がつけないんだよ。」そういってライオネルが上を仰ぎ見ると、いつのまにらや淡いオレンジ色のあかりとともに上空にいくつもの影が見え隠れしていた。
「ひっ」思わず悲鳴を上げる。なんでなんで幽霊がいっぱい!?
「みんなだめだよ。出てきたらリゾレットがびっくりするじゃないか。大丈夫だよ。リゾレット、彼らは危害を加えたりしないから、中には怖い思想の奴らもいるけど、それはきちんとバクレー家の人間に封印されているから出てこられないよ安心していい。」ラント先輩もどきの彼がやさしく笑いかける。
「バクレー家が封印って、どういうことですか?」
「う~ん 説明してあげたいけど、そろそろ時間がないんだ。思いを遂げさせてもらっていい?」
「ちょっと待ってください。なにがなんだかわかりません。なにをしようとしてるんですか?」
「こういうことだよ。」いつのまにか近くに膝をついていたラント先輩もどきに肩をおされて、床に体を押し付けられた。(またこれ…私も学習しないなあ…)以前襲われた時のことを思い出し、ため息をついてしまった。




