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98話

 顔を離し、呆然とするすずさんを見つめる。ぱち、と目を瞬かせたすずさんは僅かに口を開いて───突然、ベンチから転がり落ちた。


「!!!??何してんの!?!」


「は、はっ!!?ななななっ、うあ、えええええっ!?いや、はあ!?」


 地面の上で尻もちをついてはすごい勢いで後退していくすずさん。予想外の奇行に驚きながらも彼女を追うと、暗がりの中でも分かるぐらい顔を真っ赤にしたすずさんは目をぐるぐると回していた。


「な、す、すすすすす好き!?鍬!?隙!?隙なんて私にありません!!」


「隙だらけな体勢で何を!?」


「好きだらけぇ!?」


「そんなことは言ってない!いや言ったけど!」


「どどどどどっちですかぁ!?」


 混乱しすぎて訳の分からないことを言うすずさん。好きと隙だらけとは言ったけど好きだらけとは言ってないってことだよ。いやもう自分でも何言ってんのか分からなくなってきた。なんでこの人はこうも突拍子もない事ばかりするんだ……?


 とりあえず地面でへたり込んだままにさせる訳にはいかないとその手を取って引っ張り上げようとする、が。


「は、はるかくん……っ」


「なに!?」


「こし、ぬけ……っ」


「はい!?」


 ぷるぷる震えながら見上げられてギョッとする。見れば、確かにタイツとショートブーツに包まれた細い足には全く力が入っていなさそうだった。


「なんで!?何があって!?」


「うぇぇぇ……はるかくんがとんでもないこと言うからですぅぅ……」


「俺のせい!?」


 腕にしがみついてくるすずさん。涙目で今にも死にそうな程に息も絶え絶えな彼女にため息をつくと、仕方ない、とその背中と膝裏に手を差し込んだ。腕に力を入れて持ち上げる。


 思ったよりも軽い体を抱きかかえて「もう寒いしタクシー乗り場まで連れてって帰った方がいいかな……」と冷静に思考を巡らせていると、ぽかんと挙動を停止していたすずさんが再起動した。


「ふぎゃああ!?な、あばばっ!?おもっまっはなし、はははは離してください!重いです!」


「ちょ、暴れないでマジで。落とす。重くないから。危ないからちゃんと捕まっててほしい」


「ひい……」


 泣きそうな顔で恐る恐る首に腕を回される。色んなものを堪えているような口元が可愛くて、好意を伝えられて舞い上がった心に嗜虐心その他諸々が沸き上がった。

 そっと耳元に口を寄せる。


「そんな顔されるとベッドあるところに連れ込みたくなるからやめてくれる?」


「ぶわっ!?~~~~~~~~っ!!」


 まあしないけど。顔を真っ赤にして小刻みに体を震わせる様子を見て、ここ数カ月散々やきもきさせられたり慌てさせられた意趣返しができた気分でとりあえず駅方面へ歩く。


 ここからならタクシーを呼ぶよりも駅のタクシー乗り場に向かった方が早い。俺もすずさんも明日も仕事だし、話の続きはとりあえずまた今度……


「は、はるかくん。……もう大丈夫です。下ろしてください」


「…………ハイ」


 く、とコートの襟を引っ張られる。涙で潤む上目遣いを食らってビキリと理性にヒビが入るのを頭のどっかで感じ取りながら、そっとすずさんの体を地面に降ろす。


 しかし何故かすずさんは俺を見上げたまま襟から手を離さない。僅かに屈むような姿勢で何事?とすずさんの顔を覗き込んだ。


「あ、の、は、はるかくん、その、わわわ私の事好きって……本当、ですか?」


「……はい」


 そう何回も言わされると流石に照れるんですけど。口の端を引き締めながら頷くも、すずさんはキッと眦を上げた。


「ほ、本当に?ほんとのほんとのほんとに!?」


「なんでそんな疑われてんの」


「だって、ってことは、じゃあ、あの」


 嘘が無いか何回も尋ねるすずさんに怪訝な目を向ける。そこまで信用ない男じゃなかったと思うんだけど、と内心で首を傾げると同時に、すずさんはその大きな目からぼろっと大粒の涙をこぼした。

 思わぬ落涙にまたしてもぎょっと目を剥いた。

 

 しゃくりあげながらも俺から目を離さないすずさんはたどたどしく続ける。


「わ、私も、好きになっていいんですか……?はるかくんが好きって、伝えていいんですか……?」


「───」


「好きって気持ちを貴方に向ける私を、怖いと思いませんか……?」


 怯えと期待が綯い交ぜになった涙交じりの目を向けられて、ようやく俺は彼女との意識の剥離に思い至った。


 彼女はずっと俺に配慮していたのだ。俺が一方的な恋愛感情を向けられる事を恐ろしいと思ってしまうのではないかと。

 確かにあの一件以来、女の人から向けられるそういう目が怖かった。すずさんに惹かれたのも、俺をそういう目で見ないのがきっかけであったのは確かで。

 

 でも今は───震える手ごと、その体を抱き寄せる。


「……友達だって言ったのに、はるかくんの事好きになったら、それは裏切りじゃないですか……?」


 本当に、どこまでお人よしなんだこの人は。どこまでも俺を案じて、俺の事ばかり心配する。自分だって大変な思いをして怖い思いをしたばかりなのに、俺を怖がらせないかばかり気にして。


「……俺は、あの日からずっと、すずさんのこと友達以上に見てたよ」


 明け方のあの公園で自覚した気持ちを吐露する。大丈夫だって言って俺の手を引いてくれたすずさんの手を、今度は俺が掴む。

 びくりと僅かに震えたすずさんは、おずおずと顔を上げた。


 ぽろ、と絶え間なく涙が頬を伝う。無意識のうちにそれを手で拭うと、すずさんは目を見開いて、そしてほころぶように微笑んだ。


「……好きです。はるかくん。……私も、はるかくんと一緒に住みたいです」


 掴んだとは逆の手が俺の頬に触れる。冷たいそれに引き寄せられる。


 寝込みを攫うでも、不意打ちでもなく、お互いの意思で唇が触れ合った。

 数秒だけの、触れるだけのそれを何度も繰り返す。






 何度目かの行為の後、我に返った俺は何とか声を絞り出した。


「……………っ、ちょ、っと、待って」


「ん、え?」


 鋼の精神で縋りついてくるすずさんの体を肩を掴んで離す。陶然とした表情でぼんやり俺を見上げるその顔にぐっと喉を鳴らしながら顔を逸らす。


「これ以上はまずい。耐えられなくなる。……とりあえず、明日も仕事だし今日はもう帰……」


「帰るんですか?」


「は?」


 思わぬ反応にすずさんを振り返る。頬を染めた彼女は、しかし心の底から疑問そうな顔で首を傾げた。


「…………ベッドあるところ、行かないんですか?」









 は????????




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