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九十五話

 駆け付けた警官によって修二は無事取り押さえられ、彼は銃刀法違反で逮捕された。


 最後まで喚き暴れていた彼だが、しかし本職の警官数名相手に敵うべくもなく呆気なくパトカーで連行されていった。


 そして被害者である私と助けに来てくれたはるかくんもそれぞれ事情聴取のため別々のパトカーに乗せられ、自分の身に起きた出来事を包み隠さず語ることとなった。


 ようやく一旦解放されたと思ったところ、新たなパトカーが登場。

 中から降りてきた怒りの形相の中年警官こと井上さんに顔を強張らせるはるかくんは「勝手に動くな」としっこたま怒られていた。


 修二が家に押しかけて来た時に電話越しで話した時は優しそう人だなと思っていたが、はるかくんを叱るときの井上さんは背後に般若が浮かび上がっているように見えるほど怒りを露にしており、恐ろしさで私まで震え上がってしまった。


 まあ確かにこれではるかくんが怪我でもしようものなら警察の沽券にもかかわるという話なのだろうけど、そもそもの原因は私が修二に捕まってしまったことなのでなんとも座りが悪い。

 居ても立ってもいられず説教中の井上さんとはるかくんにペコペコと謝罪と感謝を繰り返すと、とりあえずその場は収まった。


 そして今、私は先程事情聴取で話した内容をもう一度二人の前で繰り返した訳なのだが、


「え~っと、つまり?車に押し込められスタンガンを向けられていたものの、奪われて電源を切られていた筈の飯田さんのスマホが突然大きく鳴り出したことで犯人が驚き、気を取られた隙をついてスタンガンを奪取。そのまま自分に覆い被さっていた犯人の喉を窓に押し付け怯ませ、その隙に車から逃げたと……マジですか?」


「マジです……」


「さ、流石すずさん……俺いらなかったんじゃ……」


 余りにも女子あるまじき攻防を繰り広げた私に、感心する井上さんと口の端を引き攣らせるはるかくん。

 井上さんが乗ってきたパトカーの中で男性二名に畏怖の眼差しを向けられ、私は居心地の悪さに小さくなっていた。


 うう恥ずかしい……咄嗟に昔習った護身術が出ちゃったんだよぉ。スタンガン奪う時に腕の激痛のツボを押したらいい感じに怯んでくれたからさぁ、思わずそのまま急所を狙ってしまったというか……。暴力女って思わないでくれ……。


 えーんと両手で顔を覆い項垂れる。すると井上さんが腕時計を見ながらため息をついた。


「……とりあえず署に行きましょうか。調書を取る必要があるので」


「「……」」


 もうへとへとに疲労困憊の私たちは、その地獄のような提案に思わず無言で顔を見合わせるのであった。


 調書取られるの今年二回目ですぅ……。










「……終わった……」


 数時間にわたる事情聴取を経てようやく解放された私は、精魂尽き果てた足取りでフラフラと警察署内の生活安全課取調室を出た。


 壁にかかる時計を見上げれば日付はとっくのとうに越えている。今回も長かったなと手当された手首を摩りながら思わずため息が出た。


 被害者ということもあって終始警察は優しく接してくれていたが、やはり国家機関と話をすると言うのは緊張するし話題が話題なので非常に疲れる。

 どこもかしこもバキバキに凝り固まっている気がして、思い切り大きく伸びをした。


「はあ……はるかくん帰っちゃったかな……」


 直接の被害者である私の取り調べははるかくんよりも長かくかかったであろうことは容易に想像がつく。

 何か連絡が入ってるかも、と警察経由で返してもらったスマホを起動させれば新着メッセージが大量に入っていた。


 何事かと慌てて開いてみればほとんどが葵ちゃんからだった。

 私の所在を尋ねるものから始まっているそれは、最終的に『遥から事情は聴いたよ。大変だったね、ゆっくり休んで』と私を労わるもので締めくくられていた。


 結果的に飲み会の約束をすっぽかすようなことになった上に、多大な心配を掛けてしまっていたことに今更気づき申し訳なさが募る。

 とりあえずもう深夜なので今日の所は無事であることを伝えるメッセージだけ送って、詳細は明日朝一番で電話しよう。


 優しい葵ちゃんに胸が温まるのを感じながら、もう一件の新着メッセージを確認する。


「……っ」


 『待ってる』と、ただそれだけのメッセージに心が躍る。逸る気持ちを抑えて足早に生活安全課を出て薄暗い廊下を見渡せば、自販機が置かれた突き当りの休憩スペースに見慣れた後頭部を発見した。思わず駆け出す。


