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 「お父様、お母様のばか〜、いい加減にしろですのよ〜。」

遠ざかっていく馬車に向かって、飛び出した罵声に、慌てて口を手でふさいだ。

キョロキョロ周りを見回す。

よかった誰もいない。ほっとするとともに口からはため息がこぼれた。

なんでこんなことに・・・ほとんど見えなくなった馬車の背中を見つめつつ、1週間前の出来事を思い出したら、

再度怒りがふつふつと湧き上がってきた。

年頃の娘になんてひどいことを!信じられません!!いくら大切な跡取りのためとはいえひどいですわ!!!


 今、自分の目の前には、青々とした深い森が広がっている。そしてこの広大な敷地の中には、とある有名なパブリックスクールが存在している。ここからは一切見えないが・・

19世紀も半ばになると3歩進めばパプリックスクールにぶつかるというほど、学園が乱立していた。その中でも特に貴族たちに好まれ、ぜひ息子を入れたいと門前列をなす人気の全寮制の学園がある。それが目の前の森に包まれたセントジェイムズ校である。

 貴族であれば誰もが優雅な暮らしを享受できる時代は過ぎ去った。セントジェイムズでは貴族の誇りを尊重しつつも時代の波にのった教育理念を掲げている。実際のところ、卒業生には国のトップを担う人材を多く輩出している。一応子爵の身分をもつ我がハミルトン家も門前列を成した貴族の1人であり、嫡男である我が弟が今年の9月に入学するはずだった。そう弟が・・そして私は双子の姉である。リズことリゾレットという名前で、もちろん女性である!セントジェイムズに女性は入れない。なのに、どうして・・

 ことの起こりは、そう1週間前だった。


「骨折ですって〜!」

お父様、お母様と優雅にアフタヌーンティーを楽しんでいる時に、恐しい知らせがもたらされた。何が恐ろしいかって、弟であるジャスティンが事故に遭い、全治3ヶ月という怪我を負ってしまったのだ。しかも頭を少し打ったことで目がやや見えづらい状態だという。幸い脳に異常は見られなく、目も一時的なもので完治するらしいのだが、今後のことを考えて2週間は絶対安静を言い渡されたというのだ。

 セントジェイムズへの入学を間近に控え、最後に必要なものを街に揃えに行っていたジャスティンが、馬車に轢かれそうになった子どもを助けたという。それはすごい、褒められる出来事だった。さすが我が弟であるが、現実はそれほど甘くなかった。

「なんということだ・・せっかく合格したというのにセントジェイムズへの入学がなくなる・・」血の気が引いた青白い顔で、お父様がポツリと言葉を漏らした。

「お父様、入学は少し遅れますが仕方がないことですわ。ジャスでしたら3ヶ月程度の遅れはすぐ取り戻せますわ」そうなのだ。ジャスティンことジャスは姉の贔屓目ではなく、とても優秀な自慢の弟であった。しかしそういう私に対して、さらに悲壮な声が続いた。

「リズ、そういう問題ではない。セントジェイムズはなんらかの理由で入学式に参加できない場合は運が悪いとして、入学自体を取り消されるんだ・・・運も実力のうち、運が悪いと将来大成しないと考えられるんだ」

「まさか、そんな。事情をお話しすれば、きっと大丈夫ですわ。」

「いや実際に知り合いのご子息が昨年高熱で入学式に参加できなかったら、入学を取り消されている。こんなことになるなら、担いででも参加させるんだったと、後で嘆かれてなぁ」

現代的な教育理念をお持ちの学園で、そんなスピリチュアルなことを前提にするわけがないと思ったのだが、お父様の項垂れた様子にそれが事実であると思い知らされた。


 しかしここで、悲壮な空気を押しのけるように、優雅かつのんびりとした声が割って入ってきた。

「まあ、それは困りましたわねぇ。では3ヶ月だけリゾレットあなたが通って差し上げて」にっこり微笑みながら、全く困った様子のないお母様の声が聞こえた。

「お母様、合格したのはジャスですわ。ましてパブリックスクールに女性は入学できませんわ。」そんな私の言葉に、笑みを深めたお母様の言葉が続いた。

「ええわかっていますわ。ですからジャスティンとして入学するのですよ。リズ」

無茶だ。冗談ではない。しかし母から漂う不穏な香りで、冗談でもなんでもないことがわかってしまった。そう香りで・・

ここはお父様に否定してもらわなければ!ところが、

「その手があったか!」安堵の香りとともにお父様のはしゃいだ声を聞こえきて、飛び上がりそうになった。そうでしたわ。お父様の流されやすい性格を忘れていたわ。

「お父様まで冗談をおっしゃらないでください!」大体女の私が男の代わりをするのはどう考えても無理だ。たとえ顔がそっくりでも。

「いやいや、こうなったらリズ!ハミルトン家の将来のため頼む!!」

断固拒否しようとしたら、

「リゾレット・ハミルトン、私たちが本気であることは香りから十分わかっていますわよね。ハミルトン家の未来はあなたにかかっています。気合いを入れて精進なさいませ。」

お母様にきっぱりはっきり言い渡されて脱力した。そう、私にはわかっていた。この両親から漂う香りから、もう逃げられないと・・。


 その後、家族一同、果ては使用人たちまでが一致団結して、私を弟のジャスに仕立て上げた。確かに一卵性の双子で顔はそっくりなのだ。ジャスは同年代の男の子に比べると15歳にしては華奢であったため、ギリギリ誤魔化せる。髪はすぐ伸びると、バッサリ切られてしまったが悲しみを感じるよりも先に(これならいける!)と鏡に映る自分の姿を見て思った。さらに悲しいことに、なぜか女性の私よりもジャスの方が優雅で立ち居振る舞いが上品なのだ。しかもとある事情で私自身は外出を好まず、まだ社交界デビューも果たしていなかったため、背格好は他家にほとんど知られていない。屋敷にこもってばかりの私の趣味は勉強。間が悪いことにジャスと一緒に入学試験用の勉強をしていたため、入学に必須のラテン語とギリシャ語の基礎や一般教養を女だてらに身につけてしまっていた。


「何が幸いするか、わからないですわね・・」思わず漏れた声に自分で自分を諌めた。(いけない女性としての言葉は禁止だわ。じゃなくて、禁止だ!)心に固く誓って、再び漏れそうになるため息を飲み込んだ。これから3ヶ月の間、なんとかバレずに弟のために過ごすのだ。女であることは忘れよう!そう気合いを入れつつ、やや暑さの名残を感じさせる深い森に足を一歩踏み入れたのだった。

 


不定期更新ですが、最後まで完成済みなので、サクサク進む予定です。たぶん、きっと・・。

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