「はるかく……」


 呼びかけようとして慌てて口を噤む。ベンチの掛けて腕を組むはるかくんは微かに寝息を立てていた。


 そりゃそうだ。いくら毎夜ゲームに勤しむ夜型族と言えどもあんなことがあれば疲れて寝落ちもする。静かに隣に腰かけて、誰もいないことを良いことにじっとその寝顔を眺めた。


 もともと童顔な彼だが寝顔は更に幼く見える。そして年上だというのに肌が滅茶苦茶きめ細かい。白いし。なんだこれまつ毛もすごい長い。なんだか女として負けた気がしてならない。


 悔しさを覚えると同時に、どうしようもなく愛おしさも芽生えてしまう。


「……ありがとうございます。はるかくん」


 薄暗い休憩スペースに、小さな感謝の言葉が溶けては消える。


 車に連れ込まれたとき、本当にもう駄目だと思った。このまま死ぬのかって、絶対嫌だと思った。でもどこにも逃げられないし、車に押し込まれてしまえば誰も私に気付けないって絶望して泣きそうだった。


 何とかしなきゃって自分を必死に奮い立たせていたけど、でもやっぱり怖くて。


 はるかくんが私のスマホを鳴らしてくれたから……彼が危機を脱する方法を教えてくれていたから私は助かった。それが無かったらと思うとぞっとする。本当に感謝してもしきれない。


 走ってきてくれたはるかくんを見た瞬間、心の底から安堵した。彼に抱き留められたことで安心してしまって本当はへたり込みそうになっていた。いくら武道を習っていたと言ってもやっぱり怖いものは怖い。


 そんな私をはるかくんは迷うことなく庇ってくれた。


 自分だって怖くない筈ないのに、なんならはるかくんの方が昔を思い出して怖かった筈なのに、それでも彼は私を守ってくれた。


 綺麗な顔に掛かる前髪をそっと払う。ぎゅうっと胸が苦しくて泣きそうで、もう言い逃れできないほどに彼が好きで。

 ずっとずっと、この先一生彼の隣に居たいと欲が生まれてしまって。


 でも私にそれを口に出す資格は無い。彼を裏切る勇気もない。


 この恋は一生叶わない。


 とっくの昔に捨てたはずの感傷が今更になって私を蝕んでいく。

 叶わないのならせめて、と欲が囁いて、感傷に思考を狭まられた私は無意識のままそっと身を乗り出していた。


「───……」


 閉じられら唇に自分のものを重ね合わせる。

 僅か数秒のその行為は、私の心に影と昏い悦びを落とした。


 なんて浅ましいんだろうと顔を離しながらふっと自分をあざ笑って───そして、驚いたように見開かれた目と視線がぶつかった。


「…………………あ?」


「…………………え?」


 どちらともなく間抜けな声が離れた口から漏れた。


 えっと、あれ、ははははははるかくん、ま、ままままままさか君起きて…………っ!!


 体中の血が沸騰したんじゃないかってくらいどこもかしこも熱くなる。どこの臓器よりもいち早くオーバーヒートした脳が白煙を噴いたような感覚に陥りながら、私はざびゃっ!!とその場から飛びのいた。


「ち…………っ、ちちちち痴漢で出頭してきますううううううっ!!!」


「は!?いや、ちょ、待て!!」


 いいいいやああああああ!!何してんの何してんの何してんの変態!!痴女!!変質者!!アホバカ間抜けド変態!!私が犯罪者ですうううう!!


 心の中で絶叫しながら今しがた出てきたばかりの生活安全課へ自首しに走る、が。


「落ち着け!」


「ひいいいっ!?」


 修二に捕まれた方とは逆の手首を掴まれ引っ張られ、そのままぐるりと向き直させられる。間髪入れず逃げられないようにドンッと顔の横に手を突かれビクウウッと肩が跳ねた。


 寝起きとは思えない瞬発力で私を捕獲しそしてそのまま壁に追い詰めたはるかくんは、はあっと焦ったように息を吐く。


「しゅ、出頭しなくていい……っ!っていうかするな……!」


「ひ、ぇ」


 至近距離に迫る顔に顔が引き攣る。いいいいいや待ってこれ壁ド……っ!!!し、しぬっ!色んな意味で死ぬ!!何死か分からないけど生命活動止まる!!


 自分の置かれた状況にぐるんぐるんと目を回していると、僅かに顔を赤くしたはるかくんがキッと私を睨みつけた。


「……とりあえず、あの、今のことも含めて話を聞きたいんだけど。……警察署でするのは流石に気まずい、から、……出るぞ」


「………………はひ」


 私の絶叫と壁を殴る音を聞きつけた生活安全課の人たちが何事かと廊下に出てくる気配を感じ、私は今にも腰を抜かしそうになりながらもなんとか頷くのだった。




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